第四章 邂逅…夜のお客さま
十一話 私がいてもいい場所だから
「じゃあ、行ってきまぁす」
「怪我しないようにね。菜都実にもよろしく」
お仕事に向かうお母さんと一緒に家を出る。駅に向かう途中にユーフォリアがあるから、二人で歩いていくのがすっかり日課になっていた。
お店の前で手を振ってお母さんを見送る。
「おはようございます!」
まだ開店はしていないけど、鍵を開けてある扉から中に入ると、もうお店の中は準備中で、店内は美味しそうな匂いがいっぱいに広がっている。
「おはよう結花ちゃん。無理しないでいいからね」
「大丈夫です!」
厨房のお鍋の前で保紀さんがランチの仕込み、菜都実さんがデザートの用意をしていた。
その間にお店まわりの掃除とか、テーブルのセッティングなど、十一時の開店の準備をするのが私の役目。
掃除を終えて、日替わりランチメニューを聞いてからボードに書き込んで表に出す。
ランチ時間専用のテーブルクロスをかけて、食器も用意して時計を見ると十時四十分。
「着替えてきますね」
「うん、開店時間までゆっくりしてなよ」
一度奥に入って、休憩室にしている部屋のハンガーの前に立った。
ライトグレーをベースに、裾の所にホワイトのラインが入った膝下スカート。ホワイトの丸襟ブラウスにその日の気分に合わせて細いカラーリボンを結ぶ。基本は三つ折りにしたソックスにローファー。ここにエプロンというのが私なりの仕事服になっている。
菜都実さんたちにも制服はないと笑われたり、逆に服代を心配されたけど、ブラウスもスカートも近所のお店で同じサイズの激安売り尽くしセール品のまとめ買いだったし、足元はソックスも靴も中学、高校と学生時代の使い慣れた物の再利用だからね。消耗して交換するにも高いものじゃない。
全部お洗濯出来るものというのも実は大切。基本はブラウスは毎日、スカートも汚れればすぐに洗濯している。
菜都実さんが気がついて、お店のテーブルクロスのついでに洗濯していてくれることもあったっけ。
食べ物を扱うのだから髪の毛が落ちてはいけない。ヘアゴムを使って後ろで縛り上げ、リボンバレッタでしっかり留めた。
そう、一度は学校の制服を脱いだけれど、今の私にとってはこれが「制服」なのだから。
今日もお店は開店と同時に満席になってしまう。
「結花ちゃんが来てから、ますます混むようになったのよ。うちも商売繁盛だわぁ」
菜都実さんはそう言って笑う。
冗談と思っているけれど、もし本当にそうだったら、私がここにいる意味もあるのかなって……。
珠実園のときもこのお店でも、私のことを必要としてくれている。
一度学校という居場所をなくした私には、それが何より嬉しかったんだよ……。
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