アラン・ベックフォードの推理(1)


 翌日、報せを受けたエリザベス・アリスンが午前八時半に冒険者ギルドへ向かうと、すでに探偵はギルドの黴臭い椅子に腰かけており、また、事件の関係者――『暁闇』のメンバーと、御者――マーリン・オーウェンも、不安そうな顔をして、アランの前にあるいは座り、あるいは立っていた。


「おはようエリー。今日は吐き気がするほどいい朝だね」


 アランはそう言いながら、葉巻を一本取りだして火をつけた。「こんな朝にはタバコを吸うに限るな。君も一本どうだ?」

「騎士団はタバコがご法度なの、知ってるでしょ」

「ふふん」


 探偵は、何が愉快なのか分からない笑みをこぼした。


 なんともうまそうに葉巻を吸うと、彼はエリーと一緒に入ってきた大柄な男を、初めて見つけたような目で見た。


「そこの御仁は?」


 大柄な男は前に出て、


「王立騎士団第三師団副長のロビン・マンチェスターだ。今日は弁護士殿の面白いご高話を聞けるということで、いてもたってもいられずデスクから飛び上がってきた」


 ロビン・マンチェスターは、その肩書にふさわしく、二メートル近い長身に、岩のような肉体を備えている。髪は短く刈り込み、髭は口周りにきれいに整え、鋭い目は獲物を逃さぬ鷹のようだ。武芸のみならず座学にも長けた、騎士道の体現者のような男である。


「弁護士という肩書はあまりすきじゃないですね、マンチェスターさん」


 アランは顔をしかめた。「僕は金の亡者でもなければ、他人の不幸を食い物にしてほくほくする人間でもない。そもそも弁護士として働いたこともあまりない。ただ、騎士団の副長殿が出てこられたということには驚きであり、同時に名誉も感じていますよ」


 彼は全く名誉など感じていないような顔で吐き捨てた。


 八時五〇分近くになって、寝起きの顔のサンドラ・ブレイクがギルドに隣接した宿から出てきた。いつもと同じく、へそと脚を大胆に露出した服装に身を包んでいる。


「おはよう、サンドラ。気分はどうだい?」

「眠い」


 それだけ言うと、彼女は手近にあった椅子にどっかりと腰かけ、ぐうぐうと二度寝をはじめた。


「いいの?」


 エリザベスが耳打ちすると、


「いいさ。彼女は事件にかかわったから、というだけで呼んだんだ」


 アランは笑みを浮かべて言った。


 最後にギルドのドアを叩いたのは、シルクの服に身を包んだジェームズ・クルックと、目にも鮮やかな白いドレスを着込んだアイリス・クルックだった。この二人の父娘が入ってきた途端、不安と倦怠感に包まれていた冒険者ギルドの先住民たちの様相が一変し、サンドラとアランを除いた全員が背筋を伸ばして恭しく最敬礼をした。


「楽にしたまえ」


 ジェームズ・クルックはそう言って椅子に腰を下ろし、持っていたステッキに両手をそえ、その上に顎を乗せた。その顔は何か苦悩に苛まれているようだった。アイリス嬢は先客に愛想のよい会釈をすると、父親の隣に座り、アランに対して微笑みを投げかけた。探偵は煙の中で笑みをもって答えた。エリーが面白くなさそうにそれを眺めた。


「揃いましたね」


 どこか達成感のある声で、アランが言った。「皆さん、急なお声掛けをしてしまって申し訳ございません。特に公爵閣下、あなたまでお見えになるとは」

「あんなことを言われては、いても立ってもいられないだろう」


 ジェームズは絞り出すように答えた。


 アランは満足そうにうなずき、


「それからアイリス嬢も。来てくださってありがとう。こんな埃っぽいところにおられて、天界の清浄さを失われてしまいはしないかと気が気ではありません」


 アイリスは愉快そうに笑った。


「御託はいいから、始めましょうよ」


 エリーが早口に言った。アランの長広舌が始まることを悟って、そうはさせまいと先手を打ったのである。


 アランはうなずき、


「君の言うとおりにしよう、エリー。さて、僕が皆さんをここへお呼びしたのはほかでもありません……事件は解決しました」

「なんだって!?」


 ルートヴィヒ・ヴェイマンが立ち上がった。「わ、分かったのか? ジャンを殺した犯人が!」

「まあまあ、落ち着いてください、ヴェイマンさん。めったな言葉を使うもんじゃありませんよ――殺しだなんて!」

「とすると」


 今度は、ミシャ・ウントが言った。「ジャンは殺されていないの?」

「さあ、そこなんですよ、最大の問題は」


 アランはたいそう面白そうに言い、


「この事件——ええっと、仮に『常闇の墓場』事件とでもしましょうか――において最大の謎だったのは、ズバリ、ジャン・クルック氏の生死だったんですよ。その違いだけで、その後の捜査に大きな影響を与えます。つまり、失踪か、誘拐か。それとも殺人か、自殺か、事故死か。なにしろ死体がなければ生きた本人もいないのだからどうしようもない。だから僕は、ジャン氏は死んだものと思って推理を進めていました」

「至極妥当な見解だ」


 ルネ・コリンズがうなずいた。


「さて、死んだとすればなぜ死んだのか。自殺か他殺か。僕は他殺の線で捜査を進めていました。なにせ――殺す時間はたっぷりあったんですからね。ランプの消えた二〇分間に」


『暁闇』のメンバーがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「方法はさておき……他殺説をとると、今度はその下手人を突き止める必要が出てきます。しかし、考えてみてください。六人パーティーが――殺しの後は五人になるんですけど――いて、そのうちの一人が殺したとする。しかし、殺したとして、死体はどう始末する? 誤魔化しはきくでしょうか。当たり前ですが、その場には殺人者以外の生きた人間が四人もいます。一人ならばなんとかできたかもしれないが……四人はちょっとねえ」


 アランは肩をすくめた。それからタバコを深く吸って、

「一人での実行は当然ながら不可能に近い。だから僕は、ジャン・クルック氏を除いた五人が全員共犯者であると考えました」


 ひっ、と息を呑む音がした。アイリス嬢の方からだ。


「五人とも共犯者だと考えれば、まず死体を隠すこともどうだってなる。事件当時、ダンジョンにいたのはこの六人に加え御者を入れた七人だ。この人たちが全員グルだったら、事件はとこしえの闇に――とこやみに葬られるだろう」

「おっしゃる通りでさあ」


 マーリン・オーウェンは、鷲鼻の下の薄い唇を歪ませた。


「ちょ、ちょっと待て!」


 そこにすかさずルートヴィヒが異を唱えた。「俺たちは異変に気付いてすぐにギルドへ報告したんだぞ! それに、もし仮に俺たちが犯人だったとしたら、ギルドには『ジャン・クルックはダンジョン攻略中に名誉の死を遂げた。遺体はモンスターにむさぼりつくされ、骨の一本も残らなかった』と報告するだろ! そしたらギルドも納得するし、騎士団が動くこともなかった!」


 対するアランは平然として、


「おっしゃる通りです、ミスター・ヴェイマン。『暁闇』の五人が共犯者だとすると様々な面で無理がある。同様に、共犯者が二人、三人、四人の場合、それぞれすべての組み合わせを考えてみましたが、やはり無理があるという結論に至りました」

「これで他殺説が否定されたということなのですか?」


 恐る恐る、しかし好奇心ありげにアイリスが聞いた。アランはニコニコしながら首を振って、


「いいえ、これで否定されたのは、

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