第二夜 ボクト悪夢ト忍ビ寄ル暴力

3:想像と妄想がものをいう世界で

   …… ZZZ ……



 僕らが睡眠治療室に到着した時、看護師らの作業は終わっていた。


 看護師らは、事前に睡眠時の無呼吸障害を緩和するための酸素マスクや、筋肉の弛緩しかんや緊張を読み取るための電極、その他障害に対する措置そちを真彩さんにこうじている。


 すでに、真彩さんが眠る治療用ベッドの電磁シールド層を有したカバーは閉じており、磁場の形成が始まっていることが見て取れる。

 こうなると、看護師は手を出せなくなるため、自然と、僕らへ現場の主導権が渡される。


 看護主任の川口さんから、患者に対してどういった措置そちほどこしたか、が書かれた書類を受け取る。

 そのすべてに目を通し、確認できたうえで、僕は指示を飛ばした。


只今ただいま、患者より同調磁場どうちょうじばの形成を確認できましたので、湧泉わきずみ治療班が、亜種夢強制共感病あしゅむきょうせいきょうかんびょうの治療に当たります。万が一ですが、外部からの干渉により、磁場の漏洩ろうえい懸念けねんされますので、治療室全体の電磁シールド層に展開をお願いします」


 僕の指示で看護師の方々は、足早に睡眠治療室から退室すると、治療に向けて最低限の照明だけが残された。

 周りが暗くなったことで、これから治療が始まるのだと、嫌でも意識させられる。


「じゃあ、いつも通り、治療前のチェックを終わらせたら知らせてほしい」


 そう言うと、嶺吾れいあたちは用意された治療用ベッドと患者のベッドを繋ぐ直径15センチほどに纏められたハーネスの被覆ひふくが破れていないか、コネクタの接続に問題はないかを確認する。


 また、それをペアになってダブルチェックした後、互いの黒衣こくいについても、正常に機能しているかを確認し合う。


 僕は嶺吾と、黒衣と肌の表面間の空気が抜けきっているか、また襟元えりもとのボタンからすそといった体の節々に配置されたセパレート部のボタンに掛けて流れる透明なラインに、青白い閃光せんこうが走っているかを点検する。

 これがきちんと機能していると『夢幻肢痛むげんしつう』の被害を最小限に抑えられるため、黒衣は命綱とも例えられる。

 それゆえ、念入りな点検が要求された。


「僕たちの方は大丈夫だね」

「そうだな。ひじり、そっちは問題ないか?」

「……問題ない」


 桐谷きりたにさんが答える横で、木下きのしたさんもピースサインを送ってきていた。

 僕は再度、みんなを呼び集めると、治療におもむくに当たって、情報のすり合わせを行う。


「今回の患者、櫻木さくらぎ真彩まやさんのPTSD内容は【不審者ストーカーより受けた夜間の暴行被害ぼうこうひがい】に基づき『夢界ゆめかい』は被害に遭われた場所を再現された悪夢。また、問診もんしんの際、メアはかなり好戦的と言う情報もあり、今回の劇場げきじょう型悪夢とは相性が悪い。いち早く、夢界内の真彩さんを確保し、治療を完遂かんすいさせること、以上。なにか質問は?」

「なにもない、さっさと始めるか」

「……れい君に同意」

「私も質問無いです!」

「なら準備ができた人は完了ボタンを押してほしい、カウントを始めるから」


 それを合図に、おのおのが自分のベッドに潜り込むと、磁場を迎え入れるため、ベッドのカバーを手動で閉じた。


 僕も同様にベッドに入り、所定の手順を踏んだ後、内部にあるタッチパネルで先ほど確認したハーネスの電気信号回路をからに変更する。

 それにより、タッチパネルには、磁場を感知したことを示す警告画面が表示される。


 全員の準備完了を示す認証マークが確認できたのは、すぐだった。


 患者の悪夢に感染するべく、腰元のホルスターから非接触式体温計の形に似た脳波測定器を取り出し『脳波測定デフォルトモード』から『強制睡眠移行ナルコレプシーモード』へと切り替えると、測定面に当たる銃口部を、なるべく頭部に近いあご下に密着させる。


 最終準備も終わり、タッチパネルを操作すると、手術室内に『5』から始まるカウントダウンが響き始め、引き金に掛けた指へ力がこもっていく。


 次第に数字が減っていき『0』になる瞬間、引き金を引くと、脳周波数を低下させる電気信号によって、僕の脳は強制的に睡眠状態へと移行する。


 意識喪失に向けて、ぼうっとした感覚が襲ってきた直後、視界が暗く狭まる。

 薄暗い睡眠治療室の天井に浮かぶ、四つの青白い閃光が、禍々まがまがしい赤い警告色を取り囲んでいるのをぼんやり眺めながら、僕は眠りに就いた。



   …… ZZZ ……



 ぼやけていた視界が鮮明クリアになると、駅構内に設けられた待合室にいたことがわかった。

 それは、この周辺の地域で生活する人なら誰しもが、一度は利用する駅に類似している。


 全面ガラス張りのここには、古びて剥げかかった椅子が連結して置いてあり、天井からは、扇風機がぶら下がっている。

 確かこうだったな、と自分の記憶と照らし合わせながら視線を動かすと、やはり、どれも見慣れた看板が線路の向こう側に存在し、飲食店やパン屋なども記憶とほぼ同じ位置に。


 ただ、ここが決して、現実世界ではないことを意識できたのは、そのどれからも色彩しきさいが感じられないことと、ありえない自然現象が目の前で起こっているからだ。

 すべてが白黒モノクロで強弱表現されているため、距離感がうまくつかめないこと、そして、白い雨が、ゆっくり自由落下していることが、現実世界との乖離かいり性を強調していた。


 それら要因から、この空間が、櫻木さくらぎ真彩まやさんが僕らに感染させた悪夢――通称『夢界ゆめかい』と呼ばれる世界の内部だと再認識する。


 夢とは本来、記憶の整理と定着を行うもので、日々の体験をふるいにかけ、重要なものを長期記憶に蓄えるためのもの。


 一方で、ストレスなどを抱え込むと、寝ている間にそれを解消しようとして悪夢に投影されてしまう、しかもそれが色濃く。

 そのため、夢界では、記憶に深く根付いてしまった光景が投影され、仮想現実と捉えても差し支えないほど、景色に差異さいがないものが多い。


 ただ、ストレスで脳が疲弊ひへいしていることが原因で、不可思議な現象が起こることは珍しくない。


「今回は凛が一番遅かったみたいだな。俺たちは少し前に身体を慣らしておいたから、あとはお前待ちだぞ」

「――っ! ……なんだ、先に着いてたのか。すぐいくから、ちょっと待ってて」


 待合室の扉が急に開かれ、思わず臨戦りんせん態勢たいせいを取ってしまったが、声の主が嶺吾れいあだということに気付き、それをく。


 僕が一番遅いってことは他のみんなも無事、患者が発した磁場に、脳波が同調して感染できたということだろう。


 この磁場に脳波が同調した者は、もれなく、全員が同じ脳周波数になるため、『同一どういつ悪夢あくむ体験たいけん現象げんしょう』に見舞われる。

 この現象の例えで一番しっくりきたのは、全員が同じサーバー内で、ゲームをプレイしている状態、と研修中に言われたものだった。


 僕ら医師は、夢を夢と認識した明晰夢めいせきむと呼ばれる状態で、この夢界に同調する。

 そのおかげで、夢界にいる間は、自分の身体能力などをある程度、思い通り変化させられる特性がある。


 早速、その特性がどこまで、この夢界で通用するか確かめるために、待合室を出ると、助走を付けずに線路の反対側に設けられたフェンスに飛び移り、そのままホームの屋根へともう一度飛んだ。


 今イメージしたのは、自分の跳躍力ちょうやくりょく上昇じょうしょうと着地時の衝撃しょうげき干渉かんしょうだったが、そのどちらも問題なく、想像通り発現できたため、嶺吾のもとに戻った。


「どうだ、今回の夢界は、あまりイメージとの相違ラグはないだろ?」

「そうだね、いつもと比べて、ずいぶん治療しやすそうな雰囲気だけど、これがストレス残留記憶分子ざんりゅうきおくぶんしの多い所にいくと、どうなるかだね」

 それに対し、嶺吾も同じような苦言をこぼすと、桐谷さんたちが待機している所へと案内してくれた。



   …… ZZZ ……

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