十三話 そんな…まさか…、先生…?
ユーフォリアのラストオーダーは夜十時までだけど、私のお仕事の時間は八時頃までにしてもらっていた。
一応まだ二十歳前でもあるし、その時間を過ぎれば店内もだいぶ落ち着いてくるので、菜都実さんが一人でも回せるからと。そのときの様子を見て切り上げるタイミングを決めることにしていた。
「いらっしゃいませ」
もうすぐ八時という時、お店の扉を開ける音がした。
「お好きな席へどうぞ」
男性が一人だね。お夕飯かな。
レジでお会計を済ませ終わった別のお二人をドアの外までお見送りをする。
これは、私が夜の時間だけで始めたこと。
本当はお昼もしたいけれど、ランチでは時間が限られてしまうから、どうしても回転を優先せざるを得ない。
このお客さんたちが私を受け入れてくれたから、私は少しずつ立ち直ることができている。
そのお礼の気持ちを行動にしたかったの。
その話を聞いた菜都実さんは、好きなようにやっていいよと快諾してくれた。
さて、さっきのお客さんが今日の最後かな。
中に戻ると菜都実さんがオーダーを取っていてくれた。
「結花ちゃん、あちらのお客様に先にお飲物出してくれる? あと、これでお願いね。すぐに出せるから」
グラスのビールを出してくれた。オーダー表を見るとオムライスだったから、ナプキンとスプーンも一緒に持っていく。
「お待たせしました。お先にこちらから失礼します」
二十代半ばかな。気になるのは、さっきお店に入ってきたときよりも、疲れているように見えたこと。
……ううん、それだけじゃない……。
「……あぁ、ありがとう」
その声を聞いた瞬間、私の手がピタリと止まった。
そんな、まさか……。こんなことがあるなんて……。
「どうかしたか?」
次に、そんな私の様子に気づいたお客さんが、口調まで変えて私の顔を見上げ視線が交わる。
「原田……、元気になれたんだな? 本当によかった……」
「先生……」
驚きというのではなく、「やっぱりそうだ」と思うと同時に、涙が一筋自然に頬を伝う。
「はい……。まだリハビリ中ですけれど……。あのときはご心配をおかけしました」
この人をよく知っている。
ううん、知っているなんてレベルじゃない。
みんなが私を遠ざけていく中、親友の千佳ちゃんと小島先生だけが最後まで病室に来てくれた。
いつもお仕事を終えての時間だったけど、教科書を使って勉強を教えてくれたり、時間がないときは、配ったプリントに手書きでポイントや説明を書いて渡してくれた。
ダメだよ、今はお仕事中。
でも……涙がポタポタとテーブルクロスの上に落ちてシミを作っていく。
「あら、結花ちゃんのお知り合い?」
「はい、高校二年の時の担任の先生です」
菜都実さんが料理を持って声をかけてくれた。テーブルの前で立ち尽くしたまま動けなくなった私が心配になって来てくれたのだろう。
「なんだ! そうだったの。いつもお夕飯にってこの時間に来てくれるのよ。じゃぁ、これからは結花ちゃん専属ね。ゆっくりお話ししていていいよ」
菜都実さんは泣いている私の顔を見ても、安心したように笑顔で戻っていった。
「いい所で仕事できてるんだな」
先生が正面の席を指差して私を座らせる。
「はい。母のお友達なんです」
「そうか、それなら安心だ」
先生は運ばれてきた食事に取りかかっていた。
ふわふわ卵とデミグラスソースのオムライス。比較的安くて量もある。私も
「結花ちゃん、いい顔してるよ?」
私にアイスティーを持ってきてくれた菜都実さん。
お仕事を放棄してしまっているというのに優しい顔だ。
私が泣いているという事態なのに、そっと見守ってくれている。
私たちが単純に先生と生徒という関係ではないというのも、きっと瞬時に見破ったんだろうな。
「じゃぁ、先生をお見送りしたら今日は上がっていいからね」
「はい」
男の人一人の夕食だから、時間もそんなにかからない。店内に他にお客さんもいなかったので、菜都実さんがデザートをサービスしてくれた。
「美味しかった。明日からもう少し早く来られるようにするよ」
壁の時計は八時半を回っていた。会計の時に私の時間を教えてくれたのだろう。
「いえ、大丈夫です」
「生徒を泣かせた上に居残りをさせた悪い担任だからな。また明日も来るよ」
「はい、お待ちしています。ありがとうございました」
扉の外でお辞儀をして先生を見送る。
今日のお仕事はこうして終わりを迎えた。
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