No.25 葬儀
カミール王子が亡くなって、もう4日がたった。彼の葬儀は神殿で行われていた。
大勢の貴族が神殿を囲うように集まり、カミール王子の死を悼んだ。
神殿は古くからある建物のように見え、所々レンガのような石が割れたり、ヒビが入っていたりしていた。何度も修復が重ねられているのが分かり、それがとても歴史を感じさせられる。人々に大切にされてきた建物だと見ているだけで分かった。
神殿の中に入ると、薄暗い建物の中には沢山のロウソクと共に祭壇が設けられ、そこにカミール王子がそっと寝かされていた。
王のコルフェ、王妃イデア、第二王子グエン、第四王子ケインがカミール王子の遺体を囲うように立ち、そのまま葬儀が粛々と執り行われていく。
祭壇から少し離れた場所に、公爵家であるステイン家の私達、それに続くように他の貴族達が順に並んでいる。私の立っている場所からはカミール王子の顔がよく見える位置だった。
私はただ不思議な気持ちで、カミール王子の遺体をじっと見続けていた。亡くなったと聞いてから、初めて彼の遺体を目にしているのに、カミール王子は今にも起き出しそうなくらい、安らかな顔をしている。
本当に寝てるみたい。
でも……あれは、なんだろう………?
カミール王子のおでこの辺りに赤い発疹のような物が見えた。傷なのか、なんなのかよく分からない。
ただ、本当に眠っているように見える顔のカミール王子のおでこに、ポツリとある赤色が異様に見えて、それがどうしても印象に残り、私の心に深く刺さっていた。
何故か胸騒ぎのようなものを感じて落ち着かない。
葬儀が進むにつれ、隣にいたカトリーヌが耐え切れない様子で、小さくすすり泣く声が響く。私は無意識のうちに彼女の背中をゆっくりさすっていた。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「………うん…」
大丈夫な訳ない。それは分かっていた。カトリーヌは貴族にふさわしい態度でいようと必死で堪えて、ここまで気丈に振る舞っている。でも、それがもう限界に来ている事も私には分かっていた。
「もう少し、もう少しです。お姉様」
「……ええ」
カトリーヌは肩を震わせながら、それでも一生懸命背筋を伸ばし、凛々しくあろうと感情を抑えている。
まだ17歳の少女なのに……。
彼女は最愛の人を目の前で失った。でも、その悲しみの中でも気丈に振る舞おうとしている。その姿が儚くて、美しくて、それこそ私には立派な公爵令嬢に映って見えた。
仮に私が同じ状況に立った時、カトリーヌのように、こんな風に出来るだろうか……そう思った時、何故かカトリーヌが姉であることを素直に尊敬出来た。
カトリーヌの隣にいるデンゼンパパは鬼のような形相でカミール王子の棺を睨んでいる。死者を悲しむというよりその顔は怒っているようだった。カトリーヌを泣かせたカミール王子にやり切れない思いがあるのだろう。
葬儀は半日かけて行われ、棺は低星日(ていせいび)の四日後に王族が入る墓地に入れるという習わしらしい。
葬儀が終わると、最初に王族が神殿を後にし、その後、ステイン家である私達が神殿を出て行く。門の横に止まっている馬車までゆっくり歩くと、何故かグエン王子が馬車の前で立っていた。
「エリザベート嬢、ちょっといいか?」
グエン王子はデンゼンパパに対して目を合わせることなく、私だけに話しかけてきた。あまりにも突然のことに少し驚き、そのまま伺うようにデンゼンパパの顔を見る。
デンゼンパパはかなり険しい顔をしていたが、渋々と言うように私にゆっくり頷いた。
カミール王子が亡くなった事によって、グエン王子が王位継承者第一位になった。それを分かっているデンゼンパパも彼を無下には扱えないのだろう。
「はい、少しなら……」
「そうか、なら向こうで話すぞ」
グエン王子が歩き出し、その後をついて行く。馬車が並ぶ通りから少し離れた場所にたどり着くと「ここなら、あまり人がいないな」そう言って、グエン王子は自身の首に巻かれた黒いスカーフを鬱陶しそうに、しゅるりと外した。
「カミールが死んだ。貴女にもその意味が分かるだろ? 次の王は俺になった。喜べ、エリザベート嬢、お前を王妃にしてやる。婚約するぞ」
え………?
ちょっ、ちょっと待ってよ、腹違いとはいえ実の兄が死んだのよ? なんで兄の葬儀にそんなこと言うの?
「なんで……そんな話をされても……」
「何で? そんなの決まってるだろ。ずっと邪魔だった兄が死んだんだ。こんなチャンス逃がす訳ないだろ。このままいけば、父とデンゼンの盟約によって俺はカトリーヌ嬢と結婚する事になっちまう。俺はな、兄貴のお下がりなんていらねぇんだよ。どうせ、第一王子だろうが、三女だろうが、クレインとステインの人間が結婚することには変わりはない。ならエリザベート、俺はお前がいい。
だから、ここで誓ってくれ。俺と婚約すると」
ちょっ……ちょっと待って。
今………?
今それを言うの?
信じられない。兄であるカミール王子が亡くなった事をチャンスだと言い、私の姉であるカトリーヌをお下がりだと侮辱した。
なんて酷い……。
「そんなことは誓えません。私はステイン家の三女です。父にはステイン家を継ぐように言われました。私が王家に入ることは出来ません」
私の言葉に、信じられないものでも見るかのように驚いた表情のグエン王子は、私の肩を思いっきり掴んだ。
ーーーーーーっ!?
「王妃だぞ? この国で俺の次に偉くなれるんだぞ!? 何が嫌なんだ!? この俺がお前を幸せにしてやると言っているんだ。この国の王は俺だ。従え、エリザベート」
「………従えません」
私が首を振り、静かに告げると、苦々しい顔をしたグエン王子が、大きく舌打ちをした。
「あまり舐めたこと言っているとデンゼンを殺すぞ」
私は耳を疑うような、そのグエン王子の言葉に驚き、目を見開いた。
「それは、どういう意味ですか?」
「言葉どおりだ。カミールが居なくなった今、俺を阻む者はもういない。デンゼンが俺を阻むというのなら死んでもらうまでだ。それが嫌なら俺のものになれ。いいな」
グエン王子はそれだけ言うと去って行った。
呆然としていた私は、ただグエン王子の遠ざかって行く背中を見ていた。ふと風に乗って何処からかカミール王子と似たような香りがしたような気がして、思わず唇を噛み締めた。
なんで……何で、こんなことに?
私はショックのあまり、暫くその場を動くことが出来なかった。
グエン王子の性格が、少々強引な事は分かっていたつもりだった。でもまさか、あんなに私利私欲にまみれた人間だとは思わなかった。
心無い人だ。それが悲しかった。
カミール王子が死んだことによって、何かの歯車が大きくズレていくような、漠然とだけれど、そんな気がして不安が募っていく。
「お待たせ致しました」
私が戻ると、デンゼンパパとカトリーヌは馬車の中で静かに待っていた。馬車のドアが閉まり、合図と共にゆっくりと動き出す。
「何の話をしたのじゃ」
デンゼンパパが低い声で問いかけてくる。
「いえ、特には……」
言えない。グエン王子が私に婚約を迫ったことも、そして断ればデンゼンパパを殺すと脅されたことも、カミール王子の葬儀の日に二人にこんな事は言いたくない。
「そうか、まぁグエンなど気にせずとも良い」
「え………?」
まさか、さっきの事知ってるの?
私の疑問に答えるかのように、デンゼンパパはニッコリと笑う。
「大丈夫じゃ、わしが何とかしてやる」
さすがステイン家の当主と言うべきか。その観察眼は大したものだと尊敬する。
まぁでも、多分私よりグエン王子の事を知っているデンゼンパパはグエン王子の言いそうなことなど初めから分かっているのかもしれない。
私は無言のまま小さく頷き、隣で俯くカトリーヌの手を握った。
でも、これで私がグエン王子と婚約しなかったら………。
グエン王子の言っていた通り、王とデンゼンパパの盟約によってカトリーヌがグエン王子と婚約する事になる。
結局、私かカトリーヌかどちらかがグエン王子と結婚しなければならない。
あんな最悪な男と……。
貴族は自分で結婚相手を選べない。それは分かっていたつもりだ。ある程度の覚悟はしていた。
でも、それでも……。
私利私欲にまみれ、人を思い通りにさせる為に命で脅すような男と結婚なんてしたくないし、あんな男にカトリーヌを渡したくなどない。
そんなの絶対に嫌だ。
私の常識なんて、この世界で通用しない事など分かっている。でも、それでも、抗いたいと思った。
抗いたい。
抗いたいよ………。
私は波立っていく心を必死で押さえ、馬車の窓に映る景色を眺めていた。
外の景色は神殿に入れない民たちが集まっている。ある者は叫び、ある者は泣いていた。カミール王子がエスターダの民に慕われていたことが、よく分かる光景だった。
この国にとって、とても大切な人を失った。きっとそれは間違いないのだろう。
そしてカミール王子の死によってカトリーヌだけでなく、私の未来の行く末も暗雲立ち込め始めている。
私がエリザベートになってから、少しずつ上手く行き始めていた環境も、何故かガラガラと音を立てて崩れ始めているような、そんな気がしてならなかった。
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