No.47 届いた荷物


 ダイニングの長テーブルで、ジョゼ叔母様との話しが終わると、私は懐かしき自室への扉を開いた。


「はあぁぁぁ、やっぱりここは落ち着くなぁ」


 部屋に入った途端、大きなため息をついて、思わず独り言が口から溢れる。


 やっぱり、私はここでゆっくり暮らしたい。


 このシンプルな部屋が私にとって、一番落ち着ける場所で、ここが唯一、自分の部屋なんだと素直に思えた。


 私はそのままベッドに寝転がり、体を伸ばす。


「ちょっと、何一人でくつろいでいるのよ」


 声の方を見ると、カトリーヌが私を睨んでいた。


「お、お姉様。どうしてここに?」


「どうして、じゃないわよ。私の部屋がないじゃない……ってあんた、まさか此処があんたの部屋?」


「ええ、そうですけど、何か?」


「嘘でしょう? 何この部屋、何もないじゃない。あんた、ジョゼ叔母様に嫌われているの?」


「いやぁ」


 確かに生理的に嫌われているけど、私じゃないし。


「そんなことないですよ、普通ですよ、普通」


「これが普通? あんたがこの屋敷を離れてる間にあんたの私物を全部捨てて、こんなに何もない部屋になっているし、さっきの挨拶だって、すごい距離をとっていたじゃない。どう見たって普通じゃないわよ」


「誤解ですよ。私とジョゼ叔母様は良い関係です。この部屋だって私が王都に行く前に整理したのですし、あの挨拶の距離だって、私とジョゼ叔母様は意思疎通が出来ているからこそ、私の指定席に座らせてもらったんです。まるだちです!」


 あ、間違えた。


「……まるだち?」


「えっと、仲が良いことです……」


 間違えたままだし、ちょっと強引だけど、まぁいっか。

 今の所、ジョゼ叔母様とは良い関係になっていると思うし、嘘は言っていない。


「それで、わざわざ私の部屋に来るなんて、何かあったのですか?」


「あぁ、そうだった。エリッサ、ここには私の部屋がないじゃない」


「そう言えば、そうですね。でもエレノアお姉様のお部屋がありますよ? そこをお使いになれば良いではないですか」


「いやよ。それは嫌。なんで私が、レノアの部屋を使わないといけないのよ。そんなの、まるでレノアのお下がりみたいじゃない」


 え、何それ、こども?


「そう、言われましても、お姉様の部屋は今、この屋敷にはないのですから」


「じゃぁ、作りなさいよ。今すぐ私の部屋を作りなさい。だいたい、ここに来たのだって、あんたが言い出したんだから、責任とって私の部屋をすぐに作ってよ」


 うん、駄々っ子だ。


「いや、作るのは別に構いませんが、そんなにすぐにはできませんよ」


「それを、なんとかして。私は絶対自分の部屋がいいの」


「お姉様、まずはエレノアお姉様の部屋を一緒に見に行きましょう? ね?」


「いやったら嫌よ。私はお下がりは嫌なの」


 えぇー、そんなに?

 それに、ずいぶん頑なだ。これは困る。


 私は「はぁ」とわざとらしくため息をついた。

 あんまりこの手は使いたくないけど、もう、仕方がないか。


「お姉様、あまり我がままを言うなら私、お姉様をお仕置きいたしますよ?」


「う………」


 カトリーヌは一瞬にして顔を引きつらせ、動揺していた。さっきまで駄々をこねていたカトリーヌは嘘のように静かに黙り込む。


 おお、何かエリザベートっぽくしてみたら効いた。

 あれ?でもちょっと待って、何か私、今違和感なくカトリーヌを脅さなかった? まさか無意識にエリザベート化してる!?


 いやいや、まさか、うん、大丈夫。理性ちゃんとあるし。私は私。


「お姉様、まずはエレノアお姉様のお部屋に行きましょ? 住めば都ですよ」


「………」


 カトリーヌは明らかに不満そうな顔をしていたけれど、それ以上何も言わなかった。

私の後ろを歩くカトリーヌはそのまま無言でエレノアの部屋へと入る。


「ほら、お姉様、いいお部屋でしょう。こんな豪華で素敵なお部屋ならお姉様も満足できるのでは?」


「それが嫌なのよ。エレノアのが嫌なの」


「困った子ですね」


「エリッサ!」


 あ、しまった。つい心の声が出てしまった。


「では、私の部屋を使いますか? そしたら……」


「もっと嫌よ、あんな監獄みたいな気持ち悪い部屋、絶対住みたくないわ」


 ……監獄って、酷い。ただシンプルなだけなのに。私にとっては癒しの部屋なのに。


「そうですか。では、こちらで我慢してください。ああ、そうだ模様替えをいたしましょ? そうすれば、カトリーヌお姉様のお部屋じゃないですか。きっとエレノアお姉様も模様替えを許可して下さいますよ」


 会ったことないから知らないけど、まぁ、多分怒るよね。ステイン家の人は自己顕示欲が皆んな強いから、エレノアもきっと同じだと思う。 

 でも今は仕方ない。いずれ会ったとき私が怒られよう。


 私はすぐに侍女をエレノアの部屋に呼んだ。


 壁にもたれかかりながら、部屋を眺めるカトリーヌは不機嫌そうに、眉間にシワを寄せている。


「レノア、怒るわよ。あいつ女々しい女だから」


「やはり、お姉様達は仲が悪いんですか?」


「はぁ? あんたがそれを言うの? 末っ子の癖に私とレノアを散々、物のように扱っていたあんたが?」


「あはははは……そう言えば記憶が……」


「ふん、随分都合の良い記憶よね。レノアはね、私の事が一番嫌いなのよ。何かと私の上げ足を取ってくる、くそ生意気な妹よ。本当、私の妹に可愛げなんてものはないのよ」


 揚げ足ね。まぁ気持ちは分からなくもないけど、良くある思春期の姉妹喧嘩かしらね?でもまぁ、やっぱり性格に一番難があったのは、このエリザベートだとは思う。


 そこは間違いなく………。


 どの道、ギスギスしてそうな姉妹関係にはあまり深く関わらないようにしよう。うん。


 考えている間に、数名の侍女が部屋に入ってきた。


「さぁ皆さん、これから、ここの部屋の模様替えを行います。カトリーヌお姉様の住みやすいように致しますので、お姉様の指示に従って下さい。

お姉様どうしますか? まずは何処を変えましょうか? お洋服のタンスを増やしますか? 天蓋の色?」


「ええ、そうね。収納は必要ね。あともっと煌びやかにしてほしいわ。キラキラがいいの。天蓋から宝石をいっぱいちりばめて。目がくらむ感じの部屋がいいわ」


 こっ、子供の発想だな。カトリーヌは………。


「マリア……宝石だなんて、模様替えできるかしら」


 ってあれ? そう言えばマリアがいない。良く考えると私が目を覚ましてから、この屋敷で一度も見ていなかった。どこに行ってるんだろう。色々と聞きたい事もあるのに。


「お姉様、そう言えばマリアを知りませんか?」


「マリア? 知らないわよ。あんたの侍女の事なんかいちいち見てないわ」


 ですよねぇ、でも、本当、どうしたんだろ。


「ヘレン。ねぇマリアを知りませんか?」


「いいえ、お嬢様がご到着された時にはいらっしゃいませんでしたよ」


「そう………」


 何処いっちゃったのかしら。マリア、何かあったのかな? 王都に置いてくる、なんて事はないだろうし。


 私は不安を覚えながら、どんどん変わっていくエレノアの部屋を見回した。


「あれ?」


 侍女達の中にカーラの姿が見えた。そして、その後に隠れるようにして、小さい幼女がちょこんと見える。


「久しぶりね、カーラ……後にいる子はもしかして……」


「お嬢様、お久しぶりでございます。お帰りを嬉しく思っていました。ほら、お嬢様ですよ」


 カーラは私に挨拶をした後、うしろを振り向き、屈むと、その幼女にそっと話しかけた。


 私は小動物に近づくように、ゆっくりとその女の子に近づいて屈んだ。


 その子は少し俯きながら、私に頭を下げると可愛らしい声で挨拶をする。


「ダリアです………おじょーさま、お久しぶりです」


 ダ、ダリア! この子の名前はダリアという名になったのね。この小さな女の子はエリザベートが地下牢に閉じ込めていた幼女だ。

 私が絶対に守らないといけない子。


「ダリア……体のほうは、もう大丈夫ですか?」


「はい」


 やっぱり私に怯えている。

 でも、それは当たり前だ。逃げ出したり、取り乱したりしない方が凄いのだから。


 ダリアをよく見てみると、小さいその服は侍女達と同じメイド服だった。ただ、そのメイド服はレースのフリフリがだいぶ増し増しで、どこぞのコスプレ服かと思うような凝った作りになっている。

 要するにめちゃくちゃ可愛い。

 

「この服はカーラが?」


 カーラが優しく微笑みながら、緩く首を振った。


「いいえ、ジョゼフィーヌ様が」


「叔母様が?」


「はい、ジョゼフィーヌ様がダリアの為にと仕立てて下さいました。子供達を我子のように可愛がって下さっていますよ」


「そうなのですね。でも、私、ダリアは侍女にするつもりはないのですよ」


「ええ、きっとそう仰るだろうと。ジョセフィーヌ様も同じ様に仰ってました。ただ、これはダリアの希望なんです。まだ小さいながらにも、ステイン家のお役に立ちたいと言って。ジョゼフィーヌ様も、ダリアを止めるよう説得したのですが、本人が強く望んだので、暫く好きなようにと。勿論、無理のない範囲ですが」


「そうだったのね。ダリア、お手伝いありがとう。でも、あまり無理はしてはいけませんよ」


「はい」


 ああ、なんていい子なんだ。身体を傷つけられ、酷い目にあったというのに、役に立ちたいとお手伝いを申し出るなんて………。


 思わず自分の目頭が少し熱くなるのを感じていた。


「ああっ! そうだわ。申し訳ありません、お嬢様。せっかくです、コールも見て下さいませ。コール、お嬢様にご挨拶を、コール」


 カーラが呼ぶと、奥から少年が歩いて出てきた。顔に火傷の痕が残ってしまっているが、小さな執事服を着ていて、こちらも可愛らしい。


 私の前に来ると、ペコリと頭を下げて「コールです。お久しぶりです。お嬢様、よろしくお願いします」とそう言った。


 その姿を見た途端、喉の奥から込み上げてくるような涙を溢れないように噛みしめた。


 私はコールを見ながらゆっくりと微笑む。


「コール、具合はどうですか?」


「ボクは元気になりました」


「そう、なら良かった」


 コールも執事の格好をしているが、飾りもついていて、煌びやかだった。まるで、日本の七五三みたいにも見えて可愛らしい。


「その服もジョゼ叔母様が?」


 カーラがコールを見ながら嬉しそうに頷く。


「ええ、ジョゼフィーヌ様の最近の趣味だそうですよ。コールの洋服は日によって変わるので、今日はたまたま執事のようですね。

可愛らしいので、まるで着せ替え人形のようになってしまう時もあるのですが。ジョセフィーヌ様が、コールは何でも喜んで着てくれるからと、時には貴族の方々のような、お召し物を仕立てた時もありまして、それは流石にコールも戸惑っていましたね」


 クスクスと思い出しながら笑うカーラの笑顔は本当に優しいものだった。


 叔母様ってお洋服を仕立てるのが好きなのね。しかもとっても上手だわ。今度、私も叔母様に何か頼もうかしら……あぁ、でも採寸は……測った物を書いて渡さないときっと断られるわね。


「コール。貴族のようなお洋服、私も是非見てみたいわ。今度見せてくれるかしら?」


 私がコールに聞くと、コールはコクリと頷いた。

 それを見ていたカーラは「コール、お返事はちゃんとしましょう」そう言うと「はい、畏まりました」とキチンと頭を下げた。


「コールは今、ジョニーの手伝いをしているんですよ」


 ジョニー? ジョニー、そう言えば使用人にいた気がする。


 私はコールに視線を合わせて微笑む。


「コールもあまり無理はしないように」


「ありがとうございます。お嬢様」


 その時、私の背後、頭の上からカトリーヌの声が降ってきた。


「何? その見すぼらしい子は、顔に火傷の跡があるじゃない。こんな子を使用人に雇っているの?」


「ちょっ……カトリーヌ!」


 私は驚き、大きな声を出さない代わりに瞬時にカトリーヌを強く睨みつける。


「………………」


 カトリーヌは驚いた表情を見せて、そのまま固まった。


「お姉様。いくらお姉様でもこの子達を侮辱することは許しません。この子達は私の大切な子供なんです。侮辱は絶対に許しませんよ」


「こっ、子供って、あんた、まだ子供産める年じゃないでしょ………」


「養子です。私の子です」


「よ、養子……? 何わけのわからない事言ってるの? あんた、ここで何してたの?」



 ………………………。


 いや、それは言えないけど……。


 私はそのまま目線を逸らし、話しを逸らした。


「良いですね。この子達は私の子だと思って接してください」


「ーーーっ。分かったわよ。時々、本気で私を脅すのやめてよ。ほんと、怖いのよ。あんた」


「申し訳ありません」


 私は怯えた目をしてカーラにしがみ付く子供達にニッコリ笑って言った。


「さぁ、お仕事しましょう。お姉様のお部屋を大改造するのを手伝ってくれるかしら?」


 小さく、それでもハッキリと返事をする二人を見て安心した私は、その場を離れる。

 侍女達に色々指示を与えながら、私自身もエレノアの部屋の模様替えを手伝おうとした、その時だった。




 ーーーーーーガタガタ


 突然地震のような揺れを感じ、窓が揺れると、外から凄い物音がし始める。


「なっ、何事?」


 私はすぐに窓から外を見下ろすと、何やら大きな荷馬車が三台止まっているのが見えた。男達が荷馬車から次々に降りて、なにやら大きな箱を荷台から出し始めている。


 そしてその荷馬車にはマリアの姿があった。


 マリアは男達を指揮しながら、その荷物を屋敷の中へと運ばせ始めていた。

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