No.71 墓掘りへGO!
「本当、気持ち悪いわね」
(いや、本当に)
私は一人コクコクと頷く。
「あの、エリザベート様? 何かありましたか?」
ジェニファーが私の言動を心配に思ったのか、伺うように聞いてきた。
「いえ、何でも無いです。ははは!」
「もしかして、息子が作った薬が原因で?」
「違います! 違います! 大丈夫です。心配をお掛けしてすいません」
(うるさい女だな。あんまり目障りになるようだったら殺した方が良いわね)
「っ!? ちょっと! 何考えているのよ。エリザベート!」
(バカね、エリッサ。そんな大声だしていいの?)
「あ……」
ジェニファーが明らかに心配そうな表情で私を見つめている。
「あの、やっぱり、薬が原因なのでは? 無理はなさらずお休みになった方が……」
(ああ、失敗した。完全に心配しちゃってる。これはジェニファーの言葉に従って……)
「ジェニファー、私が大丈夫と言ったら大丈夫なの。二度は言わせないで。ああ、そうだ。そんなにお暇なら、スコップを三つ持ってきて頂戴。この家にスコップが無いなら、すぐに他の家から借りてきて」
(ちょっ……何言ってるの! エリザベート! ちょっとは礼儀を……)
「時間が無いの! スコップ持ってくるの!? 持って来れないの!?」
ジェニファーは驚いたように体をビクつかせ、顔色を変えながら「はい。すぐに」そう言って慌てて家の裏へと向って行った。
(ちょっと!! あんな言い方ダメでしょ!?)
「貴女、私の力を借りたいんじゃないの? なら黙ってなさい。本当、耳障りだわ」
(それとこれは違うよ! 協力して貰うのに……そんな大柄な態度はダメ……)
「全く、何も分かっていないのは貴女の方でしょう? 私は貴族なのよ? 人を動かすには言葉を強めないと、人は簡単には動かないの。貴方の世界とは違うのよ」
(そんな……)
「人を協力させるには、命令と報酬。あのジェニファーみたいなタイプは命令が手っ取り早いのよ。それに他人の感情なんて、一人一人いちいち気にしてなんかいらないわ。人を動かす為の報酬をどのタイミングで出すかだけ考えればいいの。あのジェニファーには既に報酬を提示していたみたいだから。後は命令だけで十分なのよ」
(報酬? ジェニファーさんにそんな報酬なんて提示した覚えないよ?)
「目に見えるものだけが報酬じゃないでしょう? 何? そんなことも私に一から全て説明させる気?」
(そんなつもりじゃないけど……)
「でも、ならジェニファーさんにとっての報酬は何なんだろう……」
(そのぐらい自分で考えなさい。本当、気持ち悪い感覚ね。前の薬の方が良かったわ)
「それは同感。確かに、この薬は気持ち悪い。変な感覚だし、体に他人が居るみたい」
(他人が居るのよ。貴女が勝手に入ってきたんでしょ)
「私……? 確かに私が勝手に入ってきたようなもんだけど、でもエリザベートは死んでいるって……」
(私は私よ。体もエリザベートだもの。こんな歪な形になってしまったけれど)
「今は喋ると私で、思考がエリザベート……?」
(そうね。逆に、強く私が喋ると、考えがエリッサになるのね。本当に歪な存在になってしまったこと。こんなことで王族に立ち向かえるのかしら。先が思いやられるわ)
「それは私の台詞でしょ。私は貴女なら救えると思ったから託したのよ。だからこうやって……」
(そうやって、人のせいにしないでくれる? 体は私でも、魂はエリッサ、貴女なのよ? 自分をそうやって他人のように振舞うのはよしなさい。私が失敗したら、あんたもろとも死ぬんだから)
「私はいいのよ。もう一度死んだ身だから。別にこの世界に未練があるわけでもないし。でもカリーは……カリーの笑顔をもう一度見たいから」
(ふんっ、馬鹿馬鹿しい、随分とお人よしね。まぁでも、唯一の共通点ね)
「ふふっ、何だかんだ言ってもやっぱりエリザベートもカリーの事を想っているんだね!」
(何言っているの? カリー? どうでもいいわよ。あんな女、ただの動物でしょ。私が言いたい共通点は、お互い一度死んでいるって事だけよ。
死を一度経験していれば心構えは全く違う。一度味わった死なら、もうそんなに怖くは無いでしょ?)
「カリーを動物って……本当酷すぎる。あ、でもエリザベートでも怖いって思う気持ちはあるのね、ちょっと意外」
「以前の私は恐怖なんて知らなかった。でも、不思議よね。実際身体の本能から恐怖を感じてしまうことはあるわ。それに貴女が入ってる事で、貴女の感情に引きずられる事もあるみたい。本当、最悪よ」
(じゃぁ、サイコキラーじゃなくなってきているって事?)
「またそれ? サイコキラー? ふざけた事言ってると殺すわよ」
(あ、ごめんなさい……)
「いい? 私と貴女は、良くも悪くも、お互い少し干渉しあっているの。私は恐怖を覚えたけど、貴女はどうなの? 平気で人を傷つけたりしてない? あるでしょ? 貴女が本来なら、絶対しないような暴力を振るえるようになっているし、そもそも暴力を見ても、そこまでの抵抗感は無いはずよ」
(確かに、言われてみれば……。うわ、それ確かに最悪ね。でも干渉し合ってるって事は結局、何だかんだ私とエリザベートが干渉しながらお互い丸く収まってるってこと?)
「はぁー、私は本当不幸だわ。よりによってこんな馬鹿な女と一緒にならないといけないなんて」
(馬鹿って何よ。サイコキラーの貴女に言われたくないわ。それにこうして意識がある以上、私は貴女の暴力を抑えるわよ)
「勝手に言ってなさい。どの道、これから先は私が自ら手を下す事は無いわ」
(え? そうなの? てっきりまた残忍な事でもするんじゃないかって思ってた。正直ホッとした)
「貴女、本当馬鹿ね。私一人だけでいったい何人殺せるのよ。特に今の私は貴女と同化しているようなものだから、本気で止められたら何も出来ないわよ」
(まぁ、酷い事するのはやめて欲しいけど、でも、それ以外で私に出来ることがあったら言ってね)
「ふんっ、ないわよ。寧ろそのまま眠ってて欲しいわ」
(あははは、ですよね。私も眠りたいよ)
「あの、これでよろしいですか?」
気付くと不安そうな声でジェニファーが気まずそうに立っていた。その手には、船のオールの様な木のスコップを三つ抱えている。よく見れば、先の四角いスコップのサイドの面が、削れたり、欠けたりしてガタガダになっていた。
「ありがとう、ジェニファー、これから私とアシュトン達は少し外に出ますから」
(えっ? これから出るの?)
「は、はい」
「朝には戻りますから、暖かい湯でも沸かして待っていなさい」
(朝までって……)
「あの、でも、こんな夜分にどちらに向われるんですか?」
「知らない方が、身のためよ。他言は無用。アシュトンの為にも貴女は知らないという防御を持ちなさい」
「わ、分かりました……」
返事をしたジェニファーは私の側にスコップを置こうと持ってくる。
「あぁ、待って。それは直接アシュトン達に渡して頂戴。貴女が渡したほうが、彼の励みにもなるでしょう」
「そうですか?」
「息子さん達にはこれから重労働をして頂きますので、頑張ってと一言を言ってあげるといいわ」
「はぁ……分かりました」
(ねぇ、ちょっと! エリザベート、さっきから、勝手に。重労働って何させる気? しかも、図々しいでしょ。ジェニファーさんに雑用みたいなことばかりさせて、私達のためにしてくれているだよ? もうちょっと言い方があるでしょ!?)
エリザベートは何も言わずジェニファーに向かってニッコリと微笑むだけだった。
数十分後、アシュトン達が不思議そうな顔をしながら戻ってきた。マーティンの隣には執事のジェフがいる。
「ジェフよく来てくれました。これから貴方の承認も必要でしたので、お呼びしました」
マーティンは私を見て首を傾げながら腕を組んでいる。
「あの、それで、僕達がまたこうして呼び戻された理由は何だい?」
「ええ、率直に言うと私には時間がありません。皆さんにはお騒がせして申し訳ないのですが、今夜、日が明けるまでの時間を私に下さい」
(いや、だからね、何しに何処へ行くのよ? いい加減私にも説明してよ)
私は視線をジェニファーに向けた。
私のその合図に気づいたジェニファーは、自分が抱えたスコップをアシュトンに渡すと「気をつけて、頑張って来なさい」そう言った。
アシュトンは微笑みながら、力強く頷く。
「殿方の方は皆そのスコップを持って来て下さい。これから少し肉体労働となります」
ジェニファーはそのまま、順にマーティン、ジェフへと手渡していく。
ジェフは受け取りながら、興味深そうにスコップを眺めていた。
「ふむ。これはいったい、何をするんですかな?」
「ふふっ。行けば分かりますよ、ジェフ。
では皆様、準備が宜しければ参りましょう。ジェニファー、お騒がせしてごめんなさいね。息子さんをお借りします。明日にはちゃんと無事に帰ってきますからご心配なく」
(そうそう。それよ、礼儀は大事)
私は続けてアシュトン達に言った。
「あぁ、そうだ。夜道ですけど火は控えめに。目立ちたくないので」
私はソファーに立てかけた鞘を右手に抱え、アシュトンの家を後にする。
「あの、エリッサ様、どちらにいかれるんですか?」
デジールが何処か不安そうに、私の隣を歩いていた。
「ついてくれば分かるわ。本当なら貴女を巻き込みたくはないのだけど、私には信頼できる人が少ないの」
(おぉっ! エリザベートがデジールに優しい言葉を使っている! でも、本当、私もデジールを巻き込みたくはないの。これ以上絶対デジールを危ない目には合わせたくない)
「いいえ。私、嬉しいです。エリッサ様のお役にたてて」
(あぁっもう、鬱陶しいわね。なら自分で言いなさいよ。私この娘、苦手だわ)
「ありがとう。デジール、でももし危険な目にあいそうになったら直ぐに逃げるのよ。私の事よりも貴女の身の安全を最優先にさせてね。私はこう見えてしぶといから気にせず逃げるのよ?」
「エリッサ様……」
「デジール、貴女は私の唯一の友達なの。だからお願い、逃げてね」
「はい」
(気持ち悪い会話。いっそ、殺せないエリッサの代わりとして、この娘を私が殺しちゃおうかしら? きっと良い泣きご……)
「駄目っ!」
思わず出てしまった私の声にデジールは驚き、目を見開いた。
「何でもないの……ごめん」
(こういうのが苦手なのよ。ほんと気持ち悪い)
私は何も言葉にする事なく、ただエリザベートが意識を向ける方向へと歩き続けた。
暫く歩くと、目の前に、約二メートルぐらいの壁と大きな門が見える。門の近くまで来ると、私は足を止めた。
「これから私達はそこに侵入いたします」
ジェフが驚き、目を見開く。
「あそこは王族の墓地ではないですか」
「ええ、そうよ。これから貴方達には墓堀をして頂くの」
(……は? 墓掘り!?)
「そんな……いくらなんでも。死者、いや王族に対しての冒涜だ。こんな事がばれたら大変なことです。個人の死罪では済まない」
明らかに困惑しているジェフが首を振っている。
「ジェフ、取り急ぎ確認しないといけないの。王子殺しが一体誰なのか。そして、それを承認する者として、ジェフ、マーティン貴方達を呼んだのよ」
「エリザベート嬢、貴女もしや……」
「ジェフ、秘密は守る為にあるの。バレなきゃいいのよ。そう、貴方達みたいにね」
私はマーティンに向き直るとその目を見据えた。その、瞳が、少しだけ左右に振れ、動揺しているようにも見える。
「マーティン、よく聞きなさい」
「は……はい」
「カトリーヌの件ですが、私は先程、貴方に嘘を付きました。ステイン領の一部の兵が反乱を起こし、逃げる際に、カトリーヌは頭を強く打ったのです。そして、そのせいでカトリーヌは今も眠ったまま」
(えーーーーっ! なんでわざわざバラすのよ!! もーバカバカ!)
「そっ……そんな」
声を発していたのはデジールだった。マーティンは、信じられないとでも言うようにただ呆然と、私を見ているだけだ。
「このままだと、カトリーヌは衰弱して死ぬでしょう。ここ王都の医師ならもしかしたらカトリーヌを治療出来るかもしれません。でも、今はカトリーヌ自身が命を狙われている身。連れてくるわけには行かなかった。私は一刻も早くこの事件を解決して、カトリーヌを王都に呼び戻したいのです。
マーティン貴方ならこの気持ち分かるでしょう? 手伝ってくれますよね」
「そんな……カトリーヌ嬢が……?」
「カリーは王都を離れてからずっとマーティンのことを私に話していました。学院での出来事が心に響いたのでしょう。あんなに勇敢な男性はいないと。私の事を見捨てなかったのはマーティンだけだったと。そしてマーティンに会いたいと言っていました。私は姉の願いを叶えたいの。そしてマーティン。貴方の願いも叶えたい。お願いよ、協力して。マーティン」
(うわっ、それっぽく言っているけど、全部嘘だよ。カリーはマーティンのこと、何も言ってなかったし、会いたいなんて聞いたこともない)
「僕、カトリーヌ嬢のためなら王族を冒涜してもかまわない……」
「坊ちゃま……」
ジェフは困惑し、狼狽えていた。彼のような執事が感情を表に出すなど珍しい。
(てか、マーティンその気になっちゃったじゃん。私にはこんな事絶対言えない。今でも罪悪感が押し寄せそうよ)
私は満面の笑顔でマーティンに応える。
「マーティン、ありがとう。きっとお姉様はマーティンを愛しています。マーティンの決意、お姉様にも届いているわ」
(この、嘘つきー!!)
「うん。怖いけど、頑張るよ。ジェフ、ごめん。僕は……僕は、やっぱりどうしてもカトリーヌを愛しているんだ」
「坊ちゃま……」
私は鞘をドスッと地面につき立てると、王族の墓地を指差した。
「さぁ、参りましょうか。墓堀に!」
(こんの、悪魔めっ)
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