アラン・ベックフォードの推理(4)
「ジャン・クルックは女性だった、それは疑いようのない事実だ。現に、二年間の時をともに戦った『暁闇』のメンバーも誰一人として知らなかった……いや、一人だけ知っていたが、それは後で申し上げましょう。それにしても僕は運がいい――こんなにも想像の翼を広げられるんだからな」
アランは何か抽象的でわけのわからぬことを言い、
「推理を続けましょう。男装の麗人は紆余曲折あって冒険者になった。理由は分からないが、おおかた自己の鍛錬をする意図でもあったんだろう」
「まったくもって」
公爵が、いまだ戦慄の残る声で言った。「その通りだ。あの子は自分を鍛えるために、公僕的な騎士団ではなく死と隣り合わせの冒険者になることを望んだ――すべては立派なクルック公爵になるために!」
「見上げた努力です、閣下」
アランはうなずき、
「そんな死地に愛娘を送り出すにあたっては心臓の一つや二つ破けたに違いありませんな。さて、『暁闇』のメンバーになってしばらくは順風満帆だった。誰も自分のことを女だとは思ってないし、またことさら隠していたわけじゃないが、公爵家の血筋と知っても煙たがらなかった。彼女は幸せの絶頂にいたでしょうね。しかし、ここで一つ問題が出来し――やがてその問題が彼女の人生を大きく狂わせてしまった。高潔なる娘から、悩める罪人へと」
アランはジョン・ジョーンズをにらみ、
「ミスター・ジョーンズ、あなたのせいでね」
ジョーンズは最前気絶から立ち直ったばかりで、いまだに顔面蒼白で心ここにあらずといった感じだったが、アランの責めるような物言いを聞いて、苦し気にうめいた。
「な、なぜここでジョーンズが出てくる?」
ルネ・コリンズが問う。
「端的に言えば、痴情のもつれですよ。ジャン・クルックの宿の受付嬢の話だと、彼の家には女の子らしい女の子といかつい大男が頻繁に出入りしていたという。その大男はジョーンズで間違いない。さて、女の子らしい女の子とは誰かといえば、これには僕も少し迷いましたが、たぶんアリア・キールに間違いないでしょう。ジャンの身辺を調査して浮上した人物といえばそれくらいでした。僕は最初にその事実を聞いて『なんとも仲の良いパーティーだなあ』とほがらかな気分になりましたが、ところがどっこい、ここに恐ろしい恋の罠が潜んでいたんです」
アランは悲し気に首を振り、
「ジョン・ジョーンズはアリア・キールにひそかに恋心を覚えていたんです。しかし、アリア・キールにその気はなかった。だから、アリアさんはジャンに何度も相談していたんですよ。その気はないが、パーティーメンバーとして仲良くはしたいと。ジャンは先にも述べた通り高潔な人物ですから、頼られたら断るわけにはいかない。自分が彼と話をしてみようと請け負ったんです。しかし、その話し合いは結果的にはジョン・ジョーンズを怒らせただけに終わった。それのみならず、ジョンはジャンにあらぬ疑いをかけた。すなわち、ジャンとアリアはできあってるんじゃないかと」
ジョンはうなだれたまま、何も言わなかった。しかしその沈黙はアランの弁が真なることを、最も雄弁に語っていた。『暁闇』のメンバーの彼を見る目はだんだん冷たくなっていった。
「もちろんジャンにその気はありませんでした。なぜなら見た目は男でも心は女の子なんですからね。だがここでさらに話をややこしくなる事態になった。なんとアリア・キールはあろうことかジャン・クルックに好意を寄せるようになってしまったんです……まあ、よくある話です。相談に乗ってくれる相手を好きになるなんて、男だろうが女だろうがよくあることだ。さあ、やっかいな三角関係になってきましたよ」
アリア・キールは顔を真っ赤にして口をパクパク動かしていたが、思うように口がきけずに、しまいには口をつぐんで恥辱に顔を歪ませた。
「僕の見るところ、ジョン・ジョーンズは激しやすい性格なんでしょう。実際に彼の知り合いからそのような言がとれています。自分の恋が叶わぬうっぷんが溜まりに溜まっていった――これもまた想像に難くないことです。そして、これは僕の推測なんですが、おそらく何かのタイミングでジョーンズは激高して、ジャンに対する殺意を露わにしたのでしょう。どうです、ミスター・ジョーンズ?」
指名された本人は、相変わらず死んだように顔をうつむけ、沈黙を守っていた。アランは満足げに「本当なんですね」とうなずき、
「それにジャンは敏感に反応した……おそらくは。そうでなくとも、彼女はそれが気がかりになって、ジョーンズと折り合いがつかなくなったのでしょう。思い悩む日が続く。実際、彼女は『私は罪を犯したかもしれない』と漏らしたといいます。その罪が何なのか――今ここで指摘してみせることはできませんが、戦友の思い人に好かれる自分という立場に思い悩んでいたことは確かでしょう。で、問題はこれからです。……ジャンとジョンとアリアの奇妙な三角関係ができて以来、それは改善されることもなく、つまりジョンとジャンの間に話し合いを設けられることはなく、ぎこちない空気が二人の間に流れていた。それでも稼業はしっかり遂行していたんだから見上げたものです。そうして、ある日、ふいにカタストロフは訪れた」
アランはタバコを吸えない苛立ちからか、しきりにテーブルの端を指で叩いている。
「ジョン・ジョーンズは行きつけの酒場で主人にこう言い散らかしました。あの野郎、もう我慢できねえ。俺のアリアを奪いやがって、ぶっ殺してやる……次だ、次のダンジョン攻略の時が奴の年貢の納め時さ。場所はそうだな、『常闇の墓場』がいいだろう。あそこならほかの邪魔も入らせずにやっちまうことができる。ってね。これは主人から直接聞いた話ですよ」
ジョーンズの顔がますます青ざめる。
「そして、ジャンはたまたまそれを立ち聞きしてしまったのでしょう。彼女は気が気でなくなり、夜も眠れない日が続いたに違いない……もちろん憶測ですが。さて、ついにその日は来てしまった。ジョーンズの発案によって、パーティーは『常闇の墓場』に潜ることになった。彼らにとってそこは慣れた場所ですから、別段誰も気に留めなかった。しかし、ジャンには一世一代の決断を迫られる時が来ていた。その決断とは何か。……暑いですね、ジャケットを脱いでもいいですか?」
誰かが答える前に、探偵はカーキ色の特異なジャケット――特注品である――を脱ぎ、椅子の背にかけた。
「その決断とは?」
ルートヴィヒ・ヴェイマンの問いかけに、アランは冷たい笑顔で返し、
「もちろん、ジョーンズに自分の代わりにアリア・キールを殺させる決断を、ですよ」
一同に耐え難い動揺が走った。しかし、今回はアランがそれに先んじて、「静かに!」とぴしゃりと言い放った。
「無駄な時間はよしましょう。皆さんはこう思ったでしょう、一体全体、なぜアリア・キールを殺すよう差し向けなければならないのか。それに、もしアリアが殺されたとするならば、そこに座っている少女はいったい何者なのか。これは僕の口からではなく、本人に語ってもらった方が説得力があるでしょう。さあ、舞台が準備されましたよ、ジャン・クルックさん――いや、本当の名は――」
「ジャンヌ・クルック」
それは、研ぎ澄まされた声だった。そしてここにいるはずの誰のものでもない声だった。しかし確かに――アリア・キールの口からその言葉は発せられていた。
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