No.49 姉妹のカタチ


「起きて、起きなさいよ、エリッサ」


 朝、私を呼ぶ声で目が覚めた。


「だれ………?」


「早く起きなさいよ。エリッサ」


「お姉様?」


「そうよ。あんた、昨日、私の部屋を中途半端にやりっぱなしだったでしょ! すぐに私の部屋を作るわよ」


「ーーーーえ? 今ですか?」


「当たり前よ。あんたが言ったんだからね。私の部屋を作るって。昨日は途中で、それどころじゃなくなったから、私が"がまん”して、あの部屋で寝てあげたけど、今日はちゃんと私の望む部屋にしてちょうだい」


「あの、でもまだ朝早いじゃないですか」


「目が覚めた時、レノア色の部屋でムカムカしたのよ。もう居てもたっても居られなかったわ。さぁ、早く着替えて、すぐに私の部屋に来て」


「……はい」


 私は、カトリーヌの我がままを諦め、支度を済ませると、エレノアの部屋へと向かった。


「あれ?」


 エレノアの部屋を見渡しても侍女達の姿はなかった。カトリーヌが昨日探していた箱が乱雑に置かれ、早く何とかしてよと言わんばかりにカトリーヌは仁王立ちで待っている。


「侍女や使用人達は?」


「寝ているか、朝の支度でしょ」


「あの、コレを私達だけで?」


「何? 不服なの?」


「いえ、意外だなと思って」


「そんなのどうでも良いでしょう。エリッサ、そこの箱を開けてちょうだい」


「はい」


 私は乱雑に置かれている箱を開けると、箱の中には、煌びやかな宝石や貴金属、はたまたドレスが入っていた。


「これは………」


 凄いな……朝から目が痛くなる。


「ガーデンの屋敷にあった、持ち運べる金品を極力集めたの。あんたがダメッって止めていた物だけど、そのままガーデンの者達に横取りされるのもしゃくだと思ってね」


「そうですか」


「怒らないのね」


「何をですか?」


「これを勝手に屋敷から持ち出したことよ」


「ええ、それはべつに………」


「何それ、私はこれを画策したとき、本当に命がけだったのよ?」


「どういうことですか?」


「文字どうり、そのまんま! 命がけよ! あんたの目が血走っていて、馬鹿みたいな量の書類、本以外は絶対に運ぶなって言ってたじゃない。私、これがバレたら殺されるかもって思っていたんだからね」


「いやいやいや、ころしま………」


 いや、殺すかもしんない。確かにエリザベートであれば命がけの可能性はある。


「そうですね、そう思わせていたなら謝ります」


「ふん、そこよ!」


「え?」


「あんた、私をからかっているんでしょ」


「そんなこと……」


「私の知っているエリザベートは、そう簡単に謝ったりしないわ。いいえ、死んでも謝らないわね。それが、今では私をお姉様と呼び、敬意を払うような態度を見せるし、何かあれば、すぐに非を認めて謝るのよ。あんたが、本気で私をからかっていないと言うなら、

貴女、エリザベートじゃないでしょ」


「お姉様、私は……」


「……やっぱり別人なのよ。中身が、人格が入れ替わっているんじゃないかって思うしかないじゃない。

以前の記憶がないとか言っていたけれど、もう記憶とか、そういうのじゃないのよ、今のあんたは」


「……………」


「ガーデンの屋敷を出る時のあんたは、紛れもなく私の妹だった。でも、今のあんたは私の知っている妹ではないわ。あのマリアを解雇した事が異常なの。もう全てが冗談ではないと思ってしまったのよ。

あんた、いったい何者? エリザベートじゃないでしょ」


「私は……でも、そうだと言ったら、お姉様はどうしますか?」


「喜ぶわ」


「は?」


「そんなの、喜ぶに決まっているじゃない。あの怪物エリザベートじゃないんでしょ? 小さな子供の頃に私の足の指を切り落とした、あの最悪の妹でないなら、私は貴女を心から抱きしめるわ」


 ーーーーうそ。エリザベートはカトリーヌの足の指を切り落としたの!?


「おおお姉様、それは本当ですか!? 足の指って」


「驚くとこ、そこなの? ええ、そうよ、幼少の時に小指を切り落とされたわ」


 うわぁ、そりゃ、妹を怪物って言いたくもなるわ。

 でも、もう、ここまでカトリーヌに言われてしまったなら、自分から認めるしかない。

 

 私はカトリーヌを見ながら小さく頷いた。


「私は……エリザベー」


「あぁ、それは、言わなくて良いわ。ただ私は知りたいの、貴女は私の妹なの?」


「あの、それは……どういう?」


「だから、これからも私の妹で居てくれるの?」


「妹でいさせてくれるんですか?」


「こっちが聞いているのよ!? 私は王子殺しの指名手配犯なの。普通そんな姉を持ちたくはないでしょう」


 怒ったように話すカトリーヌを姿に、何故か私の心は緩やかに暖かくなっていった。自然と頬が緩む。


「いいえ。私は、お姉様の姉妹でいたいです。今の私は、お姉様の知っているエリザベートではないですが、お姉様のことは本当に姉妹だと思っています」


「そう。でも今後、どうなるかなんて分からないわよ? 今ならエリザベートをやめてステイン家から逃げる事も出来るかもしれないわ」


「お姉様、それは無理ですよ。私は心からステイン家の娘だと思っています。きっと逃げても、今の私には何も出来ません。野垂れ死にます。だったら私は、お姉様と一緒にいたい」


「そう……そうなの。ほんと、不思議なものね。私も今の貴女の方が、心から妹だって思えるわ。だって私を敬っているんですもの。

いいわ、分かった。貴女はこれから私の本当の妹よ」


「はい」


「そうそう、それならこれからは、私のことをお姉様だなんて呼ばないで、カリーと呼びなさい。仰々しいのは好きじゃないの」


「カリー、ですか?」


「ステイン家は皆あだ名で呼び合っているのよ。知っているでしょう? 貴女は私の家族なんだから、私のことはカリーと呼んで」


 何だか不思議な気持ちだった。

 私は本当のエリザベートでは無いのに、それを知っても受け入れて貰えている。

 それと同時に、幼稚でわがままで高飛車なカトリーヌの事を、私は心から姉だと思えるし、大事な家族なのだとちゃんと思えているのだ。


 確かに、この世界で、家族と呼べる存在はこのステイン家であり、私が頼れるのもこのステイン家しかない。でも、心から家族だと思えるこの感覚は上手くは説明出来ないし、本当に不思議な感じだ。


 最悪な家族だと思っていたけど、そう思う部分もまだ確かにあるけれど、こうしてカトリーヌと接していると、色々な一面が見えてくる。


 私はすでにステイン家という家族のカタチが嫌いではなかった。



「カリー……?」


「いいんじゃない。エリッサ」


「私の下僕として、妹として、これからも私を敬い忠誠を誓うのよ」


「え?……」


「ふん、もう貴女は私の妹なの。いい? ちゃんと覚えておきなさい」


 私はゆっくり頷いた。


 私の支えになってくれていたマリアを、捨てるように解雇したのに、カトリーヌはそれを知っても側に居てくれる。人格が変わってしまった私に、そのままがいいと、家族だと言ってくれた。それだけで充分だと思った。

 


 カトリーヌは、箱の中から次々と宝石を取り出し、壁にぶら下げ始める。


「あのっ、カリー……? それ、もしかして」


「ええ、そうよ。この宝石達をこの部屋の飾りにするの。金ぴかになるわ。あとレノアの物は捨ててちょうだい」


「捨てるんですか? 何処かに置いたほうが」


「いやよ、あの娘の物は見たくないの。捨てるか、売るか、燃やすかどれかよ」


「でも、それは怒られるんじゃ……」


「貴女は私の妹なんでしょ? なら代わりに怒られなさいよ」


「えぇぇぇ!!?」


 この仕打ち、やっぱりカトリーヌは子供だ。まぁでも、それを可愛いと思ってしまう私も私だろう。


 いや、まぁ怒られるのは嫌だけど……。


「そう言えば、聞きたかったんだけど、何でマリアを辞めさせたの? あんなに従順で使いやすい侍女だったのに」


「怖かったからです」


「怖い? マリアが?」


「いいえ、エリザベートです。私が寝ている間にエリザベートは完全にこの体を乗っ取っていました。学院から出たあの日から、私はずっと眠っていたのです。私が気付いた時には、この屋敷に来る途中の馬車の中でした。カリーが言っていたように、私はしばらくエリザベートだったんですよ。そして、マリアは忠実なエリザベートの侍女です。だから今後、もしもこの体がまた、エリザベートになった時、マリアはエリザベートの指示に逆らうことなく過ちを繰り返すのだと、そう思いました。マリアはエリザベートに従順すぎます。ですから、この体からマリアを遠ざけまたのです。」


「え? 待って……じゃぁエリザベートはまだ居るの? その体に?」


 カトリーヌは宝石を飾り付けていた手を止めて、驚いたように私を見つめる。


「そうですね。彼女、エリザベートいわく……あぁ、でも、これは夢での話なので、厳密とは言えませんが、彼女は自分は死んだのだと言っていました。確かに魂は死んだのだと。ですから、今この体に宿る魂は私なんだそうです。そしてエリザベートとして表に出ているのは、この体の本能なのだと言っていました」


「じゃぁ、何、あのエリザベートは本能で動いていたの?」


「多分……? 私の意識はないので、エリザベートの言っている事が正しければ、本能なのだと思います」


「エリザベートは死んで、死んだエリザベートの体に貴女が入って……? 貴女は……天使? それとも女神かなんかなの?」


「いえ、私は、そんな美しいものではないですよ。

普通の人間です。

それに、私がこの身体に入ってから、普段は特に何も無いですが、時より、今の私の感情とは裏腹に、本能が私の体を動かしたりする事もありました。以前お姉様を叩いたのもそうです」


「ああ、学院で私を叩いたわね。あれはエリザベートってことなのね」



 ……あ、あれは……私だけど………エリザベートにしておこう……うん、そうしとこう。



 私は真剣な顔でコクリと頷く。



「ふーん、体がエリザベートで心が貴女……アベコベね」


 そう、確かに性格もまるでアベコベだ。


「ですので、また私が意識を失ってエリザベートがこの体を使うことがないように、私はあらゆる手段を取りたいのです」


「あのエリザベートをねぇ、でも、ここに来たのはエリザベートのお陰よ? あながち悪いことをしているようには見えないけど」


「確かにそうかも知れません。でも、分からない事もあります。そもそもエリザベートが何を考えているのか私には分かりません。そして本質的な意味で、理解する事は出来ない。だから私は嫌なんです。もうこの体で誰かを傷つけるのは……」


「ふーん、貴女、本当に天使か女神みたいね。それとも賢者?」


 いいえ、ただの保育士です。


 カトリーヌは小首を傾げながら不思議そうに私を見ている。


「でも、なんでエリザベートが、その本能とやらが急に動いちゃったのかしら? 何かきっかけとか、あったんじゃない?」


「それが私にも分からないんです。学院から逃げる馬車の中で、急に息が出来なくて、眠気が襲いました。そしたら……あれは、エリザベートだったのかな? 声が聞こえてきて」


「何て?」


「おやすみ、エリッサって言われました」


「おやすみ、ね……」


 私はふと、エーム王子の顔が頭に思い浮かんだ。考え込んでいる私を見ていたカトリーヌが、少し心配そうに私の顔を覗き込む。


「どうしたのエリッサ?」


「いえ……」


 意識を失う前に私は彼と二人っきりだった。

 エーム王子との会話は覚えている。

 もしかしてあの時、私は何かされていた………?


 いや、特には………。


 でも、何か……


 あぁ、でも確か馬車から降りる前に紅茶を少しだけ飲んだ。


 まさか、あれで私がエリザベートに? でも、何で?


 毒……とか?


 いや、まさか。あのエーム王子が?

 でも確かに、あの後急に不自然に呼吸が出来なくなったんだ。


 可能性としてはありうる。あの時の紅茶には毒が入っていて、その毒のせいで私はエリザベートになったのかもしれない。


「さっきから黙り込んで、どうしたのよ。エリッサ」


「もしかしたら、エーム王子かも知れません……」


「え? あの、ぼんくら王子のエーム?」


「私、あの時エーム王子から紅茶を頂きました。もしかしたら、それが毒だった可能性もあります」


「へぇ、あの、ぼんくらが毒ね。何? 貴女、エーム殿下から恨まれるような事でもしたの?」


「いいえ、そんなことは、なかったかと思いますが……」


「ふーん。そう、毒ねぇ……って、ちょっと待ちなさいよ。カミール殿下も毒殺でグエン殿下も毒殺だったのよ? それってもしかして、一連の王子の死って、まさかエーム殿下が?」


「さぁ、それはどうでしょう? でも、あの時の会話ではエーム王子はカリーを犯人にしたがっているようにも受け取れました。ステイン家も、もう終わってるような言いようでしたし。もしかしたら……」


 私の言葉にカトリーヌは、ありえないと言わんばかりに鼻で笑った。


「あの、ぼんくらが? いやいや、ないわ」


「そうですか……でも、あの時、私がエリザベートになるきっかけとしては、それくらいしか思い当たらなかったので」


「うーん、これは………」


 カトリーヌはいつになく真剣な表情で考え込んだ後、何か閃いたように、はっと顔を上げて私を見つめた。


「うん、分からないわ。ジョゼ叔母様に相談しましょう」


 って分からないんかい!!


「そうですか……まぁ、そうですよね」


 確かに、考えたところで、今の私達には分からない。年配者のジョゼ叔母様に相談するのが一番だろう。今後の事もステイン家の事も色々、私達がどうすれば良いのか、まずは相談してからだ。


 それから、私達は部屋の模様替えを朝食の時間になるまで続けた。その後ダイニングルームに少しだけ早く行き、ジョゼ叔母様を待っていた。

 暫くして、部屋に入って来たジョゼ叔母様は私達二人を見て穏やかに微笑んだ。


「二人ともおはよう。ふふっ。さっきね、侍女に聞いたのだけど、貴女達、随分と仲が良かったのね」


「ジョゼ叔母様、おはようございます。エリッサは私の下僕ですから。仲が良いのは当然ですよ」


「下僕?」


「可愛い妹って事です」


「うふふっ、そうなの。それは良かった。エリッサも元気そうね」


 私はジョゼ叔母様に会釈で答え、そのまま席に座った。カトリーヌは皆が席に座るのを見届けると、前のめりになりながら話し始めた。


「それより叔母様、お話を聞いて欲しいんです」


「あら、何かしら?」


「王子のことです。さっきエリッサと話してたのですが、もしかしたらエリッサはエーム殿下に毒を盛られたかもしれないんです」


「エーム殿下が?」


 ジョゼ叔母様は眉を潜めながら心配そうに私を見る。私はそれに答えながら微笑み返した。


「確証は無いので、もしかしたら、という話です」


「それで、エリッサ、体は大丈夫なんですか?毒だなんて」


「それは大丈夫です。本当に、もしかしたら毒だったかもっていう話なので、ただやはり、可能性はある分、一応お話しはしておくべきかと思いまして」


「そう、そうね。とりあえずエリッサの体が何もないのなら良かったわ。それにしてもエーム殿下ね……」


「でも、だって、あのぼんくら王子でしょ? なんら取りえがなさそうな王子だから、私達には分からなくて」


 カトリーヌは心底、分からなさそうに首を振りながら、お手上げと言うように小さく両手を上げた。


「そうねぇ、仮にエリッサに毒を盛ったのが、エーム殿下だったとしても、だからって他の王子の毒もエーム殿下が関係しているとは言えないし、勿論、決めつける事も出来ないわね。正直、私も分からないわ……」


 ジョゼ叔母様は暫く考えた後、目を伏せ、急に表情を曇らせた。


「叔母様、どうしたんです?」


 カリーがジョゼ叔母様を心配して伺うように聞くと、ジョゼ叔母様は小さな声でポツリと呟くように言った。


「私ね、正直、コルフェ陛下をあまり良く思っていないの。だから、もしかしたら、この王子殺しは陛下の画策かも……そう思ってしまって……」


「えっ! コルフェ王!? あの王様が!?」


 私とカトリーヌは驚きながらジョゼ叔母様を見つめる。


「ええ。彼はね、良い人に見えるけれど、平気で人を裏切る王よ。私は、それを良く知っているの………」


ジョゼ叔母様はそう言うと、目を瞑り、項垂れるように肩を落とした。

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