第六章 誰よりも強い生徒は…
十七話 ひとりだけ違った生徒
「小島先生」
「はぃ?」
職員室で、昼食用に買ってきたパンをかじっていたとき、同僚の先生から声をかけられた。
「先生のクラスの原田さん、入院するんだって?」
「そうらしいですね。本人も残念がっていました」
まったく、どこからの情報だよと、内心俺はため息をついていた。
原田とその母親が学校に来て、治療入院を理由に休ませて欲しいと告げてきたのは昨日の午後だ。
それがこの短時間にどこまで広がっているのだろう。
「原田さん、何気に可愛いのに気の毒だなぁ」
「『何気に』と『可愛いのに』は余計でしょう……」
俺は再び午後の授業のためのノートに目を通す……ふりをしていた。
あの原田が入院する。しかも、その理由を聞いて俺はショックを隠せなかった。
今年の四月、俺は二年二組の担任を任されることになった。
『二年二組、担任、
始業式で名前を呼ばれてから教室に入ったとき、何故だろう。
その女子生徒が一番最初に目に入った。ざわつく教室の中、一人だけ窓際の席に座って静かに外を見ている。
「ほら、外まで声がまる聞こえだ。席に着いてー」
しかし、初日にしてちょっと心配になる。教師陣の平均年齢が比較的高いうちの高校において、自分のような若手の教師にはお約束のように生徒から声がかかってくる。
赴任してから僅か二年の間でも十人はいたのではなかろうか。軽くトライしてみたというのから、結構真面目に告白してきた子もいた。
このクラスからも、そういった子が出てきそうな気がした。
教師と生徒の関係は御法度ということを今の子たちは知らないのだろうか。いや、たとえ知っていたとしても、今年二十六歳になる自分と高校二年なら辛うじて十歳は離れていない。若いということはそんな事情もお構いなしに突っ走れるエネルギーさえ生んでしまうのかも知れない。
真新しい名簿を使って、初めての出席を採る。
その年度最初の席順は名簿順に並べていて、窓際の女子列に入った。
「長谷川
「はい」
「原田結花」
「はい」
前から二人目、彼女は素直に返事をする。その声に目立つような特徴はない。
この二年の間に、返事一つで大体の性格や調子も直感で分かるようになった。
他の生徒よりも落ち着いている原田。一年生の時には学級委員を一から三学期まで通年して経験しているらしい。
そういう面倒なものを押し付けられてしまいそうな雰囲気も感じられてしまう。
その予想は残念ながら当たってしまうことになる。
大体、年度が変わった最初のホームルームはそういった決めごとになるからだ。
「なんだ、さっきの騒ぎはどうした。今度は葬式になっちまったぞ」
そうは言いつつ彼らの気持ちもわかるので仕方ない。自分だって高校の頃は同じようなものだった。
さて、あまりやりたくないが、名簿から適当に指名するしかないか。
ため息をつきながらもう一度教室を見回したとき、一人だけ視線を俺に向けている生徒がいた。
瞬時にお互いの視線だけで会話をする。
彼女は仕方ないと苦笑しながら肩をすくめて、ゆっくりと頷いた。
「原田……、お願いしてもいいか?」
「分かりました」
他の生徒は下を向いていたから、こんな無言のやり取りには気づいていなかったろう。
学級代表が決まってしまえば早い。その後は比較的スムーズにことは流れた。
同じような無言のやり取りや、絶妙なタイミングで彼女には何度も助けられることになるだろうと、俺の直感はその時に告げていた。
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