No.46 王都からの知らせ
「………ぶっはぁ!! 悪夢みたぁっ!」
私は最悪の気分で目覚めた。全くと言っていいほど覚えていないけれど最悪の夢だった気がする。
まだ、ぼんやりとする頭で周囲を見ると、私は馬車の中で、向かいにはカトリーヌが座っていた。何故だろう。カトリーヌは見るからに不愉快そうな表情を浮かべている。
「お姉様、私今、最悪な夢を見ました」
「あっそう」
いつになく愛想のない返事に、疑問に思いながらも、カトリーヌの虫の居所が悪いのだろうと思い、会話を諦めて、ふと窓の外を見た。
ーーーーーーーーえ!?
あれ? ここ王都じゃない。
私は馬車の窓に映りこむ景色に驚いていた。
「お、お姉様、ここ王都じゃありませんね。それに……」
そう言えばカトリーヌが貴族院の制服を着ていない。マーティンもいないし。
私はあの後、学院から帰る馬車の中で眠っちゃって……え? 今どうなっているの?
「あの、お姉様、今は何処に向っているんですか?」
「は? 何言ってるのエリッサ」
あれ? 何だろう。カトリーヌから異様な冷たさを感じる。そりゃ言葉では色々ツンツンしていても、最近はずっと、あんなにも姉妹感たっぷりで仲良し雰囲気だったのに。学院から逃げた時のことを怒っている? いやいや、馬車の中では麗しい姉妹だった筈だ。
「お姉様、ずいぶんと機嫌が悪いですね。何かありました?」
「何言ってるの。あんたのせいでしょ」
「え? 私? 私は何も」
「いい加減にして。私はもう騙されないわよ。エリッサ。また急にそんな喋り方をしても無駄。貴女、いったい何を企んでいるの?」
「企むって……私は何も企んでいませんよ。それに、ここは何処ですか?」
「何? それ、まだやるの?」
「やるもやらないも、私は知らないのですから教えて下さい」
「あんたって本当、何がしたいのよ」
カトリーヌは深くため息を吐くと諦めたように話した。
「今はバストーンにあるジョゼの叔母様の屋敷に向かっている途中よ。あんたの指示でね」
「え、私………?」
何だそれ、私がジョゼ叔母様の所へ行くように指示をした? 全く身に覚えがない。
あれ?
待って。あの時、私とカトリーヌとマーティンで学院から逃げて、エーム王子と馬車で話してから帰ろうとして、そしたら急に息が苦しくなって、眠くなって、それで寝てしまって……それから。
え? それから私何してたの?
「お姉様、あの、すみません。お姉様が学院で怪我をされてから何日経っていますか?」
「さっきから何馬鹿なことばかり言ってるの? だいたい六日ぐらいでしょ。で? ジョゼ叔母様の所に行ってどうするの?」
六日!?
う、嘘でしょう? 私その六日間の記憶、全く無いんですけど。
「ジョゼ叔母様の所に何しに行くのか……すいません。私、分からないです」
「はぁっ!? ちょっと。分からないじゃ困るわよ! じゃぁこの後どうするの!? あなたの指示でジョゼ叔母様のところに行くのよ。パパの許可も得ずに」
「そう言われましても……」
何で起きたら、こんな事になってるの……まさか……まさか……。
え……エリザベート………?
私が寝ている時にエリザベートが目覚めていた?
嘘………。
でも、それ以外考えられない。
カトリーヌの対応の冷たさや、六日間も記憶がないのに、カトリーヌの口振りでは、私は寝たっきりだった訳ではない。何より、私が寝ていると思っていた間も私は動いていたのだ。
今この馬車の中で私が目覚めるまで………。
「あなた、自分は変わったと言っていたけれど、結局、全く変わっていないじゃない。昔と全く変わらない。いいえ、昔よりも酷くなっているわ」
ーーーーーー終わった。はい。確定。
私、エリザベートになってたんだ。もしかして、カトリーヌにも何か危害を加えた!?
だから怒っていの!?
エリザベーーーーーートぉぉ!!!!
私は心の中で絶叫しながら、恐る恐る静かにカトリーヌに聞く。
「お、お姉様……? 私、その、お姉様に何かその、傷つけるような、主に外傷を与えるような事はしました……か?」
「それは……」
私は思わずゴクリと息を飲みこんだ。
「そっ……それは?」
「してないけど……私を脅して部屋に閉じ込めた」
暴力してなかったぁ!! 良かったぁ!!
セーーーーフ!!
「あの、それだけですか? 本当に?」
「そうだけど、でもっ、私を閉じ込めたっ!」
ーーーーいや、なんだこの人は、子供か?
あ、まぁまだ子供か。
私は少しだけ、ほっとしながら気を取り直してカトリーヌに聞く。
「お姉様、私は他に何をしましたか?」
「え? 他に? 他って言っても、急に屋敷の使用人を殆ど解雇して、ジョゼ叔母様の所へ行くからそれまで私を部屋へ閉じ込めてた。私の知っていることはそれだけよ」
屋敷の使用人を殆ど解雇した? エリザベートはいったい何をしているの? 考えがさっぱり分からない。自分のハズなのに。
私は困り果て、途方に暮れながら馬車の窓を眺めた。
「エリッサ? あなたどうかしているわよ。さっきまでは、昔みたいに私をペットのように扱っていたのに、急に知能が低下したかのように、話し方もまた変わって。挙句の果てが、記憶がないって。別人のように振る舞って。ねぇ私をからかっているの?」
「お姉様をペット?」
確かにエリザベートならカトリーヌを人扱いしないのかもしれない。その可能性は高い。
いや、それにしても知能が低下しているって、それじゃぁ私があのサイコキラーよりお馬鹿に見えるってこと? いやいやいや無い。それは無いわ。
全くカトリーヌは分かっていない。
私は思わずカトリーヌに言い返した。
「お姉様。私が、あのサイコキラーよりも馬鹿だなんてあり得ません。私の方が絶対に理性的で賢いですよ。そもそも精神年齢だって絶対、私のほうが上ですし」
だって実際、私の方が年齢だって上だもの。何でエリザベートみたいなサイコキラー娘の知能の方が上なのよ。
まぁ確かに記憶力とかは良いし、知識についてもエリザベートが好きだったんだろう物に関しては膨大にあると思う。私はあえて考えないけど!
でもだからって私の方が劣るだなんて有り得ない。
って、あれ? なんか私エリザベートに対抗心持ってる?
「ねぇ、エリッサ。だから何? 私にいったい何て言って欲しいの? あんたのノリに付き合うの? 何だったら騙された振りを演じればいいの?」
呆れたように首を振るカトリーヌは、完全に私を馬鹿にしているように見えた。
この様子では、カトリーヌは完全に私を信じていないな。まだ、私をエリザベートだと思っている。
でもこの雰囲気のまま、例え本当の事を言っても信じてはくれないだろう。まぁ信じたら信じたで、カトリーヌにとって私がただの他人だと分かってしまう。それも何だか複雑だ。
私はため息を吐きながら、そのまま、馬車の窓に映る景色を眺めていた。
王都に行く時に見た同じ景色から月日はそこまで経ってはいない。それでも懐かしいと思える。
そしてあの時もこの景色を眺めながら不安に思っていた。早くジョゼ叔母様のいる屋敷に戻りたいと
そう思っていたのに………。
結局、それが叶っている今も不安だ。何だったら不安は増していく一方。
今後の私の行く末は、本当、私どうなっちゃうのよ。
……気が重い。
馬車は暫くして、ジョゼ叔母様のお屋敷に着いた。屋敷の外では、侍女のヘレンが出迎えてくれ、久しぶりの顔に思わず笑みが溢れる。
「ヘレン、お久しぶりです。何か変わったことはありませんでしたか?」
私が馬車を降りると、私の姿を見たヘレンも、何処かほっとしたように笑顔を見せてくれた。
「お嬢様もお元気そうで、安心しました。こちらは特に変わりありません。お嬢様方がご無事で帰られたことが何より嬉しく思います」
「ありがとう。ヘレン」
久しぶりに見たヘレンに癒されながら、私は屋敷を見上げた。
王都にある屋敷は確かに立派ではあるけど、あの金ピカで派手な屋敷と比べ、この自然に囲まれながら、何処がひっそりと佇む屋敷の方が、温かみを感じられ、私は好きだった。
ああ、やっぱりここが一番落ち着く。うん。
「さぁさぁ、お嬢様方。お疲れでしょう、中へ。ジョゼフィーヌ様がお待ちですよ」
「ジョゼ叔母様が?」
「はい」
何だろう? 叔母様が私に会いたがるなんて、珍しい。私がこのお屋敷を出る前も、叔母様からのお誘いは無いに等しかったし。
私とカトリーヌはそのままジョゼ叔母様が待つ、ダイニングへと向った。
部屋に入ると、既に叔母様は一番奥の席で座って待っていて、私とカトリーヌを見ると、優しい笑みで出迎えてくれた。
相変わらずの広いダイニングテーブルに、カトリーヌは、そのままジョゼ叔母様の方へと近づいて行った。挨拶をすると、そのまま隣の席へと座る。
私はカトリーヌがジョゼ叔母様に挨拶をする姿をテーブルの端から見ると、そのままお辞儀だけして、その場に腰を下ろした。
ジョゼ叔母様の席から一番遠い席、以前の私の指定席だ。
「エリッサ、何でそんな所で座っているの?ほら、近くに来てジョゼ叔母様にちゃんと、ご挨拶なさい」
その言葉を聞いたジョゼ叔母様が、慌てたようにカトリーヌを止める。
「あっ、いいのです。カリーいいのですよ。エリッサはあそこで。私とエリッサの習慣のようなものなのです。問題ないわ」
「そうなんですか? 叔母様」
「ええ、そうなの」
不思議そうに首を傾げるカトリーヌに、ジョゼ叔母様は微笑みながら、私に視線を向けた。
「エリッサもよく帰って来ましたね。無事な姿を見て安心しました」
「叔母様もお変わりなく」
侍女がテーブルに紅茶を並べ、それをゆっくりと飲むと、ほっとしたような気持ちになった。
少し目を伏せたジョゼ叔母様は心配そうな顔をして紅茶をカチャリとテーブルに置く。
「王都でのこと、大体は聞きましたよ。カリー大変辛かったでしょう。ここはエスターダ国の中で王都から最も離れているステイン領ですから、安心して過ごしなさい。
今、王都からここへ避難してきたのは良い判断でしたよ。デンゼンがそうしろと?」
「いえ、これはエリッサが勝手に」
「エリッサでしたか。エリッサ、良い判断でした。
二人がこちらに着く前、先程ですが、王都から知らせが届いたのです。
そこには二人の王子の死因が発表され、二人とも同じ毒で亡くなったと書かれていました。そして、その毒はステイン領の一つ、カウイーンの森にしかないウールの葉の毒と。
それが分かった事により、二人の王子の毒殺はカリーである可能性が一番高いと思われています。
言いづらいのですが、国はカリーを罪人として指名手配しました。
それと、貴女方の父であり、ステイン家の当主であるデンゼンは責任を問われ、現在、王宮にて幽閉されているそうです」
ーーーーバン!!
興奮したカトリーヌがテーブルを叩きながら、身を乗り出した。
「私が指名手配!!?」
ジョゼ叔母様が落ち着きなさいと言いながらもう一度紅茶を飲む。
「安心なさい。ここはステイン領、王の兵がここに入ることは無いでしょう。すぐにデンゼンが潔白を晴らしてくれます。それまではここで静かに暮らしていれば大丈夫ですよ」
「でも、パパは幽閉されたって」
「それは、きっと形だけです。王家もステイン家を、そう間単に処罰は出来ません。私もあらゆる手段を使うつもりです。カリーは心配しないで」
「……はい」
ジョゼ叔母様はそう言っているが、実際はエーム王子が言ったことが現実になってきている。きっと何もせずに安堵できる状況ではないだろう。
王は、王族は間違いなくステイン家を潰すつもりだ。
それに、ここにカトリーヌを連れて来たのは私じゃない、エリザベートだ。エリザベートはこうなることが全て分かっていて、ここへカトリーヌを連れ出した?
そうでなければ、余りにもタイミングが良すぎる。そして、それ以上にきっと何かを考えていた筈だ。
彼女はいったい何を知っているの?
そして、私が寝ている間に何をしていたの?
深まる謎と、ついて行けていない自分の状況を考えながら私はテーブルの上に置かれた紅茶を一気に飲み干した。
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