第47話 跋文



 以上が、私が過去にあの町で夏に経験したことの顛末である。

 この夏の出来事をもって、私は、あるいは歌崎と言う家の家系は、滋賀県N町に伝わる血の呪縛から解き放たれることになった。

 ここから先のことについては、敢えて語らないことにする。語ったところで栓の無いことだ。

 あの時、あの町で起こった不思議な出来事は、私にとっては、あるいは私以外の人間にとっても、幻覚とも現実ともつかない奇妙な出来事であり、口に出した途端に忘れ去られるような、一つの悪い夢のような出来事だったと思う。

 事実、当時の私が予見した通り、もう髪継祭に人柱の巫女と呼ばれる生贄の儀式があったことを知る者はいなくなってしまった。

神と呼ばれる者共とは違い、人の世は忙しく、人の命もまた短い。

 いずれは如何なる悪神も悪習も、醒めた悪夢のように忘れられるのだろう。

 長年あの土地を、あの町を縛り付け、支配してきた悪夢が、私の代を持って解放してくれたことは、喜ばしく思うばかりだ。

 だが、悪夢と言うのは醒めてしまえば忘れるもの。事実、もうあの町に宇賀神の家は無く、歌崎の血筋を知る者はもういないだろう。

 ごくわずかにしかいなかった、私があの夏の日、謎と悪意を秘めた正体不明のあの男に翻弄されたことを知る人も、もういない。

 それはつまり、本当の意味で私たちがあの悪夢から解放されたという事であり、あの夏の日々の記憶は、そのまま忘れ去るべき事柄なのだと思う。

 だからこそ、私はあの夏の悪夢を忘れられないでいる。

 それはある種の敗北宣言なのだろう。忘れるべきことを忘れられないというのは、それもまた一つの呪縛なのだから。

 それが良かったのか悪かったのか、私にはわからない。

 ただ一つ言えることは、私にはもうムカデは見えないという事だ。

そしてそれは、私の親愛なる友人である歌崎操生も同様である。

 だから、これをもって、今は執った筆を置くことにする。


 昭和X年 X月X日 宇賀神勝弘。

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桜橘の血刀 嶺上 三元 @heven-and-heart00

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