捜査篇(5)


 日付が変わる直前まで飲み食いして、三人は解散した。


 翌日、二日酔いで鐘のように重い頭を引きずりながら、エリザベス・アリスンが指定された時間――朝八時――に宿を尋ねると、アラン・ベックフォード氏はすでに昨日と同様のド派手な服装に身を包み、鼻歌を歌いながら外で待っていた。


「やあ、来たね!」


 アランはエリーの姿を認めると、子犬のように笑って手を振った。「時間ぴったりだ。さすが騎士様」

「なんであんたは平気そうなのよ……」

「昔から酒は結構いけるんだよ」


 アランはそう言い、彼女の前に立ってずかずか歩き始めた。ちょ、速い速い、と心の内で文句を言いながら、エリーは彼の後についていった。


 孤児院――正式名称「聖ウィンタブリア聖堂付属孤児院」は、彼の宿から歩いて三〇分ほど行ったところの、王都から少し外れた、自然豊かな景色の中にその白い塔を突き出している。背景には糸杉の森があり、中庭には様々な樹木、色とりどりの花が植えられた花壇があって、王都の喧騒とは無縁の桃源郷の様相を呈している。


 教会の入り口に、一人の年老いた修道女が立っており、元気に庭を走り回る子供たちを微笑ましそうに眺めている。


「おはようシスター、今日はいい天気で大変結構だ」

「あなた様は――ああ」


 いきなり声をかけられたシスターは驚いたように眼鏡の奥の小さな目を開いたが、すぐに納得したように笑顔を浮かべた。「おはようございます。アラン・ベックフォード様ですね」

「そう、アラン・ベックフォードです。こっちはエリザベス・アリスン」

「どうも」


 エリーが小さく頭を下げると、シスターはにっこり笑って会釈し、


「どうぞ、おはいりなさい」


 教会の中は静かだった。説教壇には銀の燭台がポツンと取り残されてあり、背後の巨大なステンドグラスを透かして差し込む日光の中に孤独を嘯いている。アランは上部にあるパイプオルガンを眺め、音楽が流れてこないのを残念がっているようだった。


 シスターは来客を説教聴講席に座らせ、自らは椅子を一脚持ってきてそこに腰かけた。


「すみませんね、お茶の一つも出せなくて」

「いえいえ、とんでもございません。少しお話を聞くだけですから」


 アランは教会の中を見回した。「それにしても見事な建築だなあ。僕は神とかいうのは信じないタイプなんですけど、ここにいるとなんというか、神聖な気持ちになる」

「それはここが神の花嫁だから、ですよ」


 シスターは微笑んだ。


「いや、失礼。本題に入りましょう。先日失踪したジャン・クルック氏のことなんですが」

「ええ」


 その名前を聞いた途端、シスターの顔は引き締まり、同時に悲しげな表情を浮かべた。


「僕は昨日、ジャン氏がこちらの孤児院へしばしば足を運んでいるという話をお聞きしました。それは事実でしょうか?」

「ええ」

「それはいつ頃からでしょうか?」

「二年前からだったと記憶しています」

「では、彼が冒険者になると同時に、こちらへ来るようになったということなんですね」

「ええ、彼も言っていました。『最近冒険者になった』と」

「彼はどのくらいの頻度でこちらへ来ていましたか?」

「週に――二三日、多い時はほぼ毎日来ていました」

「なるほど。僕だったら毎日でもここへ来ようと思いますよ」


 シスターは微笑んだ。


「なぜここへ来るようになったのかはご存じですか?」

「二年前、ここの子ども――オーレリアというのですが、その子が行方不明になりまして。ギルドに捜索を依頼したのですが、そんな仕事は誰も引き受けてくださらなくて……そんな時、オーレリアがいなくなって二日目ですが、ひょいと、小柄で華奢な銀髪の男性が、安心して眠りこけているオーレリアを抱いてここへ現れたんです」

「あなたは今、とても重要なことをおっしゃいました。ジャン・クルック氏が銀髪だったということです」

「そしてオーレリアを連れてきた彼は」


 シスターは続けた。「近くの貧民窟で迷子になっているところを発見した、と言いました。私どもも大喜びで、さっそくお礼をしようとしたのですが、彼はかたくなに辞退しました。『人として当然のことをしただけで、お礼をもらうほどじゃない』と言って」

「それで?」

「それでも、やはり私たちとしましても、このままでは済まないと思って、強いて言ってみると、彼は照れくさそうに笑って、『なら、これからちょくちょくここへ来てもいいか』と言いました。もちろん私たちは大賛成で……これできちんとお答えできているでしょうか?」

「大満足ですよ、シスター。あなたは善き市民として、忠実なる神の僕として、その義務を果たしておられる。あなたに恩寵の光が降り注がんことを!」


 アランはそこで言葉を切った。「それでですね、シスター、ここからが重要なんですが、最近――その――ジャン・クルック氏は何かに思い悩んでおられたりはしませんでしたか?」

「悩んでた、ですか」


 シスターは思い出したように、


「ああ、そういえば……失踪する少し前にこちらへいらっしゃった時、私と二人きりになったタイミングで、『私は罪を犯してしまったのかもしれない』とおっしゃってました」

「罪を?」

「ええ、罪を」

「どんな罪でしょう?」

「いえ、そこまでお聞きしませんでした。なにせ、すぐにまた出て行ってしまわれましたので」

「そうですか」


 アランはそこで質問を打ち切り、


「ありがとうございました。……さて、僕たちもせっかくここへ来たことだし、かわいい神の子供たちと遊んでもいいですか?」

「ええ、ぜひ!」


 シスターは目を輝かせた。「あの子たちは外の世界に興味を持っています。その話をしてあげると喜びます」

「ええ、はい」


 二人は外へ出て、庭で遊んでいた孤児と遊び始めた。最も、遊んでいるのはエリザベスのみで、アランはにこにこしながらそばでその様子を見ていた。そして、オーレリアと呼ばれていた少女を見つけると、彼はポケットに手を入れながら近づいた。


「失礼。君はオーレリアちゃん、でいいかな?」

「うん」


 オーレリアは薄い色素の髪を持った女の子だった。まだ年は七歳、八歳くらいだろうか、身体が細いため、もっと年上の可能性もある。


「オーレリアちゃん、君はジャンくんを知っているかい?」

「ジャン……お兄ちゃんのこと?」

「そう、そのお兄ちゃんだ」

「お兄ちゃんは大好きだよ!」


 オーレリアは満面の笑みで言った。アラン・ベックフォードは彼女の頭を撫でてやり、


「いい子だ。ジャンお兄ちゃんはどんな人だった?」

「えっとね、えっとね、優しくてー、とても強くてー、きれいだった!」

「へえ、何がきれいだった?」

「髪の毛」

「そっか、僕の髪の毛とどっちがきれい?」

「お兄ちゃん!」

「手厳しいなあ」


 アランは笑った。「お兄ちゃんの髪は、何色だった?」

「えーっとね、銀色だったよ」

「お兄ちゃんとはどんな風に遊んでもらった?」

「お話を聞いたり、追いかけっこしたり、猫と遊んだりしたよ」

「猫かい?」

「うん! ここで飼ってるんだけど、お兄ちゃんにすごいなついてるの! 結構人見知りなんだけど」

「そっか、ありがとうね。これ、お礼。みんなには内緒だよ」


 アランはポケットから飴の入った包み紙を取り出し、オーレリアに与えた。

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