No.13 デジール日記 その一


 私の名前はデジール・ミーレイ。貴族院の一年生だ。この国で一番の学院に通っている。お父さんが外交官である為のコネと、私の努力の末にやっとの思いでこの貴族院に入れたけど、ここ最近の私は大ピンチだった。


 入学当初は、煌びやかな貴族院の生活に、胸をときめかせていたけれど、学院に通うたびに、私が平民であるという事が思い知らされた。それもそうだ。この貴族院での平民は貴族の方の侍女や奴隷のような扱いになる。個人のコネや学で入学は出来ても、最終的には、制服の左胸に金色のバッチが、有るのか無いのか、それが、この学院での1番の問題なのだ。


 でも、それは最初から分かっていたこと、まだ耐えられる。私が今、大ピンチな理由は、マクニール家の令嬢、リリー嬢に目を付けられてしまった事だった。


 マクニール家は古い名家だ。エスターダ国の建国のときに重臣だった。エーム・マクニールが祖先。そんな大変な家柄のリリー嬢が私を睨んでいるのだ。


 きっかけは一ヶ月前のことだった。このクラスにもようやく慣れて、平民の私はいつもの様に、ひっそりと目立たないように過ごしていた。


 そして、その日は初めて、エーム殿下がこのクラスにやってきた日でもあった。


 エーム殿下は月に二回ぐらいしか登校しない。そして、登校しても在籍しているこのクラスには、顔を出すことはなかった。それが今回、初めてこのクラスに顔を出したのだ。


 初めて見る王族、いや、王子様を拝見できることに、少なからず私の胸は高鳴った。


 エーム殿下は、授業の最中に突然やってきた。遅刻だろうが、授業中だろうが、担任のミーナ先生は全てを中断して、丁重にお出迎えをし、殿下は自分の席に座った。その席は私の斜め前の席で、私はドキドキしながら、教科書を見るふりをして、ちらちらとエーム殿下を拝見させてもらっていた。後姿でもサラサラの金色の髪が輝いて見え、纏う空気や存在感など、他の人とは全く違い、これが王族なんだと感心していた。


 私がちらちらエーム殿下を見ていると、その視線に気付いた殿下は、静かに振り返り、私を見つめた後、ニッコリ微笑んだ。


 私は予想外の王子様の微笑みに顔が熱くなり、反射的に教科書で顔を隠してしまった。今思えば、王族に対してかなり失礼なことをしてしまったと思う。


でも美しい方の不意の笑みは反則だよ。本当に心臓が止まるかと思った。

 いや、多分一度止まったと思う。そんな感覚したもの。


 授業が終わり、私は気づかれないように、もう一度エーム殿下の席を見たけれど、そこには殿下の姿はなかった。きっともう帰られたのだろう、私は周りに聞こえないように静かに溜息を吐いた。


「もしかして僕を探してた?」


 突如耳元で聞こえた声に、私は驚きながら声の方向に振り向いた。


 エーム殿下の顔がドアップで私の目の前に居る。

 美しい顔がドアップで私を見ている。


 私の心臓が数秒止まる音がした。


 近い! 近い! 近いっ!!


 私の思考は停止し、体は硬直して動かない。



「ねぇ君、さっき、僕のこと見てたでしょ? 何か僕に話したいことでもあるの?」



 えっと、えっと、なんて答えるべき!?

 あ、謝ったほうのがいいのかな?

 なんて謝る!? 目を逸らしてごめんなさい? 拝見して申し訳ありません? クラス一緒ですみません?

 えっと、えっと。


「あははっ。何か口パクパクしてるけど、大丈夫?」


 面白そうに笑う王子さまに私は慌てて、謝った。

 笑顔も素敵すぎる。


「ごっ、ごめんなさい。そのエーム殿下を拝見したのは初めてで……その」


「あぁ、まぁ王子といっても僕は第四王子だから。大したことないよ。それより君の方がとっても素敵だと思うけど。君の名前は?」


 君の方がとっても素敵!?

 君の方がとっても素敵?

 キミノホウガトッテモステキ・・・・?


 私の頭の中で殿下の言葉がグルグルと巡る。あぁ、殿下に名前を聞かれたなら答えなければ。

 私は熱くなる頬を自覚しながら、それでもエーム殿下から目が離せなかった。


「私はデジール。デジール・ミーレイです」


「ミーレイ? 君はもしかしてゲインの親族?」


「あ、ゲインは私の父です」


「そうか。僕はゲインにはお世話になったんだ。以前デール国に行く時に、デールの情勢や風習を教わった。ゲインは元気にしてるかい?」


「はい、今は遠方の国、アリッツェにいます」


「アリッツェ、また遠い所に、デジールは寂しくない?」


 名前を呼ばれた事にドキドキしながら、私は何とか表面上の平常を保てるよう努力する。顔が熱い。


「はい、いつも国々をまわっている父ですから、もう慣れました」


「そっか、君もいずれはゲインのように外交の仕事を?」


「出来れば、そうですね。父と同じ職に就きたいと考えています」


「そう、じゃぁ今度、僕が諸外国に行くことがあったら一緒に行こう。きっと良い経験になるよ」


 無邪気に笑うエーム殿下は楽しそうに「楽しみだ」と笑った。


「……はい」


 私はつられるように思わず返事をしてしまっていた。だってエーム殿下が私と喋っている。しかも、国外に行く時のお付き人として誘われてしまった。

 もう何が何だか、さっぱりだ。

 ただ嬉しくて、エーム殿下が素敵で、王族なのに普通にお話ししてくれて、嬉しくて。


 その後はエーム殿下を見つめながら、ただ「はい」と返事を繰り返しているうちに、いつの間にか私との会話は終わっていた。


 私との会話後、殿下はすぐに教室を出て行き、そのまま宮殿へと帰ってしまったようだ。

 やっぱり、王子様ってお忙しい方なのだなと思いながら、さっきまでお話ししていた、エーム殿下の顔を思い浮かべては、顔が熱くなるのを感じた。


 まるで夢のような出来事だった。

 そもそも王子様と会話が出来るなんて、思ってもみなかった。私にとって遠い存在、お近付きになれる事は本当に奇跡だ。


 そして、そんなエーム殿下との夢のような会話を何度も反芻しているうちに、一日の授業はあっという間に終わっていた。授業内容がさっぱり頭に入って来なかったのは、初めてだった。


 けれども、そんな奇跡のような出来事の後、私にとって、大変なことが起きた。それは、その日の放課後のことだった。


 授業が終わり、いつもと同じように帰り支度をしていると、誰かが思いっきり私の机を蹴飛ばした。派手な音と共に机が飛ぶように思いっきりズレる。私が驚いて、蹴飛ばした人を確認すると、そこには、本来なら華奢で可愛らしい少女であるリリー嬢が、腕を組みながら、凄い形相で私を見下ろしていた。


「平民の分際でエーム殿下とお喋りだなんて、随分と良いご身分なこと」


 状況に付いて行けずとも、貴族には逆らってはいけないと、すぐに頭の中で判断する。私はリリー嬢を見上げ、慌てて言葉を選んだ。


「あの、その、殿下に声を掛けて頂いたのです……ただ、それだけです」


「そう、でも近くにいた子が言っていたわよ? エーム殿下と、海外渡航のお供をするお約束をしていたってね。あなたエーム殿下の妾でも狙っているの?」


「いえ、そんな大層なことは、話の流れでお誘いをして下さっただけで、それに、口約束ですから……」


「何それ、話の流れ? 口約束? おこがましいにも程があるわ。あなたみたいな平民が、王族に近づく口実をペラペラと、まぁ良く言えるわね。いい? 下々の者がエーム殿下に近づくなんて、有り得ないの。あってはならないの! 分かるでしょう?」


「……はい」


 リリー嬢は目をうっすらと細めて私を睨むと、口元だけは微笑むように笑った。


「そう。分かったなら、すぐに退学なさい。目障りだわ。そうね、ただ退学だけじゃ可哀想だから、貴族院を辞めた後は、私の侍女にしてあげるわ。沢山使ってあげる。ご飯は全て私の下ろしたものを差し上げるわ。きっと今の食事より美味しいわよ。良かったわね」


「あの、でも、退学は……」


 私の言葉にリリー嬢の眉間に深く皺が入り、明らかに不機嫌な顔になる。凄く怖い。


「まぁ!? 退学できないの? なら、死んで頂くしかないわね」


 リリー嬢は言いながらニヤリと笑うと、小さな針を私の腕に深く刺した。


「いっ……」


 私は急に起こった事に、驚きと腕の痛みで自然と涙が溢れていた。


「いい? あなたは、この学院をすぐに辞めるの。辞めなかったら、あなたを痛めつけながらじわじわと殺すわ。知っているでしょう? 平民の命なんて、大したことないの。下々の代わりは沢山いるもの。それくらいは頭の無い者でも分かるでしょう? そうね、その針に次は毒を塗ってみましょうか」


 リリー嬢は言いながら、可愛らしくニッコリと笑うと「ご機嫌よう」と去っていった。


 私は刺された腕を押さえながら、リリー嬢の後姿を、呆然としながら見送っていた。本当の貴族の恐ろしさを、ちゃんと分かっていなかった。ガタガタと震える身体を、抑えるように抱きしめる。私は初めて、貴族に命を握られる恐ろしさを知った。


 帰りはあまり覚えていない。呆然としながら、フラフラと歩いた気がする。これからの事を考えると、目の前が真っ暗になったような気分になった。

 貴族院を辞めるにも、父が遠方にいる今、勝手に辞めるなんてことは出来ない。手紙で打診しても、返事が到着するまで、何ヶ月もかかってしまう。父の外聞を守るため、返事が来るまでは、絶対にこの貴族院に通わなくてはならない。申し訳ない気持ちと、情けない気持ちでいっぱいになりながら、私は涙を落とさないように、必死に父へと手紙を書いた。


 リリー嬢の去り際の笑みが忘れられない。

 死にたくないけど、怖いのは嫌だけれど、学院には通わなくてはならない。


 それから私にとって大ピンチの日々が始まった。


 私に対しての攻撃も、次の日からすぐに始まった。教科書は破られ、気がつかないうちに制服のスカートも切られていた。きっかけはリリー嬢だったけれど、悪意はすぐに広がり、私は貴族の生徒から、毎日攻撃を受けるようになった。


 影口はまだいい。けれど物理的な攻撃はだいぶ堪える。時には男子生徒から、容赦ない攻撃も受けた。男の子の蹴りを受けたのは生まれて初めてで、あんなにも衝撃が強く、息が出来ないほどの痛みを知った。

 私の体には常に何処かしら痣があるようになっていた。


 前に、男の人は豹変すると怖いと、誰かが言っていた。あの時は、その意味がよく分からなかったけれど、今は本当に恐怖だ。紳士という教育を受けている貴族の男の子が、無抵抗の私に暴力を振るう。


 それでも初めの頃はまだ遠慮がちだった。それが日々、少しずつエスカレートしていっているように思う。このまま暴力がエスカレートしたら、私は本当に、死んじゃうなと思うようになった。


 ここ最近は、授業もろくに受けていない。正確には受けさせて貰えなかった。リリー嬢からの嫌がらせで教科書を破り捨てられ、教科書が無い事を先生に言うと、教科書を大切に出来ない生徒は、授業を受ける資格は無い、と言われてしまった。それから私は頻繁に廊下に立たされるようになった。


 先生も貴族の生徒には逆らえないのだ。貴族の生徒の機嫌を取るように、便乗しているのが嫌でも分かった。


 孤立している私を、助けてくれる者は誰もいなかった。


 この状況を何とかするには退学しか道はない。けれども、父に手紙を送ってまだ一ヶ月。

 もう一カ月も地獄のような学院生活を送っていても、きっとまだ父の元には手紙は届いていないだろう。


 私はどうしたらいいのか。どうするべきなのか。毎日考えても、考えても、答えは出なかった。まるで逃げたいのに逃げ場がない檻にでも入っているような気分だ。


 教室に入ると、クラスメイトは私を見てクスクスと笑い始める。いつもの事だ。また今日も地獄が始まったという合図。


 私は無反応を装って、自分の席に着こうとしたけれど、私の席があった場所には、リリー嬢が足を組んで座っていた。


「あら、デジールさんじゃない。懲りずにまたいらしたの? 本当に、いつまでこの学院に通うつもりかしら? 私、もう貴女の顔を見るのもいい加減、飽きましたの」


 私は俯きながら立ち続ける。リリー嬢が無反応な私を見ながら、呆れたように溜息を吐いた。


「もう仕方ないわね。アデラさんアレを貸してくださる?」


 リリー嬢がそう言うと、隣にいたアデラ嬢がクスクス笑いながら、リリー嬢に小さなナイフを手渡した。


「ありがとう、アデラさん。頭の悪い子って本当に、身体に躾けてあげないと分からないものなのね。私も勉強になりました。本来ならこんな事はしたくはないのだけれど、貴女の理解力が足りないのだから、仕方ないわよね? 誰かがちゃぁんと教えてあげないと、だって教育は大事だもの。ね?」


 リリー嬢は立ち上がり、私の目の前に立つと、ナイフの先を私の胸元に置いてから、ゆっくりと下に引き裂いていく。


 …………ジッ……ジッ…………。


 制服が引き裂かれる音が嫌に響いた。私はただ、リリー嬢の顔を見つめる。ニコニコと笑うリリー嬢の顔は、可愛らしいものなのかもしれない。でも私からは悪魔のような醜い笑顔にしか見えなかった。


 ーーーービリビリビリ。


 上半身の制服を真っ二つに裂かれ、小さなナイフはそこで止まる。


 抵抗は出来なかった。貴族であるリリー嬢に、平民の私は抵抗などしてはいけない。早くこの時間を終わらせる為にも、反応を無にすることが、私にとっての唯一の抵抗だった。


「あらまぁ、貧相な身体ねぇ、ふふ」


 隣にいたアデラ嬢が言うと、リリー嬢も笑いながら頷いた。


「その通りですね、このような身体で男性を誘惑しようとするんですもの。不快にも程があるわ。そうねぇ、自覚が無いのでしたら、殿方も惑わされないように、もっと分かりやすくしてあげたら良いと思うの。それにこうしたら、流石に貴女も自覚するのではなくて?」


 リリー嬢は私の胸にナイフを向けると、そのまま突き刺した。ナイフの先が皮膚に食い込む。


「ーーーーっつ!」


 真ん中を引き裂かれた制服に、私の血が滲む。白から赤へとジワジワと広がっていった。


 私を見ているアデラ嬢が口を塞ぎながら「やだ、不潔だわ」と蔑むように言った。

 リリー嬢は笑いながら、突き刺したナイフを私から引き抜くと、そのナイフを捨てるように床に投げ落とす。


 私はそのまま痛みと出血を抑える為に、胸を押さえつけながら蹲った。


「あら、ナイフが汚れてしまったわ。このような、不潔になってしまったナイフなんて、もう使えないわね。そうは思わない? アデラさん」


「ええ、残念ながら、もうそれは使えませんね。ナイフは勿体ないですが」


「そうね、そうよね。あぁ、そうだわ、デジールさん。そのナイフはもう使えないのだし、あなたに差し上げるわ。あなたの価値より、きっとそのナイフの方が良い物でしょうが仕方ありません。それに、あなたが汚してしまったナイフだもの。あなたの物として、全ての責任はあなたにあるわね」


 私はリリー嬢達が何を言っているのか、理解出来なかった。ただただ痛くて、込み上げてくる恥ずかしさと一緒に身体を隠しながら、傷口を必死に押さえることで精一杯だった。



「皆さん!? いったい何を騒いでいるのですか?」


 扉の音と共にミーナ先生が教室に入ってくる。

 ザワザワとする周囲の声と一緒に、私を囲むように見物していた子達がそれぞれ席へと着き始めた。


 ただ1人動けずに、その場に蹲る私を見た瞬間、ミーナ先生から表情が消えて固まった。

 すぐに慌てたように私のそばまで来ると「どうしたのです? デジール」と聞いてきた。


 私は何も言葉に出来ず、それでも助けて欲しいと、願うように先生を見つめる。


 それなのに……。


「先生、デジールさんが急にナイフを持ち出して自分の制服を切ってしまわれたの。どうやら、皆の視線を集めたかったようです。私は注意したのですが……、ついにはご自分で胸を刺されたの。皆んな本当に驚きました。ねぇ? 皆さん?」



 近くにいたアデラ嬢が、困ったような顔をしながら周囲を見渡すと、クラスメイトのほとんどが同調するように頷いていていた。

 それを見たミーナ先生は戸惑いながらも私に「本当ですか? デジール」と聞いてくる。


「え、そんな……先生、私を疑うんですか?」


「いえ、そうではありませんが……」


 それを聞いたアデラ嬢は、勝ったと言わんばかりにニヤニヤと笑った。


「先生、でしたら、デジールさんを注意しなくては。教室にナイフを持ち出すなんて事は、本来、あってはならない事ではないですか? 教師なら、悪い事をした生徒を、ちゃんと叱る事も大事ですよ。ね? 先生」


 ハッとしたような顔をした後、ミーナ先生は、丸メガネをかけ直すような仕草をしながら、私に言った。


「ええ、ええ、そうね。デジール、いけませんよ。大事な制服がボロボロじゃないですか。まずは医務室に行って、すぐにその傷を止めて来なさい」


 私はコクリと頷きながら、出来るだけ背中を丸めながら胸元を抑え、教室を出た。廊下をよたよたと歩いていると、私がいた教室から笑い声が聞こえてくる。



 泣かないように頑張っても、ボタボタと涙が溢れて止まらなかった。


 痛くて。


 痛くって。


 情けなくて、辛くて、恥ずかしくて。


 込み上げてくるどうしようもない気持ちで溢れた。


「いたいよぉ……」


 私の声に誰も応えてはくれない。


 誰も……。


 その日は医務室で治療を受けた後、そのまま家に帰宅した。医務室の先生は私を見て驚いていたけれど、何も聞いては来なかった。先生曰く、傷口は見た目ほど酷くはなく、問題ないとのこと。ただ、数針縫った傷口は、開く恐れがあるから、暫く安静にするようにと言われた。


 治療中、私の指にもともとあった、幼少期の傷跡をチラリと見た先生は、体質的に、胸の傷は酷く残るだろうと。そう、淡々と言われた。

 

 私は、込み上げてくる涙を、痛みと一緒にぐっと飲み込みながら治療に耐えた。


 上着を借りて、家に帰ると、ボロボロになった私の姿を見た母が、無言で抱きしめてくれた。身体があまり丈夫ではない母に、心配をかけたくなくて、私は学院での事を母に黙っていた。それでも母は、今の私の現状を薄々知っていたのだろう。母は何も言わず、私を抱きしめながら、ただ泣いていた。


 それから一週間、私は胸の傷口がある程度ふさがるまで、学校には通わなかった。制服も新たに仕立て直すのに一週間は必要だと聞いて、制服と胸の傷の治療を理由に、学校を休んだ。


 それでも一週間は大した時間稼ぎではない。父から送られてくる返事の手紙は、まだ私の元には届かないだろう。



 ああ、本当に、もう誰でもいい。

 お願いだから、誰か私を助けて下さい……。


 そう、ずっと願っていた。




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