その10
「この世界があと数分で滅びるとしたら、なにをしたい?」
もう周りには何も無い。国立高校も、回りの国分寺市も立川市も東京も日本も世界も、何も無い。
大地にも海にも、そして空にも、いたるところに亀裂が走っている。世界はもうすぐ滅びるだろう。
残された時間は本当に数分しかない。さて何をする? と、彼女が問う。
「好きな人と手を繋ぎたい……かな?」
「やってみたら?」
僕は石動さんの手を掴んでグイっと引き寄せた。
「それだけ? それだけで満足? 他には無いの?」
石動さんが大きな体を丸めて、僕と鼻先が触れ合うまでの距離に接近する。
「告白……する」
「告白?」
「ずっと好きと言えなかった人に、告白する」
「そんなことをして何になる? もうすぐ世界は滅ぶというのに」
彼女が冷笑を浮かべる。自暴自棄になった肉体が、その程度の満足で終焉を迎えようとしている足掻きへの微笑みか。
「この告白から全てが始まるんだ。例え世界がもうすぐ滅ぶのだとしても、僕たちの世界は今から始まるんだ」
一瞬だろうが、永遠だろうが、お互いの気持ちが重なり合った
「こんな短い時間だけ、恋人同士になってどうする?」
僕たちは、色々な偶然が重なりあって、出逢うことができた。僕はそんな風にして出逢えた彼女のことが大好きだった。だからこのまま終わりたくない。
「それに、もし、断わられたらどうする?」
世界の最後の最後に迎える失恋。なんと悲しく虚しい未来図を彼女は僕に叩きつけるのだろう――でも
「それでも僕は……今までの関係から一歩先に進みたい」
僕は石動さんの手を握る力を強め、更に引き寄せた。二人の鼻がぐにゅるとくっ付く。
「あなたは何故、そんなにも好きな子がいるのに、今までそれを伝えなかったの?」
「夢を追いかける彼女の邪魔になりたくなかった」
「あなたのその告白が、彼女が夢を追いかける力にプラスされるとは思わなかったの?」
「それは……」
多分僕は怖かったのだと思う。断わられてしまった時のことが怖かったのだと思う。あまりにもつり合わない僕が、失恋という形で彼女の下から切り離されてしまう、その可能性が怖くて。
だから僕はそっと見守り続けることを臨んだんだ。恋の病を我慢し続けるという選択肢を選んで。
「なんて都合の良い免罪符」
心の中の吐露を読むように、彼女が蔑むように呟く。
確かにそうだ。
僕一人だけ舞い上がって、僕一人だけ一生懸命我慢しているつもりになって。
男のクセに恋に恋をしている状態。なんて情けない。
もうすぐ世界は滅ぶ。情けないままに終われない。
だから――
「好きです……石動さん。僕と、付き合ってください」
世界の果ての直前で達せられた告白。
「キライ」
しかしそれに対する答えは、あまりにも残酷。
神さまなんてやっぱりどこかのインチキ山師が作り出した虚像だったんだと思い知らされる鋭利な言葉。結局僕一人片思いな自分の気持ちに酔って暴走していただけだったんじゃないか。虚しい……こんな終わり方なのか?
「わたしのことをずっと好きでいてくれたのに、全然告白してくれなかった妖乃森くんなんて――大キライ」
僕は……最後の最後に嫌われてしまった。
僕はこの世界に残された最後の男なのかもしれないのに、最後に残った女の子に嫌われてしまった。
笑ってくれ。心の底から笑ってくれ! 僕たち以外に生き残りがいるのだったら! お願いだから笑ってくれ!
「わたしも好きです……妖乃森くん、わたしのこと、彼女にしてください」
悔しさに激昂する僕の気持ちを遮るように、その言葉があまりにも唐突に薙ぎ払われ
「……え?」
「やっと告白してくれた……やっと好き同士になれた……ありがとう」
押し付け合っていた鼻がずれ、石動さんの顔が更に近づいてきた。薄れ行く視界の最後に、石動さんが瞼を閉じる際に零れた涙が見えた。
「……いするぎさ」
僕の言葉と戸惑いは、唇に触れた柔らかく暖かな微熱に遮られた。
人一倍背が大きいくせに、人一倍怖がりな石動さんの、精一杯の勇気。彼女は僕の告白に答えてくれた。
世界が最果てにたどり着く。
でも終端と、お互いの気持ちを分かり合えたこの瞬間との間には、まだほんの少しの時間がある。
さあ、始めよう。二人の恋の時間を。
例えそれが一刹那だけだったとしても、二人にとっては永遠の刻。
何をしたい石動さん? 僕は石動さんと一緒に――
世界が白く塗りつぶされていく。
――そして
妖乃森くんと石動さん ヤマギシミキヤ @decisivearm
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