龍の泪
高橋末期
龍の泪
三年前の出来事だ。山で仕掛けていた罠に掛かっていたユキウサギを捕まえていた夕方の帰り道、ふと空を見上げると
わたしの故郷では、龍を「
パンパンという乾いた銃声と、ズメイのキロロンという独特の咆哮が聞こえる。空が真っ赤に染まるくらいのズメイの火炎放射。炎を浴びながら、闘っている龍たちが、弧を描くように、龍雲が織物のように空を編み続ける。ズメイの背中に乗った騎兵たちが銃を撃ち合い、ズメイは相手のズメイの鎧を引き剥がそうとしていた。
互いに円を描きながら、高速で接近しては、空で取っ組み合い、絡み合い、至近距離で火炎を吐きながら、騎乗した兵が銃を乱射する。その光景が、赤軍と白軍……共産主義勢力と、帝政を復興させる反革命派との交戦の最中である事を忘れて、わたしは見惚れていた。まるで、母から聞かされた神話の光景そのもののようだからだ。
龍たちが分厚い雲の中で、乱戦を繰り広げ、雲の中のあちこちから、銃声と咆哮と閃光が瞬く。大きな爆発があればと思えば、雲の中から、炎に包まれ、燃え盛る十メートルを超える巨龍が、私の住んでいる実家に直撃した。
「ユリア!」
イリーナに叩き起こされて、思わずスコープを覗くが、そこには真っ白なタイガが広がる殺風景な白樺の木々しか見えない。
「……ズメイじゃないなら起こさないでよイリーナ」
ルジェフスキーの切れ端をポリポリ食べながら、イリーナはつまらなさそうに双眼鏡を磨いている。
「むしろ、よくこんな所で寝れるわよね、ユリア。わたしだったら、ウトウトしただけで、真っ逆さまに落ちちゃうのに」
「寝相悪いからね、イリーナは」
わたしたち、第二狙撃兵師団第五十連隊の任務は、国境沿いに現れる赤軍からのズメイ騎兵の哨戒及び、迎撃が主な任務だった。
一際高い樹木に登り、三時間の間、山脈を越境するズメイを見張り続けるのである。ズメイを確認したら、味方への信号弾を放ち、こちらもズメイによって、要撃に当たらせる……のだが。
「その気配はないわね……ほんとに来るのかしら。ズメイよりもズアオアトリの観察をしているような気分よ」
「このうんざりするような寒さじゃなかったら……優雅にバードウォッチングをしてみたいわね。あったかい、蜂蜜たっぷりの紅茶が飲みながらさ」
「それにスーシュカも添えてね……実家の母が焼いたものが恋しいよ。ユリアも実家のスーシュカが恋しくならないの?」
幼い頃、ズメイによって家と家族ごと焼かれたわたしにとって、ハハハと苦笑いを浮かべるだけだった。イリーナと出会ってからまだ日は浅いが、優秀な観測手であり、この哨戒任務が終わったら、ウォッカと虎の子のヴァレニエを入れた紅茶でも一緒に飲みながら、わたしの過去を少しだけ打ち明けようかなと思っていた。
「ちょっと……ユリアあなた……」
イリーナの顔がギョッとした。わたしのパンツから、血が滲んでいたからだ。そういえば、生理の予定日は今日からだったっけ。
「せっかくの白い偽装が台無しだよね……脱脂綿の配給も相変わらず滞ってるっていうのに」
「わたしのを分けてあげるわよユリア」
「でもいいの? あなたの分は?」
「いいのよ。どうせ、しばらく止まってるし」
イリーナは優しくわたしに微笑む。
「……相手は?」
「ううん……違うの。軍医は栄養失調って言ってたよ。それで生理が止まっちゃうって。まあ、ジャガイモばっか食ってたらこうなるよね」
ここが戦場じゃなかったら、今すぐ彼女を抱きしめたかった。
「イリーナ……あのね……帰ったら、紅茶でも……」
「̪シッ! 北東から三時の方角。ロバの耳みたいな、峰の手前。二頭のバラライカが、一頭の白銀のアルフーを追っている」
バラライカとはズメイの種類ごとのあだ名であり、「キロロン」というその独特な鳴き声から、楽器の弦の数と、首の数を一緒にしたものとなっている。だから、
トントンと、イリーナがわたしの肩を叩きながら、モールス符号形式で距離、風速、対象のズメイの速度計測を教えてくれる。
「(妙だな……一匹だけ?)」
イリーナが手話に切り替えて、そんなことを言った。
一匹の白いアルフーのズメイに対して、二匹のバラライカのズメイたちが追っていた。白いズメイには、こちら側の国章を掲げているが、追いかける赤黒い二匹のズメイは無印だが、恐らくボリシェヴィキ共のズメイだろう。
訓練学校で習ったことだが、「
ズメイには「龍髭」と呼ばれる虫の触覚のような器官が存在していた。正確には、触毛であり、猫の髭と一緒だ。ただ、耳と鼻と目を併せ持つ万能の髭であり、三つの首から、無数に生えているその器官から、些細な空気の振動を察知するらしい。例えば、人間のお喋りなどもだ。それが龍という存在が、人間が存在する以前まで、少なくても銃が普及するまでは、生物界の頂点に君臨していた理由である。
「(信号弾を撃つ?)」
「(駄目、信号弾を撃てば……こちらの居場所を知られる)」
赤軍のズメイに対して、わたしは狙いを定めた。信号弾を撃つ前にとりあえず、追われている友軍と思しき、一匹と一人のズメイ騎兵の援護に回る事にしたのだ。
「(射程内)」
イリーナが、肩を叩き、わたしはそれを合図にモシン・ナガンの引き金を引いた。弾丸は逸れて、空虚な発砲音だけが雪原に響き渡る。これで、あのズメイ共にこちらの居場所が知られた。すぐさまボルトを引いて、排莢し、スコープの角度修正、再度発砲する。
キロロン! と、ズメイの悲鳴。右端のズメイの頭頂部に、7.62ミリ弾が着弾し、一瞬だけ、ズメイの巨体のバランスが崩れた。味方の白いズメイはその瞬間を見逃す事はなかった。クルっと、バレルロールを仕掛けながら、一気に追手のズメイの腹に食らいつき。保護する鎧を、その鋭利な鉄の蹴爪で引っかけ、鎧をバラバラに分離させた。すかさず、味方である白いアルフーの騎手が、その露になった白い腹に対して発砲する。
ズメイが何故、火を噴けるのか。それは、ズメイには二つの胃袋が存在しているからだ。それは、物を消化する胃袋と、
その二つ目の胃袋は、ズメイの腹のど真ん中にあり、最も柔らかい部分にズメイの弱点を作ってくれた神と、その胃袋に火を点けてくれる銃と弾丸を作ってくれたモシン大佐とナガン兄弟に感謝しなければならない。腹に命中した完全被甲弾は、龍の腹に火を点けるのには充分な威力だった。
一匹のズメイが爆発四散したのを脇目に、わたしとイリーナは、登っていた木を駆け下り、あらかじめ決めていた第二の狙撃ポイントに向かう。こちらの場所は、もう一匹に把握されているので、ヒット&アウェイが、対ズメイ戦の鉄則なのである。
「
イリーナは我慢できずに、そう悪態をついた。キロロンというズメイの鳴き声が、わたしたちの背後から聞こえてくるのだから。戦友を殺された恨みからなのだろう、間違いなくわたしたちを執拗に狙っていたのだ。背後からビチャビチャと、油が滴り落ちる音が聞こえてきた。数秒後に、わたしたちが焼け焦げたボルシチのようになるだろうかと、馬鹿げた事を考えていたら――。
「伏せろ!」
女性の怒声らしきものが背後から聞こえ、わたしたちは、振り向きざま、地面に倒れる。そこには、巨大な眼がわたしの顔を睨みつけていたのだ。
巨大な
炎によって蒸発した雪が煙となり、視界が一気に真っ白になる。ズメイの絶叫と近接戦闘の地響きが鳴り続き、パンパンという数発の銃声で、一気に辺りが静かとなった。
煙が晴れたら、ボリシェヴィキのズメイではないことを祈っていたら、煙の向こうからグシャっと何かが、飛んできた。それは、赤軍のバラライカの首だった。
ふと、見上げると、長い双頭の首たちが、騎兵の胴体を二匹がかりで、キシュカを咥えるかのように、噛み砕いていたのだ。白い雪原に、その鮮血によって、地面が真っ赤に染まっていた。
「助かったよ、お嬢さんがた。君たちの所属はどこだい?」
「い……いえ、こちらこそ……助かりました」
あまりの光景に、イリーナはヘナヘナと尻もちをついた。
ドラグーン・ライフルを構えて、最後のズメイの頭部を撃ち抜いたその騎兵の声は、不思議と目の前で行われている惨状と比べて、落ち着く、優しい声だった。
「第二狙撃兵師団第五十連隊所属、イリーナ・ポロシナ二等兵」
「同じく、ユリア・ルキヤネンコ二等兵です」
「わたしはオルガ・シャニーナ中尉だ。至急、そちらの上官に会いたい。信号弾を撃ってくれないか」
イリーナが、「
「……助かったの? ……わたしたち」
その煙を呆然と眺めながら、イリーナがわたしに尋ねた。
「そうみたい……まだ、生きてるのが信じられないけどね……」
「そういえばさ……ユリア、さっきわたしに――」
紅茶の事だろうか、こんな時に聞く話かと、イリーナの方へ振り向くと、イリーナがビショビショに濡れていた。
「えっ?」
肉が焼け焦げる臭いと、毛髪が燃える嫌な硫黄臭。イリーナが真っ赤に燃え上がり、悲鳴を上げる暇もなく、ドロリとそのまま溶けだした。
ボリシェヴィキのズメイは二匹だけじゃなかった。さっきのイリーナが撃った信号弾から、残りのズメイが低空からこちらに奇襲を仕掛けてきたのだ。
イリーナがズメイの炎の餌食になった瞬間、わたしは吹き飛ばされた。イリーナを燃やしたズメイにやられたかと思ったが、オルガ中尉が、騎乗するズメイへ指示させ、尻尾で火炎の餌食になる寸前のわたしを叩き飛ばす。
しかし、その瞬間が命取りとなった。赤軍のズメイが、もみ合いの末、鋭利な蹴爪で、オルガ中尉とアルフーを切り裂き、突き飛ばす。
宙を旋回し、最後の止めを刺そうと、赤軍のズメイが向かってきた。わたしは、モシン・ナガンを構えて、弾倉に五発の弾丸を再装填した事を思い出しながら、ズメイに向かって狙いを定めた。落ち着け……わたし。落ち着け、ユリア……こんな時、父だったら――。
「息を止めるんだユリア」
父と久々に山で狩りをしている最中、12プード(約200キロ)を超えそうな巨大なイノシシと正面に対峙していた。
「緊張しているのはこちらだけじゃない。あのイノシシだって緊張している。あの巨大な鼻から、こちらの火薬の臭いを……これが己の死の臭いだと感じているんだ」
父が大きく息を吸いながら、弾をゆっくり込めて、銃の撃鉄を起こした。イノシシがこちらへ突撃してくるのと同時に、「シュ」と、父が息を止め、銃を構えながら、「ユリア、この力こそが、獣や龍を、人間が克服したんだ」と、言って、引き金を引いた。
息を止め、左端のズメイの首の頭部を狙う。狙いは逸れたが、右端のズメイの首に着弾し、バランスが少しだけ崩れ、鎧の金具が外れる。さっきのオルガ中尉のアルフーとの交戦で、外れたのだろうか。排莢し、鎧の金具を狙い、撃ち続ける。三頭の首から、一気に油を吐き出すのが見えた。慌てるな……わたし……腹を露にさせればわたしにだって……。排莢しようと、ボルトを引いたが、何かが詰まっていて、排莢されない。嘘でしょ? ここまでかと、諦めかけた瞬間。
キロロン! という咆哮が聞こえ、横からあの白銀のズメイが、飛び掛かった。バラライカの背中に乗りかかり、蹴爪で羽交い絞めにしながら、鎧を分離させた。わたしはボルトの根元の辺りを思いっきり拳で叩きながら、無理矢理排莢させ、あの淀んだ茶色の、醜い肌の化け物の土手っ腹に、弾丸をお見舞いした。
白樺の木に引っ掛かり、肉片が飛び散った燃え盛るバラライカを眺めながら、わたしは吹き飛ばされたオルガ中尉の元へ駆け寄ってみると、ギョッとした。騎兵服の鎧の隙間から、巨大で太い白樺の枝が脇腹を貫いていたからだ。
「笑えるだろ……ユリア二等兵。まさか、白樺に刺さりながら、ウォッカを飲むことになるとはな」
オルガ中尉は、ポケットに忍ばせていたスキットルからウォッカをチビチビと飲んでいた。
「……すぐに助けがきます」
「ああ……ありがとう。優しい嘘に感謝するよ。ナージャ、カーチャ……おいで」
わたしのすぐ後ろで、キロロンと、悲しそうな鳴き声が聞こえた。あの白銀のズメイが、長い首を伸ばしながら、オルガ中尉の傷ついた身体に寄り添う。
「知っていると思うが、ズメイの首たちには番号で割り当てられるのが殆どだが、こいつらとは腐れ縁というか、長い付き合いでね、右の首がナージャ、しっかり者のお姉さんで、左の首がお転婆娘のカーチャと呼んでいる」
「どうして、その話を私に……」
「わたしの任務を引き継いで貰いたいからだ。幸いな事に、二等兵……あなたは今、生理中のようだしね……
何かの暗号だろうか。親が子供を急かすときの言葉をナージャとカーチャの龍髭を持ちながら、囁きかけると、クルッと、二頭の首がわたしの方を振り向き、長い二股の、蛇のような舌をわたしの股下にへ伸ばす。生理の血が滴るわたしの股下へと……これは……龍のマーキング?
「ズメイにとって、人間の血液は契約の証であり絆だ。特にうら若き女性の血は特にな……たった今から、この子たちは、君のものとなった」
「そんな……わたし……出来ません」
「これは命令だ二等兵。この密書と、この娘たちを、ここから1406露里(約1500キロ)先にある南西の白軍の拠点、チュメニに届けて欲しい」
「わたし……」
「……頼む、二等兵」
断る事など出来なかった。オルガ中尉は、手に持っていたスキレットを地面に落とし、か細い息で鼻歌を歌い始めた。わたしも、子供のころから、よく母親から聞かされていた有名な民謡だ。わたしは思わず、その歌を一緒に口ずさんだ。
「(丘の上に立つ小さな白樺の木は、ひっそりと佇んでいる。けれど、その木は何も答えちゃくれない。ギシギシと枝を揺らしているだけ。ギシギシと枝を揺らすだけ)」
「(丘の上に立つ小さな白樺の枝に、キョトンとフクロウが止まっている。村が焼かれてもそのフクロウは鳴いちゃくれない。ギシギシと枝を揺らしているだけ。ギシギシと……)綺麗な唄声……ああ、姉さん……」
オルガ中尉はそのまま、白い息を吐き出さなくなった。キロロンと、ナージャとカーチャと呼ばれるアルフーのズメイが、彼女の死を悲しみ、弔うように、すすり鳴いていた。
「主よ、この魂……彼女たちに安らかな眠りを与え給え」
このままだと、獣の餌になるのも忍びないので、簡易的ではあるが、イリーナとオルガ中尉の亡骸を適当な白樺の木の根元に埋めた。
幸いなことに、血まみれのオルガ中尉の騎兵服は、わたしのサイズにもピッタリだったので、何不自由なくナージャとカーチャに乗ることができた。
馬には跨るというが、ズメイには「乗る」というのが、この国の常識だった。それもそのはずで、多くの首を持つズメイの背中は跨るほど細くはない。鎧と共に固定された龍鞍と呼ばれる椅子には、落ちないように体をがっしり固定させるベルトと、ズメイの手綱となる龍髭を糸通しのような穴から飛び出していて、わたしはその髭を握りしめる。
「いっっった!」
龍髭は神が産み出した万能の器官だ。髭の先端は微細な空気の振動を捉える為に、針のように細かく尖っていた。それを握りしめたら、激痛が走るのは当然だろう。
一説には、古来より龍が、ズメイが僅少な人間の血液を求めているのは、「会話」をする為とも言われていて、言葉を持たない龍が、犬や猿、鳥以上に賢いのも、人と会話が出来る力そのものによるものだ。人と人が言葉によって会話をするように、龍は人と血を介して会話を行うのだ。それを、「血脈の同志化」とも呼ばれている。案外、人さらい、人食い龍として語り継がれている
次第に痛みが和らぎ、ナージャとカーチャの首がこちらを向いた。わたしの血液が、彼女たちに順応し同期したんだろうか。わたしの脳内に彼女の感情や言葉が流れてくる。ナージャは「安心」。カーチャは「不安」だった。
馬を操る時、馬を一方的に操ろうとせずに、馬を信頼しながら操れと父親は言っていた。ズメイを操る事は、ズメイを信頼しつつ、対話を繰り返しながら、空を舞うのである。だから――。
「だから、わたしだって、怖いけどさ……お願い飛んで!」
体よりも、数倍もある巨大な白い翼を広げ、ナージャとカーチャは地面を跳躍する。フワッと重力が一瞬だけ無くなったと思えば、目の前の景色が、荒涼としたタイガの森林地帯を見下ろしていた。
「飛んでる……」
ナージャは「喜び」、カーチャは「懐疑」的だった。
「なによカーチャ、わたし元々、ズメイ騎兵になりたかったんだから。こう見えても、あとちょっとで、騎兵として選ばれる筈だったんだからね」
けれど、わたしは選ばれなかった。軍にではなくズメイにだ。人が使う銃を選ぶように、ズメイもまた、乗り手の人間を選ぶのである。炎を吐き出す雌のズメイは、うら若きロシア女の血を欲する。どうやら、わたしの血はどのズメイにはお気に召さなかったようだ。
「同意」という、カーチャの思考。ナージャが怒っていた。わたしにではなく、カーチャに?
ガクンと、いきなり急上昇をし始め、舌を噛んでしまいそうだ。雲の高さまで、上がったかと思えば、そのまま翼を折り畳み、急降下しながら、グルグルとロールする。滅茶苦茶な重力負荷で胃袋が口から飛び出しそうだった。
カーチャの「嘲り」と、キロロという笑い声。ナージャは、カーチャの顎を噛んで怒っている。カーチャは、ションベン臭い新米のわたしをイジメたいのだろう。むしろ、初めての経験で、恐怖というか、興奮の方が大きかった……が。
「オ、オウェエエエッ!」
わたしは裏返った胃袋を元に戻せず、カーチャの首元に今朝食べた
「嫌悪」とカーチャ。「愉快」と今度はナージャがキロロと笑った。そんな二匹のやりとりを眺めながら、わたしも可笑しくてケラケラと笑う。
イリーナが信号弾を撃ってから、駐屯地からすぐに増援が来ないのはおかしいと思っていた。わたしが来る頃には、雑草も生えないくらいに焼き尽くされた駐屯地と、炭となった元人間の亡骸だけだった。駐屯地から少し離れて、黒い模様が、白いキャンバスに墨を垂らしたかのように点在しているのは、撤退している友軍を追い討ちしたのだろう。赤軍のズメイ共は一切の容赦なく、皆殺しにしたのだ。さっき、わたしたちを襲ったズメイの小隊も、ここを襲撃した奴らの一部だったのだろうか。
「人が焼ける臭いと、龍の油臭さ……この臭いは嫌いだ。あの時を思い出すから」
撃墜された白軍のズメイが、わたしの家族もろとも焼き払ったあの臭いがまとわりつく。思わず手に握った龍髭を強く握りしめた。
ナージャとカーチャが心配そうな目つきで、わたしを見つめていた。
「……大丈夫よ、別にあなたたちズメイに恨みがある訳じゃないから……強いて言うなら……」
オルガ中尉が亡くなった時、悲しんでいたこの子たちは、少なくても……。
「……なんでもない。とっとと、行こう」
目的地であるチュメニまでは、かなりの距離がある。空を飛んでるとはいえ、なにせ風景が代わり映えしない殺風景な西シベリアのタイガである。オルガ中尉が使っていた地図と、方位磁石を頼りに、赤軍に察知されないよう、かなりの低空を飛行していた。
「これが横の水平移動で、上昇下降、右足と左足で加速と減速……龍髭で羽をコントロールして……こうっ!」
どうやら、カーチャのイジメが癖になったらしい。ロールを繰り返しながら、急上昇、急下降、急旋回を繰り返し、遊びながら、彼女たちの飛行運動を身体に馴染ませていた。
「制止」「謝罪」と、カーチャが必死に鳴き続けるが、困ってるカーチャを見るのが楽しくて、余計に彼女たちを弄ぶ。
「意外」と、ゲンナリしたナージャが、わたしを見ていた。
「だから言ったでしょ、元々、わたし騎兵になりたかったって。わたしの顔立ちって、いかにもロシア娘って感じだけど、父親は元々、コーカサス出のコサックの子孫なの。わたしにはその血が色濃く残っているらしくてね、馬に乗ったり、狩猟で
銃を扱うのが得意なのも、その影響らしいみたい」
「キッ!」と、舌打ちのような音。カーチャは面白くなさそうな顔をしていた。
「なによ、カーチャ。それとも、またわたしにゲロでも吐いて欲しかったの? あなたの首元にさ」
「拒絶!」「嫌悪!」と、カーチャの悲鳴。わたしと、ナージャはケラケラと笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだったので、ゴロロと、わたしのお腹が情けなく鳴った。そういえば、朝から(それもゲロった)何も食べていなかった。
「地図だと、この辺に小さな村があるらしいから、食料を調達しないとね。どう思う?」
「同意」「異議なし」と、二匹とも即答した。
ナージャとカーチャが、白いズメイで助かった。偽装する必要もないので、村から少し離れた雪原に彼女たちを留めて、村で何か調達しようと思っていたが……。用心に越したことはないので、彼女たちに騎乗したまま、木の上から、モシン・ナガンのスコープを覗いてみたら、忌々しい例の赤い星の旗がピントに合わさる。
「赤軍のバラライカが二匹……はあ、しょうがない、無用な戦闘は避けたいから、ここはお預け……って、ナージャ?」
ナージャから強い「怒り」を感じた。これは……オルガ中尉に対する――。
「復讐!? ダメ! ナージャ!」
わたしの制止を振り切り、巨大な体躯が躍動する。ポツポツと額に水滴が当たる。油臭い……炎を吐き出そうとしている? どうしよう、止めないと。
「カーチャ! 止められないの!」
「拒否」「敵」「拒絶」「撃」「殺」「殺」「殺」「殺!」「殺!」「撃殺!」
彼女たちのとてつもない、怒りと殺意がわたしの頭の中で逆流する。その一方的なワガママにわたしも思わず叫ぶ。
「このっ……じゃじゃ馬娘どもがっ!」
目の前で閃光が瞬き、身を焦がすくらいの爆炎がわたしの体温を一気に上昇させる。今の奇襲によって、バラライカの側にいた一個小隊規模はナージャとカーチャの炎の餌食になったのだろうか。
「やるしかない……か」
銃を構えながらわたしは、龍髭を引いて、一気に旋回させる。応戦してきたズメイ騎手の銃声が後方から聞こえてきた。その銃声がした方角から龍髭を通して、位置を把握し、低空から縦方向に半ループしながら、Uターンする。龍髭を離し、銃を構え、息を止めた。
ヘッドオン。パンパンと相手のズメイの騎手に対して連射を繰り返しながら、ナージャとカーチャのピッチを徐々に上げ、迎角90度近くのまま、蹴爪を剣のように向けて突撃していく。相手も同様だ。
頑丈な鎧に守られているとはいえ、自分の弱点をさらけ出しながら、鳥の喧嘩や闘鶏のように、蹴爪の鍔迫り合いが行われる訳だが、ズメイの場合はこれだけじゃなかった。わたしは、身を縮めて、歯を食いしばり、龍髭を握り絞める。
眩い閃光。衝突する寸前、互いのズメイが自らの炎を全力で吐き出した。いくら自分の装備が耐火性を持つ騎兵服とはいえ、シベリアの寒さを忘れるくらいの灼熱が、呼吸する酸素でさえも、一気に焼き払うかのようだ。髭越しから、ナージャとカーチャが次に行う事を示唆した。
三つ首のバラライカ。二つ首のアルフー。火力は当然、三つ首の方が勝るが、乗り手の首に対しての伝達効率や速度は、二つ首のアルフーの方が勝る。それをナージャとカーチャは十分、承知していたし、彼女たちを調教してくれたオルガ中尉に感謝しなければならない。
クルビット。ズメイ騎手たちはそう呼んでいる。クルッと、空気抵抗に抗いながら、空中で静止したまま、宙返りするテクニカルな曲芸飛行。炎を吐き出し、回転しながら服をめくるように、ナージャとカーチャの蹴爪は、相手のズメイの鎧の下の裾を引っかけ、お腹が見えるくらいに位置をずらす。
「撃て!」と、ナージャとカーチャの叫び。言われなくてもそうした。頭上で爆発四散するバラライカ。
爆炎の巻き添えから逃れようと、相手の騎手がベルトを外し、宙を舞う。それをナージャとカーチャは見逃さなかった。
ナージャの長い首が、その騎手の胴体を口に咥えた。騎手と目が合う。蒼い瞳だ。ゴーグル、マスク越しでうまく認識できないが、恐らく、わたしと同じくらいの歳の――。
「やめて!」と、わたしが言ったのと同時にナージャはその騎手を胴体ごと噛み千切った。彼女の生暖かい鮮血がゴーグルにかかり、視界が真っ赤に染まった。
一時間ぐらい経つ。陽はとっくに沈み。地平線まで広がる満点の星空の下、追手を確認しながら、わたしは龍髭を手放し。右足と左足を使って、ナージャとカーチャの首元を交互に蹴りまくった。
「
わたしが彼女たちに怒鳴りつけると、わたしの「怒り」が、龍髭を通して伝わったのか、何も流れてこなくなった。
更に一時間、夜通し飛び続ける訳にもいかないので、そろそろ休憩する場所を確保しようと、辺りを散策していると、ナージャとカーチャから「謝罪」「反省」という言葉が龍髭を通して、流れ込んできた。
「……話しかけないで」
キロロ……と、叱られた犬のように、か細い鳴き声がナージャとカーチャから漏れてくるが、しばらくわたしの怒りが収まる事はなかった。
「キロロ」と、今度はハッキリとした発音で聞こえた。
「しつこい!」と、わたしが怒鳴ると、ナージャとカーチャはキョトンとした顔をしている。
「一体、今の鳴き声は誰の鳴き声だ?」という風に。
それを認識した瞬間、わたしは龍髭を掴み、両足で蹴りだし加速させた。頭の上から一気に血の気が引いたのが分かった。夜闇に紛れて、何かが追いかけて来ている。スピードを上げながら、地面すれすれに飛行し、追手を撒こうとしたが、ナージャとカーチャの感覚器官を通して、一匹のズメイが、ピッタリと追いかけてきているのを認識した。
平原の岩を、白樺の樹木を避けながら、必死に逃げていたが、追手との距離が変わることはなかった。
「遊ばれている? いや、これは……」
こちらの体力の消耗を狙っている。一定の距離から間合いを詰めて、こちらが隙を見せた瞬間を狙っているのだ。狩りの常套手段であり。よほどの手練れしかできない芸当だろう。
こちらも、長い時間を飛行しているので、ナージャとカーチャの体力も大分低下していた。このままだと、やられるのは時間の問題だった。仕掛けるなら今しかない。
目と鼻の先に小高い岩壁があり、進路をそこへ進めた。ナージャとカーチャに油を溜めさせるように、指示する。岸壁に追い詰めたと思い込んだ相手は、一気にスピードを上げて、こちらの距離を詰めてくる。わたしはお腹に力を入れた。
「今よっ!」
岩壁をナージャとカーチャは蹴り飛ばし、後方へとバク転する。そして、ナージャとカーチャが溜めていた油を……炎を一気に吐き出した。
「
炎に照らされたそのズメイの首の数は、一つ首。黒曜石のような光沢のあるドス黒い肌を持つそのズメイの瞳は、闇夜でもハッキリと、ピジョンブラッド調の……深紅の瞳がわたしを睨みつけていた。
宙返りをしている最中、銃を構え、騎手を狙い撃とうとしたが、フッとわたしの視界から消えた。ズメイごとだ。
「ありえない」
そう、ありえない。ナージャとカーチャからの警告。あの、ダン・バウは、わたしたちの真下にいた。岩壁に、壁に張り付いたトカゲのように、へばりついていたのだ。当たり前なんだけど、ズメイは、トカゲと同類の存在だと、その姿を見てやっと思い出した。
「ナージャ! カーチャ!」
その場から急上昇し、なるべく、高く……早く……雲の中へ隠れようとしたが、あのダン・バウ……なんて速度だ。さっきと同じように、もうこちらの尻尾へ食い付いてきている。
業を煮やしたナージャとカーチャは、バレルロールを行い、ダン・バウとの格闘戦に持ち込もうとするが、再び、あのダン・バウの姿が消えた。龍髭からの感覚を研ぎ澄まして、位置を……。
「畜生! また真下!」
感覚で分かっていても、体感が追い付かないのはよくある話だ。相手の鋭利な蹴爪が、ナージャとカーチャの脇腹を引き裂く。マウントポジション。頭上から、騎手の銃口がわたしの頭部を狙っていた。死を意識した途端――。
突如、カーチャの頭部が、わたしの目の前に現れ、相手の騎手の銃弾を受け止めた。すかさず、ナージャが、至近距離で炎を浴びせ、相手のダン・バウも火炎を吐き出し応戦する。熱い。自分の身体が溶けそうなくらいの熱線。眩い閃光と轟音と共に、わたしとナージャとカーチャは、どこかの川へ落下していた。さっきまで、身体を冷ましたかったくせに、今度は、西シベリアの凍てつくような雪解け水が、わたしの意識ですらも凍らせた。
「……こうして、約束を違えた悪名高き雌のズメイは、英雄ドブルイニャによって討伐され、その呪われた龍の血は、ロシアの大地すらも飲み込むのを拒んだと――」
「どうして?」
幼少期のわたしの一番、好きな時間。父親、まだ幼い姉妹たちが寝静まり、母親がわたしに暖炉の傍で語る
「どうしてって、なにが? ユリア」
「どうして、昔話に出てくる悪いズメイは、雌のズメイだけなの? こんなのあまりにも……」
「不公平?」
母は裁縫をする手を止めて、暖炉に新しい薪を焚べた。多くの司祭を輩出した裕福な家庭出身の母親は博識であり、実際、読み書きも母親から多くを学んでいた。
「黒海の傍にあるブルガリアという国で雌のズメイは、人間を憎んでいて、天を荒らし、作物を枯らす悪神として。一方、雄のズメイは、人間を愛し、作物を守る守護神として信じられている。勇者ドブルイニャによって退治される名も無き雌の悪龍の物語も、そこからの名残なのかもしれない。でもね、お母さん思うのよ、雌のズメイが、女の龍が人間を憎むのは当然だと思うのよ」
「……どうして?」
「ドブルイニャの龍退治には、別のお話があってね、そこでは勇者がズメイの子供の龍を馬で踏み潰して、殺してしまうのよ」
「そんなヒドイ!」
「これを知った後、お母さん、どうしてもこの龍退治のブィリーナが好きになれなくてね。むしろ、ズメイのほうに同情しちゃったのよ。逆に考えて、自分の子供を殺されて、怒らない親がいるのかって話だよね……結局、雌のズメイが悪という風潮も、人間が当てはめた印象に過ぎないと思っているの。特に、空を自由に泳げなくなって、家畜化され、兵器として使役された今のズメイたちを見ていると特にね……自由を奪われたズメイが、人間を憎むのは当然の話であって、むしろ本当の獣は人間自身なのかもしれない」
母はどんどん焚き木を入れ続ける。部屋の温度がぐんぐん上昇し続けた。
「ユリア、この国は直に大きな変化を迎えるわ。腐敗したロマノフ王朝……困窮した労働者の女性たちが
「熱いよ……母さん」
薪が暖炉からはみ出し、飛んだ火の粉が、母が編んでいた服に燃え移る。それでも、母は焚き木を入れ続けた。
「いずれ、お伽噺のズメイが、人に行った悪行が、些細なおままごとだと思うくらいに、これから多くの人間が亡くなっていくでしょうね。結局、龍が人に罰を下すのではなく、人が人を罰するのよ。それがこの国の伝統……いえ、悪癖よね。人殺しって、慣れちゃうから」
幼少の大半を過ごした丸太小屋が、使い古された家具が、慣れ親しんだイコン絵のマリア様が、そして母が、一瞬で炎に包まれた。
「こんな時だからこそ、ナージャとカーチャを守ってあげてね。例え、彼女たちが悪龍でもね、生き残るのよユリア。だって、あなたはわたしたちの――」
どうして、母がナージャとカーチャを知っているのだろうか、問いかけようと思ったら、天井を突き破り、燃え盛るナージャとカーチャが落下してきた。「キロロン!」という断末魔を上げながら、そのまま、わたしを飲み込もうと――。
「やめてええええっ!」
夢から目を覚ましたら、ナージャとカーチャの顔が目の前にあったから、ビックリしてお湯を彼女たちの顔にぶちまける……って、お湯だって?
辺りを見渡すと、わたしは川沿いにある少し大きな水溜りに身体を沈めていた。ナージャとカーチャが、控えめな炎を大きな岩に吐き出し、それを水たまりの中へ放り込み、お湯にしていた。「ドツォ」という名の、石焼き風呂が、中国の下の方にある小国、ブータンあると聞いた事があるが、龍の炎の石焼き風呂というのは初めてだ……が、凍てつく川に落ちて、意識を失うくらいに凍死しそうなわたしを癒すには十分な温もりだった。
何度も言うけど、彼女たちをそうするように調教したオルガ中尉にも感謝しなければならない。そんな彼女たちの優しさを感じたとき、わたしの頬から涙が流れ落ちた。
「……わたしね、追放農民だったんだ。赤軍に占領されたわたしの村はね、ボリシェヴィキたちによる戦時共産主義政策の一環として『貧農』『中農』『
キロロと、ナージャとカーチャが、弱々しく鳴きながら、ゆっくりと倒れた。あの黒いダン・バウにやられたのだろう、右脇腹付近に、蹴爪の一撃によって、肌がパックリと割れて、血が吹き出していた。カーチャの顎付近にも、わたしを銃弾から庇った時の銃創が生々しく、その白い顔を赤く染めていた。
「—―ある日、斧を持った屈強な大男たちが現れて、わたしの家族の牛や馬に羊などなどの家畜を次々と殺めていったの。雄や雌、子供構わずにね。身籠った雌牛ですらよ。その雌牛を殺すのを止めてと言ったら、斧を持った男が『面倒な飼育から解放してやる』と言っていた。雌牛は泣いていたわよ。知ってる? 牛って、自分が殺されるのを自覚して涙を流すのよ。勿論、死に対してじゃない。この世の別れ、これから産む命、わたしとの別れに対してね……あの日流れた、むせ返るような血の臭いは一生忘れられない……忘れられるものか。だから――」
だからこそ、今度は助けなければならなかった。
ナージャとカーチャの傷口用に龍用の軟膏や消毒液を手に入れなければならない。少し高い木に登り辺りを見渡すと、運よく、白い煙が上がっている小さな村を見つける。
だが、その村は既に赤軍に占領されているようで、村の端には、数頭のバラライカと……不運な事に、わたしたちに襲いかかってきた、あの黒いダン・バウが、龍舎に留めていた。
さすがに、白軍の騎兵服のままという訳にはいかないので、適当な農家に干してある洗濯物を盗み、絵に描いたような田舎娘風の変装をして、薬の保管庫か、医者の家を探し続ける。
白軍との戦闘直後だったのだろうか、担架に怪我を負った赤軍の兵士が次々と運ばれていた。軍医や村の医者が駆り出され、薬の保管庫に人の気配はいなかった。
軟膏と消毒液を見つけ、とっとと、村の裏から逃げ出そうとしたら、何人かのズメイ騎手が、道の向こうからやってきた。
「……それで、同志の仇である白いアルフーの転身行動と、回避運動は見事なもんでね、白軍にそんなヤツがいるのが勿体ないと思ったくらいだよ……惜しいくらいにさ」
騎手の隊長と思しき、赤髪が印象的な長身の女性が、部下たちに両手を使って講義していた。恐らく、あの黒いダン・バウの乗り手だろうか。マズイ……早く、この村から去らないと――。
「少し待ちな、可愛らしい蒼い瞳のお嬢さん」
背中から嫌な汗が流れた。鞄の中に手を入れて、
「あんた……なんだか、妙に……龍臭いわね」
唾をごくりと飲み込み、わたしは彼女に答えた。
「ズ、ズメイを見るのは初めてで、思わず近くに駆け寄って触ってみたんです。そうしたら、一匹のズメイがわたしに……その、ショ、ションベンを……」
我ながら、なんて馬鹿馬鹿しい嘘を言ってしまったのだろうか。もうおしまいかと思ったら、赤髪の女隊長がドッと笑いだした。
「サーシャ! またあんたの早漏バラライカかい!? マーキングさせるなら、ションベンじゃなくて、首で調教しろと言っておいたよな!」
部下の背中をバンバン叩きながら、赤髪の隊長がウォッカを飲み続ける。敵とはいえ、彼女から妙な心地良さを感じたのは、オルガ中尉の面影と重ねていたからかもしれない。
「それにしても、勇敢な少女だな! 一人でズメイに近付く君みたいな命知らずは初めて会うよ! 名を聞こうか」
「ユ……ユリア・ルキヤネンコです」
どうして、本名で言ってしまったんだろう。
「いい名だ、ユリア。君のような勇敢な若者がいるなら、我が祖国の未来も明るいだろう。当方のズメイどもの非礼をお詫びしたい、これで何か新しい服でも買うといい」
赤髪の隊長が、数枚のルーブル紙幣を差し出すが、わたしは首を横に振った。なぜなら、今のわたしの両手は龍髭を掴んでいたせいで、血まみれだからだ。バレまいと、片手をギュッと握った。
「はっ! 無欲なのも中々感心するな! では、ユリアよ
そう言って、ズメイ騎手の一団が見えないところまで確認すると、わたしは駆け足で、その村から離れた。
「なにが、また会おう! ……だよ」と、ブツブツ言っていたものの、わたしの瞳と名前を褒めてくれた人は初めてだったので、少しだけ嬉しかった。
「我慢してよ……痛くて、わたしを踏み潰したら、化けてやるからね」
ナージャとカーチャの龍髭を掴みながら、わたしは彼女たちの傷口を人間同様、縫合しなければならない。ただ、ズメイの皮膚はとても固く、釘を打つかのように、針を金槌を打ち付けるような形で、縫わなければならなかった。
「いくよ……
針が食い込むと、ナージャとカーチャから、「痛!」「痛!」という叫びが、流れ込んでくるが、わたしは、それに構わずカウントを続け、針を打ち続けた。
叫びたいだろうが、今置かれている状況を把握しているのか、牙を噛みしめながら、鼻息を荒くして、小さくキロロ……と鳴いていた。
何回か釘を打ち続けていくうちに、ナージャとカーチャから、「痛み」というものから「守る」という思考が突然、流れ込んできた。
「守るって……わたしを?」と、思ったが、二匹から「両方」という答えが返ってきた。
「両方って……まさか、あなたたち……」
ナージャとカーチャは妊娠していた。ズメイの子供は、多くの爬虫類が持つ尻尾の付け根の部分にある「総排泄孔」……つまり、お尻の穴から出産するのだが、ズメイは卵ではなく「胎生」、つまり、赤子のズメイを、人間同様、そのまま産むのである。だから、龍髭を通して、ナージャとカーチャ以外の、別の意思を守ろうという意識が流れ込んできたのかもしれない。
「それじゃ、なんとしても生き残らなくちゃね。名前は決めたの? って、ズメイじゃ分からないか」
ナージャとカーチャの応急処置を一通り終えて、彼女たちに精を付けさせようと、数頭の猪と鹿を狩って食べさせた。降誕祭に一度だけ、豚の丸焼きというものを食べた事があるが、猪や鹿の丸焼き、しかもズメイの炎による丸焼きは初めて食べた。本来、命を奪うはずの炎による料理が、こんなにも美味であるのが、意外だった。
「もし、その子の名前を付けるなら……同じ、二つ首のアルフーなら、イリーナとオルガって名前がいいな。そうしたら、あの世にいる二人もきっと喜ぶと思うんだ。無事に、あなた達をチュメニに送り届けたらね……きっと」
腹を満杯にし、ポカポカのナージャとカーチャの翼に抱かれ、満点の星空を眺める。こんな、多幸感は随分久しぶりのような気がした。
「……シベリアの星空は嫌いだったの。自分がとてもちっぽけな存在だと感じるから。村を追い出され、親戚とも疎遠となったわたしは、結局、身体を売るか、軍隊に入ることでしか、お腹一杯に食べられる選択肢がなかった。東部戦線のせいで、よほど人員が足りなかったんでしょうね。乗馬や猟銃の腕を買われて、白軍に拾われたのはある意味幸運だったのかも。過酷な訓練と任務の繰り返し……今こうして、騎兵になれなかったわたしが、どういう訳か、あなたたちと、こうやって寝食を一緒にしているのが、今でも夢みたい」
夢……ナージャとカーチャに抱かれながら、わたしは夢を見た。それは、死んだはずのイリーナとオルガ中尉、それに、ナージャとカーチャと一緒に、見知らぬ海(もしかしたら、カスピ海か、バイカル湖なのかも)で一緒に泳いでる夢だった。浜辺では、父と母が手を振っていて、わたしも父と母の元へ泳ぐが、いつまで経っても浜辺へ辿り着かない。一緒に泳いでいた、イリーナやオルガ中尉も父と母の元にいて、一緒に帰り支度を始めていた。わたしは叫び、呼び止めようとするが、そのまま浜辺は遠ざかり、ナージャとカーチャがわたしを引っ張り続けた。浜辺は遥か彼方にかすみ、陽炎のように、輪郭があやふやになるまで、父や母、彼女たちはわたしたちに手を振り続けていた。
次第に水面から少しだけ離れて、浮いたかと思えば、ナージャとカーチャがわたしを夢から覚ますために、服を口で引っ張り、少しだけ宙に浮かせていた。龍髭を握ると、彼女たちは少しだけ寂しかったようだ。
「おはよう……バカね……別にあなたたちを置いてなんかいかないわよ」
傷の出血が止まり、わたしたちは再び大空を泳ぎ始めた。今度は赤軍にバレないよう、慎重にわたしたちは、白軍の拠点都市、チュメニへと進路を取る。
その間、わたしとナージャとカーチャは信じられないものを見てきた。
オオハシギの群れと一緒に飛びながら、シベリアの雷雪を眺め、竜巻がポツンと佇む小さな一軒家をバラバラにしたのが始まりだった。
小さな街道沿いの森で、ヨルカの飾り付けのように、赤軍によって吊るされた無数のユダヤ人たちを。
人間が作り出した機械仕掛けの巨龍「イリヤー・ムーラミェツ」が、護衛のズメイと空中艦龍隊を組みながら、白軍の拠点に留めどなく100プードもありそうな爆弾を落とすのを。
爆撃された後には、白軍のサン・シャモン突撃戦車が、突撃してくる赤軍を蹂躙し、赤軍のズメイが戦車を蒸し焼きにしたと思えば、そのズメイを白軍のRAF RE.8戦闘機が蜂の巣にするのを。
37mmトレンチガン、107mmカノン砲、152mm榴弾砲などなどが、互いに辛うじて生き残った人間やズメイもろとも、容赦なく、焼く前の不格好な
その後、一時間足らずで、黒く焼け焦げたズメイの亡骸と、炭化した人間だったものが、彫刻のように佇む光景が、果てしなく広がるのを……。
その戦場を離れた場所から見下ろしながら、わたしも含めて、ナージャとカーチャでさえ、龍髭を通して人間がもたらす、合理的で理不尽かつ、野蛮な死への恐怖を強く感じていた。この惨状は、わたしたちが知っている、戦場とは程遠く、醜い別の何かにしか見えない。
「……わたしも怖いよ。でも、死ぬのは今じゃない。決して……今じゃ」
雪が少しだけ、みぞれへと変わり、ナージャとカーチャの目元に当たる。溶けたみぞれが、彼女たちの頬を濡らし、わたしには何となく、彼女たちが泣いているように見えた。
「あの山脈を越えれば、目的地のチュメニよ。もうひと踏ん張りだから」
警戒しながら飛行していたお陰か、これまで目立った赤軍との交戦はなく、目前の山岳地帯を越えれば、この数奇な任務ともお別れだった。ナージャが「寂しい」。カーチャは「怒」と、答えた。
「素直じゃないねカーチャは。お姉ちゃんを見習って、少しは素直になりなよ」
カーチャがムキになって「怒!」「怒!」「怒!」と連呼した。必死になっているカーチャが可愛くて、わたしとナージャがケラケラと笑っていたら、発砲音がして、わたしの耳元をかすめた。
「被弾!? してない!」
ナージャとカーチャの龍髭を通して、発砲した敵の位置を把握。両足を思いっきり蹴り、緊急加速化させる。それから、更に数発の発砲。地面スレスレの低空を飛びながら、後方を確認した。
バラライカ、アルフー、そして、あの黒いダン・バウのスリーピース。あの赤髪の女隊長……どうしても、わたしたちを撃墜したいらしい。どのみち、アルフーであるナージャとカーチャでは、スピードの速いダン・バウに追撃されるオチだ。ならば――。
「ならば、こっちから、仕掛けるっ!」
ナージャとカーチャ、それにわたしは息を止めて、森の中で一時停止する。わたしたちの姿が消えたと思ったらしく、三匹のズメイがスピードを上げながら散開した。
「いまだっ!」
地面を蹴りだし、森から一気に急上昇する。バラライカの真下へ向かって、モシン・ナガンを発砲した。不意を突いたつもりだったが、これまで戦ってきたズメイとは比べ物にならない反応速度だ。わたしの奇襲に物怖じせずに、回避行動。とっさにクルビットを行いながら、わたしたちの背中を追いかけてくる。続けざまに仲間のアルフーも前方から向かってきて、挟み撃ちにする気だった。
「イリーナ……わたしに力を貸して」
双方のズメイが目前に近付いた刹那、翼を折りたたみ、急降下する。真上の赤軍のバラライカとアルフーが、正面からタッククロスする間に、イリーナが使っていた信号拳銃を撃つ。猫だましに近いやり方だが、聴覚が発達したズメイには効果は抜群だろう。ビックリしたバラライカとアルフーは、正面衝突し、もみくちゃになりながら、絡まった糸玉のように、互いの長い首を空中で解こうとしていた。
「いまだっ!」
ナージャとカーチャの翼を一気に広げ、急上昇。双方のズメイにありったけの弾丸と、炎をお見舞いした。
炎に包まれ、落下していく二匹のズメイを尻目に、遅れてやってきたあの黒いダン・バウが、部下の仇を討たんと、猛スピードでこちらへ向かってくる。ここが、山岳地帯で助かった。近くに分厚い雲があり、そこへナージャとカーチャを隠そうとした。これで、少しは時間稼ぎに――。
なんて速さだ。目の前に、あの黒いダン・バウが突然と現れ、赤髪の隊長の銃口が、わたしの頭部を捉える。
キロロン! ナージャとカーチャの咆哮。その叫びに、動揺したのかは定かではないが、銃弾はわたしの肩を貫く。
「まだっ! 死んでない!」
ナージャとカーチャが、ループ軌道で雲の中をグングンと急上昇させる。
「高く……高く……高く!」
ループの頂点に達する辺りだろうか、ほとんど逆さまになった状態で、雲の上へと脱出すると、ゾッとするくらいのダークブルーの空と、どこまでも続く雲海が広がる光景が広がった。
あのダン・バウ……これまで通りの攻撃パターンなら、わたしたちの死角から、急速接近、離脱を図ってくるだろう。奇襲には奇襲を。わたしがあのダン・バウを破る選択肢はこれしかなかった。
「ナージャ、カーチャ。信じてるからね」
わたしは、龍鞍に固定しているベルトをほどき、真っ逆さまに雲の中へと落下した。息を止め、モシン・ナガンを構えながら、父が感心していた、日本の
突然、真下から黒いダン・バウの巨大な首が現れて、騎乗している赤い髪の隊長の頭部を視認した。
「
「
キロロン! と、厚い雲を突き破り、ナージャとカーチャの長い首が、ダン・バウの首へ噛みつき、そのまま炎を吐き出した。断末魔の雄叫びを上げながら、ダン・バウの首が燃えながら、噛み千切られる。落下する首を目で追っていると、雲の中だったせいで、高度を疎かにしていた。山の岸壁が目前に迫ってきて、このまま落下死すると思った寸前、ナージャとカーチャの蹴爪がわたしを器用に掴み、それを阻止した。
情けなくぶら下がりながら、呆然とわたしは、夕焼けに染まる西シベリアの平原をボーっと眺め続ける。
「生きてる……ふっ……あはははは! 生きてるよ! わたし!」
緊張がほぐれ、我慢できずにわたしは笑い出した。ナージャとカーチャは、困惑しながらも、わたしと一緒に笑い、そんな彼女たちを見ていたら、わたしは思いっきり泣きだした。
「ご、ごめんね……こっ……怖かったの……わたし……だから」
ナージャとカーチャは、そんなわたしを慰めようとしているのか。キロロンと、優しく囁き、唄のように鳴きだす。
「うん……ありがとう、ナージャ、カーチャ……」
わたしは陽が沈むまでの間、彼女たちの背中を少しだけ、涙で濡らしていた。
チュメニの近くには、天然の原油資源がこんこんと湧き出す油田があり、間抜けなズメイ騎手が、思わずその油に炎を噴きつけたせいで、永遠に燃え続けているという。陽が沈み、地上を微かに照らすその炎の揺らめきは、ズメイの炎とは別の意味でゾッとした。もしかしたら、この炎が、ズメイの炎同様に、多くの人間の命を奪うような気がしてならないからだ。
「この原油って、元々は古代の植物や生物だったらしいの。地中奥深くに堆積された有機物の死骸たちが、まさか、燃える液体になるなんて、本人たちも思ってもみなかったでしょうね。あなたたちの仲間だった恐竜も、もしかしたら、この液体の一部なのかも……」
白軍の拠点都市であるチュメニは、電気が煌々と教会の尖塔を照らし、多くの蒸気船と汽車が往来し、まだ見たことのない戦車、戦闘機、果てしない数の兵員とズメイが配備されていて、軍都としての様相を呈していた。
農民出の田舎ものであるわたしは、西シベリアの闇夜に慣れてしまい、ガスと電気の光と、人と物の多さにクラクラしながら、要塞の衛兵にここまでの経緯を伝え、ナージャとカーチャと共に、龍舎にて待機していた。
やがて、将校と思しき人物が現れて、わたしは彼に敬礼をした。
「ご苦労だった。このズメイの処遇は我々が引き継ぐ。兵舎にて命令があるまで、待機するように」
ここまでの苦労が嘘のように、その言葉は呆気ないものだった。むしろ、その将校にとって、興味の対象はわたしにではなく、ナージャとカーチャの方だった。数人の調教師が彼女たちを粛々と連れて行く。
キロロンと、ナージャとカーチャが寂しそうな声を出しながら、わたしに振り向いていた。今すぐ、彼女たちを抱きしめて、別れの挨拶でも送ってあげたいけど、上官がいる前で、そんな事は出来ない。
「あのズメイは、今後、どこへ配属されますか?」
「それは君が、与り知るところではない」
せめて、ナージャとカーチャの配属先を知りたかったが、将校から冷たくあしらわれる。
事情が事情だったので、転属手続きや、イリーナやオリガ中尉の死亡届を申請しようと思い、要塞内をウロウロしていたら、
キロロン! と、遠くのほうから、聞き覚えのある鳴き声が廊下に残響する。わたしは嫌な予感がした。あの将校……ナージャとカーチャを保護ではなく処遇と言っていたのを思い出す。命を賭して密書を届けたズメイに対して、どうしてそんな事が言えるのだろうか。
徹夜で働いていたのだろうか、廊下の向こうから、フラフラと寝不足気味の調教師の青年がいたので、わたしは引き止めた。
「さっきのズメイの叫びはなに?」
「ああ……あの白いズメイか、可哀そうに。彼女は妊娠していてな、お腹の子供もろとも『龍血』扱いとして、処分されるそうだよ」
それを聞いて、わたしは呆然と立ち尽くした。
「あんた……その手……」
調教師がわたしの手を見ていた。龍髭を掴んでいた傷だらけのわたしの両手から、わたしの血と、ナージャとカーチャの血が、廊下の床にポタポタと滴り落ちていた。
「龍血」……古来より、ズメイなどの龍の血には、不老不死としての効能が謡われ、血だけではなく肉に骨などなど余すことなく、薬から塗料に至るまで、幅広く転用され、重宝されてきたらしい。だけど、龍とはいえ巨大なトカゲやヘビと一緒であり、ズメイを食せば、不老不死になるなど、ブィリーナのようなお伽噺に過ぎない。ロマノフ王朝を腐敗させた悪名高き神秘主義者、ラスプーチンは、ありもしない不老不死の為、一日に一匹のズメイを殺めて、食していたというバカげた噂を聞いたこともあったが、白軍の上の奴らも大概だった。
かつて、ロシア人を食べていた恐怖の象徴であるズメイたちは、今や人によって食べられているのである。
「ナージャ! カーチャ!」
倉庫のような場所で、ナージャとカーチャは鎖に繋がれて、白軍の兵が彼女に銃を向けていた。
生まれる前の不完全な龍の雛は、特に珍味として人気が高く……まるで、悪趣味なチョウザメの卵の塩漬け……チョールナヤ・イクラのように、諸外国から高値で取引されていると聞いたことがある。たかが、そんなものの為に、イリーナや、わたしに彼女たちを託したオリガ中尉、わたしを追い詰めた赤軍のズメイの騎手たち……まるで、彼女たちの死が……犬死じゃないか。
「ユリア二等兵……どうして、ここに?」
将校が、怒った子供をなだめるかのように、こちらへ近づいてきた。そのニヤついた顔を見た瞬間。捕らわれ、銃を向けられたナージャとカーチャの眼から、涙が滴り落ちた瞬間。わたしはあの時、ボリシェビキどもに殺された故郷の雌牛の事を思い出していた。雌牛を殺めた時に言っていたあのセリフと一緒にだ。
「ナージャ、カーチャ、『面倒な飼育から解放してやる』からね」
弾倉に弾が込められているか確認をして、わたしはゆっくりと息を止めた。
東の空から夜の帳を破り、朝日が昇ってきた。こんな清々しい気分はいつ以来だろう。思わず、わたしは持っていたモシン・ナガンを空へ放り捨てた。心配そうに、ナージャとカーチャの瞳が、わたしを見つめた。
「……いいんだよ、どうせ銃身はガタガタだったし、弾も尽きたし、わたしには家族もいないし、戦友ももういない。そして今、国すらなくした。もう、わたしには失うものは何もないの」
わたしは、ベルトを外し、ナージャとカーチャのほのかに暖かい背中に寄り添う。
「でもねそれって、本当の意味で自由なのよ。軍だけじゃない、クソッタレな帝政、アホの共産主義も、宗教、思想、国からだってね、わたしたちは解放されたのよ! ハラショー! ざまあみろだ!」
わたしは泣きながら、ナージャとカーチャと共に叫んだ。眼下に広がる、過酷で血生臭い歴史を持つ、呪われたロシアの大地へ、シベリアの平原、ウラル山脈の果てまで届くように、叫び続けた。
「ねえ、ナージャ、カーチャ……わたし、あなたたちが泳ぐ姿が見たいな。空じゃなくて、海をね。あなたたちの泳ぐ姿を……子供のイリーナとオルガと一緒にさ……だから――」
—―だから、わたしをその龍の背中で連れて行ってよ。どこまでも、どこへでも……一緒にさ。
それくらいのワガママくらい、この広大過ぎる国だったら、許してくれるような気がしていた。
龍の泪 高橋末期 @takamaki-f4
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