No.23 初めての王宮


 王宮の正門に着き、馬車を降りると、目の前にはとても大きな階段があった。

 正門をくぐり、階段までの道のりは、軍服を着ている人や凛々しい兵士らしき人達が次々に頭を下げていき、まるで自分は偉い人なのだと錯覚しそうになる。

 私もマリアも、もちろんデジールも王宮の事など全く分からない。今は先頭を堂々と歩くカトリーヌについて歩くだけだ。派手なドレスに身を包んでいるカトリーヌは、例えこの場ではぐれたとしても、私達がカトリーヌを見失う事はないだろう。その点は安心だった。


「あなた達、王宮のことで分からない事があれば全て私に聞くといいわ。この可憐な美の女神、カトリーヌ様にね」


 ドレスをなびかせながら振り向きざまにドヤ顔のカトリーヌ。大きなお城をバックに見るカトリーヌはある意味本当に迫力があった。


 色んな意味で……。


 でも、まぁ確かに今頼れるのはカトリーヌだけだ。


「ええ、頼りにしています、お姉様」


 そうニッコリと微笑みながら言えば、カトリーヌは鼻を膨らませながら満足そうに笑っていた。嬉しそうに見えるのは勘違いではないだろう。最近の私はそんなカトリーヌを見るのが少し楽しく思えていた。


 まさかカミール王子も……いやいや、そんな事はないだろう。たぶん……。


 大きな扉の前まで来ると、左右の前には花壇があり、白くて可愛らしい花が咲いていた。


「可愛い花ね。マリーゴールドかしら?」


「あら、エリッサ、マリーの花を知っていたの?」


 カトリーヌが意外そうな顔で私を見つめる。


「このお花はマリーという花なのですか?」


「何、適当に言ったの? 全く、しょうがないわね。その花はね。王宮にしかないマリーという希少な花なのよ。私みたいに、清楚で可憐よね。でも可愛いからって間違っても摘んではダメよ? とっても希少なの」


 ん?


「お姉様、まさか摘んだことが……」


「ばっ、馬鹿ね。あるわけ無いじゃない。あ、あれは違うわよ。プレゼントだもの」


 なるほど……摘んだのか…………。


 大きな扉が開かれると、中にいた案内人が出迎えてくれた。レンガ造りのゴツゴツとした壁が一面に広がり、装飾品は大きく、天井もとにかく高かった。


 中は少し迷路のようになっていて、分岐する通路や階段をいくつか通り過ぎると、また大きな階段があった。カトリーヌは迷うことなくその階段を通り過ぎて奥の右扉をくぐる。

 部屋へ入ると、中には大きな長テーブルがあり、真っ白なテーブルクロスがかけられていた。テーブルの上には綺麗な花が飾られている。


 私達はあらかじめ決められた席に座り、王族が来るのを待った。

 オレンジのロウソクの光が反射石によって虹色のような光を生み出している。それが部屋全体の空間をキラキラと輝かせていて、とても幻想的に見えた。


「ようこそ我がクレイン家へ。クレインの長男として歓迎致します」


 部屋に入ってきたカミール王子が微笑む。視線はすぐにカトリーヌへと向けられ、嬉しそうに笑いながら近づくと跪いてカトリーヌの手にそっと口付けた。


「カトリーヌ、今日は一段と輝いていますね。貴女の美しい姿をこうして拝見できるのは私にとって何よりの幸せです」


「ありがとうございます。カミール殿下」


 カミール王子がいればカトリーヌがどんなけ派手なドレスを着ようともお淑やかに見えるのが不思議だ。


 爽やかさで派手さは相殺されるの?

 いや、そんなまさか……。


 私がそんな二人の姿を見つめているとカミール王子は、私の視線に気付いて立ち上がった。紳士らしい礼をすると爽やかな笑みを私に向ける。


「ようこそ、エリザベート嬢、本日は父の我がままにお付き合い頂きありがとうございます」


「いいえ、こちらこそお招き頂きありがとうございます。貴重な経験に感謝しております」


「そう言ってもらえると、ほっとします。本日はゆっくりとお楽しみ下さい」


 すれ違いざまにフワリと香ったカミール王子の匂いが、前より濃い気がする。思わずまた吸い寄せられそうになる自分を何とか制した。


 いやいや、クンクンしちゃダメだから。絶対ダメ。っていうか、ここまで匂いに惹きつけられるって、私そんな匂いフェチだったっけ?


 カミール王子が席に座ると、続けてグエン王子、エーム王子が入って来た。二人は私達に軽い会釈だけするとすぐに席に座る。


 エーム王子の姿を見た私は内心とんでもなく焦ってた。あまりにもエーム王子が学院に来ていないのですっかり忘れていたけれど、そういえば同じクラスだったのだ。しかも確かデジールとは話したことあるのよね……。


 思わず見てしまっていたエーム王子はグエン王子と会話をしていて、全くこちらを見る気配はない。

 デジールの方も、なんて言うか、うん。心此処に有らずな様子で、何処か遠くを見ていた。


 とりあえず今のところお互いに気付く様子はなさそうだ。


 しかし完全に盲点だった。何でこんな肝心なことに気付かなかったのだろう。

 とにかくこのまま気づかずにいてくれれば問題はないけれど。何とか誤魔化す方法とか考えておいた方が良いかな……。


 私が脳内であたふた考えている間に、一際体の大きな男性と、それとは真逆に線の細い女性が入って来た。すると、座っていた皆んなが一斉に立ち上がる。それを見て私も慌てて立ち上がった。


「今日はステイン家のお嬢さんとその友人が来てくれた。皆で他愛のない話しでもして、ひと時を楽むがよい」


 そう言って一番大きな椅子に腰掛けた男性は王様なのだろう。そうなると、隣にいる細い女性はお妃様だろうか。二人がゆっくりと腰掛ける。


「さて、エリザベート嬢はどれだ?」


「父上、カトリーヌ嬢の隣にいらっしゃるのがエリザベート嬢です」


「ほぅ、やはりそうか。まずはカトリーヌ、よく来た。また美しくなったのではないか? カミールとの婚儀の報告を楽しみにしているぞ」


「ありがとうございます。陛下」


 カトリーヌはそう言いながらスカートを持ち上げて頭を少し下げた。


「カトリーヌの隣にいるのがエリザベートだな。その方に会うのは初めてだが、はっはっはっは流石ステイン家とも言える。話に聞くよりも美しいな。ああ、失礼、私はこのエスターダ国を収める国王、コルフェ・ジン・クレイン。隣におるのが私の妃のイデアだ。今日はゆるりとしていくがよい」


 王がそう言うと、隣にいたお妃様が優しく微笑む。


「イデアです。本日はよく来てくれましたね、エリザベート。カミールとカトリーヌの婚儀が結ばれれば貴女とも親族になります。仲良くしていきましょう」


「ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。陛下、妃殿下」


 私はバランスを崩したりしない様に気をつけながらカトリーヌと同じようにスカートを持ち上げてカーテシーを行う。練習しているとはいえなかなか慣れないのがカーテシー。


 一通り挨拶を済ませてから着席すると次々と料理がテーブルの上に並べられていった。


 王様はやっぱり王様って雰囲気がそのまんまだ。

 恰幅もがたいも良くて、長い白髭も立派で、赤と白の服を着せたらサンタクロースにでもなれそうだ。目付きだけは鋭いけど……。


 お妃様は落ち着いた方に見える。細すぎて少しガリガリにも見えるけど、それでも凄く美しさが滲み出てて、大人の女性として羨ましい良い年のとり方だなと思った。


 食事が並べられ、王による乾杯がされた後、なごやかな時間がゆっくりと流れた。暫くして、コルフェ王が私を見ながら笑う。


「さて、せっかく来てくれたエリザベートの為にも我がクレイン家の者を改めて紹介をしよう。私と妃はさっき紹介したな。第一王子のカミールは其方の姉のカトリーヌと婚約中だが、カミールは私の前妃の子供でイデアとは血は繋がっておらん。カミールにとっては母の事で色々と辛い思いをさせたが今では誰よりも私の期待に応えられる王子だ。いずれ義兄となって其方の支えにもなろう。

そして、カミールの隣が第二王子のグエンだ。グエンは私とイデアの子だ。このグエンは若さ故もあろうが少々血の気が多くてな。まぁ私の若い頃にそっくりと言えばそっくりだが、もう少し礼儀と学を身につけねばならん。だが、勇敢さは誰にも負けぬ。いずれ大将になれる技量を持つ男だ。私は期待しておるよ」


「父上、俺はこびるのが嫌いなだけだ。クレイン家の威厳を守る為にも態度を改める気はない」


「はっはっはっ、言っておる側でこれか。まぁこういう奴だ。良い良い。兄カミールの助けになれば何でも構わん。次は第三王子の……」


「陛下、第三王子、ルイの話は……あの子は幼少期からここにはおりません。それに、クレインの威信に関わります」


 お妃のイデアが曇った顔でそう言うと、コルフェ王は少しだけ困ったような顔をしながら笑った。


「そうか。そうだな。第三王子は今は隣国のデール国におる。いつかエリザベートにも紹介出来る日が来よう。

グエンの隣りは第四王子のエーム。エームは末の子ともあって、イデアのお気に入りでな。私もイデアにつられてエームには甘いようになってしまった。気を付けねばならぬとは分かっておるのだが、どうにもな」


 苦笑するコルフェ王のその瞳は少しデンゼンパパを思わせた。


「父上、僕とエリザベート嬢は貴族院でクラスメイトなんですよ」


「ほぅ、そうだったか。ではエリザベートよ。エームと仲良くしておくれ。なんなら婚約してくれてもかまわんぞ。はっはっは」


「まぁ、それはいいですね。どうです? エリザベート、エームはとても良い子よ。良い伴侶となります」


「おいおい、父上も母上も、何でエームを進めるんだ? エリザベート嬢とは俺が婚約するんだ。あと少しで落とせそうなんだから邪魔するなよ」


「"落とす" だなんて、はしたない。グエン。エリザベートに失礼だわ」


「ふん、本当の事を言っているだけだ。おい、エーム、お前は弟なんだから弁えろよ。エリザベート嬢には手をだすな」


「兄上、僕はただのクラスメイトだよ。クラスメイトとして仲良くしてもらっているだけです。ね? エリザベート嬢」


 私は顔面を笑顔で固めて笑っている事しか出来ない。


 何なんだ、いったいこの会話は……。


 まさか、ここにきて婚約の話で盛り上がるとは思っていなかった。夢見る乙女ならイケメン王子からモッテモテフラグで喜ぶのかもしれない。

 私もあと10年くらい前なら、もしかしたら喜んでいたかもしれない。でも今の私にとって勝手に盛り上がる婚約話など迷惑以外のなんでもない。


 まぁ、婚約なんてそもそも私が勝手に決められる話じゃないし、デンゼンパパはステイン家を継げと私に言った以上、王家であるクレインに嫁ぐ事は無いと思うから、ここはもう笑って誤魔化すしかないわよね。


 それにしても、グエン王子は本当強引。落とせそうだなんて、誰が誰に落ちそうになってるのよ? そんな素振り全くなかったと思うけど、お妃様じゃないけど、本当失礼しちゃうわ。


 私が笑顔のまま固まっていると、ゴホンと大きな咳払いをしたコルフェ王が「いやいや、エリザベートよりカミールとカトリーヌの婚儀が先だったな。すまん。すまん。グエン、エーム、お前達もほどほどにしないか」そう言って笑った。


 矛先がカミール王子とカトリーヌになった途端にカトリーヌは嬉しそうに笑う。

 話が逸れたグエンは反対に静かに黙り込んだ。


 王様、ありがとう。困っているのを助けてくれて、まぁでもそもそも婚約の話を出してきたのはコルフェ王だけど……とは言えこれでこの話からは逃げ切れそうだ。


 カミール王子とカトリーヌの婚儀の話が盛り上がる中、私は王家クレインの面々をゆっくりと見渡した。


 コルフェ王の細やかな紹介で、クレイン家を知ることが出来たけれど、今まで特に気にしていなかった第三王子にやたら違和感を感じていた。名前が出た途端にお妃様は随分と困った顔をしていたし。

 いったい第三王子と何があったのだろう。隣国のデール国にいると言っていた第三王子はまるでいない者としたい様な雰囲気があった。主にイデアが、王が話すのを制してまで止めていた。それが余計に違和感として残ったのだ。


 そもそも何故隣国に? そんな疑問は胸にあったけれど、それを知る術はなく、結局そのまま食事会は和やかに進んでいった。

 コルフェ王は終始ご機嫌な様子で、イデアは隣で仕方ない人とでも言うように笑っていた。 

 おしどり夫婦、そんな言葉が頭に浮かんだ。


 食事が終わりクレイン家の方々に一人ずつ挨拶をする。エーム王子とデジールの接近戦に終始心臓が口から飛び出るかとも思ったけれど、エーム王子がデジールに気がつく事は最後まで無かった。

 よくよく考えれば、ドレスを身につけ、化粧を施された可愛いデジールの変貌ぶりに気付く確率は最初から低かったのだと思う。


 帰り際はカミール王子が最後まで見送りをしてくれた。広い王宮をカトリーヌと腕を組みながらゆっくりと歩きエスコートする。

 後ろから付いて歩く私は完全にお邪魔虫のような気分になっていた。

 マリアを見れば、何を考えているのか分からない顔で私を見つめているし、デジールは広い王宮をぼやっと見つめながら心ここに有らず状態のままだった。


 カトリーヌはカミール王子と一緒に歩いて馬車まで戻れるのが嬉しいらしく、私達に、かまいもせず、ただただカミール王子の腕を掴み、にこやかカミール王子の話を聞いていた。


「今宵は本当に楽しい時間を過ごせました。また是非いらして下さい。デジール嬢も是非」


 別れの間際にカミール王子はそう言って優しい笑みを浮かべる。


 馬車の扉を閉めるとき、フワリと風に乗ってカミール王子の良い香りが鼻をかすめた。窓越しに見る彼はずっと微笑んでいる。

 出発する馬車と遠ざかっていくカミール王子。


 何故か目が離せなくてカミール王子を見ていると、彼はふと月夜の空を見上げていた。

 端正な顔立ちが何故か憂いを帯びてるように見え、満月の青白い月明かりの下、何故かカミール王子が恐ろしいくらいに美しく見えた。


 馬車は、そのままゆっくり王宮からお屋敷へと帰って行く。

 月の光が道を照らし続けていた。

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