No.43 アイアンメーデン


「アイヴァンさん達、今日もいらしてないですわね」


 リリーの取り巻きの一人、アデラが首を傾げながらリリーに言った。


「そうね。でも、アイヴァン達は以前にも勝手に何処かに行っていた事があるから、また何処かで悪さでもして、遊んでいるんでしょ」


「確かにそうですね。以前は相当酷いことして、揉み消すのが大変だったらしいですわよ。まぁ本人達は外出禁止にされたってボヤいていましたけど」


「ふふふふ」


 リリーは上機嫌に笑っていた。あの、憎っくきエリザベートに、一泡吹かせてから、リリーはずっと上機嫌のままだった。


 あのステイン家の三女、エリザベートを痛めつけた時のあの顔、あの高揚感、人生の中で、今までで一番楽しかったとリリーは思っている。

 そして、それを思い出しては次はどんな事をしようかと考えを巡らせては楽しんでいた。

 まだ反抗的な目をしていたあの女を、次こそ泣かせ、懇願させ、跪かせるのはどれだけ楽しい事だろうと思っていた。

 どうせすぐに死刑台に送られるのだ。それまで、いたぶり続けたって問題はない。ステイン家はどうせ終わる。仮にエリザベートを殺した所で問題はない。


 リリーは上機嫌に笑いながら、そう考えていた。



「リリー嬢、私、少々お花をつみに行って参ります」


 ミーシャが言うと、隣にいたアデラも立ち上がった。


「あっ、ミーシャさん。わたくしもご一緒いたします」


「ふふっ。行ってらっしゃい」


 終止ニコやかなリリーに二人は笑顔で応えると、クラスを後にした。


 女性用の手洗いの場で、髪を整えながらミーシャとアデラは、エリザベートについて会話をしながら笑っていた。ステイン家の者が死刑になるのはいつだろうかと話しながらクラスに戻ろうと扉を開ける。


「あら? アイヴァン?」


「いつの間に来たの。どうしたの? その袋」


 アイヴァンだと思って声をかけた二人は、振り返ったその人物を見て顔を顰めた。


 前に立っていたのは、アイヴァンのような姿をしていたエリザベートだった。


「待っていたわ、リリーの取り巻きさん」


 アイヴァンに似た髪のカツラを取りながら、エリザベートは和かに笑う。


「え、エリザベート……」


「ここだと人が来ます。別の場所に移動しましょうか」


「なっ、何であんたの言う場所に行かなきゃならないのよ」


「あらそう。でも、お友達がどうなってもいいの?」


「え?」


 エリザベートは言いながら、手に持っていたズタ袋からクリフの生首を取り出すと、二人によく見えるように前に出した。


「っひ……」


 二人はあまりの衝撃に声も上げられず、数歩後ずさる。


「クリフ君、良い顔しているわよね。私こういう顔の男の子、好きよ。特にこの白目のむき方なんて………ふふふ」


「……………」


「アイヴァン君も今ね、私が捕まえてるのよ? 一緒に仲良く遊んでたんだけど、ちょっと遊び過ぎちゃったみたい。今、アイヴァン君死んじゃいそうなの。あなた達で助けてあげる? どうする?」


 エリザベートはクリフの生首をチラつかせながら袋にしまうと、ナイフを取り出し、隠し持ちながら、二人に低い声で囁いた。


「今ここで叫んだり、助けを呼んだりしてごらんなさい。貴女達をすぐに殺すわ。アイヴァンを助けたければ私に従うのね。ああ、まぁでも、アイヴァンを見殺しにして、仮に私が捕まり学院を出れなくても、どの道あなた達は殺されるわね。ふふっ。まさか、私がクリフをこんな風に出来るなんて思わないでしょう? ちゃんと仲間がいるの。死にたくなければあなた達は私の指示に従うしかない。良いわね」


 アデラとミーシャは寄り添うようにくっつきながら、恐怖のあまり無言でコクコクと頷いた。


「時間がないからすぐに移動しましょうか。三階の右の小さな部屋があるでしょう?」


「………統合準備室」


「そう、そこ。書類がいっぱいある部屋ね。あそこに移動して。先に貴女達が歩きなさい。良いわね。変な動きをしたら直ぐに殺すわ。ステイン家をあまり舐めないことね」


「………はい……」


 二人は小さく返事をすると、指定された三階の部屋に入っていく。


 最後にエリザベートが部屋に入り、扉を閉めた後、そのままコンコンとノックをし合図を出した。

反射的に振り返るアデラとミーシャに向かって、エリザベートは笑う。二人の後ろに、戸棚の扉から出てきたマリアがナイフを持って立っていた。


「右の娘の口を押さえて」


 エリザベートがそう言うと、マリアがすっと、アデラの口を布で押さえ、喉にナイフ近づける。


 ミーシャはその速さに驚きながら、追いつかない現状に足を震わせていた。


「あなたは、今からリリーをここにつれて来て頂戴」


「え……そんな、そんな事出来ないわ。だって彼女は私のいう事なんて聞かないもの」


「あらそう。ならこの娘、殺すわよ? マリア」


 エリザベートがマリアに合図を出すと、マリアはアデラの脇腹を小さなナイフで刺した。


「ゔっぐぅ」


 それを見たミーシャが叫びそうになる瞬間、エリザベートはミーシャの口を塞ぎ、喉元にナイフを当てる。


「静かにね。大丈夫。マリアは優しいから臓器を傷つけないでいてくれているわ。今騒ぐならすぐに殺す」


 コクコクと頷くミーシャの顔は涙目になっていた。エリザベートはゆっくりとミーシャの口に当てていた手を緩める。


「リリーを呼び出す理由には私を使いなさい。私の事で、面白い物が見つかったって言うの。そうね。王子殺しの証拠でも何でもいいわ。そうしたらきっと彼女、飛びついてくるわ。もちろん楽しそうに言うのよ?」


「でも………」


「マリア」


 マリアは頷きながら今度は反対側の脇腹を刺した。


「ぐぁっっ」


「あらあら、可愛そう。あなたのせいで、あの娘の綺麗な体がどんどん傷ついちゃう。助けてあげないの? 裏切り者は、もうお友達に戻れないわよ?」


「お願いっやめて、行くわ。行くからやめて」


「やめて下さいでしょう。あなたは私を誰だと思っているの? 所詮、貴族の端くれの娘の癖に。マリア」


「待っ」


 マリアはアデラの左肩にナイフを突き刺した。


「ゔあ"ぁぁ」


「もっ申し訳ありません。行きます。行って参りますから。もう、これ以上は」


「いい娘ね。アイヴァンとは大違い。ねぇマリア」


「はい、お嬢様」


「さぁ、行きなさい。あなたの帰りをこの傷だらけのお友達が待っているわ」


 マリアが痛みに耐え、俯くアデラの顔を無理矢理ミーシャに向ける。

恐怖と痛みから、ボロボロ涙を零し助けを求めるアデラの瞳とミーシャは目が合った。


 それを見たエリザベートはミーシャに向かって怪しく笑うと耳元でそっと「逃げたら、分かるわね」そう告げた。


「はい………」


 ミーシャは小さく返事をすると、足を震わせながら部屋を後にした。


「さてと、マリア準備を始めましょうか」


「畏まりました」






 ミーシャは重い足取りで教室に戻ると、リリーが不思議そうに小首を傾げる。


「あら、アデラはどうしたの?」


「ちょっと………。それよりもリリー嬢にお見せしたい物があるのですが」


「何かしら?」


「エリザベートのことで偶然、面白い物が見つかったのです。是非リリー嬢にも見て頂きたくて」


「あら、ここには持ってこれないの?」


「はい、王子殺しの証拠になるかもしれないので、来て頂ければ分かります」


「証拠? ふふっ。何それ、楽しそうね。良いわ。すぐ行きましょう」


「いっ、行かれるのですか?」


「あら、どうしたの? 行くわよ。あのエリザベートを死刑台に送れるのよ? 早く行きましょう」


「……はい。こちらです」


 歯切れの悪いミーシャにリリーは少し違和感を感じたものの、それ以上に王子殺しの証拠という言葉に胸が踊っていた。ステイン家をエリザベートを確実に死刑台に送れるかもしれない。何ならそれを使って脅す事も出来る。エリザベートを跪かせ、懇願させる方法を頭の中に巡らせながら、三階へと降り、ミーシャに誘導されるまま、総合準備室への扉を開けて入って行った。


「はぁい、リリー」


 リリーは驚きの余り、思わず自分の口を塞ぐ。


 目の前には何故か男子の制服を着たエリザベート本人が片手を上げひらひらと振っている。

 そしてエリザベートの背後には傷だらけのアデラが首を吊ってぶら下がっていた。


「ぎ………ぐぁっ」


 ミーシャが叫ぶ直前、背後にいたマリアがミーシャの口を塞ぎながら喉を掻っ切って、そのまま捨てるように離した。

 ミーシャはしばらくのたうち回った後、そのまま、すぐに動かなくなった。


「リリーは流石ね。この状況で叫ばない子はなかなかいないのよ? あぁ、でも一応忠告するわね。この後も叫ばないこと。もし、みっともなく叫んだら、すぐにこの娘達みたいになるわよ」


「……………」


 リリーは叫ばなかったのではなく、叫べなかっただけだった。この状況に頭が付いていかず、ただ訳がわからず呆然としながら青ざめていくのを感じていた。エリザベートを追い詰めるつもりでここに来たのに、自分が追い詰められ、エリザベート本人が、今まで見たことのない不気味な笑みを浮かべている。


「リリー、アイヴァン達が心配でしょ。この二人の娘もね、心配してたのよ? でもね、もう心配要らないわ。彼らは私と仲直りしたの。そうそう、クリフ君を今日は連れてきたのよ」


 エリザベートは、ズタ袋からクリフの生首を取り出すと、その首を大事そうに抱えて、頬を優しく撫であげた。


「ね、仲が良いでしょ?」


 リリーの体は自然とガタガタと震え出している。

 今ここで笑う、美しくて、可愛らしく、心底憎らしいエリザベートは、今まで自分が見てきた人間とは全く違う者だとリリーは直感していた。

 頭の中で警戒音が鳴り響き、コレは絶対に関わってはいけないモノだと、一刻も早く逃げろと体が訴え心臓の鼓動が速まっていく。


 リリーは助けを呼ぶ為には叫ぶしかないと、意を決して大きく息を吸った瞬間。


 それを見ていたマリアがつかさず、リリーの鳩尾に拳を入れた。


「ぐふぅっ」


 衝撃で息ができないリリーは膝から崩れ落ち、そのまま、もがくように床を転げ回った。ミーシャの死体にぶつかりながら、真っ白の制服を赤に染め上げていく。


「あらまぁ、リリーったら見っともない。マクニール家の貴族令嬢がこんな姿を晒すなんて、はしたないですよ。ここは学院。あなたにも教育が必要みたいね、リリー。ご存知かしら? 一番早く理解して貰うには、体で覚えて戴くのが一番なんですって、ねぇ? マリア」


 マリアは頷きながら、エリザベートの指示で、苦しむリリーの口に布を詰め込むと、両手両足を締め上げた。

 更にリリーの首が締まらない程度にロープをくくりつけ、そのロープの先を天井の金具に引っ掛けながら、長さを調節し、首を吊るすような形でリリーを強制的に立たせる。


「さぁ、楽しみましょうか、リリー。これからは私達はお互いを理解し合いながら仲良しになりましょう。ね? リリーちゃん。ふふふ」


 エリザベートはリリーに言いながら、すでに亡骸となっているミーシャの首にロープをくくりつけ、アデラと同じように吊るした。


 部屋の中央には、アデラ、リリー、ミーシャの順でちょうど横一列に並んでいる。死体であるアデラとミーシャは宙に浮いているが、リリーだけは、足がついていた。


 それを少し離れた場所から眺めたエリザベートは満足そうに笑い、リリーにゆっくりと近づいていく。


 口を塞がれたリリーから発せられる、くぐもった小さな叫び声は最後まで誰にも届かなかった。

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