雪解け

京香🖊️朝永

第1話

予感してた…


目覚めたら街の音が聞こえない


カーテンを開けたら街中を真っ白に埋め尽くす雪…


お別れの日のこんなシチュエーション、何となく予感してた。


「晃ちゃん、凄い雪だよ?」


晃ちゃんは窓から反射する雪の白の眩しさに目を細めて「ほんとだ、スノータイヤにしておいて良かった」と起き上がり外を見ている。


この横顔を見るのも今日で終わりか…


もう涙は枯れていた。泣いて泣いて今日の雪の様に私の晃ちゃんへの気持ちを真っ白にした。


笑顔で送れる様に…晃ちゃんの夢を邪魔せぬ様に。



半月前、オフィスのPCの通知が一斉に鳴った。


***人事異動が発令されました***


辞令


営業第一課 柳沢晃平


海外事業部 ロンドン支社勤務を命じる


*******************


私の思考回路は暫く止まったままだった。


やっと頭の中に浮かんだ言葉は…

「晃ちゃん、私は付いていけないよ」


私は私でやりたい仕事に就いたんだ…

晃ちゃんの事は大好きだけど、一緒に暮らした毎日も幸せだったけど…


私は誰もいない広い会議室に入り、静かに泣いた…



「千花、付いて来てくれないか?」


予感はしてた…

晃ちゃんはきっとそう言うだろうと…


「ごめんね晃ちゃん、私は行けない」


「そう言うと思ってた…」

そう言った晃ちゃんは寂しそうな笑みを浮かべ、うっすら涙も浮かべ何時もの様にやさしさを纏った眼差しで私を見ていた。


「お互いの夢を大切にしよ?こんな日が来る為に精一杯愛し合ったじゃない…幸せだったよ」


晃ちゃんは唇を噛みしめ涙を堪え、何度も頷いた。自分にも言い聞かすかの様に何度も何度も頷いて、でも言葉は出て来なかった。

きっと声を出す事が出来なかんだと思う。



そしてお別れの日の今日…


晃ちゃんは荷物を車に積み出した。


「私も手伝わせて?」


晃ちゃんは「寒いよ?千花は寒がりだから大丈夫だよ」と最後まで優しい。


荷物を持って外に出ると、雪の白さが目に痛い、それが泣き顔みたいに見えない様に、必死に笑顔を作ってた。


本当に幸せだったから、本当に大好きだったから、悲しい顔して終わりたくなかった。


「お砂糖みたいだね?」


「そうだね?」


私は話をしたくなかった。話すより二人でいる空気を感じていたかった。きっと晃ちゃんもそうだったんだと思う。


最後の荷物を積んだ。

「じゃっ!」晃ちゃんはドアを閉める間際に私を笑顔で見てくれた。


「じゃあね!」

私も笑顔で手を上げた。


晃ちゃんの車が出て行った…

大通りに出るまでの真っ直ぐな道を走る晃ちゃんの車に付いて行ったのは、積もったばかりの雪に残されたタイヤの後だけだった…


「行っちゃった…」


私は時計を見た…

晃ちゃんにせがんで買ってもらった時計を見た時…

私はその場に崩れ落ちた。そして思いっきり泣いた。


雪の冷たさなんて感じなかった…。


数日後…

「千花!スキー行こ?」


幼馴染みの美和からのライン…

きっと美和の思いやりだろう…


スキー場…


晃ちゃんとお別れした朝を思い出す雪景色。私は思ったより元気、そう言い聞かせてた。


リフトに乗ったら美和が「あれ?その時計…?」と覗きこんだ。


「そうだよ、晃ちゃんに貰った時計、だってこの時計欲しかったし、スポーツウォッチだからスキーでしててもおかしくないでしょ?…でも少し緩くなって来たから穴をひとつ詰めようかな?」と、スキーグローブのままベルトを緩めた。


「あっ!」

時計が落ちた…

リフト下の新雪にすぽっと落ちて埋もれてしまった…


美和が「大変!えっと4本目の柱の…」


「いいよ!これで本当に終われた」

私は一生懸命作り笑いをして…

でもちょっと悲しくて…。


晃ちゃんとお別れしてから月日が経ち、季節は初夏に変わっていた…



カツカツカツ…

私はヒールの音を響かせあの時、晃ちゃんが走り去った一本道を歩いていた。


「あの~!落とし物ですよ~!」後ろから声がした。


「えっ?私?」

振り向いた…。そこには見慣れた笑顔が…


「晃ちゃん?」

走り寄って来たのは紛れもなく晃ちゃんだった。


「落とし物ですよ」

その手にはスキーで落とした時計が握られていた…


「どうして?」


「美和ちゃんが教えてくれた。柱4本目だって…」晃ちゃんは優しく包む様な微笑みを浮かべ私の手を取り、時計をそっと置いてくれた。


私は涙を堪え頷くのがやっとだった…


晃ちゃんは「離れても気持ちは全然変わらなかった、だから会いに来た。一生ロンドンにいる訳じゃないから…」と言った。


「あの日がお別れじゃなかったって事?」



「千花、見てごらん?時計…」


「えっ?え~~っ!」


「時計、まだ動いてるよね?」


「うん凄い!」


「僕達の時間もまだ止まっていない…そう言う事…」


そう言って優しく抱き締めてくれた晃ちゃんの腕の中は、本当は全然平気じゃなかった私が唯一素直に甘えられる場所だった。


「千花、ごめんね、やっと会えたけど時間がないんだ、もう行かなくちゃ。」


晃ちゃんはいきなり現れて、あの日から雪で凍ったままの私の心を溶かして去って行った…



あれから1週間…


晃ちゃんに会ってから考えた…答えが出なかった…


朝、鏡に向かって自分の顔を見て問いかけた…このままでいいのかと…


「良くない!」

私は鏡の中の私に答えた…



そして今私は空港の出発ロビーにいる。

ロンドン行きのチケットを持って…



雪解けを待って落とし物を拾ってくれた人に、あの日言いそびれた「ありがとう」を言う為に…



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雪解け 京香🖊️朝永 @kyon81asanaga

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