No.67 王都ガーデンへの侵入


 鞘を受け取ってから、海賊船へ戻ると、ベンケ達が出迎えてくれた。

 その出迎え方が、何ともアレな感じで、何だか極道の姉御にでもなった気分だ。


「お帰りなさい、オジョウ」


「ただいま。ベンケ」


「オジョウの持ってるのが、例のヤツですか?」


「私、ベンケにコレの事、話していたかしら?」


「ガハハハ! オジョウ、またド忘れですかい? オラには切り札をアーリッツァーで作って貰うと言ってましたよ。まぁそれ以上は聞いてませんが。それが切り札なんでしょう? 正直どう見てもただの鞘にしか見えませんけど……」


「そうよねぇ、鞘にしか見えないのよね……。だってどっからどう見ても鞘なんですもの」


「んん? でもやっぱりオジョウの切り札はその鞘なんでしょう?」


「まぁ、そうみたいね。でも何に使うかは、きっとガーデンに着いてからになるわ」


「そうですか。オラ、楽しみですわ。オジョウの切り札」


「そう。でも、私は怖いわ」


「んん?」


 首を傾げるベンケに、私はぶんぶんと首を振って見せる。


「ごめん、いいの。さっ、ベンケ。私をガーデンまで連れて行ってちょうだい」


「分かりました」


 ベンケは笑顔で力強く頷くと、声を張り上げた。


「お前ら! 出港の準備だ!!」


「「「「ウオォォーーーーッ!!」」」」


 船員達の雄叫びが響くと、すぐに出港の準備の為、周囲は慌しく動き始めた。


 私は邪魔にならないように、コソコソとしながら、船長室へと戻る。後はベンケが上手くやってくれるだろう。


 船長室に入って数十分後、船がゆっくりと動き始めた。


 ついに出航だ。


 私は船長室のガラス窓から、アーリッツァーの港を眺めていた。通ざかっていく、アーリッツァーの街並みに、私は少し心細さを感じる。


 陸から離れ、地に足が着かなくなるこの感じのせいだけではない。


 この船の人たちと私の常識と価値観は、かけ離れている。ここからは私一人、孤独だ。


 例えばここに、執事のエルフレットでもいてくれたら、どれだけ安心するか。でも、そんなわがままは言えない。


 それに、今や敵地となったガーデンへ、これから向かうんだ。干渉に浸っている場合でもないだろう。ちゃんと気を引き締めないと。


 ガーデンには、私のたった一人のお友達がいる。

 きっとデジールは私を心配しているだろう。

 色んな事があったせいで、もう随分デジールと会っていない気がする。


 デジール元気にしているかな?

 また、腹黒リリー達にいじめられたり、傷つけられていないかな?


 あぁ……デジールに、会いたいなぁ。


 海賊船が出航してからの船内は、騒がしい音が鳴り響いていた。ガーデンに入る為、偽装の準備だ。海賊船の男達は皆、戦った軍船の兵士の制服を着て過ごしている。兵士らしい立ち居振る舞いなどに最低限慣れ、それっぽく見えるようにする為らしい。


 まぁ、残念ながらベンケは、体があまりにも大きすぎて、軍船のどこを探してもサイズの合う制服は無かった。

 ガーデンの港に到着した時には、とりあえず私と同様に船内で一日待機の予定だ。


 ガーデンに到着した一日目は、軍船の船長服を着た者が、ガーデン潜入を試みる事になっている。

 どうやら、海賊船の皆んなは、以前にも船を、軍船に偽装して、別の国で密貿易をした事があるらしく、船員達もなれた手つきで、船を偽装していた。


 ベンケだけが、つまらなそうな顔をしていたが、どう考えてもあの熊みたいな巨体では悪目立ちしてしまう。

 ベンケには悪いけど、ガーデンに入ったら、船内で静かに隠れてもらおうと私は考えていた。


 四日後、船は王都ガーデンに続く川へと入って行く。


 河口から川に入り、暫くすると、さまざまな船とすれ違うようになった。私は、太陽に反射するキラキラ光る水と、すれ違う船を眺めながら過ごしていた。


 数時間後、船員の男が一人、ノックの後に船長室へと入ってきた。


「すいません。オジョウ、失礼します。そろそろ、ガーデン港に到着します。申し訳ないっすが、打ち合わせ通り船長室をお借りします。オジョウはベンケの兄貴と一緒に貨物室で隠れてて下さい。入港の手続きが終わればすぐに迎えに行くんで」


「ええ、分かっているわ。後はよろしくね」


 私が彼にそう言って笑いかけると、目を見開いた彼は照れた様に視線を逸らした。最近ずっと、顔を隠すように過ごしていたから、その彼の反応が新鮮に感じる。

 私は海賊船の船長の帽子を彼に渡そうと手に取ると、慌てたように彼は首を振った。


「いっ、いえいえ、その帽子はオジョウが被っていて下さい。その帽子は海賊船の船長帽です。俺は潜入として軍の方の船長帽を被りますから。……オジョウ、もし入港に失敗した場合、俺らの船長として指揮を頼みます」


 入港に失敗……確かにそうだ。可能性としてバレることもある。そしたら、海賊船の皆んなを私が指揮するのか……。

 まぁ、船長だもんね。でも、多分その時が来たら、皆に逃げろって言う事しか出来ない気がする。


 あぁ、急に不安になってきた。……大丈夫かな。


 私は自分の不安を気取られないようにし、差し出していた帽子を再度被り直した。そして、力強く頷いて見せる。


「任せて、もし入港が失敗した時は、ステイン家に恥じない戦い方を貴方達と共に致します。港の兵に、このエリザベートを敵に回したことを後悔させてみせるわ」


「はい! オジョウ、我らエリザベート海賊団、死ぬまでオジョウに付いていきます」


 ん? エリザベート海賊団? 何だそれ、いつ名前決めたの? しかもまんまエリザベートって……。いいのかな?


 まぁ、あのエリザベートが決めたのかもしれないし、私は口を挟まないでおこう。


「では、エリザベート海賊団! よろしく頼みます!」


「はい!!」


 私はそのまま船長室を離れ、反対にある貨物室へと向った。途中、ベンケが渋い顔をしながら、貨物室に入って行くのを見かける。


 私が首を傾げながら貨物室に入ると、ベンケはぐったりとしながら貨物室の端っこで座っていた。


「ベンケ? どうしたの?」


「お、オジョウ……」


「何か、元気が無いように見えるけど」


「実はオラ、狭いところが苦手で……一時ならまだ耐えられるんだが、長時間はオラ耐えられるか……」


 そう言ったベンケは、ガックリと肩を落としていた。


 あらら……意外だわ。野獣なベンケにも弱点があったのね。

 大きな体を丸めながら、落ち込んでいるベンケを見ていると、ちょっと子供っぽく見えてくるのが不思議だ。どうやら熊のような大男でも、可愛いところはあるようだ。


 ふふふ。本当、ただの野獣だと思っていたのに。


 ベンケは不思議そうな表情で、私の顔を見ている。


「オジョウ、何で笑っているんです?」


「あ、ごめんなさい。ベンケがとても可愛く見えてって……ごめん。そうじゃなくて、私、てっきりベンケは怖いものなんて無いかと思ってたから意外で」


「オジョウ、そりゃぁひでーや。オラだって怖い物はあるだ。それに、オラも以前は海賊船に乗ってたんですよ。でも、オラの乗ってた海賊船が沈んで……そん時、ちょうど船内に居たオラは、そのまま船と一緒に海の中に沈んでしまったんです。まぁ何とか沈没する船から脱出して助かったが、それ以来、狭いところが苦手で……だからオラは海賊もやめた」


 ……マジか。


 海に沈んだ船から脱出って……それは凄い生命力ね。


 でも、そう言えば船に乗ることを提案してくれたのはベンケだった。


「ねぇ、ベンケ。貴方は私のために、苦手な船に乗ってくれたの?」


「うーん? オラ、オジョウの為なら何でもする。そう決めたんだ。でも、狭くて暗い場所はどうも苦手でな。オラはオラが情けなくて、オジョウに顔むけ出来ねえ……」


 俯くベンケに、私は首を振った。


「そんな、ベンケ。誰だって苦手なものはあるわ。だからと言って、私はベンケを情けないだなんて思わない。私は、ベンケをステイン家の家来にした事、後悔していないよ。そして、ベンケがステイン家の守護者になるって信じてる。狭くて暗い場所が怖いベンケでも、私の気持ちは変わらない。だって怖くても一緒に船に乗ってくれた。ベンケは私にとって、いいえ、今のステイン家の守り人だよ。ありがとう。だから、自信持って」


「オ……オジョウ…………」


 ベンケの丸まってしまっている大きな肩を、私は軽くぽんぽんと叩く。

 すると、ベンケはズッと鼻を啜り、その目からはブワッと涙が溢れた。


 ーーーーって……え? 泣くの……?


 いや、ベンケ、泣くの!?


 まさか、こんな事で大の男が泣くとは思わなかった私は、内心慌てふためき、動揺を必死で隠しながら、ベンケの肩をぽんぽんと叩き続ける。


 ベンケは首から下げていた手拭いでグシグシと乱暴に顔を拭いていた。


 外見がこうもイカついと怖く見えたベンケがギャップのせいで、だんだん可愛いく見えてくるから恐ろしい。

 

 暫くベンケを慰めていると、ようやくベンケの気持ちが落ち着いたのか、涙は止まり、少しだけその顔に笑顔が戻ってきた。


「オジョウありがとうございます。やっぱりオジョウはオラの主だ。ウシワカマル様だ」


「んん? ウシワカマル?」


「オジョウと初めて会った時、オジョウがオラに名乗った名前でっさ。確か、最強のブショウ。戦士なんですよね? でも、オラにとってはオジョウが最強の戦士です。そんな最強のお方に仕える喜び。オラ は幸せです」


 ちょっ……おいおい!


 まてまて、ウシワカマル?……何だそれは、聞いたことある名前だぞ。だって、その名前って……それにベンケって……たまたま偶然かと思っていたけど。


 エリザベートさん? もしかして私の記憶使ってます?


 だって、ウシワカマルって源義経だよね? ベンケってまさか弁慶から?


 私が義経でベンケが弁慶……。

 え? 義経って最後討ち死にするし、ベンケも死んじゃうよ? ちょっ、エリザベート……なんて名前の付け方してるのよ。めっちゃ不吉じゃない。


 あ、ダメだ。


 待って、私も人の事言えない。ジャンヌダルクになりきろうとしてた。


 でもジャンヌダルクも最後は火あぶりだ。


 ……めっちゃ不吉だった。不吉だよ。


 私、やっぱり最後は碌な死に方しないかも……。


 駄目だ、考えたら絶望しか浮かばない。マイナスになるような事を考えるのはやめよう。


 私はこの先の不安を消すように、ベンケの隣にドカリと座った。


 それから約数十分後、船員の男、数名が貨物室に入ってきた。


「オジョウ、ベンケの兄貴、申し訳ないんですが、こちらの木箱に入って頂けますか? 船内の確認に兵士に入られる恐れがあるので」


 船員の男は大きな木箱と、私の体がちょうど入りそうな小さい木箱を指さした。

 横目でチラリとベンケの顔を見ると、真っ青な顔をして、大きな木箱を見つめている。


 ベンケ……可愛そう、閉所恐怖症には辛いだろうに。


 私は思わず、ベンケの肩をぽんぽん叩きながら言った。


「ベンケ、私のために死んでくれる?」


 ーーーーあれ?


「オジョウ……」


 あ、いや! 違う違う! 私そんなこと言うつもり無かったのに! 口が勝手に……? まさか、エリザベート! 悪癖!?


すぐに否定しようと、言葉を発しようとした時、どうしてかベンケの顔は、何かを吹っ切ったように力強く頷いた。


「オジョウ。オラ、オジョウの為に喜んで死にますだ」


 いやいや! 違うから! そういうの止めよ。不吉だから。怖いから。ね。


「べ、ベンケ、あのね、さっき言ったのは……」


「オジョウ。ありがとうございます! オラ、オジョウの為に死ぬって決めたんだ。そうだ。死ぬって決めたんなら怖いモンなんてねぇ。オラはオジョウの為に潔く死ぬだ!」


 何言ってるの!?


 駄目駄目! 死んじゃ駄目だから! 特に私の為ってのが心にグサグサと突き刺さるから、本当やめてよ。


 そう言いたいのに、でも、多分それを言っちゃうと、せっかく元気を取り戻しそうなベンケに水を差すことになっちゃいそうで言えない。


 あーもぉ。結局残るのは私の罪悪感だけだ。

 まったく! エリザベートは私の気持ちなんか全く考えないんだから! この悪癖令嬢めっ!

 

 そうは思いつつも、ため息を吐きながら、諦めてもいた。そもそもサイコキラーは人の気持ちなんか考えないだろうから。


 私は諦めながら、ベンケが木箱に入るのを見届け、その後、私自身も木箱に入った。まるでかくれんぼだ。


「オジョウ、木箱のふたは直ぐに開けられるようにしてあります。何かあったら、この武器を持って我らの指揮をお願いします」


 船員の男はそう言って木箱に入った私に剣を渡し、木箱のふたをゆっくり閉めた。


 木箱の中で、鞘と剣を抱えた私は、"何かあったら"と言う船員の言葉をあまり考えないようにしながら、鞘と剣を強く握り締めた。


 さぁこれから、敵地入港だ。

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