No.15 挙動不審なお友達?


 食堂に着くとカトリーヌは指をさしながら言った。


「いい? エリッサ。まず、あそこで何を食べるのか選ぶのよ」


 色々なメニューが書かれている黒板を指しながら、カトリーヌは得意気に私を見る。

 そういえば昨日はエーム王子と同じ物をそのまま頼んだから、選ぶということをしていなかった。


 昨日の料理も美味しかったけれど、他にはいったい、どういったメニューがあるんだろう?


「お姉様は何を頼まれますか?」


「私は魚が苦手だから、魚以外のものね」


「魚ですか」


「チェンビーにするわ」


 初めて聞く料理名だ。


「あの、チェンビーって何ですか?」


「あんた、チェンビーも知らないの!? チェンビーはミンチ肉とチーズの料理よ」


 ミンチ肉? チーズ? ってことはチーズハンバーグの事かな? うーん。私はどうしよう。


「あの、ちなみに魚の料理はどれですか?」


「魚ならカンパネかしら。ねぇ、もしかして嫌味で言ってるの?」


「いえいえ、違います。私が魚を好きなだけです」


「ふーん。貴女が魚料理好きとは意外だわ。食べてるところなんて、見たことないけど」


「味覚が変わったのかもしれません」


 カトリーヌと私はカウンターで注文した後、そのまま席へと向かった。カトリーヌは窓際へ向かうと、視線の先にあるテーブルを見て、明らかに嫌そうな顔をしながら呟いた。


「なんで、アイツがいるのよ」


 窓際で、一際おしゃれな席にちょこんと座っている一人の青年がいる。

 カトリーヌはお怒りの様子で、カツカツと足音を立てて歩み寄ると、そのまま思いっきり彼を怒鳴りつけた。


「あんた、いつも私が使っている席に、よく堂々と座れるわね!!? すぐにその席から退きなさい!」


「えへへ。カトリーヌ嬢。君を待っていたんだよ」


 こちらを向いた青年は、カトリーヌが怒鳴っていることなど気にせずに、照れたように笑っている。

 青年の髪は長く伸びているが、無造作でボッサボサ頭だ。身体はひょろひょろで、まるでモヤシ男子。

 それに動きが挙動不審でだいぶ怪しく見える。



「あんたに、待たれる筋合いはないのよ。そこを退きなさい」


「うん、すぐに退くよ。ちょっと待ってね」


 青年はそう言うと、オドオドしながら立ち上がり、ガタガタと音を立てながら椅子を引いた。カトリーヌに向けてニッコリと笑いかけると掌を椅子に向ける。


「さっ、カトリーヌ嬢、どうぞ座って?」


 カトリーヌの嫌そうな顔と深い溜息が響く。


「マーティン、もういいからここから消えて。今すぐ私の前から消えて」


「うん。あ、でも、あの、僕カトリーヌ嬢と少しお話がしたくて、ちょっとだけならいい?」


 どうやら、彼の名前はマーティンというらしい。

 落ち着きがなくキョドキョドとしている動きがちょっと、いや、だいぶ気持ち悪く見える。なんていうか、theコミュ障の変人のような雰囲気だ。

 やけにしつこくカトリーヌに絡んでいるけど、まさかストーカーとか?


「なんで私があんたと話さないといけないのよ。さっさと消えてよ」


「う、うん。でも……」


 マーティンは俯きながら、クルクルと指を絡めて、モジモジとした動きをしている。それを見ていたカトリーヌは我慢の限界とばかりに、マーティンの肩を強く押して、席から離した。


「エリッサ、ここに座って」


 カトリーヌが強引に席に座ると、私にも早く隣に座るようにと、椅子を乱暴に引っ張った。

 とりあえずカトリーヌに言われるまま、席に着こうとマーティンに軽く会釈だけすると、私と目が合ったマーティンが何故か酷く怯えたように後ろへと後ずさる。


「カ、カトリーヌ嬢? このっ、この娘はいったい誰?」


「私の妹よ」


「そっそんな、カトリーヌ嬢に何でこんな怖い妹がいるの? ぜっ全然似てないよっ!? 凄く、凄く怖い」



 ん? ……何ですと?


 私、君を怖がらせるような事何もしてないと思うのですが……。


 っていうか、君の挙動不審の方が怖いよっ!?


「あの、私の何処が怖いのでしょう?」


 私は怖がらせないように、優しく微笑みながらマーティンに聞いてみる。これは自慢だけど、今のところ、この顔を見て怖がったのはここに居る、カトリーヌだけだ。にも関わらず、私の笑顔を見たマーティンは、まるでお化けでも見たかのように「ひぃっ」と小さな悲鳴をあげながらカトリーヌの方へと寄った。


 カトリーヌは邪魔だと言わんばかりにマーティンを押すと「で? 何? あんたエリッサの何が怖いのよ?」とマーティンに聞いた。


「だっ、だって、その子の目は人殺しの目だ。ぼ僕は知っているんだ。その目は簡単に人を殺せる目だって」


 ピンポーン。はい、正解です!!


 って違う違う。


 マーティンは怯えたような目で、チラチラと私見ている。視線を直ぐに逸らしてしまうのは、彼の癖なのか、私の目が、ただ怖いだけなのか……。

 ただ言えるのは、彼は普通じゃ無いって事だ。マーティンの胸には貴族である証の、金バッチがちゃんと付いている。それなのに、私の目だけで、エリザベートの本質を見抜いた洞察力。

 でも多分それは彼の危機回避能力的なものじゃかいかとも思う。怯え方や挙動不審、コミュ障、それらを見ていると、彼の今までの人生が、波乱万丈だったのかなと思わせた。


 まぁでもここで、人殺しを認める訳にはいかない。

 それに私自身は、誰も殺したりなんてしてないもの。


「あの、マーティンさん? 私はそんな恐ろしいことはしませんよ? 勘違いでは?」


 隣にいたカトリーヌは私に向けて、明らかに冷たい目線を送っている。

 お姉様、目が口程に物申してるよ……。


 まぁ確かにエリザベートは人殺しだけど、私は人殺しじゃないから!! 


 信じてお姉ちゃん。


 微妙な空気が流れている中、気まずさを消してくれるかのように、給仕人が食事を持ってきてくれた。


「私達、食事をするわ。さぁマーティン、用は済んだでしょう? 私達の前から消えて」


「あの、僕も一緒に食事をしてもいい? その席でいいから」


「何の冗談? あんたみたいな無名の貧乏貴族と、超絶美少女でありながら、ステイン家の公爵令嬢の私が、何で、同じ席で食事を取らないといけないのよ」


「あ、あのっ、給仕さん。ぼっ僕もカトリーヌ嬢と同じのを……」


 給仕人が私とカトリーヌのトレイを見て言った。


「カンパネですか? それともチェンビーですか?」


「カトリーヌ嬢、どっちを注文したの?」


「あんたに応える義務はないでしょ、さっさと消えて」


 マーティンはコクコクと首を振りながら頷くと「どっちが安いですか?」と給仕人に聞いた。


「カンパネです」


「じゃ、カンパネで」


 カトリーヌはマーティンを睨む。


「あんた、私に喧嘩売っているの? この私が安い方を食べると思ってたのね?」


 マーティンは慌てて否定するように、ぶんぶんと首を振った。


「そ、そう言う意味で注文したわけじゃなくて、よく考えたら、僕お金があんまりないんだ。カトリーヌ嬢を傷つけたなら、ごめんね」


「ふん、どうでも良いわ。それより、どっかあっちで食べてよ」


「カンパネかぁ、最近はポテトしか食べてなかったからなぁ。久しぶりにカンパネを食べられる。楽しみだなぁ」


 さっきからカトリーヌとマーティンの会話が全くかみ合っていない。それはお互いに分かっているのかな……。それにカトリーヌは文句を言ってはいるけれど、結局マーティンが同じ席に座っているのを許している。


 いや、マーティン、なかなか凄いな。

 ハートが強いのか、それとも天然なのか。


 テーブルの上には、頼んだ料理が給仕人によって並べられていた。私の前に出されたカンパネは魚フライのような料理で、カトリーヌの頼んだチェンビーは結局、ハンバーグではなかった。

 ソーセージとチーズ、それにポテトの入った料理で、なかなか胃もたれがしそうな料理に見えた。


 私の頼んだカンパネも魚のフライにポテトが付いてるから、食べ過ぎると胃が重くなりそうだ。


 普段お屋敷で食べている料理もフライ系や燻製が多い。食べられない訳ではないけれど、飽きもあって、最近、食が進まなくなってきた。 

 この世界の主食はパンだけれど、柔らかくもないし、甘くもない。今の私は真っ白な白米が心から恋しくなっていた。

 違う世界で生活していく上で、食生活の違いについては、なかなかのストレスだ。この世界にもしもお米があるのなら、是非とも食べたいのに。今は白米との出会いの兆しさえ見えていない。


 マーティンが私のカンパネを見つめる中、冷めない内に先に食べ始める。カンパネを一口食べて、カトリーヌの、魚嫌いの理由が分かった気がした。

 食感は確かにフライに似ているけど、物凄く魚の生臭さが出ていた。もともと、この魚が生臭いものなのかもしれないけれど、湯通しするとか、酒を振るとか、下味をしっかり浸けるとか、何か方法はなかったのかな?

 無理やりフライにして生臭さを消したよう料理だ。


「マーティン、まだいる気? さっさと消えてよ」


「うん、まだ僕のカンパネ来ていないからね。あ、そういえばカトリーヌ嬢はローズの法則の第四接点ってどういう事か分かった?」


「ローズ? あぁ、地形と方角と星座と後はなんだっけ」


「ローズの法則難しいよね。皆、理解していなかったよ」



 ……ん? あれ?


 カトリーヌがマーティンとちゃんと会話しはじめた?



「確かにそうだけど、あれはただ教え方が下手なのよ。全く言葉の意図が見えなかったわ」


「そうだね、ケーキル先生って、いつもブツブツ言っているから時々、何言っているか分からないよね。僕時々思うんだ。ケーキル先生はもしかしたらエンミ語を喋っているんじゃないかって」


「あはは、確かにエンミ語っぽいわね」


 カトリーヌはお腹を押さえながら笑っている。


 なんだ、意外にカトリーヌとマーティンって仲がいいのかな?

 それともカトリーヌが素直な天然少女なだけ?


 結局、カトリーヌが文句を言いながらでも、最終的に食事が終わるまでマーティンは同席し続けていた。


「マーティンさんは、お姉様のお友達なんですか?」


「違うわよ、勝手に付きまとわれているだけ。ほんと、目障りだわ。でも私が、超絶美人でエレガントで完璧だから、近づきたいって気持ちも分からなくはないのよ。まぁかわいそうよね。私があまりにも美しすぎてしまうから、男が狂ってしまうのよ」


 最近思う。カトリーヌって面白い子だわ。

 聞いててイラッとする事も確かにあるし、そのせいで私の体がビクつくんだけど。


「エリッサ、あんたも私と同じ血を引く者。きっと無意識に男を狂わせてしまうこともあるでしょう。でもカミール王子には近づいちゃ駄目よ? 絶対よ? いいわね」


 こういうことを言われしまうと、何だかんだ可愛いなぁって思えてしまうのは、カトリーヌがツンデレ属性っぽいからかな?


「ええ、お姉様。カミール王子には姉様が一番お似合いですよ。私の入る隙なんてありません」


 私の言葉を聞いたカトリーヌは「ふん、分かっていればいいのよ」と嬉しそうに笑った。


 やっぱツンデレだ。ツンデレ属性。

 顔が凄く嬉しそうだよ、カトリーヌ。だだ漏れです。

 まぁ、カトリーヌみたいな子にはカミール王子のような、しっかり者で頼れるパートナーが必要だろう。

 妻になったカトリーヌを、コントロールしていくのは大変かもしれないけど、そこは、うん。カミール王子、ガンバ。


 私達は教室に戻り、何だかんだ文句を言いながらも私の教室まで一緒について来ていたカトリーヌが、私の背後から「あら?」と声をかけた。


「リリーは妹と同じクラスだったんですね」


 ちょうど教室に入ろうとしていたリリー嬢が、足を止めて振り返る。


「あら、カトリーヌ嬢、お久しぶりです」


 うわぁ、リリーだ。避けてたのに。

 敢えて、それとなく避けていたのに。


 何か話をした方が良いとは、分かってはいるものの、気まずさから、何て声を掛ければ良いのか分からず、心の中であたふたしている間に、リリーと視線が合ってしまった。


 リリーの満面の笑顔が私に向けられた。


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