No.79 宣戦布告!
「あら、誰かと思えばエリザベートではありませんか、それに……」
イデアは言いながら、私達を抑えようと動いた護衛と使用人を睨みつける。
すぐにイデアの周囲の人間はその目線一つで察し、一歩下がった。
私はそんなイデアに視線を向けつつ、腰に手を当てわざとらしくため息を吐く。
「イデア、随分とステインを馬鹿にしましたね」
「あら、どういう意味かしら?」
「王族の内輪争いにステインを巻き込んだことよ」
「内輪争い? 何のこと? 私の愛する息子を殺したのは貴女の家族よ? 母である私は貴方達ステイン家を許すことは出来ないわ」
「ふふふ、そう、私達を許さないと?」
「ええ」
私はイデアの隣にいる男に、ふと視線を向ける。
「貴方はもしかして……」
男は気まずそうに私から目をそらし、少し俯きながら「貴様に名乗るつもりはない。イデア様、こいつらを早く捕まえなくては」と言った。
「あら、私達を簡単に捕まえられるかしら? 私の隣にいる方をご存知ないの?」
男が馬鹿にした様な視線を送り、鼻で笑う。
「ふんっ。そんな奴知らん。見たところ平民ではないようだが」
「お黙りなさい、ハイン。貴方、あまり口が過ぎると命取りになりますよ」
「あら、イデア、そこは弁えているのね」
イデアは眉を顰め、蔑む様な視線をマーティンに向けている。
「何故、このような小娘と……?」
私はイデアに向けてフッと鼻で笑った。
「そんなの、あんたに殺されるからに決まっているじゃない」
「小娘が! 生意気なことを! 私を誰だと思っているの? あまり私を怒らせないことね」
「イデア、それは逆でしょう? あんたはもう十分にステイン家を怒らせた。それがどういう事か、今に分かるわ。あんたが私に怒りを露わにした所で、もう遅いの。私を怒らせた時点で手遅れなのよ。それと……」
私はイデアの隣にいる男に視線を向ける。
「ハイン……。やっぱりマクニールだったのね。あんたがジョゼの噂を…ね? ふふふ、それにこれまでのカリーの噂もあんたの仕業ね。まぁ多分あんたに会うのがこれが最後だとは思うけど、良い機会だからあんたに言ってあげる」
私は思いっきり息を吸い込み、自分の拳をギュゥッと握った。
「お前らマクニールは全員殺す!! 皆殺しじゃぁぁぁぁ!!」
「っな……」
ハインは目を見開き、常軌を逸した私の姿と狂気にそのまま数歩下がった。
(うわっ、私、完全にいっちゃってるよ。前にいるおじさん、ドン引きしてる。隣のマーティンも怯えてるし。いや、もうマーティンはイデアよりも私のほうを怖がっている感じだ。もうこれ、一番悪いの私なんじゃないの?)
皆が唖然とし、暫く沈黙が続いていた。私は気を取り直すように、コホンと小さく咳きをした。
「でも、ハイン。とても残念なことに、私が直接、貴方達マクニールの者を殺すことはないでしょう。ただ、もう枕を高くして寝てはいられませんから、残りわずかな余生を楽しんでくださいね。
それと、イデア。コルフェ陛下に今更何を吹き込んでも無駄よ。貴女にはもう何も出来ない。どんなに画策しようが、誰に何を吹き込もうが、もうそれは意味を成さない。物事は貴女の手の範囲を越えて動くわ。
貴女は画策する事が随分と上手でしたが、貴女の失敗はステイン家……いいえ。この私、エリザベート・メイ・ステインを怒らせてしまったことね。
私を怒らせなければ、きっともっと楽しい人生を歩めたでしょうけど、可哀想に」
私を上から見下ろすイデアは恐ろしい顔で笑っている。
「本当、口だけは良く回る生意気な小娘ね。でも、いくらルイを隣に引き出しても無駄よ。所詮、ルイは穢れた血の子。それに名を挙げていても結局ステインも一介の貴族、この国の王は貴方達を決して許さない。必ず処刑台に立たせてあげるわ」
「処刑台? あら、それは面白いわね。ふふっ、処刑台……うん、素敵だわ」
ニヤニヤと笑う私に、話が通じないと呆れたような視線を向けるイデアを無視し、私はマーティンを見た。
「っさ、殿下!」
「え……何? 逃げるの?」
「違うわよ! 宣戦布告。ほら!」
「え…? いやいやいや、出来ないよ。王妃にそんな……」
「あーっ! もうっ。意気地なし!」
「だだだって、君は言ったじゃないか! 僕に頷けばいいって!」
「ふーん。あぁ、あーそうですか。ならマーティン、頷いてはくれるのね?」
マーティンはコクリと小さく頷いた。
私は思いっきり舌打ちをすると、イデアに向き直る。
「イデア良くお聞きなさい。私からルイ殿下のお言葉を代弁致します。
以下、イデア並びに、イデアに組する者達を我命によって排除する。これは王位継承権第一位の私、ルイ・クレインによる、イデアの反乱討伐である。
この国の方を超越し、我命は絶対でありエスターダ国の誇りに変えて、ステインを家臣に、おまえ達を必ず討伐する。以上」
私は続けてマーティンに言った。
「殿下、よろしいですね?」
「えっ、いやそんな大それたこと僕は……」
私は低い声でマーティンの耳元に囁いた。
「早く頷け、殺すぞ」
マーティンは顔面蒼白になりながら、小刻みに頷いた。
私はニッコリと頷きながらイデアを見る。
「ですって、イデア、ルイ殿下もとってもお怒りよ」
(いやいやいや、エリザベートさん。いま完全に脅しましたよね? マーティー完全にビビッて私から少しずつ離れて行ってるし、間違いなくマーティンにとって王妃も私もどっちも悪に映ってるよ)
イデアはククッと笑うと、堪えきれないと言わんばかりにすぐに耳障りな甲高い笑い声を響かせる。
「おーっほっほっほほ! そうですか! ルイが王位継承権第一位? ふふふ、笑わせる。穢れた血の子が、この私に歯向かうと!? いいわ。ならば覚悟なさい。私に歯向かう者は全て、えぇ、全て居なくなって頂きます。
小娘、ステインは跡形もなく踏み潰し、名も残らないと思いなさい。この私に歯向かい、私の行く手を阻む事はどうなるか……きっと後悔するでしょう。小娘のエリザベート、そして穢れた血のルイ、良い連れ合いね。ルイ、あんたの母親と同じように、私が殺してあげるわ。クレインの血にあんたみたいな穢れた者は要らないのよ」
イデアが言い終わるのと同時にガチャリと音が鳴り、劇場の扉が一斉に開いた。劇場の中に居た観客達が外に出始める。
私はそれでもイデアを暫く睨み続けたが、隣にいたマーティンはさっさと逃げるようにこの場から離れて行った。
私は、深いため息を吐き、イデアとハインに向かってニヤリと笑う。そして思いっきり右手を前に出し、中指を突きたてると、人混みに紛れるようにマーティンを追った。
(えぇぇエリザベート!? 中指立てるって、え? それって、この世界にもそんな習慣があったの?
)
「そんな習慣も風習もないわよ。馬鹿エリッサ、最近はあんたのせいで、知識がごっちゃよ。まぁでも楽しいからいいけど」
足早に劇場を離れ、私はマーティンとジェフを探したが、結局何処にも見当たらなかった。
少しの苛立ちを覚えながら足早に船へと戻ると、船長室にはちゃっかりとマーティンとジェフがいた。
マーティンは布を被り縮こまり、その横でジェフがオロオロとしながら、マーティンを宥めている。
「先に戻っていたのね。お二人とも無事で何より」
私の声にピクリと反応したマーティンは、顔だけ少し出した。
「ああああんなこと言うなんて……僕完全に命狙われた。もう駄目だ。僕死んじゃう……殺されちゃうよ」
「僕死んじゃう? 殺されちゃう? 当たり前じゃない。貴方ら最初から命を狙われているのよ。今も前も何も変わらないじゃない。そんな事でいちいち動揺しなくても大丈夫よ。ふふっ、ご安心下さい殿下。この私が貴方を守って差し上げます。そこにいるジェフよりも頼もしいでしょう?」
「それは……」
「あら? ならば私とジェフ、どっちが怖い?」
マーティンは迷わず私を指差す。
「ふふふっ、素直でよろしい。で、あれば、貴方にとっての怖いものに守られるって凄く頼もしいと思わない?」
「それは…確かに……」
「だったら、私にビクビクしながら、安心してればいいのよ」
ジェフは呆れたようにため息を吐き、頭を抱えた。
私は二人に向かって微笑むと、マーティンが被っていた布を半ば無理矢理剥ぎ取る。
「ーーーーあ」
「さっ、そろそろ窮屈なこの船を下りて、お屋敷に向かいましょう」
「屋敷って?」
「決まってるじゃない。私の家よ。殿下にお越し頂くから歓迎パーティーね。準備は出来ているはずよ。きっと楽しいパーティーになるでしょう。私賑やかなのが大好きなの」
(歓迎パーティー? 嫌な予感しかしないよ。めっちゃ怖いんですけど)
私は船長室に置かれた鞘を手に取ると、うっとりとした顔で鞘に頬を擦り寄せた。
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