容疑者たち(1)

 アランたちが馬車を駆ってギルドへ戻り、二階に設置された一室――扉には『多目的室』と書かれたプレートがつけられている――のドアをノックすると、「どうぞ」という野太い男の声が返事をした。


 部屋の中には5人の男女がソファや椅子に腰かけており、出入口の左右に二人の騎士が立ち、厳重な警備が施されていた。


「これは小隊長殿。戻られたのですか」

「ええ」


 岩のようにゴツゴツした大男が、自分の子供くらいの年齢の少女にかしこまっているのを見て、アランはおかしそうに笑みを浮かべた。それから、5人の証人兼容疑者たちに向かって、


「おはよう諸君、気分はどうだい?」


 と明るいあいさつをして、自らも5人に向かい合うソファ――もちろんこの部屋では一番上等だ――にどっかりと腰をすえた。


「おい、そこは小隊長の……」


 抗議に出ようとした騎士を、エリザベスは片手で制した。


 アラン・ベックフォードはしばらく煙をぷかぷかと口から吐き出していたが、やがて満足げにうなずくと、


「さ、じゃあ始めましょうか」


 と言った。同時に、5人の関係者は緊張により背筋を伸ばした。


「えーっと……モリス・ウルフ氏はどなたかな?」

「私ですよ」


 名乗り出たのは、50を超えたかと思われる白髪の男だった。服装は軽装で、腰に短剣を二本差している。老いてなお服の上からでも分かるほどの筋肉を蓄えており、同時に、目には知的な鋭さがあった。しかし、今は不安と困惑で、その知性にもやや陰りがあった。


「これはどうも。僕はあなたが死体の――アルバート・ウィルキンスの死体の第一発見者だとお聞きしたんですが、本当でしょうか」


 アルバート・ウィルキンスの名前を出したとき、3人――『レッドウィング』のメンバーがびくりと身体を震わせた。


「ええ、おそらくそうでしょう。というのも、私が見つけたのを私は知っていますが、他人が見つけたとは聞いておりませんからな」

「面白い物言いをしますね、ウルフさん。将来は哲学者に転身するのかな」


 アランはけらけらと笑う。「まずは型通りの質問で申し訳ないのですが、発見時の情報を詳しく教えてくださいませんか。それから、あなたの抜群の洞察力により得た考察をお聞きしましょう」

「——私は毎日、6時に起きて、7時にあの森を散歩するのが習慣になっております。今朝もそうでした。妻に起こされ、朝食をとって着替え、早朝のもやがまだ立ち込める森へと入りました」

「奥様というのは」


 アランは、モリス・ウルフの隣に座る年かさの女をちらと見やった。


「ええ、こちらは妻のミラ・ウルフです。ああ、妻は散歩はしないんですよ、出不精なもので……それで、お気に入りの散歩コースを歩いていたんです。あの湖が見える道を。そうしたら、なんだか変なにおいがしたんです。血と、それから死の臭いが……私もこの稼業をやって長いですからね。そういう臭いには敏感になってるんです」

「おっしゃる通りだと思います」

「不気味に思いながらも『まあモンスターが死んでいるのだろう』でやり過ごそうとしたのですが、やはりどうにも気になって……それで、臭いをたどって湖畔にたどり着くと――」

「死体があった、というわけですか」


 モリスが重々しくうなずいた。


「モリスさん。今まで湖でこんな事件があったりはしましたか?」

「え? い、いいえ」

「あの辺で、血の――死の臭いを嗅いだことはありましたか」

「いいえ。不思議なことに、湖の周りでは動物も心が安らぐのか、争わないと見えます。他ではちらほらと生存競争が繰り広げられたりしているのですが」

「なるほど。いえ、疑ってすみません。死体はどのようになってましたか?」


 モリスは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。


「水には浸かっていませんでした。蘆の葉に隠れるように、死体は転がってました。血の海が広がっていて、首が取れかかってて……」

「脚の刺し傷には気が付きましたか?」

「脚? いいえ……とにかく慌ててギルドへ駆け込んだものですから」


 そう言うと、ウルフは沈黙した。もうこれ以上証言はできないらしい。


「よく分かりました。ありがとう」


 アランは葉巻を噛みつぶしながら、


「では、次は『レッドウィング』のお歴々に託宣を願いましょうか」


 彼の冷徹とも言える碧い目にまともに見据えられた三人は縮み上がったが、その中の気の強そうな男が椅子から立ち上がり、


「へっ、俺らを犯人だって疑ってんのかよ!」


 と啖呵を切った。


「いや、まさか。僕はここにいる全員を疑っているよ」


 アランは肩をすくめて言った。「それより、もう少し協力的な姿勢を見せてもらいたいな。大切なパーティーメンバーが死んでるというのに」

「はっ、誰がアイツなんか……」


 と言い、ウィリアム・モーガンは慌てて口をつぐんだ。その瞬間アランの目が怜悧に光ったが、またすぐに薄笑いを浮かべる。


「どうもうまくいっていなかったようだね、モーガンくん」

「て……てめえには関係ねえだろ」


 それきりウィリアム・モーガンは口をつぐんだ。


「そこのブロンドのお嬢さん」

「は、はい」


 指名された少女がおずおずと答えた。その目には、恐怖、不安、そして――目の前の未知なる美青年に対する興味の色を帯びている。


「お名前は?」

「アリス・ドランといいます」

「いい名前だ」


 アランは微笑んで葉巻を床で踏みつぶすと、対面に座る彼女の椅子の背後へまわり、肩に手を置いた。それから、顔をぐいと近づけて、


「昨日の夕刻、君たちは何をしてたのかな?」


 アリスは顔を真っ赤にしながら、


「あ、え……えっと、あたしたち、『ミノタウロス迷宮』に行ってたんです。あの、ゴブリン討伐の依頼を受けて」

「続けて」

「それで、あの――奥に進みすぎちゃって。ゴブリンって、あのダンジョンには浅いところにばかりいるんですけど、あの時は順調に討伐が進んでて調子に乗ってたんです」


 アランがサンドラに対して彼女の証言の真否を問うと、サンドラは黙ってうなずいた。


「迂闊だったね」

「ええ、はい。それで――出会ってしまったんです」

「何に?」

「ミ、ミ、ミノタウロスに……」


 ミノタウロス。


 その名前が出た瞬間、『レッドウィング』の三人の顔から一斉に血の気が引いた。発作でも起こしたかのように、いくらかすらすらと喋っていたアリス・ドランの口元がピクピクとひっつけを起こしており、目も定まった場所を見ずにぎょろぎょろとせわしなく動いている。


「続けて」


 アランはあくまでも優しい声音で先を促した。


「……逃げました」

「まとまって逃げたのかい?」

「い、いえ」


 アリスは持っていた長い杖――魔法使いにはつきものの杖を、両手で握りしめた。「散り散りに、です……もう、パニックでしたから」

「お嬢さんはどちらへ逃げたのかな?」

「覚えてませんけど……入ってきた場所とは違うところに出ました。大きな川がありました」


 アランは地図を取り出して鉛筆を走らせた。


「なるほど。その間、アルバート・ウィルキンスとは会ってないんだね?」

「え、ええ、はい」


 そこでアリスは、なぜかウィリアムをちらりと見やった。


「ありがとう、アリス君」


 アランは金髪の頭を撫でて、自分の席へ戻った。「さて、次は……えーっと」

「——オリビア・コーンウェル」


 三人目の少女が、ぼそぼそと答えた。


 三人の中では最も小柄で、おそらく彼らと同じ15歳なのだろうが、それより2、3歳は幼く見える。成長期だから、アリスと比べるとその差は歴然としている。しかし、にもかかわらず、彼女の女性的な部分はサンドラにも劣らぬほど豊かに盛り上がっているのが、アランの興味を惹いた。


「ああ、すまないね、オリビアさん。さあ、君から何か言うことはあるかな?」

「別にありません。私もアリスと同じで、ミノタウロスと遭遇して一目散に逃げました。もちろんアルとは会っていません……私は、森の方に出ました。あ、でも」


 オリビアはそこでいったん言葉を区切った。「出てから少し歩いたら、ウィルと会いました」

「何ィ!」


 ロビン・マンチェスターが壁から勢いよく離れた。「それは本当か!」

「え、ええ、はい」

「ウィリアム・モーガンと出会ったのは、湖の近くじゃないのか!?」

「はあ……そういえばそうだった気もします」

「お、おい、てめえ!」


 今度はウィリアムが椅子から飛び上がった。瘧のように身体を震わせ、顔から異様な量の汗を流している。瞳孔が開き、膝ががくがくと震えていた。「でたらめ言ってんじゃねえぞ! 俺とお前はギルドに戻るまで顔も見せなかったじゃねえか!」


「モーガンの服を調べろ!」


 ロビンの号令で、隅で待機していた騎士が二人、ウィリアムにとびかかった。ウィリアムは抵抗したが所詮は新米冒険者、すぐに組み伏せられ、あとはされるがままにしていた。血がにじるほど唇を噛みしめている。


「副長! ウィリアムの靴にかすかですが血痕がついています!」

「よくやった! この男を捕縛しろ!」


 ロビンが怒鳴った。


 あっという間の出来事だった。


 二人の騎士団員に羽交い絞めにされたウィリアムは、オリビアや騎士団のみならずその場にいた全員に誰かれの区別なく罵詈雑言を浴びせかけていたが、身体を縄でぐるぐる巻きにされて、騎士団によって引っ立てられていった。


「ふう、これにて事件は一件落着だ。悪いな、探偵。もう帰っていいぞ」


 やり切った表情を浮かべたロビンは、部屋を出て行った。


 死のような沈黙が部屋の中を支配した。

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