No.66 頼まれた物


 「「「女王! 女王! 女王! 女王!」」」


 海賊船と軍船から、何故か女王コールの歓声が鳴り響く。


 私は海賊船の甲板から、少し遠目に軍船を眺めていた。男達は、ベンケ達と戦って死んだ兵達の死体を海に向かって放り投げて、捨てている。


「ねぇ……あれは……?」


 たまたま隣にいた海賊の船員に聞くと、真剣な顔で「死者を手厚く葬ってます」そう呟いた。


「そっ、そう……」


 私は俯き、自分の持つ価値観との違いに困惑しながら、軍船に足を踏み入れる。


「オジョウ、やりましたよ! オラの戦いぶりはいかがでしたか!?」


 大喜びで、はしゃぎながら言うベンケに、私は笑顔を顔面にペッタリと貼り付けて固定する。


「ええ。ベンケ、良くやりました。私の為にありがとう。貴方のような家来がいて、ステイン家も安泰です」


「オ……オジョウ……」


 じんわりと涙を滲ませるベンケ。


 でも、ごめんなさい、ベンケ。実は私、ぜんぜん感謝なんかしていなし、正直、今何が起きているのか分からない。なんならエリザベート含め海賊の貴方達に怒りを感じているくらいよ。


 だって暴力が横行しすぎ。こんな、殺し合いって……。

 

 本当なら、もっと平和的に物事進めて欲しいって思ってた。


 でも、言えない。ここは私の知る常識の価値観とは違う。それに、私は悪役なると決めたんだから。


 いちいち動揺を見せてはならない。

 慣れなければ……。


 私の知る、エリザベートのように振舞おう……。


 目を閉じてエリザベートを想像してみたけれど、ニタニタ笑い、何なら味方を殺しそうなエリザベートしか想像出来なかった。


 いや、めっちゃ怖いし。


 いかんいかん。エリザベートはやめよ。そうだ、誰かカッコいい人を思い浮かべよう。歴史上のカッコいい偉人……ナポレオンとか、信長とか、あとは……ジャンヌダルクとか……。


 あぁ、ジャンヌダルクなんてカッコいいじゃない。強い女性の象徴みたいで良い。


 そうだ、ジャンヌダルクを想像して兵士に呼びかけてみよう。


 私はベンケに合図を送ると、それを見たベンケは私の側で屈み「お呼びですか、オジョウ」と笑う。


「ええ、ベンケ。貴方の肩に乗らせてちょうだい」


「お安い御用で、オジョウ」


 私はそのままベンケを跪かせ、ベンケの肩に座った。ベンケがゆっくりと立ち上がると、私は高い視界から軍船全体を見渡し、そして思いっきり息を吸いこみ、叫ぶように声を張り上げた。


「おまえ達! 私の為に良く戦った! ステイン家はおまえ達の戦いを決して忘れない。これは聖戦である! この日からステイン家は一歩も引かず、退かず、エスターダ国の非道な振る舞いを、決して許す事なく立ち向かうことを、ここに誓おう!

おまえ達が私に流した血も、この聖戦では大いなる川として、人々に大きな恵みを与えるだろう。

神の子として、おまえ達はこの聖戦に立ち向かいそして勝った。おまえ達は神に認められし、大いなる戦士である。ああ、神よ! この者達に永遠なる祝福を、そして私、ステイン家に永遠なる繁栄を!!」


 よしっ! 決まった。我ながらカッコいい演説だ。




 ーーー

 ーーーーー

 ーーーーーーーーん?


 ーーーーーーーーんん?



 あれ? 我ながらいい演説だったような気がしたんだけど、皆んな何でこんなに、ぽっかーんとした顔なの? 私、何か変なこと言った?


 ちょっ、ちょっと、何でそんな沈黙しているの!?


 皆が沈黙し、私が思わずソワソワし始めると、ベンケが苦笑しながら、小さな声で私に言った。


「オジョウ、申し訳ねえが、難しくて、何言っているかわからねーです」


 あ、あーーね…………。


 私は再度ゆっくりと男達の顔を見渡し、思いっきり叫ぶ。


「おまえ達は強いっ!!」



「「「「ウオォォォォォーーーー!!!」」」


「「「女王!」」」


「「「女王!」」」


「「「女王!」」」



 すぐに男達の喜びの歓声が沸いた。


 コレただの、教養の違いだよね? 私、大丈夫だよね?


 歓声がひとしきり落ち着いた頃を見計らって、ベンケが、マストの根元に私をつれて行ってくれた。

 上を見れば軍旗が掲げてある。船員の男がマストに登り軍旗を降ろし、それをマストを伝いにベンケの肩に座る私に差し出した。


 私は、まだ折れたまま固定されている左手を何とか添えながら、軍旗を受け取ると、皆に見せるように軍旗を掲げた。


「これは、私のものだ!」


「「「ウオォォォォーーーーッ!!」」」



 歓声が再度響く、男達の声は盛り上がり、所々で酒だ! 宴だ! と勝手に騒ぎ始めていた。


 ベンケはその様子を楽しそうに見つめ、ふと気づいた様に、肩に乗る私を見上げた。


「そういや、オジョウ。まだ生きている兵達はどうします? 殺しますかい?」


「……え? こ、ころす?」


「ええ、だって、このままこいつらを帰すと、オジョウの事も王にバレますからね。殺しちまうのが一番手っ取り早いかと」

 


 いやいやいや!! そんなこと出来ないよ!


 ここの人たちを皆殺しだなんて、エリザベートじゃあるまいし!


 あぁ、でも、どうしよう。確かにこのまま帰す訳にもいかないし……。



 ーーーーあ、そうだ!


「将棋よ!」


「はい?」


「ベンケ! 将棋よ将棋。負けた駒は全て味方になるの」


「ショーギ? と言いますと?」


「だってこの軍船も、兵も、全て私のものよ。殺すなんて、もったいないわ」


 私は自分の閃きのままに、皆に聞こえるように、大きな声で言った。


「皆、良いですか! 聞いてください! 軍船も負けた兵もこれより、全てがステイン家の財産です。この者達を不用意に傷つけることは、私が許しません。

また、負けた兵達も聞いて下さい! 今後、貴方達はステイン家の兵になります。そして貴方達には今の環境よりも、良い待遇を私が保障します。

このまま負け犬として、王都に帰り、冷遇、もしくは処罰の対象にされるより、今後はステイン家の栄誉の為に誇り高く、私の為に働きなさい。

私はお前達の貢献や働きによって、待遇や階級を変えます。そこに身分は関係ない! 良い仕事をした者にはそれ相応の報酬を与える。

さぁ、理解が出来た者達は、これよりステイン領に向いなさい。私の書状があればステイン領は歓迎するでしょう。よろしいですか」


 何とか、頭をフル回転して導き出した私の答え。なるべくなら犠牲は出したくない。だって同じ国民そして、同じ人間なんだから。それにステインの兵になると言っても、結局は同じエスターダ国の兵には変わりないだろうし……たぶん。


「いいんですか? オジョウ」


「ええ、だって、この船もあの兵達も私のモノだもの」


「分かりやした」


 ベンケはニッコリ笑い頷くと皆に向かって叫ぶ。


「お前達良ーく聞け! 心優しいエリザベート・メイ・ステイン様だがな、裏切りは許さねぇ! 裏切り者はすぐに殺す! 家族諸共容赦しねぇ! いいな!!」


 ベンケが怒鳴るように言うと、そのまま海賊の船員に指示を出し始めた。

 数人の海賊の船員を軍の船に残し、私達は海賊船へと戻る。

 ここから一番近いステイン領土まで軍船は向かう。


 私の乗る海賊船はそのままアーリッツァーの港へと向かった。


 軍船の殆どの武器を回収し、海賊船には武器が増えた。海賊の船員達は奪った武器を身につけ、まるで子供の様にはしゃいで喜んでいる。


 私はその様子を少しの間眺めてから、船長室に戻り、そのまま籠った。正直、目が覚めてから慣れない事の連続で凄く疲れた。


 いつもの場所に置いてある私のカバンを手に取り、開けると、案の定エリザベートからの手紙が入っている。

 私はその手紙を手に取り、ため息を吐きながら開封した。


 冒頭は相変わらず、私に対する殺害予告から始まっている。


 私はもはや、そのえげつない文面に怖がる事もなく、前半をほとんど流し読みして、後半をじっくりと読んだ。


 後半の手紙の内容は、やっぱり要点だけだった。


 アーリッツァーで鍛冶工場マーグリンにて、【ある物】を作ってもらっている。完成は早くて一週間後、その【ある物】を受け取れ。受け取り次第、すぐに出発出来るよう、海賊船を偽装し、王都ガーデンへ入れ。そしてアシュトンに会いに行け。


 そう、書かれてあった。


 王都ガーデンへ入る際、海賊船の偽装はベンケに事細かに指示してあるから問題ないとも書いてある。


 変わらずエリザベートは用意周到のようだ。

 

 でもやっぱり、理由や、説明などは全くない……。


 よく分からないけれど、要するに【あるもの】を手にして、ベンケの指示のもと海賊船を偽造。その後、ガーデンに入ったら、アシュトンに会う。

 今回の私のミッションはこんな所だろう。


 アシュトンは、確か医師の息子で、薬を送ってきた子だ。デジールと一緒にいた記憶はあるけれど、そもそも私の知る限り、彼はエリザベートと関わっていないはず。


 凄く気になる。


 でも、これで、ようやく王都ガーデンへと戻るんだ。それに手紙にある【あるもの】っていったい何だろう。

 まぁ、多分エリザベートにとって必要なものなんだろうけど……。






 ーーーーーー海賊船をアーリッツァーの港で停泊させて待つこと一週間。


 私はエリザベートからの手紙に書かれていた、鍛冶工房マーグリンへと向った。


 マーグリンの店は、アーリッツァーの中でも相当な老舗の鍛冶工房らしい。確かにこの町で一番大きい建物だ。


 私は恐る恐るマーグリンの工房に足を踏み入れた。工房で働く青年と目が合うと、青年は深々と私に頭を下げ、すぐさま工房の奥へと向かった。


 数分後、いかにも職人という感じの気難しそうな男性が工房奥から現われ、私に愛想もなく頭を下げた。


「いらっしゃい。お嬢さんの依頼品は出来てますよ。確認しますか?」


「はい。よろしくお願いします」


「んじゃ、こっちへどーぞ」


 そう職人に促され、私は、そのまま工房の奥へと入って行った。奥の部屋にはぎっしりと、剣や防具が置かれ、その武器を着飾る装飾は、置物と見間違うほど綺麗で、手が込んでいる物が多かった。


 エリザベートが鍛冶工房に頼んだってことは、多分武器なんだろう。でもいったい何の武器なのだろう。


「お嬢さんの依頼品はこちらですね。加工するのに随分苦労しましたよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 私は頷きながら、職人が指差すほうを見た。

 武器らしき武器は見当たらない。


「えっと、どれですか?」


「これですよ」


 ーーーーん?


「あの、どれですか?」


「だから、これですよ」


 見たところ、そこには剣の鞘しか置かれていなかった。


「これ、剣の鞘ですよね?」


「ん、まぁ、鞘だね」


「あの、私、鞘を頼んだんですか?」


「頼んだね。鞘しか頼まれていなかったね」


「そ、そうですか……」


 え? なんで鞘なの!?

 これがエリザベートにとって必要な物なの?

 サッパリ分からない。そもそも鞘って武器なの?

 

 いや、武器じゃないよね。

 武器はその中身よ!


 私は困惑しながら、思わず職人に聞いた。


「あのぉ、私、他に頼んだりしてませんか? 剣とか、何だったら防具とか、盾とか」


「いや、鞘だけだね。俺も何に使うかサッパリ分からないが、でもその鞘、加工するの本当に大変だったよ」


 加工と言うのは鞘の装飾だろうか。

 確かに綺麗に彫られているけど。


「そうですか、ありがとうございます。あの御代は?」


「前金で頂いてるよ。あぁ、そうそう、これも忘れずに」


 職人はそう言って、小さな袋を私に手渡した。


「何ですか? これ」


「さぁ、俺にもわからん」


「……そうですか」


 私は、鞘と小袋を抱え、工房を後にした。


 なんで鞘なんだろう?

 私は首をかしげながら海賊船が止まる港へと戻った。

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