アラン・ベックフォードの推理(5)
一同は食い入るようにその少女を凝視している。まさに視線で人を殺せそうなほどである。
「お見事です、アラン・ベックフォードさん。そして侮っていたことをここに謝罪いたします」
そしてアリア・キール――いや、ジャンヌ・クルックは笑顔を浮かべた。それは寂しげで、まだ初々しい少女が浮かべるには、世の中の辛酸を味わい過ぎていた。まさしく、その瞬間、彼女の顔は別人のものになった――化粧によって似せられてはいるが。
少女の手が伸び、ぶかぶかの帽子をとった。そして、黒い髪のカツラをとると、あまりにも見事な銀色の髪の毛が現れた。それは女性のものにしては少々短かったが、アイリスの髪の毛と並べると、まるで夜空に二つの美しい月が出現したかのようであった。
「お、おお……」
ジェームズ・クルックがよろよろと立ち上がる。
「お父様、目の前にいながら名乗り出なかった不孝をお許しください。しかし、もう致し方ないでしょう。ことはなされた! まさにその名探偵によって」
ジャンヌ嬢は薄く笑い、アランの方に向きなおって、
「ここからは私に語り部を務めさせてください、名もなき童話作家さん」
「ええ、喜んで。僕よりもあなたの方が数倍興味深いお話を聞かせられそうだ――まさに残虐な王を改心させるほどのね」
おかしそうに言うと、アランは役目を終えた王のように椅子に深々と身をもたせかけた。
「最初に、皆さま、はじめまして。ジャンヌ・クルックと申します」
ジャンヌ・クルックはオペラ歌手よりも心を震わせる声で言った。「確かに、私はアリアに恋慕され、ジョーンズからは明確な殺意を向けられていました。何度も面と向かって『殺してやる』と言われました。それでも、私はジョンを、パーティーメンバーとして大切に思っていました」
ジャンヌはちらとジョーンズを見た。彼は幽霊を見たかのようにすっかりおびえきってしまい、偉丈夫の面影はどこにもない。
「しかし、アランさんの言う通り、私は彼の殺害予告を立ち聞きしてしまいました。しかし、私にどうすることができたでしょう? パーティーメンバーに直訴しようにも、証拠がありません。それに、彼が本当に私を殺すと決まったわけでもない。結局、何もできません。私は怯えながら、そして苦悩しながら日々を送りました。そしてまたここに、神が私に与えた試練がまた一つ出てきたのです」
「その試練とは?」
アランが合いの手を入れた。
「アリアに気づかれてしまったのです。私が女であることに」
「なんと……」
公爵が絶句した。他の聴講者も同様であり、ただアランだけが満足げにひとりうなずいていた。
「アリアは私に恋をしてから、私の宿に頻繁に来るようになりました。……教えてもいないのに。きっと尾行されたのでしょう。私は……こんな身の上になっても、やはり心は女ですから、ひそかにおしゃれをして街へ繰り出したりしていました。そしてその時に、化粧品を使っていました」
「宿の受付嬢が目撃したという銀色の髪の美人は、あなたが元の自分に戻った時の姿だったんですね」
ジャンヌはうなずいた。
「アリアには用心していました。もし私の正体がバレたりしたら、私だけでなく公爵家全体の未来がつぶれてしまう。それだけは絶対に阻止せねばなりません」
公爵は苦悩に顔を歪めた。
「しかし、私も所詮は人の子……ある日、鏡台に化粧品を出しっぱなしにしていたところを見つかってしまい、そこから芋づる式に……」
「さぞや悩まれたでしょうな」
アランが勝手にひとりで納得している。
「ええ、それはもう……アリアにはくれぐれも他言無用と伝えたのですが――なんと、アリアは私の正体に気が付いても、それでも私のことが好きだと言うのです。男だろうが女だろうが関係ない、私はあなたに惚れたのだと……正直、嬉しさはありました。けど、アリアは同時に、付き合ってくれなければこの情報を暴露すると脅してきました」
「恐喝ね」
エリザベスが言った。
「最初は情報を漏らさないために付き合ってしまおうかと思っていたのですが、私は彼女のことが好きではない。好きでもない人と付き合うなんて不誠実なことはできない……それに加えて、ジョンのこともある。二つの苦悩に板挟みにされているうちに、私に、私に……」
「悪魔の囁きが訪れたのでしょう。そして、あなたはそれに耳を傾けてしまった」
アランが重々しく言った。ジャンヌはうなずき、
「ジョーンズの殺意を利用して、アリアを亡き者にする。……今考えても恐ろしいことです。しかし、その時の私はもうとっくに正気じゃなくなっていた。もう、一刻も早くこの地獄の業火から逃れたかった。私は――罪を犯しました」
「その罪とは?」
「それは……」
ジャンヌは震える口を動かそうとしたが、舌がもつれて思うように声が出ないようだった。「まあ、それはそうでしょうね」アランは苦笑し、
「僕が続きを受け持ちましょう。彼女の頭に浮かんだ悪魔の計画とはずばり、暗闇を利用して自分の代わりにアリアを殺させることだった」
「ちょっと待ってくれ」
ここでロビンが声を上げた。「今までの話は分かった。正直、にわかには信じがたいものだったが、外ならぬジャン・クルックが――失礼、ジャンヌ・クルックさんが今ここにいて証言しているんだからな。けど、暗闇を利用してアリアを殺すってのは分からんぜ。おそらくジョーンズを錯誤状態に陥らせて――」
「そう、アリアをジャンヌだと思わせて殺すよう仕向けたんですよ。暗闇であれば相手の顔は分かりませんしね」
「それが無理があるってもんだ。第一、あんな暗闇でどうするってんだ? ランプは二〇分消えていた。それは確かだ。そして、あのダンジョンは光がなけりゃあ一寸先も見えねえ」
「ええ、そうですねえ」
「それに、百歩譲って――入れ替わりと呼ぼうか――入れ替わりができたとしても、残ったアリア・キールの死体はどうするんだ? 死体が部屋になかったんだから――」
「簡単な話ですよ、副長どの」
アランは立ち上がってマンチェスターの肩に手をかけた。「死体はモンスターに食べさせたんですよ」
「なっ!?」
これにはマンチェスターのみならず、一同も驚愕の声を上げた。
「馬鹿な、どうやって!」
「あのダンジョンにはシャドウ・ウルフという凶暴なモンスターがいます。曰く、奴に襲われたら最後、骨も残らないと。そうだな、サンドラ?」
「んぁ?」
寝ぼけ眼をこすってサンドラが上体を起こした。「あ、ああ。確かにシャドウ・ウルフはそんな奴だ。無駄に行儀がいいんだな」
「僕とエリーとサンドラで事件現場へ向かった時、三階層にもかかわらずシャドウ・ウルフが現れました。あれは八階層にしか現れないはずなのに。それに加え、ジャンヌは動物に好かれる体質だったという証言がある。しかし、ジャンヌになついた動物たちが、彼女がいなくなった途端に一匹も姿も見せなくなったのは少しおかしいと思いませんか? 聞いたところアイリス嬢、それから孤児院のオーレリアという少女も一緒に動物たちと戯れているのだから、少しくらいは残らなければならない。となれば、可能性はしぼられる。その中でも最も蓋然性があるのは――」
ジャンヌが、法廷に立たされた罪人のように背をぴんとはる。アランは微笑み、
「ジャンヌ・クルックさん、あなたはテイマーなのですね」
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