No.72 王子様こんばんは


 墓地の中に入り、周囲を見渡す。幽霊とか出て来そうだなとか、ちょっと思ったけれど、薄暗い墓地に不思議と恐怖心は抱かなかった。

 

 私はマーティンに向かって問いかける。


「ねぇ、カミール殿下が眠っているお墓はどちらかしら?」


「え? 僕は……」


「エリザベート嬢、こちらです」


 戸惑うマーティンの前にジェフが出ると「私がご案内しますよ」そう言って先頭を歩き始めた。


「ありがとうジェフ」


 私は満足そうに口角を上げた。

(ねぇ、これから本当に墓掘りなんてするの? しかもカミール王子ってさっき言ったよね? いや、 ちょっと待って! は? カミール王子の墓堀!? う、嘘でしょ!?)


 

「もう、うるさい! 黙っていなさいエリッサ」

 私は出来るだけ小声で言った。

(あ、ごめん……って、いやいやいや! 黙ってらんないから! 嘘でしょ!?)


「あの、エリッサ様? 何かありましたか」


 デジールが気遣うような目で私を見ている。


「気にしなくて大丈夫よ。私、やっぱり少し怖いのかしら……」

(何言ってんの? めっちゃウキウキした顔してるじゃん。本当最悪。よくそんな事言えるよ)


「そうですよね。私も怖いです」


(あぁ、デジール。本当あんまり無理しないでね……)


 ジェフが小さな柵を越え、後に続く。少し進むと、明らかに新しい大きな墓石が見えた。墓石の前には、いっぱいの花が添えられている。


「こちらがカミール殿下のお墓になります」


「そう、これが……なかなか良い所に眠っているじゃない」

(あぁ、カミール王子のお墓だ……)


 私はそう言って、男達を見渡しながら「さっ、掘りましょうか」と声をかけた。


「エリザベート嬢?」


 マーティンが戸惑いながら私を見ていたが、私はそれを無視し、カミール王子の前で仁王立ちのままお墓を見ていた。


 アシュトンは躊躇うことなく墓石の前を持っていたスコップで掘り始める。私はそれを見て微笑むと、隣にいるデジールに指差し言った。


「デジール、貴女はあそこにいなさい。墓掘りなんて気分の良いものではないでしょう。だから貴女には少し離れたあそこで見張りをお願いしたいの」


「見張り……ですか?」


「ええ、不審な人がいたら私達に知らせて頂戴」


「はい。分かりました」


 デジールは小さく返事をすると、見張りをする為の場所へと歩き始めた。


(そもそも不審な人って、私達だよ)


「ねぇ、ジェフもマーティンもさっきから、何を突っ立って眺めているの? さぁ、その手に持っている道具で早く掘って」


 ジェフはハッとしたように気付き、アシュトンが掘っているところを一緒に掘り始めた。


「坊ちゃまは無理なさらずとも、私が掘りますから」


 私はわざとらしくため息を吐いて、マーティンを見つめる。


「ねぇマーティン、貴方、まさかここまで来て怖気づいているの? 貴方のその弱さで、姉は死ぬかも知れませんよ。姉の為に何でも出来ると言ったのは嘘ですか?」


 マーティンの震える手は、何か吹っ切るように、力強くスコップを握りしめた。そして「いや、嘘じゃない」そう呟いた彼はカミール王子の墓を一緒に掘り始める。


 男三人は暗い墓地で必死に墓を掘り返し続けていた。


 私はそれを仁王立ちで、ニタニタと笑いながら眺めている。


 ーーーーこっつん。


 ジェフのスコップに、何か固いものが当たる音が響いた。


 アシュトンはスコップを置くと、しゃがみ込み、自らの手で土をかき出し始める。それを見たマーティン、ジェフも急いで、同じように、土を手でかき出し始めた。


 しばらくして、大きく、立派な棺が現われた。


「ご苦労様でした。皆様、一度上がってください」


 私がそう言うと、男3人は掘られた穴の中から這い上がる。私は、上ってくる彼らとは逆に鞘でバランスを取りながらそのまま滑るように穴の中へ降りていった。


 大きな棺の蓋を目の前に指をかけてみる。やはり微動だにしない。

 

「開かないだろ。僕らが開けようか?」


 マーティンはそう言うが、私は首を振っていた。


「いいえ、大丈夫よ。私の楽しみを奪わないで頂戴。ふふっ。スコップを貸してくれれば十分」


「あ……あぁ、分かった」


 マーティンは少し複雑な表情をしていたが、手に持っていたスコップを私の近くにすべり落としてくれた。


(楽しみとか、言っちゃってるし。本当どうかしてる。ねぇ、ちょっと! 私一人でこの棺開けるの? 嫌よ。絶対無理だから。本当無理だから。私そんな耐性ないの!)


 私は何も言わず持っていた鞘を横に置き、スコップを右手で握ると、棺の蓋にスコップの刃を入れ、押し上げた。


ーーーーバッキッ! バキバキ!!


 棺の蓋はいとも簡単に上がり、私は片手で蓋を持ち上げ、棺を開ける。


 私の目の前には、白い布で全身がくるまれ、その姿が見えない遺体があった。


 (これが、カミール王子……?)


 私はそのまま、自分の体を半分棺に入れると、くるんでいる白い布を思い切り引き剥がそうとして、手が止まる。


(ちょっ、待てえぇぇい! 本当待って!)

「心の準備がまだ出来てない! て言うかカミール王子だよ!? 私無理だよ」


(今更何言っているの? エリッサ。早く確かめるの! 邪魔なあんたは大人しくしてなさいよ。ほら)

「黙ってなさい!」


(嫌だ! いやぁぁっ)

「うるさいっ」


 私の右手は容赦なくカミール王子の覆う白い布を掴み、一気にそれをはがした。


「あぁ、良い匂いね。最高だわ、カミール殿下」


 私は腐ったカミール王子の頭を優しく撫でると、ゆっくりと彼の顔に頬ずりをする。


(やめてえぇぇ! 無理だからっ! 本当、無理だからっ!)


「カミール殿下。やっぱり貴方は同罪でしたね。だってこんなに早く死ぬなんて、しかもこぉんなに簡単な殺され方。貴方にしては本当、間抜けね。でも、好きよ。特に今の貴方はだぁい好き」

(うげえぇぇっ)


 私の心は尋常じゃない鳥肌と、嗚咽と、あらゆる拒否反応を示しているはずなのに、この体は全く別で、凄くドキドキしながら興奮している。感覚の違いが余計に気持ち悪い。


 (……ん? でも、あれ? 何だろうこの匂い……良い匂い。 懐かしい、あのカミール王子の匂いのままだ。でも何故?)


「あら、やっと気づいたの? エリッサ」

(え? どういうこと?)


「本当、鈍臭いわね。ふふっ、彼のこの死臭の匂い。良い香りでしょ?」


「え!? この匂いって死臭だったの!?」

(そうよ。カミール王子と初めて会った晩餐会の夜、あの時にはもう彼は手遅れだったわ。だって、あんなにも死臭を漂わせて……じゃなきゃ、この私がこんなにも興奮なんかしないもの)


「……は?」


 あまりにも衝撃的な事実に私は言葉を失う。


 (あの時、彼はもう余命いくばくか、そしていつ死の時を決められるのかも、時間の問題だった。グエンの馬鹿も同じ殺され方だったと思うけど、グエンの時は急遽殺されたのね。晩餐会の時にグエンの方からは死臭なんてしなかったもの。まぁ、カミール王子の葬儀から、ほのかに死臭はし始めていたから、グエンを殺すのはその頃決めたんでしょうね。決定的だったのは、私に襲い掛かって来た時。その時にはエリッサもグエンの匂いを自覚していたでしょう? でも結局カミール王子ほど強い匂いはしなかったわ。時間がなく、一気に殺されたグエンは、死ぬ時、だいぶ苦しかったでしょうねぇ。ふふふっ)


「そんな……」


(多分あの晩餐会。本来ならあの晩餐会でカミール王子は死んでいたんじゃないかしら。あの日、何事もなくカトリーヌが行っていれば、多分カトリーヌと一緒に死んでいたでしょう。そして、その犯人にグエンを置く予定だった)


「カトリーヌが……? じゃカトリーヌにも毒を?」


(あぁ、安心して、カリーは別の殺し方だったはずよ。カリーの死に方がグエンを犯人に仕立て上げる。それが魂胆だったんでしょうね)


「そんな……」


 (でも残念ながら、その日は私が来た。晩餐会は私で大荒れ。筋書き通りに行かなくなったことで、犯人にするターゲットを変えたようね)


「ターゲット?」


(カリーは、いいえステイン家は犯人にとって、邪魔な存在だった。だからカリーを殺すより犯人にした方が結局は都合が良かったのよ。だから計画ごと変更した。思い切ってね)


「思い切ってって?」


 (だって実の息子を殺すのよ? そりゃ思い切らないと)


「ど……どういう事?」


(本当は殺すのではなく、グエンはただ王位から外したかっただけ。でも、予定外の事が起きた。だけど逆にそれがチャンスだとも思ったんでしょうね。ステイン家を道連れに潰せるのなら、息子を殺すことの方が得だとでも思ったんでしょう。あのババァは)


「ねぇ……それって、もしかして、王妃様……?」


(正解。そうよ、王子殺しの犯人は王妃であるイデア。そしてイデアの側近達ね)


「実の息子を……? 信じられない」

(そう? でもカミール殿下の体の発疹の後がそう物語っているわ。そしてこの死臭の良い香りもね。かすかにマリーの花の香りが鼻につくもの。

私達はまんまと王族の争いに、いいえ、イデアのババァの画策に巻き込まれたのよ。あの女、なかなかやるわよね)

「随分欲深い女だこと」


(でも、私には王妃がそんな方だなんて思わなかったわ)


「それはそうでしょうね。でも、賢い女ほど、欲をあまり見せないものなのよ」


 カミール王子の遺体を見つめながら、私はニッコリと笑っていた。

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