その8


「ふぁっ●んっ」

「ファッ●ンッ」

「びっちっ」

「ビッチッ」

「めすぶたぁっ」

「メス豚ぁっ」

「くそったれっ」

「クソッタレッ」

 トウモロコシ畑の向うから、なにやら壮烈な女子の掛け声練習が聞こえます。

 焼け野原になってしまった旧国立市を国が丸ごと買い上げて作った国営学校、国立国立こくりつくにたち高等学校には野菜や穀物を栽培する場所もあり、ここはトウモロコシを育てるスペースになっているのです。

 僕、妖乃森春人あやのもりはるとと、石動冬子いするぎとうこさんは、普段は本校舎内の学校図書館で図書委員をやっているのですが、本日は栽培委員の管理するこの畑へと来ています。

 ことの発端は「おまえはばんちょーなのにぜんぜんばんちょーらしくないな!」と、図書準備室に遊びに来ていた宇宙野鷹魅うつのたかみさんが言ったことに始まります。

 彼女は石動さんを倒して番長の座を狙う女なのですが、いつの間にか図書準備室に居座るようになり、司書教諭の大化物おおかぶつ先生の用意してくれるお菓子を食べていたりします。図書委員でもない女の子がお菓子をバリバリ食べている姿はなんだかな~という感じですが、宇宙野さんは140センチを切るコンパクトボディそのまんまに食べる量も少ないので黙認されてるっぽいです。

 ちなみに石動さんが番長ってのは宇宙野さんが勝手にそう思い込んでいるだけなので、石動さんは全然そんな女の子じゃないです。見た目は確かに番長っていう風格充分(178センチあります)なほど過激で刺激的なのですが、中身は普通の女の子です(しかもすごい怖がりです)。

 しかし宇宙野さんの中では石動さんはこの国立高校を影で牛耳る番長――裏番であるらしく、自分が石動さんを倒すまでは石動さんのことを「番長の中の番長」らしくしたいらしいです。

「よし! アタシがせめてしゃべりかただけでもばんちょーらしくきょーいくしてやる!」

 と、宇宙野さんが石動さんを連れ出して行ってしまったのでした。

 まぁ今日くらいは僕一人でも図書委員はなんとかなるかと、その後に残った仕事を全部片付けて二人が向かった場所に顔を出してみると、先ほどの壮烈な掛け声が聞こえたのです。

「クソッタレ鷹魅ちゃん、今年のトウモロコシの出来はどうですか、ファッ●ン?」

「おー、ことしもいいできだぞくそびっち! しゅーかくしたらおまえのくちにもぶっといのをねじこんでやるぜーっ」

「わーい、わたし茹でたトウモロコシ大好きですーっ、ありがとう野腐れ売女☆」

 頭を抱えたくなるような言葉を、石動さんのウィスパーボイスと宇宙野さんのチャイルドボイスできゃっきゃうふふと楽しそうに練習している姿は、なんだか異次元の光景に思えます。僕たちの通う国立高校は旧世紀中に欧州の地を駆け巡っていた重戦車が応急修理実習用という名目で校庭にひっそり置いてあるような異変な高校ですけど、この場に漂う空気はそれをはるかに上回ります。マ●ー空間ですかここは?

「が、がんばってる?」

 僕も畑に到着してからがんばってその練習を聞いていましたが、さすがにいたたまれなくなってきましたので声をかけました。彼女たちの言葉のキャッチボールからは何をがんばるのかさっぱり判別できませんが、とりあえず「がんばってる?」とは声をかけてみます。

「おー、しゃてー2ごーいーところにきた! ばんちょー、こいつをあいてにれんしゅーのせーかをみせてやれ!」

 舎弟二号とは宇宙野さんの僕の呼び名です。いつも石動さんと図書室で一緒にいる僕は、石動さんの舎弟その2ということになっているらしいのです。

「あ、あの……妖乃森くん」

「……はい?」

「お……おファッ●ン☆」

「ぶふぅっ!?」

 僕は石動さんの可憐な唇から奏でられたそのあまりにも壮絶なご挨拶を聞いてクラクラしてしまいました。

「こらー、お、なんかいらない、お、なんか! こんなぶたやろーは、ふぁっ●んくそったれでじゅーぶんだーっ」

「そ、そうですか?」

「なにやってるのいったい?」

 僕は倒れかかった体を何とか持ち直すと、石動さんにこの惨劇(正に惨劇)の事情を訊きます。事の発端である宇宙野さんに訊くのが筋なのでしょうけど、彼女に訊いてもまともな答えが帰ってきそうにないので、自分としても懸命な判断だと思います。

「番長だったら口撃で相手をやっつけられるくらいにならなくちゃって、さっきからその……練習を」

 ポッと顔を赤らめながら答えてくれる石動さん。彼女も相当恥ずかしいみたいです。そりゃそうだ。でも結構楽しんでいるご様子のような?

「よし、ぷらいべーとれっすんはこのていどでじゅーぶんだ! いまからじっせんにはいるぞ!」

 プライベートレッスンとか宇宙野さんは一体どこで覚えてくるのか判りませんが、何やらこれから更にとんでもない展開にしたい様子。実戦って……え、誰かと戦わせるの!?

「おーいさんどうぃっちーっ、でばんだぞーっ」

 宇宙野さんが空に向かって叫びます。しかもそれって

「砂漠の魔女(サンド・ウィッチ)!?」

 空の一点がキラッと輝いたかと思うと、それがもの凄い勢いで落下してきて

 ずどーん!

「うわぁ!?」「きゃぁ!?」「うへゃあっ」

 三者三様の悲鳴を上げながら逃げ惑っていると、激突の衝撃で舞い上がった煙が晴れ、クレーターになってしまった空地(一応トウモロコシ畑は避けて飛んで来たらしいです)の中心に誰かが立っています。

「やほーい、ひさしぶりー、元気してたかナ♪」

 黒いトンガリ帽子に黒いマント。マイクロスカートのワンピースもロンググローブもロングブーツも真っ黒の、この人が魔法使いじゃなかったら何が魔法使いなんだってくらいの魔法使い丸出しの女性。しかも今回はその印象を更にパワーアップさせるように竹製の箒まで持ってます。

「べ……ベリルさん」

 この陽気な女性はベリルさん。大化物先生のお使いの時にお世話になった、学校と国分寺市の境にある砂漠(?)に住む、魔法使いです。

 いきなり「魔法使い」と言われてもなんだそりゃ? って感じですけど、彼女は体内にもの凄い攻撃力を内蔵した謎の人(?)なのですが、本人がその凄まじい火力を「魔法」と言っているので、僕も石動さんもそれ以上は訊かないでいます。

「今回は魔法使いらしく、魔法の箒に乗って推参しましたワ」

「あのベリルさん……もしかして砂漠(?)の小屋からカタパルトかなんかで射出されてきたんじゃ……?」

「あらあら、乙女の秘密をそう軽々しく暴露してはいけませんヨ☆」

 ……正解だったらしいです。

「というかなんでベリルさんここに? またメンテナ……健康診断ですか?」

「アタシがよんだのだ!」

「へ? 宇宙野さんがベリルさんを? 二人ってそんなに仲良かったっけ?」

 宇宙野さんが始めて石動さんに勝負を挑んだ時、たまたま国立高校に健康診断(本人がそう言うのでそうに違いないです)に来ていたベリルさんが、石動さんに代わり勝負を買って出たのですが、その時図書室内で騒ぎすぎて二人とも石動さんにボコボコにされてしまったのです。

「拳と拳で語り合い、更には二人一緒に冬子ちゃんにフルボッコにされた仲ですもの。今では仲の良いお友達ですワ」

「そうなのだ!」

 ……というかなんで僕の周りの女の子たちはこんなにも番長漫画風の女性ばっかりなんでしょうね? 石動さんも石動さんで我を忘れるとベリルさんの分厚い装……頑丈な体をへこますくらいのパワーがあるので、本当に番長になっても充分なくらいなんですけど(本人には内緒ですが)。

「というわけでばんちょー、このさんどうぃっちをあいてに、いままでのれんしゅーのせーかをみせるのだーっ」

「い、いいんですか、ベリルさんは?」

 自分の前に歩を進めてきた砂漠の魔女に向かって、石動さんが恐る恐る訊きます。

「うん、わたしは全然おっけーよ」

 ベリルさんは見た目は20代前半の美女なのですが、意外に人生経験が長いらしく、この程度のことでは動じないのかも知れません。

「じゃ、じゃあ……いきますよ?」

「うん」

「こ、このクソビッチっ!」

「あんっ」

「このクソッタレ売女っ! その黒い衣装は今まで寝た相手の●●で染めたのかっ!?」

「ああんっ」

「わたしと戦う前に、まずはマ●を100万回ファッ●してからでなおしてきやがれっこのメス豚っ!」

「あああ……んっ」

 ベリルさんはぷしゅーっと蒸気を吐き出すような音をさせながら、その場にくずおれました。良く観るとグローブとブーツの一部が開いて排熱しています。

「どうださんどうぃっち! うまれかわったばんちょーのじつりょくはっ?」

「ぐ、グッジョブですわ鷹魅ちゃん。交換してもらったばかりの股関節のボールジョイントがもう擦り切れそうですわ」

 ハァハァと色っぽく息継ぎしながらベリルさんは恍惚とした笑みを浮かべています。

「なんかもう本当になんていうかごめんなさい」

 石動さんもペコペコと頭を下げています。

「いーえ、冬子ちゃんの美しいウィスパーボイスでこんなにも汚らしくなじっていただけるなんて、長生きはするもんですわ……もう一回『メス豚』って言ってもらってもいいかしら?」

「……メス豚?」

「あぅ~ん」

 オーバーヒー……感極まってしまったのかベリルさんはその場にパタリと倒れてしまいました。

 いやでも本当に、石動さんの心地良い囁き声でしかも恥ずかしそうにたどたどしくこんなお下品な言葉を使うのは、ある意味最強の攻撃なのかもしれないです。

 しかし、というか

「あの、さっきから聞いてると、番長風の口喧嘩の練習って言うよりもパンクロッカーが良く使う台詞の練習のような気がするんですけど……」

 なんと言うか社会に反骨しようとする姿勢は番長もパンクも同じような気もしますが、なんかそれでも番長ではないな~という雰囲気が沸々と。

「おー? ぱんくだとー?」

 そんな僕の感想に食い付いた少女が一人。

「そうか! アタシたちはちょーど4にんだから、それでぱんくばんど――ばんちょーばんどをけっせいして、ばんちょーのつよさをよにしらしめるのだ!」

 番長バンド!? なにその世にも恐ろしげなフレーズ!?

「宇宙野さんなに言っちゃってるんですか!? それに宇宙野さんは石動さんを倒して自分が番長になるのが目的なのに、その石動さんをさらに番長として強くしちゃってどうするの!?」

「ぼーかるあんどぎたーは、もちろんばんちょーだ! おまえのうぃすぱーぼいすならせかいをとれる!」

「は、はい!」

 宇宙野さんは僕の言葉なんか全然聞いていなくて、さっさと役割を決めていっています。石動さんも宇宙野さんの迫力に押されて、思わず素直な返事をしてしまってます。

「べーすはアタシだぁ! こしたんたんとばんちょーのざをねらうアタシにはぴったりのぽじしょんだぁ!」

 虎視眈々って……自分で言いますか?

「どらむはさんどうぃっちだ! おまえのぱわーでくさったじょーしきをぶっこわせーっ!」

「了解ですワ」

 いつの間にか復活していたベリルさんが、ぴしっと敬礼を送っています。この人(?)も何気にやる気のようです。

「そしてさいごにしゃてー2ごーっ、おまえはきーぼーどだぁ!」

 あー……やっぱりそうなりますよね、ある程度は覚悟はしてましたよ。

「それとおんなが3にんのおとこがひとりだとばらんすがわるいから、おまえはじょそーしろ! ばんちょーばんどはがーるずばんどにするんだからな!」

「はい!?」

 何その寝耳に水!? いや、寝耳にミミズ級のビックリですよそれ!?

「でびゅーらいぶは、ことしのくにたちこうこうぶんかさいだーっ、かくじそれまできあいをいれてれんしゅーするぞぉ! ふぁっ●ん!」

 宇宙野さんの鬨の声に「ファッ●ン!」とベリルさんが拳を振り上げ、「ふぁ、ファッ●ンっ」と石動さんも恥ずかしそうに拳を上げていました。

 な、なんですかこのもう嫌とは言えない状況は?

 僕も女装してキーボード弾くの確定ですか?

 ああ、この世には神さまなんてやっぱりいないんだな。くすん。

「……さ、ド畜生(サノバビッチ)!」


 この世にも奇妙なガールズバンド(一名女装含む)が本当に国立高校文化祭でデビューライブを飾ったかどうかは、また別の物語。


 ――FIN――

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