No.8 パパの思惑
カミール王子の弟が登場した事で起こった展開に、1人でドキドキ、ワクワクしながら見ていたけれど、兄であるカミール王子は全く動じる事はなかった。
「グエン、後にしなさい。エリザベート嬢が驚いているよ」
カミール王子、すみません。
驚きよりも、この美味しい状況に、少しときめいていました。
私を横目で見たグエン王子は少しだけ驚いたような顔をしたあと「チッ」と大きな舌打ちをして、忌々しそうにカミール王子を睨みつける。
やはり王子間は色々複雑だったりするのだろうか。
分からない時は余計な首を突っ込まない、これに限る。
「エリザベート嬢、俺のエスコートを受けてくれないだろうか」
カミール王子に話すのが無駄だと思ったのか、グエン王子の矛先は私に変わる。
差し出された大きな手はぶっきらぼうでも、一応私を怖がらせないようにと気を使っての事なのだろう。
いや、でも……困るし!!
委ねられる展開は非常に困る。
「だからグエン、挨拶もせずにエリザベート嬢に失礼だと言っている。この場は『そういう場』ではない。私とエリザベート嬢はリリー嬢にお祝いを言いに来たんだよ。これからその挨拶に行くところだ。そこをどきなさい」
ただでさえ人目を集めていた私達の周囲には、すぐに何だ何だと野次馬が集まり始める。
やばくない?
これはマズいんじゃない!?
「グエン、もう一度言う。ここは公の場だ。良く考えなさい」
それだけ言うと、カミール王子は歩き始めた。カミール王子の腕に手を添えている私もつられて歩きはじめたけれど、すれ違う手前でグエン王子は、何も言わずに何処かへ言ってしまった。
グエン王子がいた場所を通り過ぎた時、少しだけ甘いムスクのような香りが残っていた。少しだけふと懐かしさを覚えた。昔、私が好きだった香水の匂いに似ていたからだ。
それでも………。
すぅっとカミール王子の方を吸い込むと、鼻から入るピリリッとした甘いこの香りに、つい、うっとりとしてしまった。
私はこのカミール王子から香る、この匂いの方が断然好きだ。初めての香りなのに不思議と安心する。
いったいどんな香水なんだろう?
ってだから、違う! 違う!
口呼吸! 口呼吸よっ!
王子の達の匂い、そんな事はどうでも良いのだ。
とりあえず、グエン王子との事が大事にならずに済んで本当に良かった。
安堵からそっと息を吐くと、それに気づいたカミール王子がバツの悪そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。
「弟が失礼を、大変申し訳ありませんでした。ご気分は大丈夫ですか?」
ちょっ……急なイケメンドアップの方が心臓に悪いわっ!!
「だっ大丈夫です。私は大丈夫ですよっ」
「本当に?」
だからドアップをやめてっ!!
それをやめて!!
「ほっ本当です」
「そうですか、それなら良かった。何かあればすぐに仰って下さいね。貴女に何かあればデンゼン様に殺されてしまいます」
ニッコリと笑うカミール王子のセリフは、私には笑えない。
パパね、ああ……うん、あのパパなら殺りかねないわね。でも、私も同じですからね、王子様。
刺激物要注意です。
でもそう考えると、カトリーヌとの婚約はどうだったんだろ。王子様とはいえ、あのパパは面倒くさそうだけど。私のその疑問は、素直に口から出ていた。
「やはり、お姉様との婚約は大変でしたか?」
すると、ビックリしたような顔をした王子はすぐに「ヒミツです」そう言って複雑そうに笑った。
これは……きっと大変だったんだなぁ。
頑張れカミール王子。全力で応援するからね。私は心の中でエールを送った。
一際華やかなテーブル席周辺に近づくと、年配の方が集まって挨拶をしていた。王子と私が進むと、譲るように皆が道を開けてくれる。
主役であるリリーの元に到着すると、身分が下位であるリリーから先に挨拶を行った。
淑女がするように膝を折り王子の右手を自分の頭より上に上げる。
なんだっけ、こういう挨拶……見たことある。
そうだ、カーテシー!!
リリー嬢、まだまだ幼く見えるのにあんなに立派な挨拶が出来るなんて凄いな。流石貴族社会。教育が違う。
「ようこそ、おいで下さいました。カミール殿下、本日は父上から私の為にとお祝いの席を設けさせて頂きました。このような細やかな場ではございますが、どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい」
「ありがとうございます。リリー嬢、とても立派になられましたね。本日は本当におめでとうございます。さぞ、お父上もお喜びの事でしょう。私もマクニール家の更なる活躍を期待しております。残念ながら本日は私の婚約者である、カトリーヌが欠席ではありますが、是非にと、妹のエリザベート嬢がいらっしゃいました。エリザベート嬢こちらへ」
私はカミール王子に差し出された左手に自分の手を添えると、王子に誘導されるようにリリー嬢の前に立った。そのまま私の右手をリリー嬢の手に譲るように渡すと、王子は「大丈夫」とでも言うように微笑むと一歩下がった。
「初めまして、エリザベートお嬢様。お噂はかねがね聞いておりましたが、本当にお綺麗な方で驚きました。お会い出来た事を嬉しく思います。私、リリー・ロイズ・マクニールと申します。以後お見知りおきを。本日は私の為に、この様な場にいらして頂いたこと、嬉しく思います。どうぞ楽しんで行って下さいませ」
「リリー嬢、本日はおめでとうございます。こちらこそ、以後よろしくお願い致しますね」
私が微笑むとリリーは私の顔をじっと食い入る様に見つめている。
ん?なんだろ?
「リリー嬢、私達はそろそろ失礼致しますね。貴女に挨拶をと来られている方に、独り占めするなと睨まれてしまいます」
王子の言葉にハッとしたリリー嬢は「失礼しました」と私の手を離した。私はそのまま、流れるような王子のエスコートによって、その場を離れる。
緊張していた挨拶は呆気なく終わり、私の挨拶は本当にカミール王子の言った通りのセリフだけで済んでしまった。
カミール王子、マジで完璧過ぎる。
挨拶を終えた後、私と王子はしばらくは食事を楽しんだ。
相変わらず周囲に人は多く、こちらに向ける視線も多いけれど、私は緩やかに微笑みながら、面白い人はいないかなぁ、と見渡す余裕まで出来ていた。
異変が起きたのはお腹も満たされた頃、華やかな主役のテーブル席が何やら騒がしい。
人々の合間からチラチラと見える様子から、侍女がリリー嬢を宥めているように見えた。
それでもしばらくして「もういいわっ」そんな悲鳴に近い声と供に、走り出したリリーが会場から出て行くのが見える。
私はその姿を見た瞬間、『マクニールの格を下げろ』そう言ったパパの声が頭に浮かび、冷や水を、頭からぶっかけられたかのように、急激に気持ちが冷めていった。
私はそこで、ようやく見慣れていた周囲の景色の【異常】に気がついたのだ。
こみ上げてくる気持ちに気分が悪くなる。
そうか、身体だけエリザベートの私は、全てエリザベートのせいにしていた。私は悪くないと……。
気をつけるべきは、勝手に動くこの身体だと……。
でも……今回は……………。
パパ……これで私の役目は果たせましたか?
もういいですか?
満足そうに笑うデンゼンの顔が見えた気がした。
私の周辺には見事に若い人達ばかりがいる。特に女性より男性が圧倒的に多い。
リリー嬢に挨拶に行った時に、すぐに気づくべきだった。リリー嬢の周辺にいた人は、皆んな年配だったことに。『そういう場』では無いとグエン王子に対してにカミール王子は言ったけど、実際、リリーにとっては『そういう場』だったのだ。お誕生日会やお披露目会、貴族社会に住む若い娘にとっては、自分で選べる婿探しの場でもある事を私は知識として知っていた。何故すぐにその考えに至らなかったのか……。
自分の事で頭がいっぱいだったから。
思いの外楽しんでしまったから。
冷静な目で見ればちゃんと分かる。
カミール王子は今も私の隣にいる事で、他の男性からの私への挨拶をしっかりと牽制していた。
知らない人が少しでも近づかないように、それとなく場所を変えながら。カミール王子自身の挨拶は出来るだけ少なく、手短に。私のエスコート役としての役目を、しっかりと果たしていた。それも私の緊張を解し、ちゃんと楽しませながら……。
完璧な紳士のエスコートだ。
それに比べて私は……。
悔しさと自己嫌悪がこみ上げて涙が溢れそうになった。
ーーーーーーーっ。
「申し訳ありません。カミール王子、私急用を思い出しました。失礼致します」
「エリザベート嬢? 急にどうされ……いえ、分かりました。こちらへ参りましょう」
ああ、この完璧王子は、私の装った平静さえ見破ってしまうのか。
走って逃げ去りたい衝動を抑え、私は王子に恥をかかせない為にも感情を押し殺しながら、エスコートされるがままバルコニーへと出た。
「それで、急にそんな泣きそうな顔をされてどうされたんです?エリザベート嬢」
……バレバレだよ、畜生。
「自分の愚かさに気付いただけです」
「愚かさ……ですか?本日の事で?」
「はい」
「本日、私はエリザベート嬢をエスコートさせて頂きましたが、貴女は淑女らしく、立派に勤められていらっしゃいましたよ? 何故、急にそのようになってしまわれたのか、私には分かり兼ねますが、あの場で涙を零さなかった事は、とてもよく頑張った事だと思います」
私はぶんぶんと首を振った。そうじゃないと。
「やはり今日、私は来るべきでは無かったのです。私が台無しにしてしまいましたっ」
リリー嬢の立場を、リリー嬢の本来の目的を、全部潰してしまった。しかも今の自分の美貌を自覚しながら無自覚にだ。
いいや、違う。デンゼンに言われた事を理解していたのに、居るだけでいいと言われた言葉を軽視して、判断を誤っていたんだ。もっと状況に、早く気づいていれば、あの場を早く離れていれば、リリー嬢にとって大切な今日という日を、涙で濡らす様な事には、ならなかったかもしれないのに」
「あぁ、なるほど、そう言う事ですか」
合点がいった。そんな顔でカミール王子は私を見て微笑むと
「エリザベート嬢、貴女が持って産まれた地位とその類稀なるご自分の美貌が罪だと?」
ーーーーーーー!!!?
言い方!! そうなんだけど、その通りなんだけど、言い方のニュアンスがっ!!
私がビックリしていると、王子はケラケラと笑い出した。
「ーーーーーなっ!?」
ーーーーーーからかわれた!!?
「ははっ、とても可愛らしいですが、顔に出過ぎです。まるで貴女そのものですね。心が真っ白だ。けれども聡い。そうですね、ならば年配者からの助言でも致しましょうか」
「助言?」
「えぇ、助言です。エリザベート嬢、持って産まれたモノはどう足掻いても変えられませんよ。潔く諦めてしまいなさい。そしてその上で生かしなさい。貴女が幾ら避けようと思っても貴女の生まれは社交の場を避けては通れないでしょう。それはステイン家の為にもです。貴女は社交の場に出る度に後悔するのですか?貴女は社交の場で楽しんではいけないのですか?人前で笑ってはいけないのですか?自由に感情を出してはいけないと、苦むのですか?それは歪みを生じますよ。とっとと諦めなさい。貴女は美しいのです。そしてその美しさを自覚してさえいれば良いのです」
「でも……それでは……私はリリーを」
リリーを傷つけた事に変わりはないのに。
これからも私はそんな風に他者を傷つけながら生きていくの?
それを自覚して堂々としてろと?
このサイコキラーのエリザベートで?
私の思いを見透かしたかのように、カミール王子は小さく頷きながら微笑んだ。
「そうです。貴女は今日見たこの社交の場をどう思われましたか?」
欲の塊……。
私の頭の中に浮かんだ言葉に、王子はクスリと笑って「当てましょうか?」と言うと続けて「欲の塊」と分かっていたかのように答えた。
「ええっ!?」
「ふふっ正解でしたでしょう?」
得意気に言った王子は「私も社交の場に出た時、同じように思いましたからね」そう言って少しだけ遠くを見つめた。
「そうです。社交の場は欲の塊です。様々な人の思惑が交差する、そんな世界です。貴女の美しさは人を惑わせるでしょう。良いじゃないですか、惑わせておやりなさい。貴女に惑わされずに生まれた愛を見た時に、貴女はきっと救われますよ」
カミール王子は私に向かって優しく笑うけど……。
王子、それって私は強欲にまみれた男どもの当て馬役って事ですか? 私に靡かない者こそ愛があると!!?
それって酷くないですかっ!!!?
主に私に対して!!
気落ちしていたのに、リリーに対して本当に申し訳ないと思うのに。なんてポジティブ意見!!
「それに今日は、貴女に笑顔になってもらいたいと、一緒に楽しめたらと、私自身がそう努めました」
王子は私の手を取ると、紳士的なお辞儀を一つした。
「ですから……今日、私とエリザベート嬢は同罪、ですね?」
そう言って王子が顔を上げると、悪戯っ子のように笑っている。
王子の顔を見た瞬間、私の涙は呆れたような、そんなため息に変わっていた。
信じられないこの王子、なんて人なの……。
それでも私は呆れたようにでも、緩やかに笑っている自分に気がついていた。慰めるのではなく、同罪だと言った王子の優しさに救われてしまった。
そしてまた、まんまと心を軽くされてしまった事を少しだけ、嬉しく思ってしまった。
「私、女性からは嫌われまくるタイプね」
「それでこその【女神】だと私は思いますけどね」
そう言ったカミール王子は本当に優しく微笑んだ。
いや、そこは【悪魔】なんですよ。カミール王子。
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