明星堂店主の魔法
そーだすい
第1話
息を弾ませて、山に沿って造られている長い階段を降りる。肌を刺すような寒さも今は感じない。階段の先には、小さな小屋がある。足が、そこへ魔法のように自然に動いている。
階段を降りきった先にある、小さな小屋には『明星堂』と書かかれた立て札がかけられていて、小屋を囲むようにして生えている草木が、その雰囲気を一層不思議なものにしていた。柵を抜けて、明星堂の前に立って、4回ノックする。
「どーぞ。」
明星堂の持ち主である先生が、何かしらの返事をする。その返事があれば、入っていいことになっている。
「こんにちは。」
俺は、木製のドアを開けて、先生を見る。大量の本の山の中で、先生はいつもと変わらず本を読んでいた。
「あぁ、またお前か。」
顔も上げずに、気だるそうに先生は言った。
「また、本を読んでいるんですね。」
「依頼もないしな。ここ、そんなに近づきにくいかなぁ。」
「階段を登り降りするってだけで、敬遠されがちですよね。」
先生は頭をかいた。
よぼよぼのシャツを着て、ヨレヨレのズボンを履いて、無精髭をはやし、大きくあくびをしている。こんなだらしない人が、実は、魔法使いなのだ。ここでは魔法を使った《便利屋》をしている。が、お客は全く入らない。俺はここのバイトで、しかしお給金はどこから貰ってきたのかそこら辺のバイトより全然いい。魔法使いは儲かる…らしい。
「自然豊かな階段を降りてきて、ここの小屋に来るって過程で、依頼者が魔力を身体に溜めて、俺が依頼の時に依頼者の溜めてきた魔力で、すっと効果を出すことができるんだ。俺の専門は『植物』だしな。」
先生は立ち上がって、何かを呟きながら手を一回叩く。ふわりと、薔薇の花のいい香りがあたりに漂った。しかし、その匂いも数秒で消えた。
「お前、今日急いで降りてきたろ。魔力、この程度しかないぞ。冬休みに入ったんだろ。」
「あはは…寝坊して、遅刻しそうだったんで。ところで、先生が『植物』専門の魔法使いなのは知っているんですけど、なんでここは『明星堂』って、『星』の名前なんですか?」
先生曰く、この世界の魔法使い人口は全人類の僅か数%ほどしかいないらしい。魔法使いになるにも、「素養」と「魔力」が必要らしく、「魔力」は一般人、つまり普通の人間でも体の内に溜めることができるらしい。それを『引き出して活かす』のが魔法使いなんだそうだ。「素養」の詳細は俺にはよく分からなくて、でもまぁその魔力を引き出す力を持っているか、らしい。
そして、魔法にもいくつかの種類があるらしい。先生の専門は『植物』。あとは占星術とかで有名な『星』、『空』『時間』『水』『石』などなど、とりあえずこの世に存在する現象や物体の力を借りて、魔法を引き出すことができるらしい。
「んー、そうだな。俺の前にここにいた魔法使いが星だったんだ。俺は譲り受けただけ。名前考えるのもめんどくさくて、そのまんま。」
「はぁ…」
めんどくさがり屋な先生らしい返答に、俺は呆れる。先生1人じゃ仕事が来ないのも、こんな感じだからだと思う。
「それじゃあ、身だしなみ、整えてください。出かけますよ。支度している間に、店、片付けておきますから。」
「はいはい」
今にも崩れそうな本の山を名残惜しそうに見ながら、先生は店の奥に入っていった。
俺の仕事内容は、ざっくり言えば助手、詳細を言えば、仕事集め…依頼を受けてくるという仕事だ。SNSを使ったり、学校の友人に協力を求めたりして仕事を週に2つ以上受けてくる、という内容だ。先生は普段から出不精だし、割といいお給金なので、4ヶ月前からお手伝いをさせてもらっている。
『明星堂』は先生の住処で、滅多に訪れる人はいない。ときどきお客さんもやってくるし、先生が連れてくる事もあるが、好んでやってくる客、つまり常連はいない。
客もなかなか来ないからか、その内装は…よく使われる言葉だと、趣がある。壁一面本棚、と足元に広がる本の山。その大半が植物図鑑だったり、花占いの本だったり、あとはこの前見つけたのだと大量に魔法陣が描かれていたりする本とかも。先生の植物に関する知識はこの蔵書にあるのだとよく思うが、先生の専門外の魔導書もなぜか大量に置いてあるのだ。
2階の家の中には上げてくれたことがないので見たことすら無いものの、先生曰く家の中も本の山らしい。魔法使いと本、ありがちな組み合わせだが、ここまでくると活字病だったりするのだろうか。
床はある程度本が積み上がっているが、チョークで魔法陣を描いたりするらしく、割と広めのスペースが取られていた。
先生の机の上の本の山を半分くらい片付けた頃、上の階から、本の崩れ落ちる音がした。このボロい小屋、いつか床が抜けるんじゃないか。趣があって俺は好きだけど。音がして割とすぐに、身なりを整えた先生が出てきた。身なりを整えれば普通に顔立ちも整ってるし、外に出れば逆ナンでもされそうなんだがなぁ。
「髭も剃ってある、服も…洗ってますね。髪型もちゃんとしてる。…オッケーです、行きましょう。」
「いつからお前は俺の親になったんだ?」
不満げな顔をしながらも、先生はドアを開けて、外に出る。俺はその後を付いて外に出る。
「…で?どこで待ち合わせなんだ」
先生は俺を見ずに、地図を広げながら言う。この人、IT機器を全く使わない。スマホなんて持ってないし、電子機器はかろうじて家に固定電話があるくらいだ。テレビなども見ない。新聞は新聞配達の人がかわいそうだからと、俺に買って来させる。この人が外の世界を知る唯一の手段が、俺と新聞であるため、外の世界の機微にとても疎い。俗世との関係を絶っているところ、最早魔法使いというか、修行僧なのではないだろうか。
「今回は、駅前です。あっ、駅までの道、ちょっと変わったんですよ。」
俺は、案内をするために前に出る。
「また変わったのか。田舎なのにか?」
先生は驚いた顔であたりをキョロキョロ見回した。この人、買い物も俺頼みだしな。まぁ知るはずがないか。
「先生が思ってるほど、もうここは田舎じゃないんですよ。新しい住宅街もいっぱいできてるし。さ、行きましょう。」
「あぁ、頼む。」
ここ近辺は、最近で自然豊かだった山が少しずつ崩され、大きな住宅街ができた。山の麓には大きなショッピングモールや駅が建てられ、かつてド田舎と言われた面影もない。先生の住む小屋も間違いがあれば、その時無くなっていたかもしれない。先生はその事も知らずにいたが。
「ここも変わったな。俺も歳か。」
「あなたまだ30歳でしょ。なにを年寄りぶってるんですか。」
先生は鼻で笑うと、どこか嘲笑気味に言う。
「ここがすっかり変わってしまったんだ。充分過ぎるほどあった植物の魔力も減ってしまった。俺は何もしてないし、何も変わってないのにな。自然になんの恨みがあるって言うんだ。」
そんな事、外で言わないでください。ほら、すれ違った帰宅途中のJKがめちゃくちゃ引いてたじゃないですか。
「はいはい、落ち着いてください。で、今から会うお客さんは、20代の女性。名前は佐藤悠さん、誕生日のお母様に、『ある花』を渡したいそうです。」
「季節じゃない花か。」
「まぁ、そうです。この時期に咲く花は少ないですからね。」
「比較的、な。まぁそのくらいの魔法を使うなら、それなりの手間はかかるな。」
先生は依然キョロキョロと辺りを見回しながら言った。
駅前まで降りると、先生は大きくため息をついた。
「分かっていたが、こうも知っている景観が変わられると気が滅入るな。」
「…これから何か変わるたびに写真とってお見せしますよ。」
「いや、遠慮しておく。この目で見たほうがいいからね。助手に何度も坂道を往復させるわけにはいかない。」
「気になる所がいっぱいって事ですね…」
さっきのような不機嫌はどこへやら。先生はどこか満足そうにあたりを見回すと、俺を見た。
「依頼者の顔は分かるか?」
「はい。あっ、いますね。声かけましょう。」
茶色のボブヘア。コートを着ているものの、その下からすらりと長い足がむき出しになっている。寒そうだなと思いながら、声をかけると、ニコニコと愛想よく笑った。
「佐藤悠です、今日はよろしくお願いします。」
「よろしく。何の花がご所望なのかな。」
先生も表向き(とはいっても無表情であるが)の表情で、話しかける。悠さんは弾ける笑顔で答える。
「桜の花です!」
聞いてはいたが、大分難しそうな花だろう。先生もこれには苦笑いを隠しきれない。
「桜の花…か。」
「はい!母が大好きなんです!庭にも植えちゃうほどなんです。虫がすごいんですけどね。」
「誕生日に渡すんだって?」
「ええ、そうです…やっぱり難しいですか?」
一点の曇りもない笑顔から一転、悠さんは不安そうな顔をした。
「…難しくはない。それじゃあ、家に向かおうか。」
悠さんは不思議そうな顔をして、また笑った。
「先生、なんか変わってますね。」
悠さんまで先生って呼び始めたぞ。まぁ名乗らない先生も先生だけれど。
俺は歩き出そうとする先生の腕を掴む。
「先生、手ぶらで行くんですか?」
「…何のための助手だ?お前は」
「…ですよね、買ってきます。絶対、待っててくださいよ!」
俺は走りだす。全く、何から何まで、人使いが荒いんだから。
5分後、近場のスイーツ屋で購入したシュークリームを手に俺が戻ると、先生と悠さんは何かを話しているようだった。
「先生買ってきましたよ。」
「ご苦労。じゃあ行くぞ。」
もっと労ってくれよ。ブゥ垂れながらも、2人の跡をついていく。悠さんはそんな俺を見て、小さく笑った。
数分歩いたところに、立派な家があった。ちょっと古くて趣があるのは明星堂と一緒だが、手入れがきちんと行き届いていることが見るだけで分かった。
「ここです。」
これは桜の木が植るほどの庭もあるわな。と俺は心の中で思う。金持ちがやることは違う。
「お母さんはもうそろそろ帰ってくると思います。父と2人で出かけてますので。」
家に入った途端、悠さんの纏う雰囲気が変わった気がした。育ちのいいお嬢様って感じだ。
「それじゃあ早速、庭の桜の木を、見せてもらえるか?」
「もちろんです。こちらに。」
悠さんが庭に出ると、物寂しげな、大きな桜の木が立派に植っていた。すげぇ。思わず感嘆の声を漏らすと、また悠さんに笑われた。男の子だねって、それつまり、子どもっぽいってことですかね。
「随分と立派だな。助手、調べろ」
「はい、先生。」
ここでいう先生の「調べろ」は、小テストのようなものだ。俺にもひょっとしたら魔法使いの素質があるかもしれないと、先生が様々な無理難題を言ってくる。この前教わった方法で、この桜を咲かせるために引き出さなければいけない魔力量を調べろ、と先生は言っている。この前家の近くで試した時は全然だったが、うまくいくだろうか。
木の表面を触る。ゴツゴツした感触が冷えた指先から伝わってくる。木に少しだけ念を込めて、魔力を注ぐと、木がなんとなくこのくらい、みたいに教えてくれるのだそうだ。…俺には教えてくれないが。
「…先生」
「どうだ?」
「…できません…」
「だろうな」
先生は驚くでもなく、呆れるでもなく、さも当然かのように言い、代わりに自分で確かめ始めた。
悠さんが興味深そうにその様子を見ている。
「ねぇねぇ助手くん」
「…何でしょうか」
「何をしていたの?」
そうですよね、側からみればなんかやばい人ですもんね。俺は軽くため息を吐きながら、説明する。分かりにくいかもしれないからと、とても噛み砕いて話すと、「それ、あなたは出来なかったのね?」とまた笑った。面白い、とまた先生を見る悠さんに、ずっと気になっていたことを聞く。俺が大体依頼者に聞く質問だ。
「悠さんは、魔法使いを…魔法を、信じてるんですか?」
「…魔法使いの助手くんに言われるのは意外だな。…さっきまで、信じてなかったけどね。」
「さっき?」
悠さんは、実は、と言って楽しそうに話し始めた。
「さっき、助手くんがお菓子を買いに行ってくれていた時、先生は小さく、私の誕生花をこう…出してくれたの。それで、『これが君の魔力だ』って言ったのよ。かっこよかったし、すごく素敵だったんだ。すぐ、消えちゃったけど。」
それ、馬鹿にされてるやつ。魔力を沢山体に溜めている人はもっとデカイやつを出すし、結構長い時間その形を保つ人もいる。先生が悠さんの魔力をありったけ引き出してその花を作ったならば、悠さんは体に魔力を溜めにくい体質なのかもしれない。
「そうなんですか…なんで、俺に電話したんですか?」
「そうね、お母さんがもうすぐ入院するの。もうすぐって言っても、春あたりね。割と長めの入院で、桜の花を見ることができないから、今のうちに見てもらおうと思って。無理だったり、ペテン師ならとっくのとうにお引き取り願ってたわ。」
「なるほど…」
そんな話をしていると、先生が「終わったぞ」と声をかけた。
「で、できますか…?」
「なに、問題はないさ。助手、悠さんと2人でシュークリームでも食べてなさい。ご両親が帰ってきたら、ここに案内してくれるかな。」
「はい、分かりました!よろしくお願いします!」
楽しみだなと、ニコニコする悠さん。俺らは中に入って、シュークリームの箱を開ける。
「5人分買ってきておいて良かったです。」
箱の中には、美味しそうなシュークリームが入っていた。悠さんがお皿を出してくれたので、その上に一つずつ載せていく。
「まぁ、美味しそう!いただきますね。」
いつの間にか紅茶も用意されていて、5人分のシュークリームとカップが円形に並んだ机は、とても上品だった。
「さすがはお金持ちですね。シュークリームとティーカップだけでもこの机に並べるだけですごく上品に見えます。」
「そうでしょう?お母さんが家具が大好きな人なんですよ。」
「そうなんですね。悠さんは、お母様が大好きなんですね。」
「はい!桜も喜んでもらえるといいな。」
「喜んでもらえますよ、きっと。」
話をしているうちに、悠さんは時間を気にし始めた。
「もうそろそろ、帰ってくる頃です。」
「じゃあ、玄関で待ってましょうか。」
2人で玄関に向かうと、丁度ドアが開いて、ご両親が入ってきた。簡単に挨拶をして、真っ直ぐに庭へと案内する。
「来たか。」
先生は何も変わっていない木の前に立っていた。なんか、そんな風に言われるとゲームのラスボス感が否めない。
2人は何が何だかわからない、というふうにしている。悠さんは「お願いします!」と言った。
「それでは悠さん、奥様、私の前に立ってください。」
先生は2人を桜の木の正面に立たせた。
「手を前に出して。ゆっくり、息を吸い込んで。」
ちょっと待てよ、その動作は、もしかして。
「目を瞑って、ゆっくり、息を吐いて。」
桜の花を咲かせるために、魔力を…先生からではなく、2人から、引き出している?けれど、悠さんの体の魔力は、もう既に先生が消費したはず。
「いいですよ。目を開けて。木の幹に、手を触れてみてください。」
「…何が起きるというの?」
「まぁまぁ、やってみてからのお楽しみですよ。」
訝しげに、けれど何処か期待感に満ちた顔で、2人は木の幹に触れた。
すると、2人が「せーの」で手を触れた途端、桜の花が、待っていたかのように、2人に応えるように、一斉に咲いた。
「な、何が起きているの?マジック?」
悠さんのお母さんはとても嬉しそうに、驚いて、周りを見回す。お父さんの方も驚いているようで、感嘆の声を漏らした。
「わぁっ!やっぱり、魔法使いさんなんですね!」
悠さんが感激したように言う。先生は満足げに桜の木を見上げた。
「魔法使い?」
お父さんは眉をひそめて、先生を見る。
「マジシャンみたいなものですよ。」
と、先生は言った。マジシャンではないんだが、といつも不満げに言っている先生がそう言うってことは、疲れてるってことなんだよな。後でまたコーヒーでもいれてあげないと。
「お母さん、誕生日おめでとう。この桜が、私からのプレゼント!」
「まぁまぁ…夢かしら。夢みたいだわ。ありがとう。とても素敵なプレゼントよ。」
先生ははしゃぐお母さんを見て、目を細めた。あっ、喜んでる。
元々桜の木が立派なものなので、花がつけば、さぞ美しいだろうとは思っていた。
悠さんが先生の手を取って、感動したように言う。
「先生、インチキなんて疑ってごめんなさい、ありがとうございました。」
「別に大したことはしてない。その桜は持ってあと1時間ってところだろう。花見でもするといいさ。では、私たちはこれで。」
その手をそっと放して、先生は庭からそのまま家の敷地の外に出ようとした。
「待ってください!」
お父さんが慌てて止める。
「この桜、もっと持たせることはできないんですか?」
先生は途端に不機嫌になった。先生にだって何かしらの考えがあるのだろうけど、そうあからさまに不機嫌になられると俺の方が気が参る。
「…その桜は、奥様と悠さんの『魔力』を引き出して咲かせた桜。奥様と悠さんの魔力を引き出し続けてこの桜を長期間咲かせるとなると、2人にも相当の影響がある。奥様は体が弱いでしょう、それはあまりよくない。」
先生は静かに言う。何も言えなくなるお父さんに、それに、と付け加える。
「私がずっとここにいるわけにもいかない。その分…生々しい話になるが…お分かりですね?」
「す、すみません、魔法といえど限度はあるので…また、なにかあれば、お申し付けください!あ、シュークリーム、あと3つあるのでお花見のお供にどうぞ!では失礼します!」
俺は慌ててフォローに入る。先生、そういうところですよ!と言いながら背中を押して家からそそくさと退散する。悠さんとお母さんがくすくす笑っていたので、結果オーライだろう。
「先生、言葉にはよく気をつけてください!」
「あの父親、まっっったくといって魔力を溜めない体なんだな。魔力の気配すら感じなかった。普段から植物を見てないんだな。その分別に空の魔力の気配はあったから空の魔法使いがいればもっと面白いことにできたかもな。」
家の敷地から出るや否や、先生は堰を切ったように家族の魔力事情を話し出した。先生は歩きながらも、とくに俺に話しているわけでもなく、話を続ける。
「あの娘は父親の血を継いでるな、母親はとても魔力を溜めていたのに、あの娘はそこまでではなかった。母親、あの人はセンスがある。魔法使いにもなれたかもな。」
「あの先生、悠さんに最初、魔法見せましたよね?その時は悠さんの魔力を全部引き出したわけじゃないんですか?」
俺は先生の背中を軽く叩いて現実に連れ戻す。先生はハッとして、俺を見た。
「あぁ、悪い。聞いてなかった。もう一回。」
「…悠さんに、魔法見せましたよね?最初。」
「…あー、そうだな。うん、見せた。ほんの少しだけ魔力を引き出した。公衆の面前で堂々と魔法を使うわけにもいかなかったからな。ちょーっと花の香りがするな、ぐらいの魔力だ。おかげで信じてもらえたし。見せて正解だったな。母親が沢山魔力を持ってなかったらお前を小屋に戻らせて魔力を溜めさせるつもりでもいたし。」
「…お母さんに感謝ですね。」
俺はさっき見た桜を思い出す。あの咲きぶりでは、今年の春に咲く分はもうないだろう。
桜など、一年かけて次の花を咲かせる準備をする花は、違う季節に咲かせると、その次の開花時期に準備が間に合わないことが多いらしい。ちなみに、先程の桜は1時間もすれば桜の花びらが一気に散り落ち、元通りの姿になるそうだ。葉桜になるわけでもない。
悠さんは、その説明を聞いた上で、母親に桜を贈った。何も知らないお父さんは残念がるだろうか。
「先生、今日はここまま帰りますか?」
俺は先生の後ろを歩きながら尋ねる。先生は、どこか拗ねた様子で言った。
「…シュークリーム。」
「あぁ…食べてませんもんね。」
どうしてかこの人は、まだまだ子どもっぽさが残っているようにも感じる。30代だろ、大人の余裕を知って欲しい。
「買いに行ってきます、先生は先戻っててください。」
「…頼む。」
ずるずると足を引きずりながら先生は坂を登っていく。俺はダッシュで駅前まで続く坂道を駆け降りていった。
明星堂店主の魔法 そーだすい @uta_agedofu
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