風と少女とオートバイ-1
狩野晃翔《かのうこうしょう》
【1】
昔、東京の片隅に、身長が150cmしかない、おチビちゃんと呼ばれている高校生の女の子がいました。
そのおチビちゃんには、オートバイ好きな兄がいます。
そしてそのおチビちゃんは、オートバイ好きの兄のお友だちに恋していたのでした。
おチビちゃんは思いました。
お兄ちゃんのお友だちと仲良くなりたい。彼女になりたい。
そのためにはオートバイが欲しい。免許が欲しい。
お兄ちゃんとそのお友だちと私で、ツーリングに出かけたい。
そう思っていたおチビちゃんはやがて、親にも学校にも内証で原付1種、いわゆる49cc以下の運転免許を取りました。
実はおチビちゃんのお兄ちゃんはいつも乗ってる250ccのオートバイのほかに、原付バイクも持っていたのでした。
「お兄ちゃん。あの原付、私に貸してよ。成田の新勝寺に行きたいの。ほら、節分になるとお相撲さんが、豆まきをするお寺よ。」
おチビちゃんは言葉を続けます。
「前にテレビでそのお寺の豆まきを見てから、私もお願い事をしたいと思ってたの」
そのお願い事とは、お兄ちゃんのお友だちの彼女になりたい。彼女になって、一緒にツーリングにいきたい、というものでした。
お兄ちゃんは言下に断ります。
するとおチビちゃんは、お兄ちゃんを脅迫します。
「あら、お兄ちゃん。クローゼットの中にいっぱい隠してるエッチな雑誌やDVDは何? そのこと、ママにばらしちゃおうかなぁ」
お兄ちゃんはあせりました。そしてお兄ちゃんはやむなく安全運転を条件に、おチビちゃんに原付バイクを貸してあげるのでした。
【2】
ある日曜日。おチビちゃんは都内を原付の制限速度30キロで走り、市川市から国道14号線に入ります。
市川市内を走る国道14号線は途中まで、片側1車線しかありません。
そのため、追い越し、追い抜きがままならず、おチビちゃんの原付バイクの後ろには、たくさんのクルマが数珠つなぎになっているのでした。
やがて国道14号線は16号線と合流し、おチビちゃんはそこから分岐する295号線に進路を変えて、一路成田山新勝寺を目指します。
295号線はがら空きでした。
それもそのはずです。
おチビちゃんは国道295号線を原付バイクの制限速度30キロで走っているので、そのおチビちゃんの後ろにはたくさんのクルマが、大名行列のように延々と連なっているのでした。
【3】
やがておチビちゃんは、成田山新勝寺に到着しました。
成田山新勝寺の境内は広大です。
おチビちゃんはすやっとのことで本堂までたどり着き、その本堂で鐘を鳴らして、お賽銭を投げ入れ、手を合わせて願をかけました。
神さま、仏さま、大聖不動王さま。どうか私の恋が、成就しますように。お兄ちゃんのお友だちの、彼女になれますように。
そうしておチビちゃんはルンルン気分で目的を果たし、駐車場に戻ります。
すると駐車場にいたす管理人のお爺ちゃんが、おチビちゃんに声をかけました。
「ほう。お嬢ちゃんのバイク、世田谷ナンバーじゃないの。こんな小さいバイクで、よくここまで来れたねぇ。えらい。えらい」
おチビちゃんが微笑んでいると、お爺ちゃんはまた訊ねました。
「で、ご本尊さまに、何をお願いしたんだい」
おチビちゃんは目を輝かせて、元気よく答えました。
「好きな人ができたんです。その人の彼女になれますようにって、ここのご本尊さまにお願いしました」
するとお爺ちゃんの顔が急に曇りました。
「お爺さん。どうしたんですか。急に暗い顔になって・・・」
おチビちゃんが心配そうに訊ねると、お爺ちゃんは悲しそうに答えました。
「ごめんな。お嬢ちゃん。実はこのお寺はな、縁切寺なんじゃよ」
「!」
《了》
風と少女とオートバイ-1 狩野晃翔《かのうこうしょう》 @akeey7
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