捜査篇(4)
三人が『常闇の墓場』から引き揚げて王都に戻ってきた頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。酒場に人々が集まり、士農工商関係なく盛り上がっている。
冒険者ギルドにも日中の盛況さはないものの、夜を徹してダンジョンへ向かう強者が入念な準備をしていたり、一仕事終えた冒険者が併設の酒場で乾杯をしたりしていた。
その中にあって、若い五人組の集団が隅っこのテーブルにひっそりと固まっているのは、少々異様な光景に見えた。
アラン・ベックフォードはその五人組の集団――本来は六人組だったのだが――に近づいていき、余った椅子を引いて腰かける動作と同時に、
「こんばんは。『暁闇』の皆さんかな?」
と言い、笑顔を浮かべた。
五人組は彼のいきなりの出現に面食らったが、後ろに控えた二人の美女の片方――赤毛の女に見覚えがあるのを自覚し、と同時に、そこから受付嬢の言っていた男が目の前の彼だということに気が付いた。
「ええ、そうです。あなたが俺たちを呼んだんですか?」
五人の中の一人がアランに答えた。落ち着いた、幾分年のいった感じのする男で、なるほど彼がリーダーだな、とアランは見当をつけた。
「ええ、そうです。アラン・ベックフォード。弁護士と探偵をやっております」
「ルートヴィヒ・ヴェイマンです。『暁闇』では一応リーダーをやっています。ジョブは剣士」
アランが右手を出すと、ルートヴィヒと名乗った青年はおずおずと握手に応えた。目の前の遊び人のような男に対し、困惑と不安を覚えているといった感じだ。
「そちらの方々も、自己紹介を願います」
アランの呼びかけに、ガッチリとした体格の男が答えた。
「ジョン・ジョーンズ。『暁闇』では前衛に立っている。ジョブは盾騎士」
「私はルネ・コリンズ。後衛で、魔法に少々覚えがある。ジョブは魔法使い」
髪の長い痩身の男が言う。
「ほう、魔法を! そいつは素晴らしいな。あなたはジャン・クルック氏が失踪した当日は探索に加わっていたんですか?」
「いや、体調を崩してしまってな。その日は一日自分の宿で寝込んでいたよ」
「ほほう。もう調子の方は?」
「全快したからここにいる」
ルネ・コリンズは若干不愉快そうに言った。
「失礼。で、そちらの方々は」
アランに問いかけに、年上の方の、グラマラスな美女が答えた。
「私はミシャ・ウント。共和国出身よ。でもこの通り王国の言葉も大丈夫だから、心配なさらないで。ジョブは魔法使い」
「共和国ですか、そいつは最高だな。いえね、僕はまだ共和国の女と出会ったことがなかったんですよ。今度食事でもどうです?」
「あら、お上手なのね」
アランは微笑をもって返した。
「あたしはアリア・キール。ここでは後衛で、回復魔法が得意よ。ジョブは僧侶」
アリアと名乗った年下の方は、釣り目がちの気の強そうな少女だ。ぶかぶかのローブにぶかぶかの帽子をかぶっており、ややもすれば鍔がずり落ちて顔が隠れてしまう。
「アリアさん、いい名前だねえ」
「どうも」
とだけ言うと、アリアはそっぽを向いた。嫌われたみたいだな、とアランは苦笑した。
「さて皆さん、皆さんもご存じのこととは思われますが、僕がここへ来たのは例の――ジャン・クルック氏失踪事件の真相をつかむためなのです」
一同はかすかにうなずいた。
「それで、皆さん――正確には、ルネ・コリンズさんは当日はご欠席だったようですが――は、言うまでもなくこの事件の最重要参考人というわけです。僕もこちらへ来る前、そこのエリザベス・アリスン嬢から事件のあらましは聞いています」
アランはそこでいったん言葉を切り、今度は声音を変え、
「なお、当然ですが、くれぐれもお互いをかばいあうような嘘はつかれぬよう……それをして損をするのはあなた方です。王国の刑法典第二二八条にも、その旨が定められています。僕は一個人ではなく、あなた方の前では国家権力そのものです。くれぐれも、お忘れなきよう……」
と、脅すように言った。一同は緊張した面持ちで、彼の言にうなずいた。
「さて、ではどなたから証言していただけますかな?」
今度は明るい声で、笑顔を浮かべながら、『暁闇』の面々を見回した。
「……ジャン君は」
と、口火を切ったのは、共和国出身のミシャ・ウントだった。「とても礼儀正しい子だったわ。それに正義感も強かった」
「ああ、そうだな」
それにルネ・コリンズが同意する。
ミシャは続けて、
「お酒も付き合い程度だったし、タバコも吸わない。ほかの冒険者に対しても優しかったし、特に初心者に対して面倒見が良かったわ」
「そうですか、彼もまだ二年やそこらのキャリアなのに?」
「ええ。なんでも妹さんがいるそうで、その面影と重なるから、どうしても見捨てておけないっていうので……そうそう、それに関して、ジャン君は王都の孤児院にも時々行ってて、喜捨もしていたそうよ」
「聖人君子のようなお人ですねえ」
探偵は驚いたように目を見開いた。
「ああ、彼は間違いなく聖人だったよ。俺たちにとっても、ね」
ルートヴィヒ・ヴェイマンがうなずいた。「彼は前衛だったんだが、とても優秀だったよ」
「ほほう」
「小柄で華奢な男だったんだが、敏捷性と観察力に優れていたから、敵をかく乱したりトラップを発見したりすることができて、縁の下の力持ち的な役割を果たしていたんだ」
「ジョブは?」
「本人から聞いたことはないが、おそらくシーフだろう」
「なるほど。見た目はどうでしたか?」
「見た目……ですか」
ルートヴィヒは、そこで苦渋の表情を浮かべた。
「どうしました?」
「いえ、その……見たことがないんです」
「何を?」
「だから、ジャン・クルックの素顔を、です」
「ほう! それはまたなぜ?」
この事実は、探偵の興味を痛く惹いた。
「彼は四六時中仮面をかぶっていたんだ」
その質問には、ルートヴィヒの代わりにジョン・ジョーンズが答えた。「なんでも昔、モンスターに襲われて顔にひどいけがを負ったらしくてな。あまりにも醜怪な顔になってしまったから、誰にも見せないように仮面を被っていたんだ」
「ふむ。ということは、あなた方の誰もジャン・クルック氏の素顔を見た人はいないのですね」
「ええ、そうよ」
「見た目に関して、背格好はどうです?」
「背は低くて細かったな」
ルートヴィヒが答えた。「まるで女みたいだった。そこのアリアと比べても遜色ないぞ」
アランは両手の指を組んだりほどいたりして思案に暮れていたが、また再び尋問を開始した。
「ランプの消えた時間は?」
「二〇分くらいだったかしら」
「なぜランプの灯は消えたのでしょう」
「それが……水がかかってたみたいで」
「水?」
「ええ、はい。ダンジョンの天井から漏れた水が垂れたのかもしれません」
「ふむ。その二〇分間、何か変なことはなかったかな?」
「変なこと……いえ、特に。なにせ、ミシャは暗闇恐怖症でね。二〇分間ずっと半狂乱で叫んでいたし、何かがあっても気づかなかったと思う」
アラン・ベックフォードはその後二三の質問をして、『暁闇』のメンバーを解放した。『暁闇』の人々はいまだに不安を顔に浮かべていたが、アランが事件の解決を約束すると、いくらか安堵したようにギルドを出て行った。
「どうだった、アラン」
サンドラの問いかけに、
「いやあ、実に面白い事件だ」
とのみ言い、アランは葉巻を取り出して火をつけた。「おそらく真実はひどく単純だね。ただ、まだ証拠が少なすぎるし、一つの論理的な解決を導き出すにはまだ早い段階だ。今は行動、行動、ただ行動あるのみだな」
「じゃあ明日からはどうするの?」
「ひとまず、ジャン氏の通っていたという孤児院に行ってみよう。それからはまあ、その時に決めるとして、ね」
「おおざっぱねえ」
エリザベスはあきれたような顔をした。
「きっと孤児院に行けば何かが分かるさ」
アランはそう言いながら、スパスパとタバコを吸っていた。やがて、それが短くなってくると、ギルドの床に押し付けてもみ消し、朗らかな顔で、
「よし、二人とも。これから食事はどうだい?」
二人は異論なく賛同した。
一行は冒険者ギルドを出て、しばらく行ったところにある『踊る猫』という看板のかかった、小さな料理屋へ入った。
中はカウンター席にテーブル席が少々とこじんまりした内装で、カウンターの向こうで壮年の男が新聞を読んでいた。
「いらっしゃい。……おお、アランか!」
男はアランの顔を認めると、嬉しそうに立ち上がり、豊かな口ひげの蓄えられた顔をゆがませた。
「こんばんは、店長。夜分遅くに悪いね」
「そんなことないさ! 実際、客が来なくて暇だったんでね! そちらのお二人はお連れかい?」
「ああ」
「ふうん!」
店長は「水を持ってこい!」と奥の方へ怒鳴り、三人にテーブル席をすすめた。高級ではないが、手入れのよく行き届いた家財だ。
しばらく待つと、店長の娘が水を持ってきて、三人の前に置いた。娘に料理と酒の注文をし、彼女が奥へ引っ込むのを見届けると、
「ここは料理が安くてうまいんだ。酒は安物に水を混ぜた粗悪品だけどね」
と言い、アランはいたずらっぽく笑った。
「どうでもいいけど、確かにここは気に入ったかもしれないわ」
エリーが言う。
「それで、アランはこの事件をどう思ってる?」
サンドラが、水をぐいと飲みほして言う。
「だから、まだ分からないってさっき言ったじゃないか」
「探偵としての建前はもういい。個人としてのお前の意見を聞きたいんだ」
アランは愉快そうにサンドラ・ブレイクの美貌を見ると、
「そうだねえ。まずジャン・クルック氏は死んでるんじゃないかな」
「やっぱりそう思う?」
エリザベスが意気込んで言った。「私も同じ。ジャンは死んでると思う」
「出入口以外に全く人の通れる穴はなし、仮に暗闇に乗じて彼らと別れたにしても、ダンジョンの奥の方へ行ったのであれば生きてはいられまい。それは僕らが今日シャドウ・ウルフと遭遇したことを考えればうなずける」
「しかし、そのままダンジョンを出たのではないか?」
「なぜ?」
アランは言った。「それに、単身抜け出たにしても、穴の付近では送り迎えの馬車が待機していただろう。そうそう、馬車の御者はなんと言ってたんだっけ?」
「『暁闇』のメンバーが入ってから、ジャン・クルック以外が出てくるまでは人っ子一人通らなかった、と言っていたわ」
エリザベスが補足した。探偵は満足そうにうなずき、
「そう、そう、そうなんだ。つまりこれ、どういうことだと思う?」
「どう、とは?」
サンドラが問う。
「簡単なことさ――あそこは一種の密室と化していたんだよ」
「密室――」
エリーがつぶやいた。その事実に今まで思い至らなかったという意味が、言外に込められていた。
「そうさ。だから、僕はやっぱり今の時点では、ジャン・クルックは『暁闇』のメンバーに殺された、という仮説を支持しようと思っている」
「こ、こ、殺されたあ!?」
エリーが叫んだ。
「なんだエリー。君もジャン・クルック死亡説を推していたじゃないか」
「そ、それはでも、別のことが原因で――」
「どんな原因だい?」
「……」
エリーはもごもごと口を動かし、顔を赤らめた。アランは微笑ましいものを見るような目で、そんな彼女の様子を見た。
「仮にジャン・クルックが殺されたとして、だ」
サンドラが口を開いた。「誰に、だ?」
「『暁闇』だよ」
「だから『暁闇』の誰に殺されたんだ?」
「そこまではまだ分からないなあ」
アランはにっこりと笑った。
そこに、料理とグラスに入ったワインが運ばれてきた。
アランはグラスを手に取り、二人にも同様のことをするよう促した。
「では諸君、今後の捜査の進展を祈って――乾杯」
かちん、とグラスの重ねられる音が、彼ら以外客のいない貧乏料理屋の店内にこだました。
探偵は赤い液体をぐいと飲み、「うん、やっぱり不味いなあ」と言ってけらけらと笑った。エリーとサンドラは酒をちびりと飲みやったが、強烈なアルコール臭と、甘ったるい液体の味が口に広がり、思わず顔をしかめた。
そこでマスターが話しかけてきた。
「おい、今『暁闇』の話をしてたか?」
「そうだけど、マスターも知ってるのかい?」
「知ってるもなにも……ジョン・ジョーンズがここによく来るんだよ」
「本当かい?」
「ああ」
アランは目を輝かせ、
「質問だけど、彼、もしかしてアリア・キールのことが好きだったりしないかい?」
「なぜわかるんだ?」
マスターが目を丸めた。それは同席してた二人の女も同様だった。
「簡単な話だよ。彼は尋問中もずっと彼女の方を見ていたし、解放されてからもしきりに彼女を気にするそぶりを見せていた……まあ、袖にされてたんだけどね」
「キツイこと言うぜ。ま、確かにアイツはアリアとやらにお熱を上げてたみたいだがな。そうそう、そのことで一つちょっとした事件があったんだよ」
「ほう!」
探偵はいたく興味を惹かれたようだった。
「いやな、ちょっと日時はうろ覚えなんだが、事件の起こる前だったってのは確かだ。その日もジョンは一人で飲みに来てたんだが、酔いが回ってついポロリと出ちまったんだな。『あの野郎、もう許さねえ! ぶっ殺してやる。次だ、次にあのダンジョンに入った時が奴の最期だ……』ってな」
アランは手帳にメモを取った。「なるほど。あの野郎、とはいったい誰のことでしょうかね」
「さあ、そこまでは分からんが……」
「いえ、たいへん興味深い話だったよ、マスター」
アランはその日、始終ご機嫌な様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます