最終話 エルマとリリィ
「魔法鉱石に秘められた力は、かの吟遊詩人が鉱石で最期となった時に生まれたという。王国側で考えられている説だ」
老人ミイルズが語る。
「王国の民はまだ戻ってきていない。恐らく、魔法鉱石は……あれだけだったんだろう、実際国王に会った総督からの証言だ。アイリーンの歌で骨抜きにされた王がわざわざ嘘を言うまい。それに魔法鉱石を手にしたところで大陸を統一できるほどの力はない。何故なら、かの吟遊詩人の血を引く者でなければ発動できんのだ、夢見た大陸統一を……果たせぬまま老い死ぬか、愛しい弟子にも先立たれ、やれやれ」
しょんぼり、と溜め息をつくミイルズだが、すぐに微笑みを浮かべた。
「だが愛の詩をまた聴けてよかったわい、お前さんも最期に聴けたか?」
山間部、王国領土の南下した場所にある廃村。
そこには三つの墓石が建てられている。
『大英雄アイリーン・シグナル 愛しき村に帰郷』
『勇敢勇猛の将デヴィン 故郷にて眠る』
『帝国騎士団 団長ローグ 全帝国民に愛された男 帰郷』
綺麗に磨かれた墓石は太陽でさらに輝きを増す。
一つ目の墓石には色とりどりの新鮮な花束が添えられ、木々の隙間から流れるそよ風で揺れている。
二つ目には刀、墓石の前に突き刺して抜けないように固定されている。
三つ目にはバスタードソードが横向きに飾られていた。
ミイルズは三つ目の墓石を軽く叩くように触れる。
「ミイルズ様、そろそろお時間です」
隻腕の少年クリスに声をかけられた。
「そうかそうか、もう時間かい……クリス、腕の具合は?」
「皆様のおかげですっかり良くなりました」
「ならいい、さぁ帝国に戻らんとな、まだまだ問題が山積みだ」
二人は逞しい牡馬に跨り、颯爽と山を駆け下りていった……――。
帝国と王国の境目にある山沿いの町。
「エルマァ! 今日の掃除当番なのにリリィに任せるんじゃないよ!」
「うっせ、こっちは狩りで忙しいっての!」
「今日の狩猟当番はアタシだ!!」
騒がしい声が響く。
赤い牝馬を撫でながら、
「うむうむ、今日も良い日である」
慣れてきた大陸の言語で呟いた。
いつものように愛の詩を口ずさむ。
すると、隣で合流して歌い出す金髪碧眼の少女。
ぼんやりと淡い白い光が纏う。
バラードのようにゆったりとしたリズムが町に流れ、町民は穏やかな表情で聴いている。
騒いでいた二人も足を止め、お互いに肩をすくめた……――。
「さ、もうすぐ出発だ。王国の北側にあるカーム国の港まではメイが一緒だから大丈夫だろうけど、無茶するんじゃないよ」
背負える程度の荷物を抱え、エルマは淡々と気だるそうに返事。
エルマは腰にサーベルを吊るす。
「リリィまで一緒に行くなんて、なんだか心配だね」
「オレがついてるから大丈夫だっての」
「アンタが厄介なことに首を突っ込むからねぇ、それに今はもう頼れる形見がない、一度死にかけたんだから十分に注意しな」
「分かってるって」
「ふふ、カロルさんありがとうございます。私がしっかりエルマさんを引っ張りますので」
柔らかく微笑むリリィに、カロルは大きな笑顔で頷く。
「そうだったね、まかせたよ」
「リリィ様、どうかお気を付けて!」
「エルマ、また来いよ」
カロル達に見送られ、エルマとリリィは馬車に乗り込んだ。
手綱を握るメイは馬車の専用席に腰掛け、ゆっくりと赤い牝馬を歩かせる。
「母親と祖母、見つかるといいね」
「あぁ、王様達とどこまで避難したのか分からねぇ、大陸全部を探すしかないだろな」
エルマは気だるげに溜め息をつく。
「きっと会えますエルマさん」
リリィは励ますように胸の前で握り拳をつくる。
「オレより気合入ってんのな……まぁリリィが一緒なら大丈夫だろ」
ゆるく笑うエルマと優しい笑みのリリィは見つめ合う。
「うむうむ、仲良きかな。しかしあの魔法鉱石、消えてしまったな」
「なんで?」
「そりゃリリィの力。リリィの歌声と強い願いに反応した結果、魔法鉱石がエルマを蘇らせ、消滅したってところ。残念残念、どんな財宝よりも貴重よ」
「うるせー」
「リリィとローグのおかげだな」
「……分かってる」
あぐらをかいて頬杖をつき、隣にいるリリィから目を逸らした。
「リリィ…………ありがとな」
逸らしたまま呟かれた言葉。
リリィは頬を微かに赤らめながらも小さく頷いて返した。
碧眼を閉ざし、薄桃の唇を動かすと、透き通った美しい歌声が響き渡る。
メイも口ずさむ。
街道を進む他の通行人も聴き馴染みのある歌に穏やかな表情で口ずさむ。
白く淡い光がリリィの体に纏う。
歌う彼女の横顔を視界に映し、エルマは誰よりも声量を抑えて口ずさんだ……――。
終わり
エルマとリリィ 空き缶文学 @OBkan
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