No.75 マーティンと海賊船
男達がカミール王子の墓を元通りに埋め終わる頃、デジールが私達の元へ戻ってきた。
「エリッサ様、何かお分かりになりましたか?」
そう聞いてきたデジールは、マーティンやアシュトンの気まずそうな顔を見て、何かに気づいたようにハッとし、自分の口を押さえる。
「デジール気にしなくていいのよ。もう大体分かったから、それから早いうちに貴女に迎えを送ります。家族と一緒に私の屋敷に来なさい」
「私と、母だけですが……いいのですか?」
「ええ、もちろん。アシュトンの家族も皆んな私の屋敷に呼ぶわ。今はステインの屋敷は無法地帯だと思うけど、ちゃんと掃除してお迎えするから安心してね。アシュトン、貴方もいいわね」
「はい、そのように」
(エリザベート、デジールやアシュトンの事、ちゃんと気にしてくれてるんだ。そうだよね、安全な場所に居た方がいいよね)
アシュトンの顔は終始青ざめていた。首を傾げるデジールに私はニヤリと微笑む。
「皆さん、本日はカミール殿下に会えて有意義な夜を過ごせましたね。私はとーっても大満足よ。ふふっ。
では、ここで解散いたしましょう。ただマーティンとジェフは帰らずに私に付いてきて頂戴」
「え? 何処に行くんだい?」
「私の船に。これでも私、海賊の船長ですの」
(いや、そこ自慢するところじゃないよ)
「海賊……?」
(あーほら、デジールが凄い不安そうにしてる)
「あら、そう驚くことはないでしょう? 今の私はお尋ね者ですから」
その言葉に、デジールは眉根を寄せて辛そうに私を見つめ、自分のスカートを握りしめていた。
「エリッサ様、そんなっ……私はどう答えたら良いのですか? 海賊だなんて、エリッサ様は凄くお強いです。それは分かっています。でも私はどう応えたら? 私はっ……」
(デジール、ありがとう。私の辛さを分かってくれるのは貴女だけよ)
「ふふふっ。案外、楽しいわよ? 海賊も、男達が私の為に……」
(言わせない!!)
「エ、エリッサ様?」
「んんっ。コホッ、何でもないの。ありがとうデジール。ちょっと強がりを言おうと思ったんだけど思いつかなくて、私は元気よ。だってそれが一番。でしょ?」
私は笑顔でデジールの右手を握る。
「迎えに行くから。準備しといて。デジールまたね」
「はい」
(気持ち悪い。何がまたね、よ。あんたの為にこの小娘を匿ってあげるんだから、少しは感謝しなさい、エリッサ)
「それではマーティンとジェフさんは船に行きましょうか。私について来て下さい」
「分かった」
「アシュトン、今日はありがとう。夜遅いからデジールを送ってあげてね。お願い」
「はい。分かりました」
私は鞘を持つ手で、アシュトンとデジールに手を振ると、墓場を後にした。
海賊船に向う途中、歩いていたマーティンがふと、思い出したかのように問いかける。
「あの、ちょっと気になってるんだけど、何故僕が第三王子だって分かったんだい?」
「え……えっと、何ででしょうね?」
(はぁ、何聞き返してるの? 馬鹿じゃないの。もう本当使えない)
「エリザベート嬢そうやって、はぐらかすのはよしてくれよ」
「はぐらかして……そうね、理由は貴方の性格よ。そのどうしようもない男の腐ったみたいな貴方の性格」
(酷い! エリザベート)
「腐った?……確かに僕は……」
「ふふふ、まぁ王になる気質ではないけど、姉がいるから頼りなさい。それに、貴方を守るためステイン家が盾になってあげる。そのまま貴方らしく物事を一生恐れてても大丈夫なように……」
「そ、それじゃ、答えになっていないよ。教えて欲しいんだ」
「あぁ、そうね。理由だったわね。貴方臆病なくせに、カトリーヌに付きまとっていたでしょう?」
「うん」
「それよ。そもそも、底辺貴族がステインの長女に付きまとう? しかも第一王子の婚約者よ? 家もろとも消される可能性があると考えるのが普通だわ。貴族であれば馬鹿でもしないわよ。でも貴方はそんなこと気にせずカトリーヌに付きまとった。いくらカトリーヌが魅力的でもそんな行動できないはず、できるのはこの国の王族か、他国の王族位ね。でも他国の王族であれば、あなたみたいな臆病者だったらまず付きまとわないでしょう。可能性として貴方が第三王子だって思うのは普通でしょう?
貴方、いったいカトリーヌと何があったの? 臆病者の貴方がカトリーヌに付きまとうだなんて、どう考えてもおかしいのよ。貴族院で一目ぼれっていうレベルでもない。これは私の憶測だけど、貴方が王宮にいた頃、幼少期にカトリーヌに会った事があるわね? 貴方はその時カトリーヌに心を奪われた。そしてその気持ちを抱えたまま成長し、貴族院で再会した貴方は気持ちを抑えきれず、付きまとってしまった。違う?」
「凄いな……大体あっているよ。ははっ、君は本当に怖いね。何でもお見通しだ」
「いいえ、所詮は憶測だわ、で、実際は幼少期に何があったの? あのカリーと」
マーティンは私の問いに、恥ずかしそうに俯くと、照れたように、もじもじしながら両手を組んで、親指をクルクル回した。
「いや、それは……うーん。いや、でも……えへへ。やっぱり秘密にしたいな。僕と彼女との思い出だからね」
(えぇー。聞きたい聞きたい。マーティンとカリーの思い出聞きたい)
そんな私は、自分の心とは裏腹に、鋭い目つきでマーティンを睨み、身体には鳥肌が立っていた。
「っきっしょっ……」
「え」
(ちょっと! エ、エリザベート、酷いよ。そんな言い方しなくても……)
(私ムリ。こいつ、本当に気持ち悪い男なんだもの。王子じゃなかったら頭かち割って、脳みそを手で掴んで潰しているところよ)
私は引き攣りながらも笑顔を作る。
「な、何でもないです。きっと良い思い出でなんですね。秘密なのが残念です」
ガーデンの港に着くと、周囲を見渡したジェフが私に問いかけた。
「して、エリザベート嬢の船はどちらですかな?」
「えっと、私の船は……あっ、あれです」
私の指した船をマーティンとジェフが見ると、ジェフは驚いたように目を見開いた。
「あれは、エスターダ国の軍船ではないですか?」
「えっと、偽装しました。本来は海賊船です」
「偽装? では、あの掲げている旗は何なんですか? あの旗はまぎれもなくエスターダ国の軍船旗です」
「えっと……もらっちゃいました」
「エリザベート嬢、流石にそれはあり得ません。軍船が誇りの象徴である旗を海賊に差し上げるわけないでしょう?」
「えっと、ちょっともめたんです。欲しいってお願いしましたが、最初はやはりダメだと。でも、私がステイン家の者だって分かったら譲ってくれたんです」
ジェフは呆れたように深いため息を吐きながらうつむき、頭を抱えた。
「エリザベート嬢、今や貴女はお尋ね者のようですね……」
(ほーんと、バカみたいに嘘が下手ねぇ、エリッサ。こういう時は下手に隠さず本当の事を言うのよ。信頼関係は大事でしょう? 私に代わりなさい)
ジェフに向かって私は優しく微笑む。
「ジェフ、仕方がなかったのです。こうでもしなければ私はガーデンに入れませんから」
「では……やはり、我軍の船を沈めたのですね」
「うーん、ちょっと違うわ。私、沈めていないもの。勿論、旗を譲って頂くため、多少は争いになりましたが、船を沈めることはしていないわ。軍船の乗組員の生き残りは全て私の領土に取り込みました。あぁ、勿論強制はしていません。でも今では喜んで働いてますよ。皆、私の家来達です。ふふふっ」
「あ、貴方は……」
「あら、それ以外に私にどうしろと? こうなったのも王宮がステインを敵に回したからです。寧ろ最小限の争いでしょう? それともジェフ、貴方このまま国に内乱が起きてもよろしくて?」
「いえ、私はそこまでは……」
「なら黙っていなさい。貴方は元将軍であることで、軍の兵に情がある事も理解はしますが、優先順位を間違えてはダメよ。今はルイ殿下のことだけ考えてなさい」
「はい。失礼致しました」
(うわぁっ、最悪な言い方で黙らせた。これじゃ私、完全に悪者だよ。いや、エリザベートが動いているから完全に悪、いや違った、悪魔だ)
「うるさい! 殺すわよ!」
(あ、ごめんなさい)
「あの、何か?」
ジェフが急な私の言葉に驚きながら私に聞いた。
「いえ、ちょっと煩い虫が……やっぱり少し緊張してるのかしら、耳鳴りがするわ……」
(何が耳鳴りよ。今さらそんな少女ぶっても遅いのよ)
私はそのままジェフとマーティンの二人を連れ、海賊船へと乗船した。
「お帰りなさいオジョウ!」
軍服を着た船員達が私に頭を下げながら挨拶をする。
「ただいま、ベンケはいる?」
「それが……」
「まだ寝てるの? はぁ、寝過ぎね。水を頭にかけてあげなさい」
「えっ? ベンケの兄貴にですか?」
「大丈夫よ。私の命令に従ったのだと言えば問題ないわ。使い物にならない船員はこの船には要りません。もし、それでも起きなければガーデン港に沈めてしまいなさい」
(酷い! もっとベンケに優しくしてあげてよ。私の為に、苦手な狭い箱に入ってくれたのよ?)
「本当、情けない男……」
(もぉっ!)
私と船員の会話を聞いてたマーティンとジェフは驚いた表情で私を見ていた。
(ほら! エリザベート、二人も引いてるじゃない。優しくして! 皆んなに優しく! 言葉くらい繕って)
「はぁ、全く仕方ないわね。とりあえず、ジェフ。ジェフはイデアと出くわす機会を調べて、分かり次第此処に戻って下さい。
マーティン……いえ、ルイ殿下にはこちらに残って頂きますよ。心配せずとも大丈夫です。海賊船が責任を持って必ずお守り致しますので」
ジェフは明らかに戸惑い、困惑したような表情で私を見ている。
「あの、それでは……」
「何か?」
「いいえ、分かりました。そのように致しましょう」
「ええ、そうなさって、くれぐれもイデアの件は頼んだわね。さっ、ルイ殿下。こちらへどうぞ」
私はそう言ってマーティンを船長室へと促す。
マーティンは不安な表情を浮かべ、ゆっくりと頷くと私の案内に従い、船長室へと向かった。
そしてジェフは海賊船を後にした。
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