No.29 アシュトン日記 其の一 上
僕の名前はアシュトン・マイラー14歳。
父が医者をやっている影響で、僕は子供の頃から父と同じ医者を目指している。医者を目指しているんだと父に話したら、どうせ学ぶなら貴族院に入れと言われた。
入学試験はなかなか難しいものだったけれど、合格することが出来た。後で知った事だけどコネでも試験の合格は出来るらしい。ただ、本当に本気で学びたいたいのであれば、このくらいの試験は出来て当然だと思う。
学院での勉強は、流石に貴族院ともあって施設も含めて一流だった。内容も専門的なものが増え、やりがいがあると僕は思っている。
まぁ、ただ授業内容にムラがあるのが気になる所だ。
学院内では定期的に試験は行われていたが、貴族の奴らの試験は無かった。ここは貴族院だ。貴族の為の学校。だから貴族の奴らが学ぶ場所として在ればそれでいいのだろう。試験が免除なのは当然っちゃ当然なのかも知れない。
ただ、貴族の奴らが皆、授業についてこれているのか僕はずっと疑問に思っていた。
まぁそれも案の定、貴族の心得などの社交的なものの授業以外、奴らは授業についていっていないようだった。基礎学もまともに学んでいなければ分かるわけもないだろうけど。
本当に、高い学費を払っていったい何しに学院にきているんだ。
そしてそれはコネで来ている奴も同じだった。まるで学んでいない。学ぶ気さえない。ただ貴族の奴らに媚を売っているだけだ。貴族の奴らにいい顔して覚えてもらい、気に入られれば将来出世するから、それが一番の目的なんだろう。貴族院とは、なんとあさましい所だ。
教師も同じだ。
単純な授業もあれば、高度な授業もある。ムラがあるのは教師によって貴族の奴らに対しての対応が違うからだ。全く貴族院とは国の最高学府であるはずなのに、こんな体たらくで本当に良いのだろうか?
クラスの奴らもふざけた奴らばかりだ。特に僕のクラスの貴族の奴らはここに遊びにでも来ているかのようだった。
アイヴァン・ダウエルは特にそうだ。従兄弟のクリフ・ブレナンと親戚のギル・パーキンとつるんで、いつも、ろくでもない事ばっかりしている。
先日は教師のミーナ・デンキンの教材を窓から投げて遊んでいた。やられているミーナ先生は教師のクセに、それを笑いながら無かったことにしている。
ここはガキの遊び場所じゃないんだ。純粋に勉学を学ぶための所なのに、なんで奴らみたいなガキが偉そうに居るんだよ。貴族なんだから、ガキのような振る舞いはするな。国の恥だ。
アイヴァンの奴らは貴族でも低い身分の貴族で、そのせいで荒れているとも聞いたが、そんな事、僕には関係ない。いや、学院にも全く関係がない。荒れようが、やさぐれようがそんな事はどうでも良い。関係ないんだ。
だから、そういうことは家でやってくれ。本当にうざいんだよ。
そう、いつも思っていた。
でも、結局一番最悪なのは僕だ。僕は所詮平民で、こういうバカに一言も何も言えないという、この現実と事実だ。全ては身分で物事が決まってしまう。
そして、そんな考えに囚われている間に、このクラスで最悪の展開が起こった。
リリー・マクニールとかいう貴族がデジール・ミーレイという平民の娘に嫉妬してちょっかいを掛け始めたのだ。
なんて低俗なことだろう。リリーの取り巻きのミーシャ・カスバーとアデラ・ブリームもデジールにちょっかいを掛け、それが陰湿な嫌がらせへと発展していっていた。
嫌がらせは広まり、アイヴァンのバカどもが悪ふざけとばかりにリリーの嫌がらせに便乗して、デジールに攻撃し始めた。女の子に対して、蹴りや髪を引っ張って引きずったり平気でするのだ。見ているこっちまで嫌な気分になる。
アイヴァンたちの暴力をニタニタと笑って見ているリリーの奴らも気持ちが悪い。本当にこのクラスは腐っている。
これで最高学府だなんてこの国は大丈夫なのか?いや、きっと腐ってきているのだ。コイツら貴族がこの国の中枢に位置していく次世代だなんて終わっているようなものだ。
事態はみるみるうちに深刻化し始めた。リリーがデジールの制服をナイフで引き裂き、その後、そのナイフで胸を刺したのだ。
僕は呆然とその光景を見ていた。目の前で起きていることが信じられなかった。学院で流血沙汰だなんて。
デジールは蹲っていた。でも僕は動けなかった。いや、動かなかった。医者になりたいと思っている僕が動かなかったんだ。
教師のミーナもその深刻さにあまり気づいていないように見えた。
デジールは自力で医務室へ向った。本来なら誰か付き添ってあげなくてはいけないのに、僕が行けばよかったのに。
僕は動かなかった。
あんなに貴族を馬鹿にし、蔑んでいる僕がいざ、こういう状況では貴族達が怖くて、まったく動かないなんて、情けない。僕は最低の人間だ。
その出来事があってから、僕はその光景が頭にへばり付いて離れず、そのことばかり考えてしまっていた。自分の保身の為に傷ついた人を見捨てるのか、と…………。
医者になろうとしている僕は本当にその資格があるのか、父さんだったら、彼女を助けていたのだろうか…………。
僕は自分が分からなくなってしまった。本当に医者になりたいのか? 本当に人を助ける仕事をしたいのか? そして、それが出来るのか? 現に僕はデジールという少女を見捨ててしまった。きっと、この嫌がらせは彼女が貴族院にいる限り続く、僕は今まで通り、保身の為に見ないふりをするだろう。
でも、じゃぁ次は?
デジールへの攻撃はだんだんエスカレートしていっている。堪えるデジールを見て、まだ大丈夫だと思っているバカ共は勘違いして加減など、どんどん無くなっているのは目に見えて分かっているのに。止める奴は誰一人いない。
クラスの空気が、感覚が、現状の非情さを麻痺させている。彼女の次はいったいいつまで続くのか、それを分かっているのに………。
僕は解っているのに。
貴族の肩書を持つバカな奴らを止めることが出来ない。止められる力がないのだ。貴族院の教師ですら止められない。彼らは暴走し続けるバカの塊だ。周囲を巻き込み、威力を増していくゴミ屑の塊だ。
でも僕は、それ以下だ。
貴族の彼らにとって僕らはそれ以下なんだ。
僕はいったい何の為にここにいる?
何の為に貴族院に入った?
何の為に………。
デジールが学院を休み、数日が経った頃、クラスに転入生が入ってきた。
エリザベート・メイ・ステイン。彼女が入ってきた。絶望していた僕の目の前を通り過ぎる彼女はとても美しく、その姿はまるで物語に出てくる美姫かのようだった。彼女は見た目だけ美しいだけでなく、お淑やかで、その纏う空気すら、他の貴族とは違っていた。馬鹿笑いもしなければ他人を見下すような素振りもない。
僕の理想とする貴族そのものだった。
そして驚いた事に、彼女が入った事で他の貴族のバカ共が、暴れなくなったことだ。
確かにステイン家だ。何かヘマでもやらかして、睨まれたら、そりゃ怖いだろう。このクラスでエーム王子の次に彼女は権力を持っているんだ。
もう一つ驚いたことは、そんな権力者の彼女に、近づこうとする奴が誰一人として、いないという事だ。確かに美しさと繊細さを兼ね備えた彼女を見ていると、近寄りがたいという気持ちも分かる。
彼女のオーラが軽々しく近寄れないと思わせてくる。それは僕にとって目に見えない圧力に感じた。
彼女が見えない圧力でこのクラスを制しているのであれば、多分それこそが本当の本来の貴族の姿なのではないかと僕は思った。
エリザベート嬢が学院に来るようになって数日、ついに休んでいたデジールが学院に通うようになった。ナイフで切られた制服を新調して来たようだ。きっとナイフで刺された傷も少しは癒えたのだろう。僕は彼女の姿を見てほっとしていた。
そしてデジールが学院に通い始めても、嫌がらせなどが始まる事はなかった。エリザベート嬢のおかげなんだろう。このクラスは随分とまともになったように思う。
デジールも最初は怯えた表情をしていたけど、その表情も日に日に変わっていった。嫌がらせを受ける前、いや、それ以上に生き生きとした目をするようになっていた。
彼女に何かあったのか、不思議に思っている時、僕は見てしまったのだ。
エリザベート嬢がデジールの側を通り過ぎる時に、小さな紙を机の上に落とすようにして渡していたのを。多分あれは手紙なのだろう。
その後その紙をそっと開いたデジールは穏やかな笑みをひっそりと浮かべていたのだから。
でも何故、あのステイン家の公爵令嬢であるエリザベート嬢と平民であるデジールが? あのデジールの雰囲気からして、従わされている様子はない。散々痛い思いをしてきたデジールにとって、恐怖の対象でしかないような貴族に心を開いている?
そんなまさか………いや、でもエリザベート嬢であれば。
本当に不思議だ。
その手紙の光景を見てからというもの、僕にとってエリザベート嬢は、本当に気になる存在になっていた。
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