No.41 馬車に訪問者


 首を切られた男が、声なく呻き、膝から崩れ落ちそうになると、エリザベートは彼の髪の毛を掴み上げ、男の顔がよく見えるように振り向かせた。


「まだ終わるのは早いわよ。もっと、最後まで素敵な顔を私達に見せて頂戴ね。あぁ、その顔……そうね、無念よね。でも貴方の苦しむ顔はとっても綺麗よ」


「むごい……」


 近くにいた侍女が、口元に手を当て思わず呟いた。

 使用人達は皆、顔面蒼白で呆然とその光景を眺め続けている。ただ、ジリジリと後退りする者はいても、その場から逃げ出す者はいなかった。


 不気味に笑い続けるエリザベートが「さようなら」そう告げると、その男は事切れた。そのまま力なく地面に倒れていった男は、すでにただの骸だ。


 使用人達の恐怖と不安が入り混じる顔を、見渡したエリザベートは、返り血で汚れた手を振り払い、近くにいたマリアから布を受け取りながら笑う。


「あら、そんな顔しなくても、あなた達を殺すつもりはないわ。安心なさい。私がこの男を殺したのは、私に嘘をついたからよ?

 そもそも、この状況下で庭師を続ける事もおかしいとは思うけれど、まぁそれは分からないわよね。庭に命を掛けてる職人だっているかもしれないもの。でもね、私が彼に聞いた、マリーの花は王宮でしか育てていない物なの。一部の人しか知らない希少な花。今、その花の種を調達しに王宮まで行くなんて、自分が密告者ですと報告しているようなものじゃない。

 それに、彼からはマリーの花は勿論、土の匂いどころか手だって綺麗だったわ。まぁそれでも仮に、庭に命をかけているような職人だったとしたなら、体からマリーの香りがするなんて言われれば顔色を変えて否定する筈なのよ。

要するに彼は元々庭師じゃなかったってことになるわね。

 ならば彼に拷問でもかけて、情報を引き出せば良かったのでは。そう考える者もいるでしょうが、こんな浅知恵で潜入して来るような者が重要な情報を持っているとは思えないわ。何だったら、わたし達に掴ませる為の嘘の情報を持っていたかもしれない。

 彼自身が、捨て駒の罠なのだとしたら……その可能性が高いと思えたなら、もう殺すしかないでしょう?

 さて、これで私が彼を殺した事に納得頂けたかしら?」


黙って聞いた執事の一人が少し声を震わせながらエリザベートに言った。


「でっ、では、お嬢様は何故最初の時点で、見ただけで、彼だと分かったのですか? 知っていたのですか?」


「ふふっ。此処に来るまで、あなた達使用人の誰が残ったかなんて知らなかったわ。そうね、でも私はすぐに彼だと分かった。理由は、そう……臭いよ。私には分かるの。私に仇なす者、いいえ。ステインに仇なす者は臭いで分かるのよ。今ここにいる者達からは裏切りの臭いはしていないわ。でも、もしステインを裏切るような行為をしたら直ぐに分かりますからね。その時は覚悟なさい」


 残った使用人達はゴクリと息を飲むようにエリザベートを見つめる。

 一息つくように深呼吸をしたエリザベートはニッコリと彼らに向けて笑いかけた。


「さて、ここから本題です。これから、貴方達には大事な仕事をしてもらいます」


 使用人を選別すように見ていくエリザベートは、すぐに侍女を数人指名した。


「そうね。この中で、あなたとあなた、それとあなたはカリーと私の身の回り事を引き続きお願いするわ。残りの者は全て、デンゼンの書斎にある書類、本など全てをジョゼのいるバストーン邸に運び出して頂戴。勿論、あの膨大な量を一度に運び出すと不審に思われますから、日に何度かに分けて運び出だすように。それと直接ジョゼの別荘に運ぶのは危険ですから、一度それぞれ分散させます。ステイン領土のエキシミール、ヨーワン、トールリにそれぞれ経由し、そこからバストーンへ、ジョゼがいる屋敷へと運び出して頂戴。

それから、この屋敷にある金品は運び出しません。ステインの領土に捨てるほどありますからね、書類、本だけを運び出しなさい」


 エリザベートは厳しい顔をしながら、使用人を見渡し「では、お願いしますね」そう言って馬小屋から出て行こうとした。ふと、足を止めるとマリアの方へと向き直る。


「マリア、この死体は誰かに片付けさせて頂戴。そうね、若い者がいいわ。今後こういう仕事も、またして貰う可能性があるから、慣れてもらわないとね」


「畏まりました」


「せっかく庭に命を掛けたんですから。彼は屋敷の庭に埋めてあげて。ふふ、きっと本望でしょう」


「はい」


「あっそうそう、大事な事をもう一つ」


 エリザベートは思い出したかのように使用人達を見回して言った。


「この危機的状況を脱した暁には、お前達、残った者はステイン家の名の下、それ相応の報酬と保護を約束します。これは王家との戦いです。これに勝つという事は、どういう意味だか分かりますね? しっかり働くように」


 使用人達はエリザベートが立ち去る姿を、深く頭を下げながら見送った。

 

 屋敷に戻り、自室までもう少しの所で、エリザベートは足を止めてマリアを振り返る。自分の足がふらつきそうになるのを必死で堪えていた。

 

「マリア、残念だけど、私の体が限界のようなの。しばらく眠るけど、心配しないで。頼んだ件はよろしくね。それと、同じクラスにいたデジールとアシュトンには当分貴族院に来ないように伝えておきなさい。関わらせると、エリッサが悲しんじゃうから」


「畏まりました」


「頼んだわよ」


 エリザベートはそれだけ言うと、自室へと篭ってしまい、出て来ることはなかった。







 二日後、朝食を持ったマリアがエリザベートの部屋へと入ると、既に目を覚ましていた彼女がベッドの上に座っていた。


「お嬢様、おはようございます」


「おはよう、マリア。書類の方は順調に運び出せているかしら」


「はい。指示通り、目立たないよう、順調に運び出せております」


「そう、時間はあまりないけど、できる限り運んで頂戴」


「畏まりました。それから、アイヴァンを始めとした学院の者達の素性と登下校時の経路が分かりました」


「豚小屋も見つかった?」


「はい、丁度良いと思われる豚小屋を見付けてあります」


「いいわね」


「ですが、針はもう少し時間がかかるようで」


「そう、まぁいいわ。まずはアイヴァンと遊びましょうか。マリア私の道具は……」


 エリザベートは思い出したかのように頭を抱えた。


「あぁ、エリッサに全部、捨てられたんだわ。なんて酷い女。私が生きていたら真っ先に殺してやるのに」


「お嬢様?」


「まぁ無いものを言っても仕方ないわね。いいわ。マリア、ロープとよく切れるナイフを用意して頂戴。あとズタ袋も」


「畏まりました」


 エリザベートは窓を眺めながら目を細めて「明日が楽しみね。どう調理しましょうか」そう呟きながら笑った。






 その日の朝は珍しく霧がかかり視界が悪かった。 ダウエル家の屋敷に馬車が止まると、馬車の中にはギル・パーキン、クリフ・ブレナンが既に同じ馬車に乗っていた。


ダウエルとパーキン、ブレナン家は親戚でもあり、屋敷も近かったことから、アイヴァン、ギル、クリフの三人は一台の馬車で学院まで通っていた。そして、いつも最後に馬車に乗り込むのがアイヴァン・ダウエルだった。


「アイヴァン今日は、随分遅かったじゃないか」


「鼻がまだ痛てぇんだよ。あの女、俺の顔本気で踏みやがって。今度会ったら容赦しねぇ」


「でもアイヴァンもやりすぎじゃないか? あれでも公爵令嬢だぞ」


「あ? 何、お前、ビビってんのかクリフ。あんな女、もう公爵じゃねぇだろ。ステインは二人の王子殺しだからな。重罪人だ。それを王に代わって俺らが成敗してやってるんだ。むしろ褒賞もんだろ。あの高飛車女を俺らに跪かせるなんて、最高に楽しいと思わないか? それにあの美貌、普通、泣かせてみたいと思うだろ。オモチャとしても、かなり楽しめると思うぜ」


「アイヴァン、相変わらず、いい趣味してんな。まぁでも確かに、アレは美人だと思うし、楽しそうだ」


「だろ? 俺、天才。何なら、ステインの屋敷に乗り込むか?」


 三人は楽しそうにケラケラと笑っている。


「バッカ、それはいくらなんでもまずいだろ。面白いけどな」


「それがな、最近ステイン家の使用人達が一斉に出て行ったらしいぞ。使用人にも捨てられたなんて、本当にステインも終わりだろ。あの広い屋敷に今じゃ殆ど人もいない。俺らで忍び込んで、楽しまねぇか? 直接屋敷に行くなら、アイツの姉、王子殺しのカトリーヌもいるだろ? アレも美人だからオモチャにしたら楽しめるぞ。仮に殺しちまっても重罪人だしな、問題ねぇよ」


 クリフとギルは少しだけ考え込むと、二人ともニヤリと笑って頷いた。


「よし、決まりだ。そうだな、忍び込むなら夜がいいだろ。さっそく今夜なんてどうだ?」


「今夜? 随分と急だな」


「俺らと同じような事、考えてる奴がいるかもしれないだろ? やるなら早い方がいい。決まれば行動あるのみだ、クリフ」


「確かに、楽しみは早い方がいいな」


 ーーーーーーーガタン!!


 突然馬車が急に止まり、車体が揺れる。アイヴァンが窓の外を見ると、見慣れた自分の屋敷から、王都ガーデン中央道路に入る所で、ちょうど人通りの少ない道だった。


「おい! 急にどうしたんだ!!」


 馬車の車体をガン!! と蹴り付けながら、アイヴァンが窓越しに御者に向かって怒鳴りつけた。


 御者は困ったような顔で「申し訳ありません。坊ちゃま、それが、女の子が坊ちゃまにお話があるようで、馬車の前に立っているのです」


「女?」


 アイヴァンは首を傾げながら、馬車のドアを開けた。白いもやのかかる霧の中、視界の悪さに眉を潜めて見てみると、そこには真っ白いローブをまとったエリザベートの姿があった。


「アイヴァン君、ねぇ、私をその馬車に乗せてくれない?」


 エリザベートはそう言うと、可愛らしくニッコリと微笑んだ。

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