容疑者たち(2)
誰もが今行われた捕り物の場面を見てあっけにとられ、声を奪われた人魚のように口をパクパクさせていた。ただその中でもただ一人、アラン・ベックフォードだけは悠然として葉巻に火をつけた。
「……ちょっと」
ようやくのことでエリーがアランに声をかけた。
「ん?」
「あの子、引っ張られていっちゃったけど」
「そうだねえ」
アランは深々と煙を吐いた。
「いいの?」
「何が?」
「だから、ウィリアム・モーガンを逮捕しちゃってよかったのかって聞いてんの!」
「あのなあ、エリー。僕はあくまで騎士団の協力者という立ち位置なんだよ。彼らの動きにいちいち異を唱えてもいられないだろう」
「じゃああんたは、彼が犯人だと思ってるわけ?」
「今のところはまだ何とも言えないかな」
アランは葉巻を噛んだ。「ウィリアムが犯人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただオリビア嬢の証言は、かなり彼にとって悪く働いただろうね」
と言ってアランは、後悔とも不安ともつかないあいまいな表情でうつむくオリビア・コーンウェルを見やった。そうして何かに気が付き、
「その剣、良い剣だね」
と言った。
その瞬間、オリビアの沈鬱な表情は、一転して金塊を見つけた海賊のような輝きを帯びた。
「わ、分かりますか?」
「分かるとも。こう見えて僕は美術にも多少造詣があってね。骨董もその例外じゃない。一見するとただの両刃剣だが、柄といい装飾といい、帝国の名高い刀鍛冶が打ったかのような芸術性を含んでいる」
アランは立ち上がってオリビアのそばに寄った。
彼女ははにかんでもじもじしていたが、それは隠しきれない嬉しさの発露だった。
「実用性はどうなんだい?」
と言ってアランが剣に手を伸ばした途端、
「触るなぁっ!」
オリビアは飛び上がって剣を抜いた。切っ先がアラン・ベックフォードのすぐ眼前にきらめている。彼女の顔は打って変わって憤怒と敵意に満ち、血がどうどうと音を立てて廻っているかのように思えた。
が、同時に、それまで壁に寄りかかって船を漕いでいたサンドラ・ブレイクの抜身の剣が、オリビアの喉元に切迫し、表皮を薄く切り裂いた。
「やめたまえ、サンドラ」
アランはサンドラを制し、うろたえるオリビアに優しく微笑み、
「無礼を働いてすまない、お嬢さん。剣には触れないよ。それに、極めて実用的だと分かった。とても大切なものなんだね」
「……こちらこそごめんなさい。これは、我が家に代々伝わる家宝だから」
オリビアは剣を収め、何事もなかったかのように椅子へ着いた。だが言葉とは裏腹に、アランはなおもいわくありげに腰に帯びられた剣をしげしげと眺めていた。
『レッドウィング』の二人とウルフ夫妻は退出が認められた。
四人とも疲れたような顔で部屋を出て行った。しかし、彼らの背中を見送ったアランは、さらに気落ちした様子で葉巻をくわえ、火をつけることも忘れガジガジと噛んだ。
「今のところは」
唐突にアランが語り始めた。エリーとサンドラ、アイリスがそちらへ耳を傾ける。
「死亡時刻はおよそ16時間前……つまり昨日の午後7時くらいということになる。それに先立って『レッドウィング』はダンジョンへ赴いている。そこから――一つの足跡が『ケイロンの森』へ赴き、その足跡の尽きる湖の湖畔で被害者の死体が発見された。現場にはおびただしい量の血。被害者は首を斬られて死亡。同時に右脚の太ももにも刺し傷がある。二つの傷はつけられた時間に差がある。手に入った情報はこれくらいだね」
「何がなんだかさっぱり分かりませんわ」
アイリスが不満げにつぶやいた。
「しかし、これらの謎はある意味で福音であるともいえる」
「どういうことよ?」
アラン・ベックフォードは己の加えている葉巻タバコの先っぽを眺めている。しかし、目には輝きが宿り、その声は少なからず希望を見出したことの興奮によって震えていた。
「こんなに異常な特徴がある事件なんだ。つまり、もうすでに真実への手がかりは与えられたようなものなんだよ。あとはこれらを深堀りし、分析総合すれば、おのずと解明へと近づくことができる。……少なくとも、僕はそう確信してるよ」
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