その9

「ド畜生!」

 思わず罵声が飛び出る。

「なんでこんなもんに乗って戦わなきゃいけないんだ!」

 一歩踏み出すたびに、操舞殻(カンオケ)を震動が襲う。それは緩衝機構により随分と和らげられているのだが、それでも乗馬並の上下動には苛まれる。

 巨大な足が一歩踏み出すごとに、横転しないかと、冷や冷やしながら機体を進ませるのは心臓に悪すぎる。ただの歩行程度では倒れることなど無いとカタログデータには書かれているが、そんな平時のスペックなど実戦に投入された瞬間に、暴落した株券と同じだ。無意味な紙片になんの意味がある?

「まったく、ホンモノの騎兵隊だったら見晴らしが良いだろうに、揺れんのは同じでもこっちは蓋の閉まったカンオケの中だぞ!」

 ぶつくさと僕の文句が途切れることは無い。しかし文句の一つも百も言いながらでなければ、こんな莫迦げた戦闘兵器など、動かす気にはなれない。機体胴部に設けられた操縦室――操舞殻にはオペラジオンなる秀麗な名前が付いているのだが、この機体に乗り込んだ瞬間に誰もがそんな上品な名前でなど呼ばなくなる。こんなもの、カンオケで充分だ。

「……っ!?」

 右足を一歩踏み出した時、ぬかるみに足を取られた。ガクンと機体が揺れる。

「糞! 言わんこっちゃない!」

 機体を動かす中枢である聖灰機関が自動で姿勢制御しようとしているが、戦闘機動中の場合、大抵失敗する。いくらシミュレーションで経験値を高めたといっても、それはコンピュータの容量限界から逸脱不可能な仮想現実での結果でしかない。無限の容量の仲に無限の選択肢を秘めた現実では、ヴァーチャルでの経験などあって無きが如しだ。

 バツ! バツ! バツ!

 操舞殻壁面に取り付けられた何十個ものトグルスイッチから、僕は三つほど選んで、乱暴にツマミを上げ、倒す。

それにより機体に装備されたバラストシステムが機能し、重量配分を微妙に変えていく。右半身が50センチ上がり、左半身が45センチ下がる。傾ぎ始めた機体が、何とか姿勢を元に戻した。

 それは無造作に行われたように見えるが、的確な場所を操作するスイッチを入れなければ、機位の調整はできない。だからこの機体の操士になったものならば、見ないでもその場所は判る。機構的には全然違うが、艦船でいうところの注排水弁による姿勢制御と同じようなものだ。

『どのタンクにどれだけの水を入れて、どのタンクからどれだけの水を排水するか』

 巨大な軍艦を手足のように感じられるダメコン(ダメージコントロール)担当の副艦長のような感性がなければ、この龍機兵と呼ばれる人型のカンオケも動かない。

 僕の通っていた国立国立(こくりつくにたち)高等学校が、『国家に対する反乱の可能性あり』と名指しされて国軍による侵攻を受けたのは半月前だ。

 前戦役で焼失した旧国立市の土地全てを使って作られたこの高校は、研究目的という名目ですぐさま兵器に転用できる実験機械を試作していたり、自給自足に充分な量の肉野菜類を育成していたりする。しかもその中の主栽培穀物が、代替燃料にも代替プラスチックにも転用できるトウモロコシだったのがまずかったらしい。

 国立高校首脳陣はこの施設を拠点として充分な戦力を蓄え国家に対する反逆を企てている。国軍のミリタリーバランスを統括するコンピュータはそのように判断し、陸空軍に即時殲滅を要求した。

 しかし人間たちも莫迦ではない。前戦役はそうしたコンピュータの暴走――無人機械化軍団の侵攻により勃発したのだ。その要請は受け入れられないと拒否した。それに国立高校自体が生き残った人間たちが、無人機械化軍団の再侵攻に備えて建設したものの一つなのだ。なぜ自ら潰さなければならない。

 だが戦役後に人間によって作られたコンピュータは、その人間の思惑を十二分に反映されて神経過敏になっていたらしい。

 自分の意見が通らないのは人間側の伝達システムに不具合が生じた為と判断し、自分で独自に動かせる無人機械のみで部隊を編成し、国立高校に向かわせてきたのだ。

 サイドモニターに進軍する僚機が映っている。

 丘の向うを巨人が歩いていた。足元を並走する戦車が玩具に見える。

 相変わらずクラクラするような光景だ。このモニターの画像が映画かアニメであったならばどれだけ良かったかと、何度思ったことか。

 しかし現実は残酷だ。この激しい揺れが、自分自身もそんな莫迦げた乗り物に乗っていることを、弥が上にも思い知らされる。

 そいつは十メートルもある、巨大なヒトの形をしていた。龍機兵という名前が付いている。

 男なら子供のころに誰もが夢見た巨大ロボ――まさにそれだ。

 だがそんなものは、永遠に夢の中に封じていた方が良かったのだ。

 国立高校の校庭には、旧世紀中にヨーロッパの地を駆け巡っていた重戦車が応急修理実習用として置いてある。それは大火力と重装甲の引き換えに、走行一時間ごとに修理と点検を繰り返して運用していたような莫迦げた戦車だが、僕が今乗っているヒトの形をした機体はそんな最強戦車の運用方法すらお遊びに思えてくるほどの、阿呆らしさ。

 しかしそんな「ド阿呆!」と罵りたくなるようなものに乗って戦わなければならないのも、現実だったりするのだ。

 国立高等学校は確かに兵器としても通用するような機械も試作されているが「まとも」な兵器として通用するようなものは少ない。

 だから我が母校を守る主戦力は、こんな巨大人型兵器という馬鹿げたシロモノになってしまったのだ。

 一応はこの龍機兵なる巨大ロボを戦場に投入する利点を教官から教えられた。

 十メートルの高みから撃ち下ろせば、戦車の弱点である上面装甲を簡単に撃ち抜けるし、十メートルの高空から狙えば対地攻撃機も用意に撃墜できる。

 旧時代の欧州戦役時に総統府を守っていたフラックタワー。あれが移動するものだと思えばいい。航空機を破壊するための強大な対空火力は、地上から攻め入ってきた敵戦車を相手にしても充分以上の攻撃力を見せ、総統が死して降伏するまで空に陸に縦横無尽の活躍を見せて首都を守り続けた。だからこの龍機兵も背の高さを利すればそれと同じだけの活躍が出来ると。

 なんだその理想論の寄せ集めは? 固定された防空要塞と、二本の足で移動している試作兵器を一緒に考えてどうする!?

 建築物は中の鉄骨が剥き出しになるほどの攻撃を受けてもバランスを保たれていれば倒壊することはない。しかし人間の体を模したこの機体は常にバランスを崩しながら移動している。足のアクチェエーター1本吹き飛んだだけで、もうまともに歩けない。

 戦場では背の高さなんてイニシアチブを取れる要素にはならない。

 コイツは巨大な的だ。高い木々の生い茂る森の中ならまだしも、広い平地では遠距離射撃の的にしかならない。

 しかし僕たちはそれでも的に乗らなくてはならない。僕たち目立つ龍機兵隊が囮になって敵の注意を引き、その足元を戦車が走り抜け、敵を撃破して行く。

 死ぬのが前提の龍機兵の搭乗員。あまりにも狂った仕事だ。

 しかしこの日本という国は、かつては体当たり専用――無論生きた人間を操作機器として詰め込んだ状態で――の攻撃兵器を作っていたことで有名な国だ。その程度の狂気では狂ったうちに入らないのかもしれない。

 唯一安堵させてくれる要素としては、敵も龍機兵をメインに侵攻してくることだ。

 どうも向うのコンピュータも自由になる兵器の大半が龍機兵だったらしく、ほぼ同戦力のぶつかり合いになっているのは、少しだけ楽になっている要素だ。そうでなければ僕たち龍機兵隊は、どこからともなく飛んでくる戦車砲弾で既に壊滅しているだろう。

《敵戦隊、第一防衛ラインを突破》

 操舞殻内に設けられたスピーカーから美麗な声が流れて、戦況を報告した。

 それは僕と一緒に図書委員をやっていた石動さんの声だ。

 龍機兵の聖灰機関にインストールする新型OSを作る時、生徒の中から機械音声のモデルになる者はいないか? と募集がかけられた。僕がその時、つい石動さんを推薦してしまったのだ。

 図書室の静謐とした空間を壊さないように聞こえてくるウィスパーボイス。無骨な状況確認の声も、石動さんの綺麗な囁き声で聞けたらどんなに良いか……その時はそんな軽い気持ちだった。

 そして開発班の面々もその美麗な声の価値を認めたらしく、新型のOSに換装された龍機兵は全て石動さんの声で喋るようになった。

 でも石動さんは声だけを残して今はもう――

《敵第一隊とは1分30秒後に遭遇。周囲には伏勢戦車の反応は無し》

 淡々と報告を重ねてくる石動さんのウィスパーボイス。デジタル処理されても変わらない透明感のある声に、僕は現実に戻された。

 だめだ。今はそんな感傷に浸っている暇は無い。

 隠れている戦車無し。超遠距離から胴体を撃ち抜かれる心配は無しと言うことだ。ならば目の前の巨人相手に全力を尽くせる。

 僕は背中のマウントラックから重合金製のバスタードソードを引き抜く。

 龍機兵同士の対向戦闘では、射撃兵装という、精密攻撃が必要な武器はあまり使えない。そこまでOSが進化していない。だから相手に接触させただけで壊せる乱雑な武器が、現状ではメインウェポン。

 左腕には機動隊が持っているような大盾をそのまま大きくしたような大型シールドが常装備になっている。これは本来は対龍機兵戦闘用の装備ではなく、遠距離から撃ってくる戦車砲弾をしのぐ為のもの。360度どこから撃ってくるか判らないものに対して気休めにしかならないようにも思うが、意外にも弾いてくれるので手放せない。

 ダッシュ。第二歩行速度から第一戦闘速度へ移行。盾を前に掲げ突っ込む。

 つんのめりそうになるのを、僕と聖灰機関が何とか補正しつつ、機体を敵正面まで持っていく。僕の接近を察知した敵機も、同様に斬敵兵装を引き抜いた。得物はロングソード。

 龍機兵同士の戦いの場合、敵が来るのを待っているのと、自ら相手に突進していくことのリスクは、突撃をかける方が若干高い。

 戦場の中心で立っているのが奇跡みたいな二脚兵器が高速移動すれば、足をとられて横転する危険は大きい。そこを狙われたらどうしようもない。だから無人で動くコンピュータ側の龍機兵はほとんどの場合、リスク回避の為に自らは積極的に移動せずに迎え撃つ。

 じゃあなんで僕は危険を冒して突っ込むか。

 僕の機体と敵機が接触する。激突。敵機は充分な防御姿勢を取っていたが、大質量の激突に機体が傾ぐのは避けられない。どんな巨漢のオフェンスラインでも、全速力で突っ走ってくるランニングバックを受け止めたらもんどりうってしまうのと同じ理屈だ。

 しかしそれも高速で走破する機体を倒さずに接敵できる技術――そして度胸がないと話にならない。無人機械にはその度胸がないから、人間はなんとか勝てる。

 激突の反動で少し後ろに押し戻された自機の姿勢を修正しながら、敵に向かって盾をぶちかます。機位の崩れていた敵機がまともにそれをくらい、僕の機体の認識が若干薄れた隙を使って、次の攻撃を繰り出す。

 戦技選択セレクター、B3セレクト。自機を中心として右方へ360度回転を行いながら斬り付ける、回転切り。

 剣を振るった攻撃。その動作は一つのモーションとして聖灰機関に登録されている。

 しかしそれは、静止状態から技を発動させている極めて計算のしやすい方法で作成されたモーションであり、一応実戦状態も想定して作成されているらしいのだが、殆どの戦闘場面ではそのまま使ったら機体が倒れてしまう。

 今の場合、敵に激突→跳ね返る機体を止めながらシールドで敵に攻撃→更にその反動も利用しながらB3戦技――回転切りを発動――要素的には三つしかないが、そのどれもが複雑に絡み合っている。

 それだけの動きがシミュレーションだけで出来るとしたら……それは嘘だ。二足歩行で、しかも大仰なカウンターでもある両腕の付いた龍機兵が回転するというのは、飛行機のターンや戦車の超信地旋回とは訳が違う。

 機体が「剣を振るう」という動作を行っている間に、操士は次の行動をしなければならない。しかもそれは、普通は繋がらない。

 カタログデータ的にはモーション同士を繋げていくだけで一通りの動きは可能だと書かれているが、歩行だけで上手く進まないようなシロモノ、誰も信用しなかった。

 機体が剣身を敵機にぶち当てるために旋回して行く。その間僕は、機体が倒れないように、武器がちゃんと相手に当るように、少しでもバランスが狂ったら崩れてしまいそうになる自機を、最適斬敵角度に持っていく為に奮闘する。

 先ほどのトグルスイッチが再び乱暴に上げ下ろされ、バラストシステムの数値が変化する。時には横転するほどの数値が入力され機体が石動さんの声で警告を促してくるが、それは機体挙動の予測値を考えてのこと。一瞬の後にバラストが許容数値に戻ると、石動さんは再び寡黙な淑女に戻った。

 バラストの操作だけじゃない。各部にくっ付いている装甲板は通常は無動力でぶら下がっていて機体の動きに引き摺られてパカパカ開いたりするだけだが、実はその接続軸にはDD(ダイレクトドライブ)モーターが埋まっている。

 ギアを介さないで高トルクを生み出すDDモーターを動かして最適な場所にいる装甲板を開閉させ、カウンターウェイト、そしてエアブレーキ代わりにする。

 しかもその間、戦闘は続行されている。コマンドの入力待ちだからといってゲームエネミーのように休んでいてくれている訳では無い。

 だから人間の把握できる許容範囲はとっくに超えている。機械任せではすぐに転んでしまう機械の介添えをしている人間の出来る事を、現状では超過している。

 じゃあ何で龍機兵は動く? なんで戦闘なんていう過酷な状況で稼動できる?

 龍機兵は僕たち操士を見ている。

 操舞殻に収められた機器の間の隙間と言う隙間に、小型のカメラが詰め込まれている。そう、それによって機体が操士のことを「見ている」のだ。

 ヒトの顔をカメラで撮影し年齢を認識して、未成年には酒を売らせない自販機があると思う。要はそれの極大バージョンアップみたいなものだ。

 例えば腕を動かすとして操縦桿を押したとする。ダイレクトにある程度の補正はしてくれるが、ヒトが思い描く動きをそのままストレートに再現するのは困難だ。

 そこでレバーを押し込む腕の角度や、筋肉の盛り上がり方などを観察していた無数のモニターが、操士の行いたい行動をある程度その動きから推測して、機体にフィードバックしてくれるのだ。

 自らがフルオートで動いて、敵にぶちかましをかけた後にその反動を利用して回転切りなんかしてしまったら、リアルな戦場では転倒してしまうくせに、人間がそれを行おうとすると的確にサポートする。本当に龍機兵とは良く判らない機械だと思う。

 この非常に曖昧すぎるサポート機能があるからこそ、十メートルもある巨大ロボなんて莫迦げたシロモノが動ける――戦闘という過激な用途に投入できるといっても過言ではない。

 もちろんいきなり乗って、いきなり聖灰機関が自分にとっての新人操士の動きを読み取れるはずも無く、新規の機体に乗った直後は、操士も聖灰機関もちぐはぐな動きに苛まれる。

 そして訓練に訓練を重ねることによって、操士は機体に慣れ、また聖灰機関も己を動かす操士に慣れるのである。良く、他人が乗り慣れた機体に別の者が乗ると、先任者のクセが付いていて乗りにくいと言われるのは、そのためだ。

 自機が回転を終える。多分1秒もかかっていないだろう。様々な加重がプラスされ最後に龍機兵の腕が全力を持ってバスタードソードを振り抜く。

 殆どブラックアウト寸前の頭で勘を頼りに打ち込んだその一撃は、バランスを崩しがら空きになっていた敵機の右脇腹に食い込み中心線まで切り裂いたところで折れた。しかし敵機はまだ動いている。有人機であれば今の一撃で操士は押し潰され沈黙しているところだが、無人機ではまだ駄目だ。

 僕は剣先が折れ飛んだバスタードソードを振り被ると、柄尻を下にして振り下ろす。両手でも充分持てる長い柄は敵機の首下の関節の隙間に突き刺さり、そのまま押し込むとようやく動きが止まった。

 一機撃破。時間にしてみれば3分間程度の経過なのだろうけど、操士にとっては永遠に等しい時間。

 僕は立往生したままの敵機をそのまま前方に対する盾代わりにすると、盾を背後に向けて状況を窺った。

 戦況は五分五分……っと言ったところか。味方の機体も何機か擱坐している。

「……」

 後ろを向いた際に、国立高校の本校舎が遠くに見えた。

 あの中の図書室で僕と石動さんは毎日を過ごしていた。そしてそれは変わらない毎日だと思っていた。でも――変わってしまった。

 僕は多分あの場所を守るために戦っているのだろうな。変わらない明日がやって来た時の為に、石動さんの居場所がちゃんとあるように。

「……」

 僕はディスプレイの隣りに貼り付けた一枚のポートレートを見る。

 そこには本を書棚に入れようとしている石動さんの姿が写っている。両手に本を抱えて書棚に返却本を戻している石動さんに「写真とっても良いかな?」と、僕はドキドキしながら声をかけた。石動さんは「は、はい」と少し恥ずかしながら答えてくれたので、僕は躊躇なくシャッターを押した。

 今となっては石動さんの姿を残したものはこれしかない。

 僕はまだ戦える。守るべき人と、守るべき場所がある限り戦える。

 変えれる場所があるということは最高に幸福なことだ。そのしあわせを彼女に用意しておいてあげるために、僕は戦う。

 例え僕の愛する人が、もう帰って来れない場所へ行ってしまったのだとしても。

 石動さんは龍機兵の中だけじゃない、多分世界のどこかに、ちゃんと、いる。


 ――FIN――

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