No.60 情けない門出
「いったぁぁぁっー!」
目が覚めた瞬間、私は左手の激痛に襲われた。思わず、声出るほどの痛みでビックリする。
ちょっ、何これ、凄く左手が痛いんだけど。
私は恐る恐る、自分の左手を見ると、添え木が当てられ、ガッチガチに布で固められていた。
「え? 何これ……しかも、何か頭がくらくらするし、いったい、私に何が起きたの? ……何したのよ……エリザベート」
私は左手を抱えながら、ゆっくり起き上がる。
枕元には、手紙がそっと置かれてあった。私はその手紙を手に取ると、もたつきながらも右手で手紙を開く。
「え、えぇぇぇぇぇーーーー!?」
冒頭を読んだ私は、思わず声を出していた。
ー-エリッサ、殺す!-ー
手紙の始まりは、そんな物騒な言葉から始まっていた。
そして、その手紙は、明らかにエリザベートから私に宛てたものだった。
「いや、怖い怖い怖い。めっちゃ怖いから。何この手紙……」
それでも私は恐る恐る、手紙を読み進める。
手紙序盤は、本当に、ドン引きするような物騒な言葉が並べられていた。私がマリアを解雇したことの恨みを淡々と書かれ、ただただ私を殺すと、殺し方まで事細かに書かれていた。
何度も何度も殺すと書かれていて、最初はとても恐ろしいと思ったけれど、読み進めるうちに、ふと、疑問が浮上した。
そもそも、私を殺すって自殺って事だろうか? でも、手紙に書いてある殺し方は完全に他殺の方法だ。じわじわと痛ぶりながら殺してやると書かれているし。
エリザベートは、私にいったい何をしたいのだろう。
ちょっと謎だった。
そして、読んでいて驚いたのはエリザベートがマリアの事を心から大事に思っていた事だった。正直、私は、エリザベートが人を大事に思うことなんてないと思っていたのだ。
だから、マリアの事も所詮、エリザベートにとっては、程の良い道具程度にしか思っていないのだろうと、私は勝手に想像していた。
未だに私の中でマリアを解雇した事に後ろめたい気持ちはある。でも、あの時は本当に、ただ怖かった。それと同時に、マリアのあの取り乱した姿を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
私はただエリザベートが怖くて、知りたくなくて、マリアを傷つけ、退けた。
この手紙を読んで、理解した事は、間違いなく私がマリアとエリザベートの絆を壊したと言う事実だ。
私は心底弱い人間だという事は自覚している。だって本当は、今だって怖くて仕方がない。
でも、今はエリザベートから逃げないと、そう決めた。
悪役だろうがなんだろうがなってやると……。
手紙は、前半とは全く違い、後半に書かれていた内容は、ベッドの横に置いてある地図と書類、本を置いておくから、それを持って、地図に付けた赤い印の場所に行くようにと書かれていた。そして、その場所に着いた時、そこで二つ目の薬を飲めと指示されている。
「何よそれ……」
前半、あんなにも感情的な文だったのに、後半は、ただ淡々と書かれた指示のみだった。そこに感情が伺える言葉は一切入っていない。しかも、指示した物を持って、指示した場所に行き、薬を飲めということしか書かれていていない。
どういうルートで行けとも書かれていないし、何時までに行けとも書いていない。一人で行け、という事なのか、それとも複数人で行くべきなのか、持ち物も記されているのは書類と本と地図だけだ。
あれだけ、前半に生々しく私の恨みを書いたんなら、もう少し細かく指示を書いても良いと思うけれど、指示の内容は本当に最低限だった。
私は不安を覚えながら、ベッドから立ち上がり、地下室を歩いた。
物音に気づいたジョゼ叔母様が、明らかに私に対して怯えたビクビクとした態度で、声を掛けてくる。
「……エリッサ。体はもう、大丈夫ですか?」
「ええ……それは、大丈夫です。……あの叔母様、不躾な質問ですが、ここ数日で私、誰かを傷つけたりましたか?」
ジョゼ叔母様は不思議そうな顔をしながら、首を傾げると、すっと私の左手を指差した。
「ーーーー私?」
ジョゼ叔母様はゆっくりと頷く。
まぁ、あの手紙を読んで、ある程度予想はしていたけれど、やっぱりこの左手の怪我の原因はエリザベートだったか……。
まさか私が憎くて、自分の体まで傷つけるとは……相当、私を恨んでいるんだな。
それでも、他の人を傷つけてなくてよかった。そう思った。
私は、ほっとしながら、ジョゼ叔母様の方へ一歩歩み寄る。けれども私が近づいた瞬間、ジョゼ叔母様の顔に、ぶわーっと赤い発疹が現われ始めた。
「ごっ、ごめんなさい叔母様」
私は慌てて、ジョゼ叔母様と距離を取った。
駄目だ。ジョゼ叔母様の蕁麻疹が、凄いことになってる。やっぱりジョゼ叔母様には、エリザベートの刺激は強すぎるんだ。
本当に、ごめんなさい叔母様。
「エリッサいいのよ。多分、これは疲れもあるの。ダメね、慣れない事してると、すぐに疲れちゃうのはきっと歳のせいね。だから、貴女のせいだけじゃないから、気にしなくていいのよ」
「叔母様……」
「それよりも、今日は随分、落ち着いてるのね。貴女が穏やかに見えるわ。身体は大丈夫?」
「えっ、えぇ、まぁ……身体は大丈夫です」
もう、叔母様も、実は気付いてたりするんじゃないだろうか……私とエリザベートの違いを………。
いや、でも、とりあえず、今はそんな事どうでも良い。言わなければならない事をちゃんと伝えよう。
何より、今はそれが、叔母様の為にもなるはずだ。
「叔母様、お話しがあります。私、ここを出なければならなくなりました」
「ここを出る? ……もしかしてそれは、デンゼンの書類を見て?」
「多分……そうです」
「多分? まるで人事のような返答ね」
「そう、ですよね……人事じゃないんですよね。これからは自分のことですものね」
「え?」
「いえ。私、やらなければならない事があるんです。これはステイン家の女として」
「そう……そう、なのね。なら、止めはしないわ。でも貴女はすぐに無理をするから、体には気をつけるのですよ? 暫くは左手も動かせないでしょうし。心配だわ」
「ありがとうございます。心配かけないよう、なるべく早く連絡できるよう頑張りますね。カリーのこと、コール、ダリアのことは、お願いします」
「ええ、分かったわ。こちらは任せなさい。それで、貴女の出発は急ぎなのですか?」
「そうですね。出来るだけ早く出発したいです」
「そう。ならこれもタイミングかもしれないわ。今日はエルフレットが来る日なの。問題なければ、今日そのままエルフレットに連れて行ってもらいなさい」
「ありがとうございます。そうします」
「荷物は? 支度を急ぐのであれば、手伝いますよ」
「いえ、身軽の方が良いです。荷物は最低限で行きます。服も、あまり目立つ格好はしたくないので、このまま行きます」
「そう………」
ジョゼ叔母様はため息を吐きながら、表情を曇らせた。
「ジョゼ叔母様?」
「エリッサ、ごめんなさいね。本当なら私がステイン家の為に動かなければならないのは分かっているの。でも、貴女に止められてから、全てを貴女に任せてしまっている……私はふがいないわ」
ーーーーえ? 止めた?
私はそんなことしていない。ということは、エリザベートが止めていた!?
確か、ジョゼ叔母様が動こうとしていたのは、イデア王妃に助けを求めてみるって話しだったと思うけど、それをエリザベートが止めた……。
どうしてだろう。やっぱり、今王宮と連絡を取るのは危険ってことだろうか。
少しでも可能性があるなら、助けてもらえるようにした方が……あぁ、でも、エリザベートが止めたなら、今は下手に動かない方が良いだろう。私自身がこれから、エリザベートの指示で動くのだから………。
私はジョゼ叔母様に向けて、明るく笑いかける。
そして、夢で見たエリザベートを思い出し、自信満々に見えるように、仁王立ちになった。
「叔母様、そんな顔しないでください。大丈夫です。この私、エリザベート・メイ・ステインにお任せください」
少し恥ずかしいけれど、心配しないでとジョゼ叔母様に伝えるために小さく胸を叩いてみる。
ジョゼ叔母様は少しだけ、クスリと笑い「任せました」そう呟いて私の肩に手を置いた。
数時間後、エルフレットが地下室にやってきた。
私はエルフレットの前で地図を広げると、地図に書かれている印の場所まで連れて行って欲しいと頼んだ。
エルフレットは地図を見ると、眉を潜め、厳しい顔で印の場所を見つめている。
「お嬢様、本当に、こちらへ行かれるのですか?」
「ええ、そうです。駄目ですか?」
「ええ……いや、そうではありませんが、ここからかなり距離がありますし、この場所は国境線の付近です。盗賊も多く、危険な地域ですよ」
盗賊…………。
いや、でも……それでも……。
「エルフレット、私は行かなくては行けないの。危険は承知です。それにこう見えて、私、強いんですよ」
エルフレットは一瞬驚いた顔をした後、私を見ながら、苦笑する。
「いや、失礼。ええ、確かにお嬢様はお強いですね。失礼致しました。次期将軍様には過分な心配でした」
ーーーーーーーーは?
「っちょっ、ちょっと、エルフレット! それ誰から聞いたんですか?」
エルフレットは首を傾げながら「カトリーヌお嬢様ですが?」と不思議そうに答える。
「え? カリーが? このことを知っているのはエルフレットさんだけですか!?」
「いいえ、屋敷の者は皆、存じ上げておりますよ」
カッ、カリーーーーーーーー!!?
私は思わず、後を振り返り、カトリーヌが寝ている所を睨む。
何で皆んな知ってるのよ!
全く、カトリーヌもエリザベートも姉妹そろって私を困らせて。本当、ステイン家の姉妹はいい性格している。
私はそのまま、カトリーヌの元へ行き、静かに寝ているカトリーヌの頬を優しくつまんだ。
「もう、怒る事がまた増えたよ! 私が帰ったら覚えておいてね!」
つまんだ頬を優しく撫でて、微かな温もりを確かめた。
「………行ってくるね。お姉ちゃん」
私はカトリーヌに別れを告げ、そのままコールとダリアにもここを出ること伝えると、地下室を後にした。
「お嬢様、手は大丈夫ですか?」
馬に乗る際、エルフレットが心配そうな顔をしながら私に声を掛けてきた。
「ええ、これは、ちょっと。まぁ内なる葛藤みたいなもので……右手は使えますから大丈夫ですよ」
そうは言いつつも、馬に跨るまで、しっかり、エルフレットに手伝ってもらい、私の後に乗ったエルフレットが、手綱を持ってくれた。
「エリッサ、そのような支度で、本当に良いのですか?」
馬に跨る私を、心配そうな顔をしたジョゼ叔母様が、見上げている。
「ジョゼ叔母様、大丈夫ですよ」
私は少し焼け焦げた、薄汚れたフードをかぶり、荷物といえば、肩掛けバックに、エリザベートの指示した本と書類、地図を入れ、ジョゼ叔母様とコールが作ってくれたサンドイッチ、それと、多少の金物だけだ。
でも、このぐらいの荷物で十分だ。身軽が一番。
……だよね? 身軽でいいよね?
「叔母様、行って参ります」
そう言って、エルフレットに視線を送ると私と目が合ったエルフレットは、小さく頷いた。手綱を緩め、足で馬に合図を送ると、馬は走り始める。
「うわぁっ!!」
「お嬢様!? あまり体を動かすと危ないですよ」
私は、この状態になって初めて気がついた。
馬に乗るの初めてだったぁぁぁっ!!
馬ってこんなに走ると怖いんだ。
高い! 高い! 速い! 速いよっ!!
「うわあぁぁぁーーーーっつ!!」
私の門出は、なんとも情けない叫びから始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます