No 65 職人の町アールッツァー

 

 船が出港して、二日が過ぎた。意外にも船酔いは無く、ひたすら船長室に引きこもる私は、案外快適な船旅をしていた。船長室は少し狭く、臭いも少し異臭がしていたけれど、慣れれば特に問題はない。


 そして私にとって、この船での楽しみは唯一食事だった。とにかく魚料理が美味しい。食べた事が無いお肉の燻製も美味だった。こんなに美味しい食事を作ってくれる料理人がとても気にはなっていたけれど、乗組員である海賊の男達は皆んな見た目が怖く、結局私が船長室から出る事はほとんどなかった。


 ただ、船員を怖がる私とは真逆に何故か崇拝でもされているかのように、私の待遇は手厚かった。その理由の一つとして、海上では貴重な水の殆どを私が使わせて貰っていたからだ。

 海賊の男達の飲み物の大半が酒だというのもあるのかもしれないけれど……。


 船長室から眺める海の景色は穏やかで、この船が海賊船である事を忘れてしまいそうになる。

 時々見える陸地は、のどかな田舎の風景ばかりだった。  


 私は、スライスしてある、謎のお肉の燻製を、お菓子のように食べながらそんな海の景色を眺めていた。


 ーーーーーーーコンコン。


「はい、どうぞ」


 私の返事のあと、ベンケが「失礼します」と言いながら、扉を潜るように、狭い船長室に入ってきた。


「オジョウ、そろそろ目的地に到着します」


「そう、ありがとう、ベンケ。到着したら、とりあえず私一人で上陸するわね。最初にあまり目立ちたくないの」


 嘘です。


 いや、半分本当だけど……。


 本音は、ただ怖い船員やベンケと一時でもいいから離れたいだけだ。


「オジョウがそう言うなら、待ってるが、必要になったらすぐにオラを呼んでください」


「うん。そうする」


 ごめん、ベンケ。呼んだ後が怖くて、多分呼べないわ。


 船が港に着くと、私は彼らに見送られながら、アールッツァーの町に入っていった。アールッツァーの町は商業が盛んらしく、治安も悪くないそうだ。


 まぁだから、一人で行く事が出来るのだけど。


 町の中へと入ると、景色は一変し、至る所に派手な装飾品や凝った装飾品が飾られていた。町の奥の方には煙突のようなものが、いくつも並び、そこからモクモクと煙が立ち上っている。


 すれ違う人達は、オシャレに着飾った人々や、作業着を着ている人達が多く、そしてその差が、だいぶあるように思えた。


 商業が盛んとはいえ、一体この町はどういう町なんだろう。


 私は首を傾げながら、目に止まった装飾品を売っているお店に入り、優しそうな店のおばさんに声をかけた。


「あの、すみません。この町は随分と華やかですが、どういった町なんですか? 煌びやかな装飾品に驚いてしまって」


お店のおばさんは私の問いに笑顔で答えてくれた。


「あら、お嬢さんはアーリッツァーは始めてかい?」


「はい」


「なら、驚くのも仕方ないね。ここの町はね、別名職人の町って言われているんだよ。初めはね、武器や防具ばかりを作っていたんだけど、次第にこの町の武器の評判が良くなり、国内外から直接買いにくる貴族様が多くなってね、そしたら、貴族様の為に装飾品の武器や武具を職人達が作るようになって、そしたら職人達がだんだん技術を競い合うようになっちまったんだよ。今では武器、防具の工房だけじゃなく、貴族様が好む店が並び始めて、武器ばかりじゃなくて、装飾品やら極上の布なんかも取り扱う店が乱立してきちまってね。こうやって賑やかな売り物と工房の町になったのさ」


 なるほど、売り物と工房の町か。いわゆる商店街みたいなものかな? 

 まぁでも、売り物はどれも高価そうな物ばかりだし、全体的に高級品そうだ。


「ところで、お嬢さんはこの町に買い物に? 見たところ船乗りだね。船長さんの帽子までかぶって。お嬢さんはそんなに若いのに船長さんなのかい?」


「えっと……まぁそうですね。成り行きみたいな感じですが」


 言えない。


 海賊船の船長だなんて………。


「そうかい、女の子の船乗りなんて随分と珍しいねぇ。ましてや船長さんだなんて。その左手の怪我……きっとあんたも苦労してんだね。色々あっても、めげずに踏ん張るんだよ。最近聞いた話だけど、ここら辺にも物騒な海賊が横行しているらしいからね。十分気をつけて」


 はい。その海賊船に乗ってます。


「ありがとうございます。気をつけますね」


 私は笑顔で店を出ると、かぶっていた帽子をすぐに脱いだ。


 この帽子、やっぱり船長の帽子なんだ。ちょっと可愛いから、そのまま被ってしまっていたけど、詮索されるとまずいし、女の子で船乗りが珍しいなら脱いでおこう。目立ちたくないし。

 私は帽子を脱ぎ、代わりにフードを深く被った。


 とりあえず目的地には着いた。後はエリザベートになるための薬を飲べばいい、でもやっぱり怖い。


 なかなか覚悟が決まらない私は、ため息を吐きながら、アーリッツァーの町を歩いていた。


 賑やかな売り物の町、アールッツァー。


 ここでエリザベートは何をするのだろう。


 結局、前回のバーキスの町だって、エリザベートがいったい何をしていたのか分からないままだし。


 まぁ、ベンケに詳しく聞いて不審がられるのも困るから、あまりバーキスでの出来事を聞いてないのもあるんだけど。


 ただ、私の中で、エリザベートが私に伝えた言葉、悪役になれっていうのは守っているつもりだ。


 ベンケに流されてるとも言えるけど、その言葉通り、私は今、悪役っぽい海賊になっている。


 これでステインが助かるのかは分からないけど……。

 正直、行く末が不安しかなく、怖いけど、でもやっぱりエリザベートに任せるしかない。

 何度悩んだ所で、エリザベートに任せるのが一番だと。その結論にいくのだから仕方がない。


 ほんと、もう、やけくそだよ。


 私は、人通りの少ない路地に入ると、最後の薬を一気に口に含んだ。


 頼むよ、エリザベートさん、今度、私に変わる時はゆっくり目覚めさせて。

 あと、目覚めたら怖い人に追いかけられるとか本当勘弁して。


 私はそう願いながら襲ってくる、睡魔に抗う事なく目を瞑った。




           *




 男達の怒号が響き渡り、耳の奥が煩くて目が覚めた。

 

「オジョウ! オジョウ! お目覚めですか!?」


「えぇ……」


 見たことのある、強面の男の顔が心配そうに私の顔を覗き込む。


 ここは……船の上……?


 どうやら私は、甲板の上で座りながら眠っていたようだった。

 まだ、ぼんやりとする意識の中で、男達の声がとにかくうるさい。

 私は、顔をさすりながら自分の覚醒を促した。


「いったい……何が起きているの?」


 ーーーーガガーン!


 強烈な音と共に何かに衝突する衝撃を感じる。


「オジョウは、そこにいていてください! 大丈夫っす! 俺たちが必ず、オジョウを守りますから」


「そ……そう。ありがとう」


 視界がまだ、ぼんやりとする。意識がはっきりしてくれなくて、これが夢なのか現実なのか分からない。


「海賊どもぉっ!! こんな事をして、ただで済むと思っているのかぁぁぁぁっ!!」


「うるせぇっ! このボンクラどもがぁぁっ!!」


 ーーーーガッキーーーン!! カキン!


 鉄がぶつかり合うような音が無数に聞こえる。

 どこかで聞いたことあったような音だ。あぁ、映画館とか。


 ーーーードタドタドタ


 大勢の足音が鳴り響き、周囲の音はやたら賑やかだった。


 いったい皆んなで何をしているのだろう? お祭り?


 私は未だ、ぼんやりとする目を擦りながら、私の近くにいる、男に聞いた。


「いったい、皆して、何をしているの?」


「オジョウ、ベンケの兄貴が敵船で大暴れしていますよ。さすがっす!」


「え……? 大暴れ?」


何を言っているの? 敵船? 何それ? 私は再度目を擦った。


「なぜ?」


「オジョウ、ほらあそこです」


「ん?」


私は船員の指差す左後側を振り向いた。


 そこには、私の乗る海賊船が、軍船らしき船にギリギリまで隣に寄せ、海賊達が軍船に飛び乗り、制服を着ている兵隊達と戦っていた。



 そして、その軍船で、一番激しく剣を振回し、兵士をばったばったとなぎ払っている。その熊のような姿を見た私は、ぽっかーんと口を開けながら思わず呟いた。


「ベンケだ……。な、何で戦っているの?」


「はっはっはは! 何すか、オジョウが寝ぼけてらっしゃるんすか? オジョウのご命令であの軍船を襲っているんすよ。多分この分だともう直ぐ落ちますね」


「私の命令? 落ちる?」


 命令…………。


 だんだん意識がはっきりしていくと同時に、私の目の前に広がる景色に、驚愕せざるを得なかった。


 男達が殺し合いをしている。


「ちょっ、ちょっと……これが私の命令!?」


「はい、あの軍船の軍旗が欲しいのだと仰ったじゃないですか」


「は? 軍旗でだけで、戦っているの?」


「ええ、そうっすよ。軍旗だけで戦ってます」


「うそ………」


 し、信じられない。エリザベートは何を考えているの?


 頭の中がやけにグラグラとフラつく。今回の目覚めは、ハッキリしない思考と、恐怖、そして戸惑いで、ぐっちゃぐちゃだ。


 エリザベートめ……。

 薬を飲む前に穏やかに目覚めたいと思った私に、あてつけのように、戦いの真っ只中で意識を譲るなんて、最悪。本当サイコキラーな奴だ!


 私が心で、エリザベートに文句を言っている間に、軍の船から白旗が課がげられるのが見えた。


 隣にいた船員が喜びながら白旗を指さす。


「オジョウ! 落ちましたよ。さすがベンケの兄貴っすね」


「落ちたって……勝ったってことよね……?」


「はい! 大将首をあげたっす」


「大将首って?」


「文字どうり、あちらの船長の首を取ったんすよ?」


 ーーーーっげ、嘘でしょ! 戦国時代じゃあるまいし、そんなこと、わざわざするの?


 私は顔を顰めて、軍の船を見ていると、ベンケが三つの生首を掲げ、大笑いしているのが見えた。


 私はすぐに、ベンケから視線をそらし、硬直する。


 見なきゃ良かった………。


 ななななな、何なのよあれ、映画で見たことあるようなやつじゃん。



「さぁ、オジョウ、軍旗を取りに行きましょう」



 私は目瞑りながら、船員の言葉を無視した。


 いやいやいや、いやだよ。

 あんな怖くて気持ち悪いとこ行きたくない。


「オジョウ? オジョウ」


 船員は嬉しそうに、はしゃぎながら、私の体をそっと揺らし、早く行こうと言わんばかりに、声を掛ける。


 なんで目が覚めたら、死体や生首がある船に行かなきゃ行けないの? 嫌だよ、絶対行きたくない。


 私が目をそっと開けると、船員の男は笑いながら私の肩を掴み、揺らす。


「さぁさぁっ! オジョウ! 我らが命がけで勝ち取った軍旗を、オジョウの手でひっぺはがして下さい」


 いや、それ私じゃないよ。エリザベートだね!


 それでも、キラキラと嬉しそうな眼差しをした、彼らの期待を無碍にはできない……。

 彼の言う通り、命がけで戦ったのだから。


 でもさ、あの軍の船に乗るの?


 ーーーーマジかぁ。


 私は、ベンケのいる軍の船を再度見ると、いまだベンケは生首を誇らしげに掲げている。


 私はまたすぐに視線を逸らし、船員の男に言った。


「分かった、行くわ。でも、その前に先にベンケに言って来てちょうだい。私、慎みを重んじているので、大将首を丁重に埋葬して下さいと、それから、戦いで亡くなった方の埋葬も終わった後に、そちらに行くと、そう伝えて下さい」


 私の言葉を聞いた、船員の男は、大きく頷くと、まるで犬かのように、嬉しそうに急いであちらの船に駆けて行く。

 ベンケの側に行くと、その生首をマジマジと見て、笑うと、船員の男は私の方を指差し、ベンケに耳打ちをする。


 ベンケはハッと気づいた様に私を見ると、大きな声で「オジョーーーーウ!!」と叫んだ。


 飛び跳ねんばかりに嬉しそうに笑い、掲げていた首をブンブンと振り回しながら、私に向かって手を振っている。


 間違いなく、私の伝えたかった事はベンケに通じなかったようだった。


 私はこの残酷な景色に、そっと目を瞑りながら、ベンケがいる方向に向かって、ゆっくりと手を振った。

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