No.30 王の間にて


 「召喚状! デンゼン・カル・ステイン公爵ならびにカトリーヌ・ライ・ステイン嬢、エリザベート・メイ・ステイン嬢は明日、王の間への召喚を命じる。以上、コルフェ・ジン・クレイン」


 使いの者がそう読み上げると、デンゼンパパとカトリーヌは右手を胸に当てて跪いた。それを横目で見ていた私は、慌てているのがバレないように、真似をして跪く。


 あぁ、終わった。これは完全に私に対してのお怒りの召喚命令だ。

 私、死罪かな? それとも刑罰? 

 私の爵位の剥奪、もしくはステイン家を勘当ぐらいだったら凄くいいな。


 でも、この罪は私だけではなく、ステイン家全員が罰せられちゃうかもしれない。だって呼ばれたのは私だけじゃないから……。


 あぁ、どうしよう、ステイン家の皆んなも何かしらの罰を受けることになったら。


 それだけは何とかしたい。私が勝手にやったことだし。何とか出来たら何とかしたい、そう思うけど。


 はぁ……でも、やっぱりこういう展開になるのか。どうやってもエリザベートはまともな人生を送れないのね。そうだよね。いくら中身が違っても、だって元がサイコキラーなんだし。過去を考えてもエリザベートに幸せな人生なんて訪れないのよ。

 そんなエリザベートに転生しちゃった私に運がなかった。それだけの話だ。希望を持った所で所詮サイコキラー、どんなことをしてもエリザベートの悪癖がついてくる。


 でも………………


 それでも、カトリーヌやデンゼンパパは関係ない。


 いや……デンゼンパパは関係あるのか……?


 だってエリザベートであるサイコキラーを育てたのはデンゼンパパだ。


 うん、多少は責任あるよね? 一応エリザベートは未成年だし。


 デンゼンパパ、ごめんね。一緒に罪を償いましょう。エリザベートの罪を共に……。


 そして何も関係のないカトリーヌだけはこの罪から逃れられるように何とかしましょう。デンゼンパパ。


 私は目を潤ませながら、デンゼンパパを見つめた。どうか私の気持ちが伝わるようにと思いを込めて見つめ続ける。

 デンゼンパパは私の視線に気づくと、首を少し傾けた後、嬉しそうに微笑みながら私にウインクをした。


 そのウインクが少しだけ、頼もしく見え、ちょっとだけカッコいいとか思ったのも束の間。何度も何度も続けてウインクしてくるデンゼンパパは、全く私の気持ちを察してくれてた訳ではなかった。


 いや、もう、しつこいよデンゼンパパ。

 ウインクしすぎて両目瞑ってるし……気持ち悪い。


 すぐにデンゼンパパから視線をそらして天井を見上げる。


 あぁ、神様、どうかお願いします。

 なにとぞ寛大なお裁きを……。


 私はそっと祈りを込めていた。


 王宮の使いの者が役目を終え、応接間から出て行った途端、私はそのまま腰が抜けたように座り込む。


「どうしたのじゃエリッサちゃん?」


「申し訳ありません。私がいけないんです。私が……」


「ん? エリッサちゃんは悪くはないぞ?」


「え?」


「グエン王子のことじゃろ」


「知っていたのですか?」


「わしはエリッサちゃんのダッディーじゃぞ。何でも知っておる。グエン王子がエリッサちゃんの美に狂ってしまったのもな」


「でもグエン王子を……」


「エリッサちゃんは悪くない。悪いのはエリッサちゃんに狂ってしまったグエン王子じゃ、大丈夫。なんとかなるじゃろう。王子を殺したわけじゃないのじゃ。もし殺していたら大変なことになっとったかもしれぬが殺しとらんのじゃ。エリッサちゃんは本当に優しい天使ちゃんじゃな」


 あれ?


 おかしいな……とんちんかんなマリアと同じような事言っている?

 何だろう、最後の言葉で不安が倍増した気がするのは何故か。


「パパ、私は良いんです。罰があっても仕方ありません。でも、カトリーヌお姉様には、罪はないのです。罰せられてしまう事の無いようにお願いしたいのです。今回の件についてお姉様は全く関係がありません。お姉様だけでも、何とか」


「エリッサちゃん……」


「エリッサ……」


 私の言葉にデンゼンパパは酷く感動しているように目を潤ませていたのに対し、庇っている相手、姉のカトリーヌは何故か私に対して不気味そうな顔をしていた。


 ……………あれ?


 ちょっと何で、その反応? カトリーヌと私、和解していたよね? 最近麗しい姉妹だったと思うんだけど。


 私は思わず疑問を口に出していた。


「あの、お姉様? 私、何か変なこと言いました?」


「ええ、エリッサ、やっぱり貴女おかしいわ。変わったと言っていた割に殿下を酷く傷めつけておきながら、私を庇うなんて。何だか行動がチグハグで不気味すぎるわ……」


「……そうですか」


 傷心の姉に本気で不気味がられました。

 まぁそれも仕方がないっちゃ仕方ない。私も私自身が不気味だと思うのだから。


 それがエリザベートなのだから……でも、それでも私やっぱり変わりたいと思っている。


 エリザベート……としてではなく。

 私として、形だけのエリザベートでもなく。

 まさみ……いいえ、エリッサとして生きていきたい。


 うーむ………生きれるかな?



 とりあえず、どうか死罪だけは免れますように。




 翌日などすぐに来た。朝からバタバタと騒がしく侍女が動きまわる。皆で正装に着替えて準備をした。緊張しながら馬車に揺られ、あっという間に王宮へと着き、案内されるまま王の間へ入ると、そこには既にコルフェ王が壇上の王座に座っていた。

 その姿は絵本で見たことがある王様そのものだった。食事会の時とは全く違い、キラキラ輝く王冠、赤いマント、白い品のあるステッキ。そこに座っているのは紛れもなくエスターダ国の国王だった。


 デンゼンパパは慣れたように王座の前に立つと、ゆっくりと跪き王の手に額を寄せる。その後、カトリーヌも同じように跪き王の手に口付けをした。次は私の番だ。


 この現状に私は現実味を失っていた。見よう見まねで王座の前に立ち、跪いた。王が私の前に手を出し、私はちらりと王を見ると。手の甲に軽く口付けをする。


 ん? もしかして王様に目線を向けるのは無礼だったかな? なんか睨まれたような気がするけれど……?


 まぁでも王様に睨まれるのも当然か。だってグエン王子を痛めつけたし、いっぱい蹴っちゃったんだし、王族としての面子を潰したことになる訳だし。


 私はすっと立ち上がり、すぐにカトリーヌの隣に戻った。


「して、デンゼン公。健やかであったか?」


 王が口を開く。


「はい、これも陛下あっての繁栄でございます」


「そうか、ならばよい。ではさっそくだが、本題に入ろう」


 き、きた。


 ついに、私の審判の時だ。


 私は目を瞑り、緊張感に耐えられずその場で跪いてしまった。


「ん? どうした? エリザベート嬢」


「……お、お続けください。何なりと……」


 覚悟は出来ています。


「そうか、では……」


 コルフェ王が少し間をおいた後ゆっくりと言った。


「カミールが亡くなって、日が浅いのだが、周りの堅物共がうるさくてな、本日来てもらったのは、盟約の件なのだが。カミール亡き後、カトリーヌ嬢の婚約を今の第一王子のグエンと結び、盟約を果たしたいと思っておる。デンゼン公。お主の意見を聞こうと思ってな」


 あれ……?


 私の事じゃない……?


 頭を下げたデンゼンパパはそのまま「王に従いまする」そう言った。


「そうか、ならば本日をもって第一王子グエンとカトリーヌ嬢を婚約とする」


 コルフェ王は少し苦笑いをすると続けて言った。


「すまぬな。本来ならグエンの奴もここに来るはずではあったのだが、なにやら喧嘩をしたとか言って、今は療養中でな」


「ほう……グエン殿下が喧嘩とは、また随分と久しぶりですな。しかし、療養中とは珍しい。喧嘩のお相手は?」


「それがなぁ、私にも他の奴にも言わぬのだ。気になって医師に問うたのだが、何も言わぬ。グエンが口止めしておるのかも知れぬが、まぁそれにしても不思議な話だ。私はな、あのグエンをとっちめた男が誰なのか凄く気になっているのだ」



 ーーーーハイ。それ私です。

 私がグエンをボコボコにしました。


「ほぅ。それは確かに気になりますな。あのグエン殿下が……それは、わしも是非会ってみたい」


 デンゼンパパは知っているくせに……。


 私を横目で見ながらニヤつかないでよ。いたたまれません。


「そうであろう? デンゼン公。武芸で負けたことがなかった、あのグエンがボロボロになって帰ってきた。私はな、あの鼻の高かったグエンを叩きのめした奴を将軍にでも推挙してやりたいと思っておる。なかなか気概のある奴だと思うのだ。面白いと思わんか?」


「わはははは、それは面白いですなぁ、あはははは!!」


 デンゼンパパは堪えきれないとばかりに、お腹を抱え笑い始めた。


「ほぅ、デンゼン公がそこまで面白がるとは珍しい。よし! 決めたぞ。私はそやつを必ず見つけだし、絶対に将軍に推挙させる」


「がははははははは」



 私は一人青ざめていた。

 将軍……? いや、無理、絶対にバレたくない……。


「コホン………」


 私は咳払いをした後、「お父様、陛下の御前です」と小声で言った。


「あははははは、ああ、そうであった。失礼いたしました。陛下。久々に大笑いをしてしまいました。お許しください」


 デンゼンパパはそう言いつつも、まだクックックと笑っている。


 パパ……本当に、もう少し私をごまかす気ないの? バレる。バレちゃうから!!


 コルフェ王も笑うと「いやいや、デンゼン公がそう笑ってくれるなら私も断然やる気がでたぞ」そう言って長い白髭を満足気に撫でた。


「良ければ、コルフェ王。私もその人探し手伝わせてくれませんかな。はっはっは」


 ちょっ、ちょっと手伝ってどうすのパパ!!? もういい加減その話は止めてよ。


「はっはっは、それは名案だ。では今後デンゼン公と私で新たな将軍探しの競争といこうか」


「はははは、それは良い。わしも負けませぬぞ。わはははは」


 いやいやいや!!


 その勝負ドローでお願いします。



 横を見るとカトリーヌもクスクスと堪えきれないように笑っていた。


 もう、家族そろって、私の危機を笑わないでよ!! このままバレたら私将軍になっちゃうのよ!?


 来た時とは違った意味でのドキドキ感と焦燥感を味わいながら、私は王の間で一人だけ頭を抱えてしまっていた。

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