第23話

 帰りのバスの中、2人掛けの席に俺たちは腰かけている。


 当然と言うべきか、光愛みなから質問を投げかけられる。


「それにしても、どうしてピアノの演奏えんそうをさせようと思ったんですか?」

「いや~、それはだな」


 それから俺は、光愛が元気をなくしたのはまなさんと会ったことで中学ちゅうがく合唱がっしょうコンクールでの嫌のことを思い出したのではないか、と思ったことを話した。


 もしそうなら人前で演奏することで、その嫌な記憶を払拭ふっしょくできるではないかと考えた。


 光愛みな納得なっとくしてくれたようで「そうですか」とうつむきながら言っている。


 それから続けて話してくれた。


「でも、すみません。そうじゃないんです」

「そうじゃない?」

「はい。コンサート本番で失敗したことが原因ではなく……いえ、きっかけではあったんですが」

「なら……なら、どうして『私たちのコーラス』の叶華のあみたいになりたいんだ?」


 ぬすぎしたようなものだが、どうしても気になるためいてしまった。


 光愛みな失念しつねんしていたとばかりにはっとした表情を見せてから、くちびるをきゅっとする。それから真意しんいを話してくれた。


「変わってしまったんです」

「変わった?」

「……はい」


 なにが? だれが?


 そんな思考をめぐらしながら語る言葉に耳を傾ける。


実菜まなちゃんが。……以前は明るく元気な性格だったのに……今はあんなおしとやかになっちゃって……」

「実菜ちゃんって……メイド喫茶で働いているまなさんのことだよな?」

「はい、そうです」

「まなさんが、明るく元気? あんなふわふわで、眠たげなのに」

「そうなんです。……昔はあんなんじゃなかった」


 光愛を元気づけようと誘ったデートだけど、しんみりとしてしまった。


 会話をしているうちに、目的の停留所に到着したため降りることにする。


「駅まで行くんじゃないんですね」

「ああ、寄りたいところがあるからな」


 俺たちが降りたのは、普段は乗車することの方が多い停留所。


 要は住んでるアパート、買い物でよく行く商店街、光愛も通っている学校が近くにある。


 目的地としているのは商店街。そこに向かう目的は前に光愛とした約束を果たすためだ。


「以前も来店されたカップルですか⁉ カップルですね! お待ちしておりました!」


 入店早々、ハキハキボイスで迎えられる。


 その勢いに気圧けおされるも、不思議と嫌な気がせず、奥へと足を踏み入れてしまう。


 以前の学生服とは違い、今回は私服であるため、多少場違い感はない。


 とはいえ、あまり気軽きがるに立ち寄れる店ではないため、長居ながいはしたくない。


「ぐすっ……実菜まなちゃん」

「いや、さすがにここまでの明るさと元気はなかったんじゃないか?」

「いえ、むしろ足らないくらいです」

「……うそだろ」


 宝石店の快活かいかつな女性店員、若菜わかなさんを見て、昔のまなさんを思い出した光愛が涙ぐんでいる。


 気にする素振りなく若菜さんはハキハキと接客を続ける。


「これですよね! これ! ちゃんと、お2人のために取って置きましたよ! えぇ!」


 取り置きを約束した覚えはなんだけどな。


 光愛は変わらず、ぐすぐすとやっている。


 居たたまれない気持ちになり、早々に出て行きたい気持ちはあるも、若菜さんが言うように以前紹介してもらった商品を購入しに来たのだ。


 プレゼントすればよろこんでくれると思ったのだが、今はそれどころではないらしい。


「なぁ、光愛。前に来たときはそんなんじゃなかっただろ」

「ぐすっ、あの時は忘れていました」


 いや、忘れるぐらいなら大したことじゃ……なんて思うも、忘れたくなるほどに嫌な記憶だったのだろう。


 冷静になって考えてみる。


 今目の前にいる元気ハツラツな若菜さんが、今にも眠ってしまいそうでふわふわした若菜さんへ……そのきっかけを俺自身が作ってしまった。


 ……いや、なんかこれ。思ってたよりくるな。


 責任感というか、罪悪感というか、申し訳ない気持ちになってくる。


「どうして若菜さんはそうなってしまったんですか?」


 込み上げてきた勢いそのままいてしまった。


 訊かれた当人とうにんからしたらなんのことかわからないだろうに――


「仕事ですから」


 ――答えてくれた。


 客のよくわからない質問にもちゃんと答えてくれるなんて仕事熱心にも程がある。


「でも私、プライベートではキャラが変わりますよ」


 追加情報までくれるなんてな。すばらしすぎる。


 雑談をまじえつつ、会計を済ませ、俺と光愛はその場でペアリングをつけ、店を後にする。


「なぁ、光愛みな

「なんでしょう、純慶すみよしさん」

「もしかして、だけど」

「はい」

「まなさんは立場や場所によってキャラが変わるだけなんじゃないか?」

「……そう、ですか?」

「確証はないが、そう思ってもいいんじゃないか?」

「そうですね」


 納得なっとくしたのか、してないのか、よくわからない様子だ。


「ありがとうございます」


 家まで送ろうと歩を進めていると、光愛は立ち止まった。


 バイトが入っていることを知っているため、今日のこの、デートが終わりを迎えることを悟ったのだろう。


 光愛はしんみりするのを止め、花がほこるような笑みで、今日をめくくることを選んだ。

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転校先で知り合った彼女はどこか抜けてる。 越山明佳 @koshiyama

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