第38話 雪矢の仕事

「ちょっと! 甲羅ぶつけてきたの誰!?」

「隙があるのが悪いのよ、って爆弾投げてきたの誰よ!?」

「隙があるのが悪いと誰か言ってませんでした?」

「あなたたち、仲良くプレーしなさいよ」


僕の様子を窺いにきたらしい雨竜連合は、用を済ませてそのまま帰るのかと思いきや、テレビの前にあったバドファミに興味をそそられたようで、交代しながら対戦をしていた。


見た感じだと、新作をやったことのある出雲や蘭童殿が一枚上手で、その後に真宵と晴華、翔輝にあいちゃん、朱里に美晴といった感じだった。


それでも雨竜との実力差はそれなりにあるようで、一般的に見れば雨竜も上手い部類に入るのだと改めて認識した。普段ボコってばかりだからその辺りの認識が甘いようだ。


「お前はやらなくていいのか?」


キッチン側のテーブルから遠目で様子を窺っていると、正面に座る雨竜が声をかけてきた。


「僕に弱い者イジメする趣味はない」

「接待してやればいいだろ、ゲーム自体は好きなんだから」

「アホか、好きなゲームで手を抜くような人間じゃねえよ」

「接待も立派なテクニックだと思うけどな」


そんな技術を磨いたところで意味なんてない。そんな器用なことができるなら、もっと世渡り上手に人生生きている。



「1つ、聞いておきたいんだが」



雨竜が、少し改まったように、リビング側へ伝わらないボリュームで前置きする。


「何だよ?」

「今回の犯人、本当に追及しなくていいのか?」


それは、ゲームを始める前に僕が言ったことだった。



『今回の件、僕は気にしてないから。犯人捜しをするような真似は禁止だ』



これに対しての反論はなかった。芳しくない表情を浮かべている奴らはいたが、当事者の僕がいいと言っているのだから、何かしら思うことはあれ、皆何とか言葉を飲み込んだのだろう。


とはいえあからさまに蒸し返したくもないから、雨竜としてもこうしてひっそりと聞いているわけだ。



「言った通りだ。正直相手の目星も付いてるしやろうと思えばやり返せる。だが僕自身やられて当然だと思ってるし、それで奴らの気が済むなら寛大な心で許してやるまでだ」

「……お前の反撃がないことを良いことにつけ上がったら?」

「そんな元気のある連中なら僕が裁くまでもなくいずれバレる、学校側も馬鹿じゃないんだから。ただ、」

「ただ?」

「標的が僕じゃなくお前らになるようなことがあれば、完膚なきまでにぶっ潰す」



やり返されて当然なのはあくまで僕一人、周りの人間は関係ない。そこの壁を超えてくるような真似をするなら、二度とちょっかいなんて出したくなくなるように教育してやる。



「はは、少し安心した」

「何がだよ」

「さっきからお前らしからぬセリフばっかりだったからな」

「うるさい、前衛的な立ち回りが僕のスタイルだと思うなよ」



そもそも僕は静かに学校生活を過ごしたかったのに、穏やかならぬ環境に導いたのはコイツらである。生徒会選挙の手伝いをしなければこんな事態に発展していないかもしれなかったが、それは流石に僕の日頃の行いを度外視し過ぎているか。まあ反省するつもりはないが。


ただ、出しゃばって学校の環境を悪くしたのは間違いない。この件に関しては被害者側だといえ、生徒会役員になろうとしている人間の手伝いに黒い噂があるのは決してプラスに働かないだろう。中間試験が終われば応援演説があるが、それを担当してわざわざ周りを刺激する必要もあるまい。


「なあ雨竜」

「断る」

「まだ何も言ってないだろ」

「生徒会の応援演説、別の人に任せろって言うんだろ?」

「なんで分かるんだよ」


相変わらず超人的なことをサラッと行う完の璧夫こと青八木雨竜。会話の流れで察せることでもないのに、コイツの頭はいったいどうなってるのやら。


「言っただろ、周りがどう思おうが知ったことじゃない。お前は堂々と自分の仕事を真っ当すれば良いんだよ」

「僕の仕事……」

「そうだ。お前がやらないなら俺も生徒会選挙下りるからな」

「ふざけるな、そんな中途半端なこと教師陣だって許さないだろ」

「さあ? 俺はお前のせいって言い張るけど」



この野郎、大人気なく人に責任を押し付けるんじゃねえよ。こちとらお前らのことを考えて発言してるって言うのに、そんなに譲歩する気ないならこっちにも考えがある。



「そこまで言うならやってやってもいいが、事前に文章なんて準備しないからな。全部その場のフィーリングで話す、その結果不信任になろうが一切責任は取らん。それでいいな?」

「全く以って問題ないね、お前が壇上に立つならな」



こちらの挑発に、怯むどころかニヤリと楽しそうに笑う雨竜。


はあ、信任を得るなら僕に何も喋らせないことが大事だって言うのに、天才の考えてることは分からん。まあコイツの知名度だけで何とでもできそうなのは確かだが。



「ちょっとユッキー! 高みの見物決めてないで一回くらい参加してよ!」



どうやらキリよく対戦が終わったようで、晴華が不満たらたらな表情でこちらを向いていた。周りもこぞって僕の参加を期待しているように目を向けるので、さすがに腰を上げリビングの方へ向かう。


「初代って初めてやったけどだいぶ慣れたわ、そろそろ家主と闘いたいものね」


そう言ったのは出雲。弟たちとゲームをよくやる彼女は、今回のバトルも勝利したようで自信ありげな表情を浮かべていた。


「私もです! 次こそ御園先輩に勝つんですから!」

「あたしだって負けないよ! さっきようやくマヨねえに勝てたもんね!」


どうやら僕以外の参加者は、出雲、蘭童殿、晴華の3人のようだ。真宵が随分悔しそうな表情をしているが、今回に関しては参加しない方がいいと思う。


「戦ってもいいが緊張感が欲しいからな、1対3でやらせてもらうぞ」

「「「はっ?」」」

「ついでに僕の残機は1つでいい、スタートで自滅するから」

「「「……」」」


あからさまなハンデを伝えると、参加者3人の顔色が分かりやすく変わる。言うまでもなく不服そうだ。


「……雪矢さ、いくら何でも舐めすぎじゃない? 私たち、朱里や美晴みたいに初心者じゃないんだけど」

「そうですね、負ける言い訳を作るにしてもやり過ぎですよ」

「あたし、こういう不公平なの嫌い! 勝ったって全然嬉しくないし!」

「雨竜、どっちが勝つと思う?」

「99.9%雪矢だな」


一瞬の迷いすらない即答に、3人のボルテージが最高潮へ達した。


「むっかついた! こうなったら秒で終わらせてあげるから!」

「異議なしです! 廣瀬先輩には現実の厳しさを教えてあげます!」

「こんな前哨戦サクッと終わらせてバトルロイヤルに切り替えるんだから!」


各々の熱い決意が廣瀬家に響き渡る。



その数分後、3人が画面を見たまま石化したのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい 梨本 和広 @nashimoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ