No.19 王子様で大混乱!


 今日はデジールがお屋敷に来てくれる日だ。結構強引に誘っちゃったけれど、大丈夫だっただろうか。でもこれぐらい無理をしないと、ゆっくり話す機会なんて訪れないと思った。


 カトリーヌにも、できれば内緒にしたいけれど、多分この事はすぐにバレてしまうと思う。 


 でも学校で仲良くしている訳ではないし、カトリーヌには言い訳すれば何とかなるはずだ。だってこうでもしないと本当に貴族以外の事を知る機会なんてないのだから。


 マリアとか使用人や侍女の人たちに色々聞こうとしても、あまり会話にならないし、細かく質問すれば、お嬢様が知ることではありませんとか言われちゃうし、このお屋敷にいる限り知って良いことと知らなくて良いものがハッキリしすぎているくらいハッキリしている。

 要するに庶民の生活や世情などは、私にとって知らなくて良いことであり、必要ないものだと。


 でも、私は知りたいのだ。心の底から情報を欲している。


 だって、この凶器の体と一緒に共存しているのだから、今後いつ何があるのか分からない。もしかしたら貴族を剥奪されちゃうかも知れない。そうなった時、何も知らなければ、どうやって逃げるのか、どうやって生きていけば良いのかも分からずに、ただ途方に暮れるだけだ。


 だから今の私はどんなことでも知る必要がある。生きるために。

 色々知って、どうやって生きていくか模索しなくちゃ。


 いまだに私は、この世界の事を殆ど知らないままだ。今のところ多少の不便さはあっても、私の世界と似たような物ばかりを見てきた。それでも文化は全く違うし、常識も全く違う。


 学校の授業で法律はあるから、この国のルールは学べるのかなとは思うけど、でも法律なんて正直専門的な内容だと思う。

 私が、今知りたいのは庶民のルールだ。例えば、物を拾ったなら交番に。人の物を取ったら犯罪に。そんな日本では当たり前だった事を、私はこの世界で何も知らない。

 本来なら、自然に両親から聞いて習うものかもしれない。小学校のようなものがあって習える場があったのかもしれない。そういった事も分からない。


 ただ思うのは、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って事だ。


 知らないままにしないで、色んな人に聞かないと。

 私は今日、デジールに色んな事聞こう。そして彼女と色々な話をして仲良くなりたい。


 ーーーーコンコン


「はい」


 私がすぐに返事をすると、マリアが入ってくる。


「失礼します。お嬢様、お客様がお見えになられました」


 おお、来た! 来た! デジールが来てくれた!! 無理はしなくて良いと、一応手紙には書いたから、来ないんじゃないかとも思っていたけれど、来てくれた!!


「マリアありがとう。それで今はどちらに?」


「客室にお通ししております」


「そうなのね、すぐに向かうわ」


 私は駆け出したい気持ちを抑えながら部屋の扉を開けたまま、ふと立ち止まる。


「ねぇマリア、ところで客室はどちらかしら?」


「ご案内致します」


 私はマリアを先に歩かせ、そのまま案内をされながら客室へと向かった。

 本当、客室だけで何部屋あるのよ。お屋敷が無駄に広すぎるから分からないのよ。


 コンコンとマリアがノックをし、「エリザベートお嬢様が参りました」そう言って部屋の扉を開けた。


 私は嬉しさと来てくれた感激のあまり勢いよく部屋に入った。


「デジール!! 良く来てくれたわ。凄くうれし……」


 ………………。


 って……あれ?


 なんで……?


「よぉ、エリザベート嬢、久しぶりだな」


 どこか怪しげに、それでも、にこやかに笑う、このちょい悪ワイルドは……グ、グエン王子!!?


 なんで!? なんで、グエン王子がここに!?


 それに……


「お久しぶりです。エリザベート嬢。マクニール家の晩餐会以来になりますね。本来、私だけ伺う予定でしたが、グエンもどうしても来たいと譲らなくてね。止めたんですが、結局こうして2人で押しかけてしまいました。申し訳ありません」


 相変わらずの、爽やかスマイルを向けるthe王子様のカミール王子までいる。

 カミール王子とグエン王子は客室のソファーにゆったりと座りながらくつろいでいた。


 いったいどうしたんだろう? カトリーヌに会いにきたのかな?


「えっと、お姉様を呼びます?」


 カミール王子が優しく笑いながら首を振る。


「いいえ、大丈夫です。カトリーヌには後で会いますし。今日はエリザベート嬢にお話があって参りました」


 私に!? 何だろう。突然なのがちょっと怖い。


「私……ですか? どういった」


 私の話をさえぎるようにグエン王子が向かいのソファーに手を向け言った。


「まぁまず座ったらどうだ? 立ち話じゃ落ち着かない」


 座れと言われ、緊張感が押し寄せる。本当になんだろう。私何かした!?


 私はガチガチの笑みを作りながらソファーに座る。


「失礼致します。それで、あの、いったい何でしょう……」


 私はビビっている気持ちを表情に出さないように、顔面を笑顔で固定していた。


 カミール王子は私の内心を知ってか、クスリと笑うと「心配せずとも大した事じゃないですよ」そう言いながらも少し姿勢を正していた。


 いや、心配ですよ。ビビるでしょう普通。


「本来なら、もっと正式な方法を取るのですが、父上の思いつき、というか……。どうしてもエリザベート嬢と会ってみたいと、急に言い始めてね。そこで急遽明後日、クレイン家で夕食を一緒にどうですか、とお誘いに来たわけなんです。勿論エリザベート嬢がよろしければですが」


 え!?


 ちょっ! ちょっと!! 王子の父上って現王様でしょ!?


 カミール王子! それはとっても大した事よ!?


 む、ムリ。何か失礼なことでもしたら大変だし、嫌な予感しかない。なにか、何か言い訳をして断らないと。


「あ、あの、それは流石に父に承諾をもらわないと、私はまだ世間知らずの娘ですし、無知な為に王様に失礼な振る舞いをしてしまうかも知れません。食事の席なんて、恐れ多いです」


「そう心配なさらずに、まず無礼なことを最初に申し上げているのは我々のほうです。正式な招待をしていませんから、これはただの父上のわがままです。ですからそう気負う必要はありませんよ」


 ビビる私とは真逆のカミール王子は和かに笑う。


「ああ、それとデンゼン公には既に許可を頂いてますので、そちらも問題ありません」


 うわぁ、コレ逃げ道ないやつだ! 塞がれてる!


 あれね、当日に仮病でも使おうかな。急に腹痛なら食事はムリよね。うん。代わりにカトリーヌに行ってもらおう。


「それと、カトリーヌも一緒ですので、ご安心下さい」


 カトリーヌも誘うのかーい。それじゃ私の代わりにならない。私を見ながらクスクスと笑うカミール王子は私が焦っているのを絶対分かっていると思う。っていうか、私そんなに顔に出てる!?

 何となく雰囲気で思っていたけど、カミール王子は結構いい性格の持ち主だと思う。


「あの、でも………」


「カトリーヌはああ見えて父上と気が合うんですよ。私にはさっぱり分からない会話を楽しそうにしているんです。ですから、気軽な夕食の席だと思って、是非招待を受けてもらえませんか?」


 詰んでる。既に詰んでる気がするのは何故か……。


 でも、まぁ私一人じゃないのか、カトリーヌとは最近、上手く関係を築けているとは思うけど、でも、それでもまだ怖い。もし不意に王の前でカトリーヌを殴っちゃったらどうしよう。

 次期王妃になる予定のカトリーヌを、現王と次期王の御前で叩きのめすとか……想像しただけで吐き気がする。


「あの、一つわがままを聞いていただけませんか?」


「わがまま、ですか? どういった?」


「私の侍女のマリアも一緒に連れて行ってもよろしいですか?」


「侍女? ええ、まぁ構いませんが」


 不思議そうな顔をするカミール王子の理由は分かっている。侍女なんて沢山いるもんね。何で侍女? って思ってるよね。そうじゃない。そうじゃないのよ。ある意味マリア以外の侍女じゃムリだもの。


「すみません」


「いえいえ、構いません。ならば侍女としてではなく、マリアさんとしてご招待しましょう。それならマリアさんも断らないでしょう」


 やっぱりニッコリと笑うカミール王子を見て私は心底思った。この人は絶対に敵に回しちゃダメな人だと、これで私とマリアの逃げ場も完全絶たれた。

 マリアに対して私から一緒に行って欲しいと、我がままのように誘うのと、王子からの招待は雲泥の差だ。それに本来、主人と食事の席を供にするなど侍女にはありえない。それこそ絶対的な存在に言われれば従うしかあるまい。


「ええ、それでお願いします」


 あぁ、もう本当に緊急事態だ。逃げ場を失った今、私が変な行動を取ったらマリアに止めてもらうしかない……マリアなら止められるよね。


 今のところ止めてくれている感じはあまりないけと、マリアなら言い聞かせればきっと大丈夫……のハズ。


 マリアが私の最後の切り札よ。お願いだから助けてね。マリア。


 私は扉を見つめながらマリアに念を送る。


 ーーーーーーコンコン。


「失礼します」


 まさかもう念が通じた!? それくらいタイミング良くマリアの声が響いた。


「どうぞ」


 ゆっくりと扉を開け、マリアが入ってくる。


「お嬢様、ご友人が参られましたが、いかがいたしましょう」


 あぁっ!! 食事の誘いにパニックになり、すっかり忘れていた!! 今度こそデジールが来てくれたんだ。


「あの、別の部屋で待たせて下さい」


「何でだ? 此処に呼べばいいじゃないか」


 今まで静かにしていたグエン王子が面白いものでも見つけたかのように前のめりになって言う。


「それはちょっと」


「エリザベート嬢のお友達なんて、気になるじゃねぇか、俺らもエリザベート嬢と仲良くしたいし、せっかくなんだから一緒に話せば良いだろ?」


 いやいや、それはないでしょ。デジールは平民の子だし、きっと此処まで来るのだって勇気が必要だったはず。それなのに着いたら王子が居るなんて、さすがにデジールが可哀想よ。


 もう、カミール王子、何とか言ってくださいよ。

 ここは遠慮を促して。ね?

 あとはカトリーヌとよろしくやって。お願いします。


 私は助けを求めるようにカミール王子に視線を送った。


 カミール王子は私の心情を察してくれたかのように、うんうんと頷くと、楽しそうに「ええ、そうですね。私もエリザベート嬢のお友達がどういった方なのか気になります。こちらにお呼びしてはいかがでしょう? それにお待たせするのも可哀想です」そう、にこやかな笑顔で言った。


 おいーーーーっ!!


 いきなり王子に会わされる方が絶対可哀想に決まってるじゃん!!


 駄目だー。絶対分かって言ってる。完全にグエン王子の思いつきに悪乗りしちゃってるよ。爽やかな笑顔を振りまきながら内心楽しんでるの丸わかり!!

 私これでも精神年齢はカミール王子に近いんだからね!? 考えてることくらい分かるわよ。

 本当、もういい年なんだからちゃんと察して下さいよ。


「あの、どうなされますか、お嬢様」


 マリアが待ちきれずに私に聞いてくる。


 せかさないでよマリア、今必死で抜け道探しているんだから…………。


 ダメだぁ。全然思いつかない。


 いや、そもそも何を言ってもカミール王子を前にしてる時点で詰んでいる気がする。


 ごめんっ!! デジール。


 ちょっとだけ、王子と一緒に語り合おう。王子達もほんのちょっとの興味からだから、会ってちょっと話せば満足するハズ。


 ほんっとに、ごめんね!! デジール。


「マリア、こちらにお通ししてください」


「畏まりました」


 マリアは頭を下げ、優しくをドアを閉めた。


 向かいに座る王子二人はニコニコしながらこちらを見ている。きっと私の友達は何処かの貴族の方だと思い込んでいるよね。


 あぁ、もう本当にごめんなさい。デジール。

 私は項垂れながら小さく溜息をついた。

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