捜査篇(6)

 教会を辞したアランは、エリーに耳打ちである頼みごとをした。エリザベス・アリスンは最もだといった様子でうなずき、別れた。


 アランはレストランに入って腹を満たし、冒険者ギルドへ戻った。


「あ、アランさん、おかえりなさい」


 昨日応対してくれた受付嬢が二人の姿を認めて声をかけた。


「ただいま、お嬢さん」

「アンジェリカっていいます、わたし」

「それじゃあアンジェリカさん、一つ頼みごとをしてもいいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「ジャン・クルック氏の宿を教えてほしいんだ」

「そうおっしゃると思って、もうすでにこちらに準備してありますよ」


 と言うと、アンジェリカは二人に書類を一枚提示した。「役所からいただいてきた住所です。ほんとうはダメなんですけど……」

「素晴らしいね、お嬢さん。君は素敵な女性だよ」


 アランは感極まったように言って、彼女から書類を受け取った。「さて、サンドラ、行こうか」


 折よくギルドへ来ていたサンドラに、彼は声をかけた。サンドラは急に呼ばれて、いぶかし気に彼の手にする書類を覗き込んだ。それで事態を飲み込み、


「今からか?」

「ああ。善は急げと言うだろう?」


 二人はギルドを出て、書類に書かれた住居へと向かった。困ったことに、我らがアラン・ベックフォード氏は王都の地理に疎かったため、サンドラが代わりに道案内を申し出た。


 二人がやってきたのは、広場から路地に入ったところにある小さな宿だった。


「僕のとこよりかは立派なものだね」


 アランはそんなことを言って、玄関へ入った。


 一面が煤けたような汚れがついており、調度も全体的に古びていて黴臭さがある。むき出しの床に足を踏み入れると、ぎいぎいきしむ音が響いた。


 玄関前にすぐにある受付には、覇気のない若い女がぼうっと座っている。彼らの姿を認めると、「いらっしゃいませえ」とだらけきった声をあげた。


「少しいいかな、お嬢さん」

「なんでしょう?」

「先日失踪したジャン・クルック氏のことなんだけど――」

「ああ、あの人ね。もしかして騎士団関係の人すか?」

「まあそんなところだ。それでね、聞きたいことがあるんだけど」

「いいっすよ、どうせ暇だし」


 そう言うと、受付嬢はあくびをひとつした。本当に暇らしい。


「ジャンはいつからここに住んでるんだい?」

「二年前……くらいだったと思います。あたしはここに五年勤めてるんで、入ってきた時から一応知ってますよ」

「素晴らしい。それで、彼が入居した時から、頻繁に訪ねてくる人はいなかったかな?」

「ああ……最初からってわけじゃないけど、三人くらい、ここ最近よく来てた人はいますよ。ジャンさんがいなくなってからは、一人しか来てないですけど」

「三人……?」


 この時、アラン・ベックフォードの超然とした表情に、はじめて影のようなものが走った。


「ええ、三人。二人は女の子で、一人は男でした」

「それぞれの見た目は?」

「えーっとお……一人は銀髪の子でとっても綺麗でしたよ。ジャンさんも髪の毛銀色だったし、兄弟か親戚なんじゃないかなあ。ああ、あの人はいつも仮面被ってたので、素顔とかは全然知らないですよ」

「なるほど、二年間ここに暮らしているのに、ご尊顔は拝めなかったのか」

「ええ、まったく隙が無かったんで。ここの主人夫婦も知らないですよ」

「そうか。続きをお願いしよう」

「もう一人の女の方は、なんか女の子って感じの子でしたよ。あたしから見てもあ、かわいいなって思ったくらいで」

「ふむ」

「三人目の男は、なんかごつくていかつい顔でしたね。いつもここに来るときは怒ったような顔してましたよ」

「その三人の名前は知らないんだね?」

「知らないですねえ」

「ジャンがいなくなってからも来ていたというのは?」

「銀髪の美人ですよ」

「そうか、ありがとうお嬢さん。それで頼みごとがあるんだけど、ジャンの部屋を見せてもらってもいいかい?」

「ええ、構いませんよ。騎士団関係の方なら全員案内してますから」


 そう言うと、女は受付の下から全部屋の鍵を取り出して、立ち上がった。


 彼らはところどころに穴の開いた木製の階段をのぼっていった。階段の尽きるところから部屋が五つ続いている。女は奥から三番目の部屋の前で立ち止まり、無造作に選り分けた鍵を一本、その穴に差し込んだ。


「ここがジャンさんの部屋っす」


 と言うと同時に、ドアが開いた。


 窓から西日が差しこんでおり、部屋の中全体を幻想的なオレンジに染めている。シングルベッドと樫の木で出てきたテーブルとイス、鏡台、衣装ダンスがあって、どれもジャン・クルック失踪の日から配置を変えていない、と女は説明した。


「騎士団の方たちもいらっしゃったんだよね」

「彼らは細心の注意をもって取り扱ってましたよ」


 そう言うと、受付嬢は下の階へ戻っていった。アランはためらいなく入り、部屋の周囲を見回した。遅れてサンドラが恐る恐る入り、


「な、なあ、私が入ってもいいのか?」

「構わないよ」


 アラン・ベックフォードはベッドのシーツをはがし、ベッドの下を見、鏡台をひっかきまわし、その他ありとあらゆる場所を隅々まで探索し始めた。それはまさに念が入っており、痕跡一つ見逃さぬという彼の姿勢の表れでもあった。そして拡大鏡を取り出して、またダンジョンの時のようにあらゆる細かい部分を丹念に調べ始めた。


「そういえば、ここには女が二人と男が一人来ていたと彼女は言っていたな」


 窓を開けて換気をはかりながら、サンドラ・ブレイクが言った。「誰なのか心当たりはあるのか?」

「銀髪の美少女はジャン氏の妹だろう。女の子らしい女の子は誰か知らんが……男は多分、『暁闇』にいた大柄の盾騎士だろうね。名前は確か――」

「ジョン・ジョーンズか」

「そうそう、それだ」


 ベッドを改めたアランは、続いて鏡台へと向かった。「ジャンには妹がいた、とルートヴィヒ・ヴェイマンが言っていたし、ゴツイ男と言えばジャンの周りには彼しか浮かんでこないんじゃないかな。とすると、その女の子らしい女の子というのが、ジョンの殺意に関係があるかもしれない」

「しかし、ほかにもいる可能性も否定できないだろう」

「確かにね。雲をつかむような話だけど、こっちはさして重要じゃない。ただ僕が一番知りたいのは――」


 そこで口を切って、彼は鏡台の上に置かれた化粧品の数々を手に取った。白粉、香水、眉用のペン、整髪料。それら一つ一つの容器をとって、中身を見ていく。


 と、彼は背中に電撃が走ったかのように身体を硬直させた。


 その顔には、およそ彼には似合わぬ驚愕の表情が浮かんでいた。


 それに気づかず衣装ダンスに入った男物の衣服を見ていたサンドラは、

「ああ、女の子らしい女の子の方か。確かに彼女の正体が分かればあるいは――」


 と、喋りかけて、彼の様子のおかしいことを悟った。


「お、おい、どうした?」

「……なあ、サンドラ」


 アランは押し殺したような声で言った。普段の彼からは想像もつかない声だった。

「ど、どうした?」

「僕は今、素晴らしい発見をしたよ」

「どういうことだ?」


 アランは鏡台に向けていた顔をサンドラの方へ向けた。


「ジャン・クルックの行方だよ! 僕はとんでもない思い違いをしていたんだ!」

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