捜査篇(2)


 着替えるから部屋の外で待っていてくれとアランに言われ、エリザベスは宿の外へ出た。


 日は若干西の方へ傾いている。知らないうちに多少時間が経っていたらしい。


 日をまたぐ前に帰れるかな――。


 そんな心配をしていると、外着に身を包んだアラン・ベックフォード弁護士探偵が、すらっとした背中をまっすぐにして出てきた。


 ここで彼の外見を描写するのも無駄ではないだろう。というのも、カーキ色のジャケットにヴァイオレットのシャツ、ベージュのズボンにバーガンディの靴という派手な色合いの服装に加え、彼の限りなく金色に近い癖一つない髪、晴天の空のように青い目、そして白い肌……まったく、芸術家が気の向くままに色を使えばこんな人間が出来上がるだろうという、一種でたらめな、浮世離れした外見がアラン・ベックフォードを構成しているのだ。彼を初めて見たものは、誰もが天性の遊び人だと確信するだろう。


 しかし彼に言わせてみれば、これはれっきとした仕事着であり、決して女をひっかけようなどという軟弱な発想から出てきたものではないという。事実彼の身持ちは固いのだから不思議な話だ。


 さて、そんな前衛芸術の化身は連れを見つけると、微笑みながら、


「今日はいい天気だ。こんな日は仕事をせずに散歩したいものだね」


 などとのんきなことを言う。何を言ってるのだこの男は、とエリーは心の中で毒づきながら、この道化師のような風貌の男の隣に並んで歩き出した。


 アランは歩いている間も何やら考えているようだった。事件のことだろう、事件のことだったらいいな、とエリーが思っていると、


「思うにエリー、なぜ僕にお金が貯まらないかということなんだが……」


 と、大真面目な顔で言う。


「そんなのそこらの女にホイホイ使ってるからでしょ」

「ひどい誤解だなあ。誓って言うが、僕は異性に対しては極めて紳士に向き合ってるんだよ。惚れたら尽くす、フラれたら泣く――なんとも素敵な感性の持ち主じゃないか?」


 エリーは無視することに決めた。アランはお構いなしに、


「悪銭身につかずとは言うが、僕の得た金は正当な仕事の報酬であるはずなんだけどねえ……やっぱり依頼が少なすぎるのがダメなのかな? なあエリー、今度騎士団のコネで僕のことを大々的に宣伝してくれないか?」

「馬鹿じゃないの」


 エリーはそれだけを言った。この男が生来金銭にあまり頓着しないことを、彼女は知っていた。おかげで昔は、彼がスリにあったりぼったくりにあったりするのを防ぐことに気をもんだものだった。現在でこそ改善されているようだが……。


 やがて、二人は王都の中心部に位置する広場に出た。


 王国の中心の中の中心ということもあって、他とは比べ物にならないくらいに活気づいている。ひっきりなしに人が往来し、馬車が行き、三秒ぼうっとしているとたちまち「邪魔だ!」と怒鳴られるほどだ。


 商業ギルドや各種の出店があつまり、国中の交易品ならほとんどすべてがここに集まってくる。冒険者ギルドも例にもれず、この広場に面したところに建てられている。


 二つの剣が交差している模様が縫い取られた赤い旗のはためく玄関口を通ると、石造りのひんやりとした冒険者ギルドだ。一階には酒場が併設されており、朝っぱらに一仕事終えた奴らが、飲んだくれて顔を赤くしながら大声で何やらまくし立てている。


 二階には応接室やギルド長のオフィスが設立されており、バックで書類仕事をしている職員たちがせわしなく一階と二階を行ったり来たりしている。


 そんな喧騒に満ちたギルドだったが、アランとエリザベスが入った瞬間、一斉に水を打ったように静まり返った。無理もなかろう。荒くれ者たちの集う冒険者ギルドに、かたや黒髪の清楚な乙女、かたや仰々しい出で立ちではあるものの眉目秀麗を具現化したような男が、連れだって現れたのだ。


 そしてしばしの喧騒ののち、ざわめきが波のように一階、そして二階へと広がっていく。それは二人の素性を推測しあったり、二人の外見を評判していたりと、決してほめられたものではない。


 そして、破廉恥漢も中にはいるわけで。


「おいおい嬢ちゃん、ここは娘っ子が来るところじゃねえぞお! 乱暴される前に帰りな!」


 大柄で、筋骨隆々のだるまのような男が叫ぶ。それにつれて、笑いも起こる。これが冒険者ギルドだ。よそ者どころか、内部の人間に対しても実力主義をつらぬき、容赦なく陥れていく。情け知らず、弱肉強食――それが冒険者ギルドだ。


「なによ、あたしたちは用事があって来たの。あんたなんかお呼びじゃないわ、このハゲだるま」

「言うねえ、エリー」


 アランが茶化す。


 ハゲだるまと揶揄された男は、持っていたビール樽を乱暴にテーブルに置いた。額に青筋を浮かべ、


「おいおい、口の利き方がなっちゃいねえなあ、え?」

「それはあんたもでしょ」

「てめえみてえなガキがでしゃばる場所じゃねえっつってんだよ!」


 と言うや否や、丸太のような拳をエリーに振り下ろした。しかし女でも騎士団、彼女はその手首を無造作につかむと、後ろに回ってあっという間に大男を制圧してしまった。


「いででででで、いでえ!」

「なっさけないわね、大の男がこんな小娘に遊ばれて」


 怒りと羞恥でハゲだるまは顔を真っ赤にする。


 対して荒くれ者たちは、この活劇に拍手喝采で答えた。実力主義の世界ではまさに実力こそが評価される。ゆえに、今、彼らの中ではエリザベス・アリスンに対する評価がうなぎ上りに上がっていた。


「わ、悪かった、謝る、謝るから!」

「……ふん」


 エリーが離すと、大男はそそくさともといた場所へ帰って行って、今度は葬式の時のようなテンションで残ったビールをちびちびやり始めた。


「変な邪魔が入ったわね。行こ」

「ああ。それにしてもやっぱりここは独特な場所だねえ。僕だったら三日で路地裏の変死体となってるところを発見されてるな」


 二人は四つ並んでいるカウンターの右から二番目の受付へ歩いて行った。彼らが近づいてくると、若い受付嬢は営業スマイルを浮かべて「いらっしゃいませ」と、はきはき挨拶をした。栗色の髪の毛で、くりくりとした目が愛らしい、男にモテそうな少女だ。


「こんにちは、お嬢さん」

 アラン・ベックフォード氏は演技たっぷりに言った。「すまないが、『暁闇』の皆様方は今日はお見えになってないのかな?」

「ええ……そうですね、今日はまだこちらには」


 受付嬢はぶしつけな質問に面食らった様子である。しかしそれ以上に、目の前に現れた美男子に対して興味を持っているようだった。


「それでは……そうだね、ここに呼び出してはいただけないだろうか? 今日、夕方頃に」

「はあ、できますけど……なぜです? ご存じかもしれませんけど、『暁闇』では事件があって」

「ああ、知っているとも」


 そう言うと、アランは受付嬢に顔を近づけ、しかつめらしい顔で囁いた。「僕は騎士団に要請された捜査関係者なんだ。だから、君には善き市民として協力する義務がある」


「まあ、そうだったんですね」


 受付嬢は目を輝かせた。普段の代わり映えしない事務に倦んでいた彼女にとってはちょうどいい憂さ晴らしと映ったのだろう。なんでも協力する、と彼女は意気込んだ。


「よし、いい返事だ、お嬢さん。それでもう一つなんだが……『紅蓮女帝』はこちらにいらっしゃったかな?」

「ああ、彼女なら――」

「私を呼んだか?」


 その時、彼らの頭上――二階のギルド長のオフィスから、凛とした女性の声が聞こえてきた。アランたちはそちらへ首を向けた。


 癖のある赤毛、切れ長の目が象徴する意思の強さ、そしてへその出た上着と引き締まった太ももが大胆に露出されたスカートを身にまとった、艶やかな女が階段の上に立っていた。


「やあ、サンドラ」


 アランが破顔して声をかけると、サンドラの方も厳粛な表情から一変して、


「おお、アランか! 久しぶりだな!」


 少女のような笑顔を浮かべて駆け下りてきて、彼を抱きしめた。


「会いたかったぞアラン!」

「はは、僕もだよ」


 アランは少々うっとうしそうに彼女を引きはがした。


「で、私を呼ぶとはどんな用なんだ?」

「ああ、実は今から『常闇の墓場』に入るんでね。君がいてくれると心強いから、予定が空いていればお誘いしようと思ったんだ」

「『常闇の墓場』? はて、最近耳にしたような――」

「失踪事件が起きた現場ですよ、お馬鹿さん」


 エリーが冷ややかに言った。


「ん? ああ、騎士団の小娘か。いたのか」

「最初からいましたよ! アランの隣に!」


 激高するエリーをしり目に、


「ということはアラン」

「そう。その捜査の白羽の矢が立ったのが僕なんだ」

「なんだ、そういうことだったか」


 サンドラは豊かな胸の前で腕を組み、


「よし、そういうことならぜひとも協力させてくれ。私も善き市民として協力する義務がある」

「話が早くて助かるよ、サンドラ」

「なあに、ほかならぬお前の頼みだ。断るわけなかろう」


 談笑する二人の隣で、エリザベス・アリスンと受付嬢は、若干の悔しさをにじませながらその様子をにらんでいた。

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