No.73 無能な共犯者


 「さて、犯人も分かった事だし、マーティンとジェフも呼びましょうか」


「ちょっ、ちょっと待って!」

(何よ? まだ何かあるの?)


「だって、エーム王子は? エーム王子はどうしてあの時私を……?」

(あぁ、あのボンクラ? あれはあの女の最大のミスね。あの無能な王子を共犯者にしたせいで……いいえ、違うわね。エームを共犯者にせざるを得なかった。自分の言うことを何でも良く聞くただの操り人形の王が欲しかった。それがエームの役割。だから共犯者にせざるを得なかったのよ。

イデアはね、この国を支配したかったの。だから玉座は実の息子にしたかった。カミール王子ではなく、実の息子に。だからカミールを殺した。

そしてグエンは息子だったけれど、人形にするには自我が強過ぎた。実際に王となった場合、イデアのいう事を大人しく聞くタイプではない。特に欲深いグエンはイデアにとって王になったら危険な存在でしかなかったのね。その点、第四王子のエームはイデアにとって良い子で馬鹿だった。操り人形としてはうってつけでしょう。エームが王になって、裏でイデアがエームを操る。もしかしたらその後、イデアに権力が集まれば、エームも殺す、なんてこともあったかもしれないわ。

この国初めての女王の誕生ってね……)


「……」

(信じられない? でもエームが王子殺しでない理由はあの馬車の中で私を殺し切れなかったことだわ。もしエームがカミールやグエン王子を殺したなら必ず私を殺していたはず。でも私は生きている。私に飲ませた毒の量が少なかったのか、死を誘発させるあの煙の時間をミスしたのか、まぁ結局全てにおいて甘々だったのよ。王子二人を確実に殺せた犯人ならそんなことはしないでしょう。つまり、私を殺すことでイデアはエームと絆を結ぼうとした。だから共犯者にしたんでしょうね。

ただ、その共犯者は自分が思っているよりも無能だった。

だって、この私を敵に回し、そして殺せる機会に殺せなかったんですもの。ふふっ、イデア……待ってなさい。私が直々に処刑台に連れて行ってあげる。ふひひひっ)


「ちょっ、エリザベート怖い、マジで怖いから……」

(はぁ、もういいでしょう? エリッサ、大人しくしてなさい)


「エリザベート嬢、どうかしたのかい?」


 マーティンの声が頭上から降ってくる。


「ええ、王子殺しの犯人が分かりました」


「そっ、それは本当かい?」


「ええ、ですからこっちに降りて来てくれませんか?」


 マーティンとジェフは無言で見つめ合う。


「早く来なさい。マーティン」


 私はマーティンを睨むと、マーティンは怯えながら穴の中へと滑り落ちてきた。


「ジェフ、貴方もです。マーティンが降りたのですから。さぁ」


 ジェフも返事をすると直ぐに穴の中へ降りた。

 マーティンとジェフは顔を歪ませながら棺の中を覗き込んでいる。


「アシュトン、貴方は今なら引き返せます。これから私が話す内容を聞いたら、もう引き返せない。私が負ければ貴方も死ぬでしょう。でも今ならまだ間に合う。デジールと一緒にここから逃げなさい」


(おおっ! エリザベート優しい? そうだよね関係ないデジールやアシュトンは巻き込んじゃだめだよね。ようやく分かってくれたのね)


  私は小声で呟く。


「馬鹿ね。これで完璧な束縛をするのよ。自ら退路無くさせてあげているの」

(は?)


 エリザベートの言うように、アシュトンは迷わず、穴の中へすべり降りた。


(ちょっ、アシュトンなんで? 逃げなさいよ)


「ふふふっ、アシュトン。もうこれで私からは逃げられないけど、いいのね?」


「ええ、これは僕が自分で決めたことです」


(違うよ! 決めてないよ。エリザベートにそう仕向けられたんだよ! そのまま逃げて良いんだよ!)


「そう、なら貴方は私の未来永劫、共犯者ね。ふふっ」

(え? 共犯者? どういう事?)


「では、皆さん先に言っておきます。カミール王子とグエン王子を殺したのはステイン家ではありません

その証拠は、二人の死因である毒です。王宮からは、ステイン家の領土の一つカウイーンの森にしかない毒の葉と言われています。その名はウール。

ウールの葉は確かに毒です。でも人体には腹痛程度しかもたらしません。それは子供の頃、いたずらで私がカトリーヌに盛った事がありますから間違いありません。実証済みです。

元々ウールの葉はチットという獣を狩るための毒として使用していました。獣にとっては死に至る毒。多分そこからウールの葉は毒だと人々に知れ渡った。まぁ、獣が死ぬのなら、人間にも危険な物だと判断さてきたのでしょうね。

でもカトリーヌは死にませんでした。ふふっ。あの時は傑作でしたが。まぁ、つまりは王子が死んだ毒はウールの葉では無いのです。

 そして、王もこの王子殺しの犯人ではありません。それはこれからご覧頂く物でも分かりますが、もし仮にコルフェ王が王子達を毒殺し、カトリーヌを犯人だと仕立て上げるつもりだったなら、最初から工作をしているはずです。でもそれは無かった。

カミール王子が死んだ後、ステイン家は王に呼ばれました。しかし、その時、王はカミール王子のことでカトリーヌに言及をすることはなかった。グエンが死んだ時は、カトリーヌが王宮に呼ばれる事すら無かったのです。コルフェ王が犯人であれば、グエンが死んだ後、カトリーヌをあえて泳がすことはしないはず。それは何故か、ステイン派と王族派で内乱が起こる恐れがあるからです。

王は内乱など求めないでしょう?

二人の王子を殺しておいて、そんな愚作は行わない。つまり王もまた、この王子殺しに巻き込まれているのです。

では、皆さんカミール殿下を見てください。特に額の辺りを」


 私はそう言って、カミール王子に手を向けた。


「これは……」


「ジェフ、貴方は分かりますか?」


「……」


 信じられないと言うように、ジェフは黙った。


「この額の発疹は、ある毒だと分かるものです。ジェフがこの毒を知っていることに私は驚きましたよ。余程王族のことに詳しい方なのね。

この発疹はマリーの花の毒である証拠。厳密にはマリーの花の根の毒ですけれど。

カミール殿下は花の根の毒を吸い込んで死んだものです」


 マーティンは怯えながらも、ゆっくりとカミール王子の額を見つめた。


「マーティン、カミール殿下から匂いません? マリーの花の匂いを」


「確かに、マリーの花の匂いが微かにする」


マーティンは納得するように頷くと、不思議そうに言った。


「でも何で、エリザベート嬢がマリーの花に毒があることを知っているんだい?」


「意外に、王族の方はこれが毒だとは知らないみたいですね。ねぇ? ジェフ」


「それは……」


「先代の王の話だったかしら? マリーの花を王宮だけに植えるようにと。まぁ、何かあった時に自害する為なのでしょうが。マリーの花に毒がある事は、ほんのごく一部の家臣しか知らないはず。まぁステイン家はデンゼンの古い書類にあったので、初めから知ってたようでしたが。でもジェフ、何故貴方は知っているのです?」


「……」


「ふふふ、別に意地悪を言っているわけではないの。でも、ただ貴方が私にずっと隠しているから」


 深いため息を吐いたジェフは肩を落としながら苦笑した。


「いやはや、エリザベート嬢には叶いませんな」


「ジェフ?」


 マーティンが不安な顔をしながらジェフを呼ぶが、ジェフ諦めるように首を振った。


「坊ちゃま、最早ここにいる時点でエリザベート嬢には逆らえませんよ。私達はこの争いに巻き込まれたのです。いや、坊ちゃまがカトリーヌ嬢に好意を持った時から、もしかしたらこうなることが決まっていたのかもしれませんね」


「……」


「マーティン。残念だけどジェフの言っている通りよ。臆病な貴方は自分から言えないでしょう? なら私が言ってあげましょう。もう退路はないのよ。第三王子、ルイ・クレイン殿下」

(ーーーーえ? えぇぇぇぇーーーーっ!?

マーティンが王子! う、嘘でしょ!?)

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