No.70 薬の副作用
デジールとの再会に喜び、昂ぶった感情を落ち着かせるのに随分と時間が掛かった。
気恥ずかしさが残る中デジールと寄り添いながら二人で笑い合う。そんな私達の様子を見ていたマーティンがタイミングを見て話しかけてきた。
「あああの、エリザベート嬢、こんばんは。 怪我をされているようですが、お元気そうで何よりです」
「マーティンさん。わざわざ来て頂き、ありがとうございます」
マーティンは頷き、ニッコリと笑いながら「それで、あの、カトリーヌ嬢は元気かい?」と期待するような眼差しで問いかけてきた。
「っええ……お姉様は元気ですよ。ガーデンに早く戻りたいと言っていました」
私は言葉を詰まらせながらも、何とか答える。一瞬、彼に本当の事を言うべきかとも考えたけれど、マーティンが屋敷に押しかけてきた事を思い出して止めた。本当の事を知ったマーティンが、感情のままカトリーヌの元へ駆けつけようとするのはあまりにも危険だと思ったから。今はなるべく騒動は起こしたくない。マーティンごめん。
「そうか。カトリーヌが元気なら僕はそれでいい。きっと毎日、我がままを言ってるんだろうね。ふふっ、早くカトリーヌ嬢に会いたいなぁ」
マーティンはカトリーヌを思い浮かべるように笑い、そしてハッと思い出したかのように私に向き直った。
「そうだ、ところで何故、僕を呼んだの? ぼ、僕に出来ることがあったら何でも協力はするけど……」
「ええ、まぁ、そのつもりで……」
いや、待て。マーティンにいったい何をしてもらうんだ? そもそも私はこの後どうすれば良いのかなど分からない。手紙の指示にあった通り、アシュトンに会いに来ただけ。アシュトンに会って……何するつもりなんだろう。
「それから、エリザベート嬢。さっきから気になっていたんだけど、それは何だい?」
マーティンがソファーの端に私が立てかけていた鞘を指差して首を傾げた。すると、アシュトンも鞘を見ながら、同意するように頷く。
「僕もずっと不思議に思っていました。何なんですか? これ」
私は、思わず首を傾げていた。
「えっと、鞘ですね」
「「鞘?」」
二人の声が揃う。
「ステイン家にとって大切な鞘みたいです」
マーティンは興味津々とばかりに、鞘をまじまじと見ていた。
「へぇ、鞘ね。でも剣は入れておかないのかい?」
「剣は元々無いみたいです」
「無い? 剣はいらないってこと?」
「多分、そうですね」
そんなのエリザベートしか知らないことだから、私には何も分からないよ。
「あの、すみません。アシュトンが皆んなを呼んできてくれのだけど、今日は挨拶だけのつもりで……。なので今後についての相談は後日になります。わざわざ来てくれたのに、ごめんなさい」
マーティンは笑いながら首を振った。
「エリザベート嬢が謝ることはないさ。大丈夫。アシュトンから聞いた上で僕らはここにいるのだし。それに、協力できることがあるのなら何でも言ってよ。僕は早くカトリーヌ嬢にも会いたいんだ。だから、そのステイン家の大切な鞘とやらを使うときは僕にも教えて欲しい」
「ありがとう。そうさせて頂きます」
私はマーティンにニッコリと笑いかけた。
その後、少し会話した後、私の身体の事を気遣ってくれたデジールとマーティンはすぐに帰ってしまった。
二人が帰った後、アシュトンと二人きりになったタイミングで私は声を潜めながら問いかける。
「アシュトン、あの、手紙を送ってきてくれてありがとう。それと、あの薬……」
「あぁ、いいえ。あれくらい、大したことないですから。何に使うのか知りませんでしたが、お役に立てましたか?」
「ええ、それはもちろん」
あの薬のお陰で、エリザベートになる事が出来た。何をするつもりで、彼女が動いているのかは未だ分からないけど、ベンケを家来に出来たし、海賊の船長にもなった。あと、よく分からない鞘も手に入れた。
多分、私がアシュトンに会う目的はあの薬なのだろう。エリザベートになるための薬を再度貰うこと。それ以外思いつかないし。
「頼みたいんだけど……あの薬、もう少し貰えるかしら?」
「薬ですか……それが、あれ以来原材料のオイリンの葉が手に入らなくて。すみません」
え? ……薬、手に入らないの?
「そのオイリンって葉はいつ手に入るの? 手に入る場所を教えてくれたら、私そこまで行くよ」
「いえ、エリッサ様。そう簡単には行けません。オイリンの原産国は遠いのです。僕も後から知ったのですが、本来は医師と兵にしか渡らない物らしく。今は入手するのが困難で……。
あぁでも、オイリンに似た物はまだあるんですよ? ただ、オイリンより麻酔効果は無いんですが」
オイリンは麻酔効果なのか……。
「そうなの。でもそれならアシュトン、その似た物でいいから、薬もらえるかしら?」
「ええ、良いですよ。ちょっと待っていて下さい」
アシュトンはすぐに立ち上がり2階へと上がると、ほんの数分で戻ってきた。その手には包み紙が握られ、私の目の前にそっと差し出す。
「この薬です。メーリブという木の実から取った薬なんですが、麻酔よりも刺激のほうが強いんです。でもこのメーリブは比較的手に入りやすいので、もしこれで良ければ、いくらでもありますよ」
「そうなの。ありがとうアシュトン」
私はその薬を受け取ると、そっと包み紙を開けた。白い粉が苦そうだ。
キッチンの方で、不思議そうに私を見ていたアシュトンの母ジェニファーと目が合う。私はニッコリと微笑み頭を軽く下げた。
私、この薬でエリザベートになれるの?
刺激剤……って結局何だ? 大丈夫だよね?
でも、もしこの薬でエリザベートになれなかったら……私何にも出来ないよ。
私は居ても立ってもいられず。勢いでその薬を口の中へ放り込んだ。
「エリッサ様!!?」
アシュトンが驚き、私の手を掴む。でも白い粉は既に私の口の中に全部入っていた。目を瞑り苦味と一緒にゴクリと飲み込む。
「そんな……エリッサ様が飲まれるなんて。もしかして以前送った薬も全部飲まれたのですか!? この薬は健康な方が飲むような薬ではありません! 薬は毒にもなるのですよ!? いや、むしろ僕は毒だと思ってこの薬を調合しました。まさかエリッサ様が飲まれるなんて……そんな……」
心配そうな声は聴こえてはくるものの、途中からアシュトンが何を言っているのか理解が出来なくなっていた。頭にグワングワンと響く。
「エリッサ様? エリッサ様! 大丈夫ですか!?」
「アシュトン! 手を離して!」
「ーーーーっ! あ、すいません」
アシュトンは慌てながら私の手を離した。
「この薬を私がどう使おうと、貴方には関係ないでしょう? 貴方がすべきことは薬を私に差し出すこと。それだけよ」
「……は、はい」
「分かればいいの。ただ……この薬は気分が悪いわね」
「あの、毒ですから。身体の方は……?」
「んー、前の薬のほうが良いけど、まぁ良いわ。アシュトン、この薬を沢山作って頂戴。身体は問題ないから気にしないで。あぁそれと、マーティンとデジールをもう一度呼んで」
「え? 今ですか?」
「そうよ、今。私には時間が無いの。何ぼさっとしているの。早く連れ戻して来なさい」
「あ、はい」
アシュトンは慌てて家を出ようとした。
「あぁ、そうだ。アシュトン、ジェフも呼んで来て頂戴。マーティンの執事だからジェフの名前を出せば連れてくるはずよ。そう伝えて」
「はい。分かりました」
「さぁ行って。時間がないわ。私達みんなの命が掛かっているのですから」
マーティンは力強く頷き、ドアを開けた。
(って、待て待て! ちょっと待って!
え? 何これ……? エ、エリザベート……?)
「うるさいわね。大人しく黙って寝てて頂戴」
(うわっ! エリザベートだ。私意識があるのにエリザベートが喋っている。何だこれ、悪癖?)
「最悪ね」
(うわぁ、気持ち悪)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます