No.20 デジール散る


 数分後、小さなノック音と共にマリアの声が部屋の外から聞こえた。


「デジール様がお越しになられました」


「どうぞ」


 私が返事をすると、マリアがドアを開け、デジールが入ってくる。デジールは制服姿で、明らかに戸惑い、目が泳いでいた。


「エリザベート様、本日はお屋敷にお呼び頂き、ありがとうございます」


 必死で礼を取るデジールと、固まった笑顔で会釈をする私。


「へぇー、貴族院の学生か、その制服懐かしいな」


「懐かしいって、グエンは今年卒業したばかりだろ」


 固まる私とデジールを他所に、呑気に会話する王子達。


「いや、俺はあんまり貴族院に通わなかったからな、って兄上もそうだろ。だいたい名目だけで本来なら家庭教師だけで充分なんだし、学院に通う意味なんてないんだよ」


「あぁ、まぁ確かにそうだな。思い出してみると、私も殆ど貴族院の記憶はないな」


 カミール王子とグエン王子の会話に呆然と立っているデジールに私は自分が座っているソファーの隣に座るように促した。

 王子二人への挨拶は……この際いっか。二人も気にしてないし、今は堅苦しい雰囲気じゃないしね。


 デジールは恐縮と戸惑いを露わにしながら、勧められるがまま私の隣に座る。

 グエン王子の向いにデジールが座った為、グエン王子はデジールに興味津々の様子で凝視していた。

 デジールは……うん、顔は赤いけど、非常に居心地悪そう。


「エリザベート嬢のご友人は素朴な方だな。俺はもっと派手な娘だと思った。それに、なんで貴族院の制服を着ているんだ?」


 デジールはその問いに答えられず、私を見つめている。助けてと目が訴えてる。そりゃそうだ。完全にテンパってますよね。

 このお屋敷に来るのにもだいぶ勇気がいったと思うのに、部屋に通されたらイケメン王子二人がいるんだもん。


 あれ? でもデジールはこの二人が王子って知っているのかな?


 いやいや、それよりも、まずはフォローしないと。


「デジールさんはとても忙しい方で、この後、学院に行かれるんですよ」


「ああ、そういうことか。大変だな。でもバッチ忘れているぞ?」


 頷いていたデジールが再度私を見て、助けを求める。


 どうしよう、デジールの動きが怪しすぎる。やっぱり平民の方ですって本当のこと言った方がいいのかな。でも平民をお屋敷に、しかもお客として招いたと王族に知られるって、やっぱりよろしくない? 万が一デンゼンパパにでもバレたら流石にヤバいか。拘ってそうだし。


 申し訳ないけど、やっぱりデジールには嘘に付き合ってもらおう。ごめんっ!!


「あら、本当。デジールさん。貴族バッチお忘れですよ」


 私はそのままマリアを呼んだ。


「マリア、私の貴族バッチをお貸ししてください」


「畏まりました。お嬢様」


 私がそう言うと、デジールは完全に私を見ながらフリーズしてしまっていた。


 私はニッコリとデジールに微笑むと、デジールは目をぱちぱちさせた後、機械的に前を向いた。


「エリザベート嬢のお友達は、結構おっちょこちょいなんだな。まぁ俺なんて面倒くさくて、わざと付けなかったこともあるけど。まぁそんな話はどうでも良いか。それより、そろそろ紹介してくれよ」


 え、紹介? ……どう紹介しよう。まぁ普通でいいのかな?


「貴族院で親しくしているデジールさんです。慣れない貴族院で色々な事を教えて頂き、いつも助けて頂いてるのです」


 私がそう紹介すると、少し間をおいてデジールが言った。


「デジール・ミーレイです。よろしくお願いします」


 デジールは小さい声でそう言いながら、頭を下げた。


「ミーレイ? 聞いたことない家だな」


 グエンが不思議そうに言うと、私は慌てて補足した。


「デジールさんの家はその、あまり有名じゃないのよね。分家的な? そう、それで今デジールさんがお家の為に、とっても頑張っておられて、その大変なんです」


 私、何言っちゃっているんだろう。隣ではデジールが慌てて、私に合わせてコクコクと必死に頷いている。


 それを見ていたカミール王子が明らかに吹き出しそうになりながら笑いを必死に堪えていた。


「兄上? どうかしたか?」


 グエン王子が不思議そうにカミール王子を見ると、カミール王子は大袈裟な咳払いをした後「あぁ失礼、お前があんまりにも無知だから驚いていただけだ。ミーレイ家は昔からある家だぞ? グエン、まだまだ勉強が足りないな」


 そう言いながら、それはもうキラキラとした王子スマイルを私に向けて「ね?」と同意を求めてきた。


 はい、バレました。完全にバレました。やっぱり嘘は付くもんじゃありませんね。カミール王子の笑顔が楽しそうで、めっちゃ怖いです。


「そうか、兄上がそう言うなら、そうなんだろう。すまなかったデジール嬢、失礼な問いをしてしまった」


 グエン王子は見かけに寄らず案外と素直だ。

 そしてデジールは完全に焦点が合っていない目で、グエン王子に「いえいえ」と言いながら、ぶんぶんと首を振る。


 その様子を見ていたカミール王子が良い事を思いついたとばかりに、ポンと手を叩いた。


「そうだ、いい機会じゃないか。食事会にデジール嬢もいかがです? エリザベート嬢もお友達が一緒であれば寂しくないでしょう? 弟の非礼のお詫びも兼ねて、是非招待を受けて頂けないでしょうかデジール嬢」


 カミール王子の突然の提案にデジールは目をまんまるにして私を見ている。

 そして私も同じように目をまん丸にしながらデジールを見ていたと思う。それくらい私もカミール王子の発言に驚いていた。


 ちょっと!! 本当に、なんて事を言ってくれているのよ、カミール王子!!

 そのキラキラとした爽やか王子に似合わないくらい、えげつない事してるって分かっているのだろうか!?


 私はテンパる頭で何とかしなければとカミール王子に言った。


「いっいいえ、デジールさんは忙しい方ですから、それはどうでしょう……」


「は、はい。そうです。私忙しいです」


 カミール王子はもう隠すつもりもないように、クツクツと笑っている。


「そうですか? こんなにいい機会なのに。我々の謝罪を受け取らないなんて」


 謝罪の押し売り!!

 あー、もう完全に悪乗りしてる。そろそろ止めないと、本当にデジールが可哀想だ。

 もうこの二人にはバレてもいいかもしれない。


 そう思って口を開こうとした時、デジールは慌てたようにカミール王子に言った。


「そんな、謝罪を受け取らないだなんて、めっそうもございません」


「では、食事会に来て頂けますか?」


「……はい」


 デジールが釣られたー!

 カミール王子にまんまと釣られてしまった!!


 時すでに遅し。


 デジールちょっと大丈夫なの? 王宮だよ!?

 私がオロオロとしている間にも会話はポンポン進んでいく。


「じゃ、決まりだな。明後日、カトリーヌ嬢、エリザベート嬢、デジール嬢、そしてマリアで王宮に来てくれ、親父も賑やかなのは好きだから喜ぶぜ」


 グエンの言葉にデジールは眉をひそめ首を傾げながら私を見る。


「王宮?」


 デジールの態度にグエン王子が「ああ、なるほど、そう言う事か」と納得したようにケラケラと笑う。


 ごめん。ごめんね。デジール。私が心の中で全力で謝っていると、グエン王子はわざとらしくニヤリと笑った。


「デジール嬢は、もしかして俺らのこと知らなかった?

ああ、でも忙しい身だったっけ、なら知らないのも無理ないな。エリザベート嬢にもつい最近会ったばかりだしな。

ならば改めて自己紹介しとこう。

俺は第二王子のグエン・アル・クレイン」


 続いてカミール王子が胸に手を当て、笑いながら、ちょっとわざとらしく見えるくらい王子らしいお辞儀をした。


「私は第一王子のカミール・デン・クレインです。以後お見知りおきを」


 顔をあげたカミール王子がデジールにニッコリ笑う。


 そのカミール王子を見た瞬間、デジールはそのままフッと気を失った。


「デジールさん!!?」


 私は慌ててデジールの体を抱えるように支えた。


「おっ、おい大丈夫かよ!?」


 不安そうなグエン王子の声に私はとっさに「だ、大丈夫です! デジールさん朝はよくあるんです。忙しすぎて、きっとまた朝食をお食べにならなかったんですわ」と必死に答えていた。


 大丈夫なわけない!! やっぱり二人が王子だって知らなかったんだ。

 それと同時にカミール王子のキラースマイル。そりゃ、失神もするよ。

 王宮で夕食なんて耐えられるのだろうか。もう魂抜けてる感あるよ。だってデジール白目向いてるし。


 カミール王子はまさか失神するとまでは思っていなかったのだろう。ビックリした顔をしている。


「マリア! マリア! すぐに来て!」


 私の呼び声にマリアが急いで「どうされました!?」と部屋に入ってきた。


「デジールさんが貧血で意識を失ってしまったの。お客様が休める部屋で、デジールさんを休ませてあげて」


「畏まりました」


 マリアはそう言うと、すぐに数人の侍女を連れ、デジールを運びだした。


「大丈夫か? デジール嬢は」


「ええ、大丈夫です。いつものことですから」


 ウソです。いつも倒れたりなんて多分してないし、大丈夫じゃないよ。あぁもう、どうしよう。本当に大丈夫かなデジール。


 私はふとカミール王子を見ると、完全に失敗したと言わんばかりのカミール王子の顔。


 いや、本当やりすぎですよカミール王子……。


 私がじっとりと見つめるとカミール王子は申し訳なさそうな顔をしながら「エリザベート嬢、よろしければ、デジール嬢が目覚めるまでここにいてもよろしいですか?」と聞いて来た。


「ええ、かまいません」


「ありがとう。デジール嬢が気がかりで、帰るに帰れませんから」


 ーーーーーコンコン。


 ノックの音がして返事をすると「カトリーヌです」と返ってきた。


「どうぞ」


部屋に入ってきたカトリーヌは私とカミール王子、グエンを見渡し訝しげに首を傾げる。


「カミール殿下、今日はどういった……?」


「ああ、カトリーヌ。今日は父の使いで来たんだ。先に来ていたエリザベート嬢には先程、話していたんだけど、父がね、君とエリザベート嬢と食事をしたいって我がままを言い出してね。カトリーヌも付き合ってくれるかい?」


「それは勿論、嬉しく思います。それで、今日はこの後は……」


 明らかにまだ帰らないでと言わんばかりのカトリーヌに向かってカミール王子は柔らかに笑う。


「ああ、勿論まだここにいさせてもらうよ」


「そうだな。俺も、もう少しいる。デジールが心配だしな」


 カミール王子の返事に嬉しそうにしていたカトリーヌはグエン王子の言葉にきょとんとして「デジール?」と聞き返した。


 マズい。バレる。


 私は焦りながらグエン王子との会話に無理矢理割り込むようにカトリーヌの前に出た。


「お姉様! それよりせっかくカミール殿下と会えたのですからごゆっくりなさってください。私は……えっと様子を見てきます」


「エリッサ? 貴女何か変よ? なんの様子を見に行くの?」


「あははは」


 後は何とか頼んだ!!

 カミール王子!! 責任とってカトリーヌを何とかしといて!!


 そう思いながら私は薄ら笑いを浮かべて部屋を後にした。


 お姉様にもいずれバレるとは思うけど、今すぐには流石にまずいよね。


 カミール王子は察してくれていると思うけど、グエン王子はなぁ……その手は鈍そうだ。


 私はそのまま侍女にデジールが休んでいる部屋へと案内してもらった。


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