4:悪夢で充ちた世界で

   …… ZZZ ……



「……湧泉わきずみさんも無事きたみたいね、なら早速、情報だけ共有させていただくわ」


 駅の真横に存在する背の高いマンションの屋上、フェンスに寄りかかって夢界ゆめかいを見渡していた桐谷きりたにさんは、淡々たんたんと治療時に必要な情報を教えてくれた。


「……まず、再現された夢界のエリアは大体ここを中心地に直径3キロメートル強、そこから先は認識の範囲外。あとメアが密集している場所が、3時と11時方向。……わかったのはこれだけ」

「十分すぎる情報をありがとう。みんなの準備がいいなら、いつもの班分けでいこうか」

「いや、今回は建物のせいで死角が多いからな。ひじりりんについてやれ。木下きのしたは俺といくぞ」

「待て待て、嶺吾れいあはいつも通り、桐谷さんと組むのがベストだろ! ねぇ、桐谷さん?」

「そうですよ廣瀬ひろせ先輩! 浮気だ、浮気だ!」

「――……そうね、なら、湧泉さんについていくわ」


「ほら! 桐谷さんも嶺吾がいいって――」

「そうですそうです、当然の意見で――」

「「えええっ!」」


「……あら、私じゃ不服ふふくかしら?」

「いや、僕は桐谷さんが不服じゃないかなって……、まあ、本人がいいというなら」


 いつもは、僕と木下さん、嶺吾と桐谷さんと言うテンプレートで行動するのだが、最近やたらと理由をつけて僕のペアが嶺吾になったり、桐谷さんになったりしている気がする。


「とりあえず、患者の安全を確保するために手分けして探そう。俺と木下は11時の方角に向かうから、凛と聖はもう片方を任せてもいいか?」

「私は別にいいですが、私の治療方法だと凛先輩の方が、対応の幅が広がると思います」

「……大丈夫、それは嶺君にもできるから」

「そ、そうですか? 問題ないようなら、私はなにも」


 桐谷さんがここまで強く断言した今、誰もその意見に口を出せるわけもなく、静かに嶺吾の言った案を飲み込んだ。


「なら、その編成でいいけど。嶺吾に木下さん、絶対無理しないでね。こっちがハズレだったら、僕らもすぐに向かうから」

「がっつり減らしてきてくれてもいいからな。じゃあ、あとで合流ってことで。早速いくぞ木下、はぐれるなよ!」

「わわわっ! 待ってください廣瀬先輩ぃ!」


 颯爽さっそうとフェンスを飛び越えた嶺吾を追いかけ、木下さんもマンションの屋上から飛び降りると、着地の衝撃をものともせず、すぐさま建物の合間へと消えていった。

 それを見送った後、間を置くことなく、僕らも下へ降りたわけだが、桐谷さんは、足に違和感を覚えたのか、太ももを擦りながら、辺りを見渡す。


 なにか探しているのかと思い、立ち止まり、桐谷さんが動き出すのを待っていると、


「……ぼうっとしないで!」


 突如、桐谷さんが珍しく声を荒げ、僕におおいかぶさるように飛びついてきた。

 その直後、さっきまで僕の腹部があった場所を、黒いもやかたどられた人影の握る小太刀が、くうを切っていた。


 僕らはすぐさま体勢を立て直し、その人影から距離を取る。


「……着地時の衝撃、感触に少し相違ラグがあったから近くにいるかもとは思っていたけれど、本当に好戦的なのね」


 桐谷さんが呆れたように呟いた意味は、僕にもすぐわかった。


 なぜなら、建物や電柱などの陰よりこちらを物色するように、僕らを襲った奴と、同じシルエットたちによって囲まれているからだ。


 人型のシルエットを作り上げていたのは、同じく黒い靄で象られた雨具であり、その容姿は精巧せいこうに造られたカエルのフルフェイスマスクを被っていて表情は見えない。

 その手に持っているものはまちまちだったが、主にスタンガンと切っ先の尖った刃物が視認できた。


 これらが今回、患者の悪夢を形成するストレス残留記憶分子ざんりゅうきおくぶんしの集合体【メア】であり、僕らが治療をほどこす対象だ。


「……飛びついてしまってごめんなさいね、ケガはないかしら?」

「うん、おかげさまで。こっちこそごめんね、全然イメージの相違ラグに気付かなかったから」


 それを聞いた桐谷さんは、すこし目線を下げたが、すぐ、いつもの表情へと戻した。


「……少しでも早く治療を終わらせるため、最初から全開でいくわ」


 聖さんが覚悟を決めた直後、記憶を呼び起こすため集中力を高めると、メアと同じような黒いもやが身体から溢れ始める。


「――……相殺治療開始、【夢充むじゅう】」


 靄の中でキーワードを口にした瞬間、体を覆う靄は、桐谷さんの体表面に吸着し、黒衣こくいを新たなよそおいへと変化へんげさせる。


 桐谷さんが周囲にあぶれた靄をぐと、先ほどまで着ていた黒衣は無くなり、一糸纏わない体に灰色を基調とした男物のぶかぶかパーカーと、身の丈を超える簪をモチーフとした槍を携えた姿で現れた。


 手にした槍をトーチのように回し、と、すぐさま行動に移った。


「……とどろいて、雷来ライイ放電雷ほうでんらい】」


 槍を避雷針に見立てるよう地面に突き刺し、【想像の定型文アウェイクワード】を桐谷さんが口にすると、そらに立ち込めた暗雲あんうんから、一筋の稲光いなびかりが槍へと走った。


 空気を切り裂く一瞬の轟音ごうおんが、マンション群を反響はんきょうする中、閃光を受け取った槍が、その威力を蜘蛛くもの巣状に地面へと逃がし、近くにいたメアへと伸びる。


 反応が遅れた複数のメアは、それにからめ取られると、雷撃に焼かれながら、その質量を減らしていく。

 同じく、纏わりついた電撃の威力も反比例するように弱まっていき、結果としてメアを構成する質量と雷撃の威力は、互いを打ち消すように相殺そうさいした。


「相変わらずの殲滅力せんめつりょくだね、桐谷さんのPTSDトラウマは」

「……湧泉わきずみさんほどではないけど、誉め言葉は頂戴するわ」


 桐谷さんは、静電気で暴れた髪を手櫛てぐしかしながら、素っ気ない様子で応える。


 今、おこなった桐谷さんの行動が、この夢界でメアを治療する唯一の方法、『相殺そうさい治療』だ。


 言葉の意味をかみ砕けば、悪夢を構成する『ストレス残留記憶分子ざんりゅうきおくぶんし』の【メア】に対して、医師側は過去に自分が克服した『PTSDトラウマ』より想起そうきされた【想像の定型文アウェイクワード】をぶつけて、打ち消し合っているというわけだ。


 患者側はその結果、嫌な思い出が薄れる効果があるため、ストレスの原因を思い出しにくくなったり、思い出そうとする行為が簡単になる。

 逆に、医師側の衣類が変わるのは、自分のPTSDトラウマの記憶が薄れないように、身体に定着させるといった意味がある。


 桐谷さんは、話に聞くところ【雷雨の夜】に起きた出来事に対し、PTSDトラウマを患っていたようで、相殺治療時に具現化するトラウマは、文字通り【雷】をモチーフにしている。


 また、これらはすべて明晰夢めいせきむ状態を生かし、想像を具現化できる優位性を加味して行っているが、頭の中でイメージを確立させてから、それを具現化するのに時間がかかる。


 その時、医師がよく用いるのが【想像の定型文アウェイクワード】で、これは発現させたい事象を言葉と結び付け、即座に形へとできるキーワードだ。


「……とりあえず、散り散りになったメアは仕留めておきましょうか」


 劇場型悪夢内のメアは『感染者に対し恐怖感情を強く同調させようと向かってくる』性質がある。

 桐谷さんは僕を連れ、それを利用するべく線路沿いの細い路地へと向かう。

 すると、僕らの背後から忍び寄る不気味な気配が強くなると同時に、白い雨が止んだ。


「……雷来ライイ一発雷いっぱつらい】」


 刹那せつな、桐谷さんは振り向きざまに、後ろへ向かって槍を突き出すと、距離を詰めてくるメアに対し、とぐろを巻くように槍へと集まった電撃を、そのまま光線の如く放つ。


 目を開けていることが困難なほどまばゆい閃光は、その道筋に存在する形あるものを溶かした。

 さながら、溶解貫通メルトスルー電磁投射砲レールガンと形容するのが正しい威力に、鳥肌が立った。


「……なるほどね。性質に相まって、メアの行動パターンが単調なのは助かるわね」


 今しがた自分が起こした現象には目もくれず、冷静にメアの分析(ぶんせき)をしている桐谷さんも相当肝がわっているというかなんというか。


「……今回、メアは背後から迫ってくる傾向にあるから、後ろに気を付けていれば、ある程度は避けられるようね」


 確かに、僕の治療方法では他の治療医と違って、接近戦が理に適っているから、その分析結果は、とてもありがたい。


 ただ、一点、不満というか不服というか、胸につかえる問題があった。


「そういえば、最近、僕に全然治療させてくれないよね、二人とも」


 この発言に桐谷さんの表情が、少し曇ったのが分かった。


「……そうね、湧泉さんが正直にストレス値を教えてくれるというのなら、考えないことも無いけれど?」

「うーん……、じゃあ、まずは、僕はこっちで対処してようかなぁ」


 先ほどの衝撃で崩壊ほうかいしたコンクリートブロックから、顔を覗かせていた鉄筋を取り出して、軽く素振りをする。


 メアに対抗するには相殺治療を行うしかないが、こういったもので殴ったりしてメアの質量を分散させれば、再形成までの時間稼ぎはできる。

 その間に、僕のストレス値が少しでも減っていればいいんだけど……。


「……言えないことは理解しているし、私も意地悪いじわるを言ったわね」


 若干含みのある言い方だったが、桐谷さんがこちらに気を使ってくれていることを僕は知っているため、その優しさに甘えてしまう。


「桐谷さんが限界を迎える前には夢充させてもらうから」


 僕らが道中で与太話よたばなしをする間にも、メアは際限なく視界のあちこちに湧き始めていた。


「……それまでに治療を終わらせてみせるわ」


 そう言って、桐谷さんは、再度、槍を掲げ、宙に稲妻を放電させた。



   …… ZZZ ……

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