十五話 最後まで毎日来てくれたから…


 実際の進度は先生が毎日のように病室での補習をしてくれていたから、大幅に遅れていたわけではなかったみたい。


 逆に、そのことが火に油を注いでしまったようだとあとで分かった。


 みんなにとって、私は本来ドロップアウトしたはずの存在。


 それが前線に戻ってライバルになられては困るんだよね。


 それに小島先生は女子の間でいつも話題に上るほどの人気がある。そんな先生に個人授業を受けているなんてことが、もし仮に噂であったとしても出回っていたとしたら……。


 そしてもし、私が逆の立場だったら……。意気地いくじなしな私のこと、気の毒とは思いつつも、周囲に立ち向かうことはきっと出来なかっただろう。


 千佳ちゃんだってそうだ。


 私が自分で舞台を降りることで、彼女を守ることができたのなら、どんなに小さくても一つの結果になったのかもしれない。




 そして、小島先生……。



 先生のことを考えるだけで、私の胸は古傷のように痛み出してしまう。


 最初の頃は入院するクラスメイトなんて珍しいから、いろんな子がプリントを持ってきてくれたり、お見舞いにもたくさん来てくれていた。


 でも、そのときに私がみんなに見せてしまった姿は、あまりにもそれまでとは変わっていた。


 点滴を腕に流され、副作用もあったから、顔色だってよくなかったと思う。


 中学に入学してから長さを揃えてしか来なかった、腰まであった髪をショート、いやもっと、男の子なみにバッサリと切った。


 卵巣がんという病名は先生しか知らないはず。でも髪を切ったことが何を意味するのか。それが分からないような年齢ではない。


 次第に私の部屋への来客は減った。


 みんな、そのうちに消えてしまう私のことを最初から居なかったことにしたいらしかった。



 千佳ちゃんと小島先生の二人を除いて。



 二人には負担になるなら大丈夫だと何度も話した。千佳ちゃんは学校帰りよりも、塾の帰りなどの遅い時間が多かった。


 申し訳ないと思いつつも、ずっと一緒に学生時代を歩いてきた同い年の親友が来てくれるのは本当に嬉しかった。


 帰宅が遅くなることが私のお見舞いであるということも、彼女のご家族には話して許しをもらっているという。確かお父さんが製薬会社にお勤めというお家のご理解もあるはず。


「『結花のお見舞い』って言ったら一発オッケーだったよ。はい、余計な心配はしない!」


 彼女はそう笑っていたっけ。



 小島先生は、最初は私の見舞いに行く他の子にプリントを持たせていたのだけど、それが少なくなったと感じて、先生がお仕事の帰りに寄ってくれるようになった。


 難しいところを質問したのがきっかけで、教科書のポイントを教えてくれたり、プリントにはヒントや解説も書き加えてくれていた。


「先生、お疲れだと思います。毎日でなくて大丈夫ですよ?」


 先生の担当は数学だったはずなのに、現代国語とか英語とか他の教科も配布物に目を通してくれて、私に教えられるように聞いてくれていると千佳ちゃんが教えてくれた。


 それって、ものすごく大変なことだ。まだ教職について3年目の先生だから、自分の教科だって予習しなければならないことも多いはず。私一人のためにそこまでしてくれるなんて……。


「原田は心配しなくていい。俺が担任でいる間は原田をドロップアウトなんか絶対にさせない。迷惑だなんて思うな」


「はい……」


 私がそれを指摘したときに、先生は私の手をギュッと握ってくれた。


 あのときも涙が止まらなかった。


 分かっていたよ。もうあのクラスに、空の机とロッカーという形があるもの以外に私の存在場所が残っていないことも。


 それなのに、先生は私をちゃんとクラスの一員として見ていてくれる。


「先生?」


「なんだ原田?」


「こんなことを聞いていいのか分からないんですけど……」


 いつの頃からか、勉強以外のことも話題になるようになった。


 授業や宿題がない日にも病室に来てくれて、先生が見に行った映画のお話とか、校外学習でのハプニングなども教えてくれた。


 毎日の短い時間だけど、周りの患者さんに配慮して静かに行われる授業は私にとって大切な時間だったよ。


 そんなことがあったから、病棟の看護師さんたちも先生と千佳ちゃんだけは私の家族と同じように面会時間には目をつぶってくれていたんだ。

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